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こんにちは、katufire119です。
私のホームページへようこそ。 何もないとこですが、ゆっくりしていって下さい。 そう言えば、今まで書ききれなかったこととかを、以前の日付の日記にUPしていこうと思っています。時間があれば見てください。たいしたことは書いていませんけど(笑) katufire119の日記 [全283件]
こんにちは、皆さん。 最近、話題になっている「埼玉三郷・千葉松戸殺人未遂事件」に関して。 私は市民安全アドバイザーと同時に、地域防犯リーダーというのも肩書きの一つとしてもっております。まぁ、最近は防犯面での活動はご無沙汰なのですが。 私が今回の事件報道を見て感じることは、また「犯罪原因論」に回帰しているなということです。「犯罪は人が起こすもの」という概念に支配されすぎて、一番肝心なとこが見えなくなっている気がします。 その少年がたくさんの刃物を持っていたとか、グロいのが大好きだとか、犬猫では満足できなくなったとか怖い話が並ぶだけでは、事件はなくならないのです。 かえってマスコミでそこを強調しすぎると、同じ動機を持った人が自己顕示欲を満足させるために、模倣犯を増長してしまうことになりかねません。 今回の事件報道で見聞きするところで調べると、なぜこういった通り魔事件が起こるか、私にも分かります。それは発生場所が「入りやすく」「見えにくい」場所という、犯罪危険の大きい場所で起きているのに気付くからです。 発生現場の映像や地図をみると、例えば公園と空き地に挟まれた閑静な住宅街、閑静な住宅街から離れる小さな路地、周囲に民家が少ない農地沿いの路上となっていて、すべて犯罪者がその場所に周囲の目に気付かれることなく入って来やすく、またその犯罪の発覚が気付かれにくい、目に見えにくい場所で発生しています。 表題の「機会なくして犯罪なし」は、犯罪機会論で有名な小宮信夫先生の言葉です。 犯罪機会論について簡単に説明すると、犯罪はこれまで「人が起こすもの」と考えられてきたが、必ずしもそうと限らないということです。 犯罪の発生には、犯罪を誘引する場所(入りやすくて見えにくい場所)があって、そういった犯罪機会のある場所にターゲットが入ってしまうことで犯罪が起こってしまうのだと。 よって、犯罪を誘引する場所を避けて通る、パトロールなどをする、環境を改善することによって、犯罪機会をなくしていけば、いくら犯罪を犯そうとしても、出来なくなってしまうというのが犯罪機会論の考え方です。 では、これからの模倣犯等に遭遇しないようにするには、どうしたらよいかということですが、犯罪機会のある場所に近付かないのが、一番の方法です。 犯罪機会のある場所には、先ほどから書いている二つの特徴があります。 「入りやすくて」「見えにくい」ところです。 まず「入りやすい」ということですが、これは犯罪を犯そうと思う人が、入って来やすく、逃げやすい場所です。駐車場・駐輪場・空き地・公園・ショッピングセンターなどです。 それに「見えにくい」という要素が加わると、犯罪機会はさらに大きくなります。 周囲から目に付きにくい場所、あるいは目の行き届いていない場所がそれに当たります。 例えば、高い塀が続く道、木(雑草)がうっそうと茂っている場所、路上駐車の多い道、落書きやゴミが放置されている公園や管理されていない場所(空き家・廃屋等)、街灯が少ない道などがあげられます。 もちろん、このような犯罪機会のある場所の環境を改善するのも重要ですが、一番大事なのはこのような危険な場所に「絶対に近寄らない」ことです。 どうしても、通らねば仕方のない状況ならば、「一人では絶対に行動しないさせない」ように努めなければいけません。 たとえ犯罪を犯そうと、そこに待ち伏せしていたとしても、その場所が避けられたり、複数名で歩いていたりすれば、犯罪に至る危険性はずっと小さくなります。 そして私たち一般市民が、保護者の皆さんが出来ることは、私達が参加して、あるいは地域を巻き込んで、犯罪機会のある場所に人の目を当てることです。 パトロール、防犯カメラなんてあからさまな防犯活動に限らず、犬の散歩、ジョギング、見守り活動、一戸一灯運動などの日常生活の一つ一つが、人の目地域の目を増やして、犯罪機会を奪っていくことになります。 以前、紹介したことがありましたが、今の季節「クリスマスイルミネーション」は、防犯面での効果が期待できると思います。最近はLEDという消費電力の少ない灯りが一般的になりましたので、気軽に使っていただけるのかと。できれば「青い色」のイルミネーションはいかがでしょうか?研究によると「青い色」の照明は犯罪抑制効果が高いという報告があります。 これからも頻繁に出てくるこういった模倣犯、あるいは引ったくり、強盗、性犯罪などの凶悪犯の防止のために、これを機会に犯罪機会の低下に視点を置いた防犯活動に取り組むことが重要と考えます。 もちろん警察の取り組みも大事ですが、私たちだけではなく地域の皆さんも含めた多くの人々の協力を得ることが大切です。 みんなで地域の犯罪危険の芽を摘んで、このような犯罪の防止を進めていきたいものです。 最後にもう一度、強調します。 機会なければ犯罪なし 犯罪のない安全な地域社会のために。 それでは。
こんにちは、皆さん。 何なんでしょうね…沖縄の天気が何となく不順なのに、この憂鬱感。 沖縄防衛局長の田中さんって人が、更迭されて官房付になったそうです。 もう皆さんもお分かりの通りなので、報道内容を改めてなぞったりしませんよ(笑) マスコミで一斉に伝わっている発言が事実か?防衛省での聞き取り内容が事実なのか? 口から出たことをもう今さら云々しても仕方のないところ、ましてや酒の席。 とりあえず、私が申し上げたいことをいくつか列挙します。 まず、マスコミで伝えられた発言が事実だとすれば、まさにこれは「犯罪者心理を見事に表現してのけた」と思っています。 少なくとも私が事件報道などで見聞きする女性などへのレイプ事件の犯人のような物言いですよね。「これから犯す前に犯しますよと言いますか」という言葉。 まぁ、防衛大臣は今後1週間か2週間の間に、辺野古移転への環境影響評価書の提出をするのでしょうけど、その時にも「何も予告することなく」いきなり「やる」んでしょうね。 犯罪者の心理とは、そんなもんだと思います。レイプする前にレイプしますと予告する犯人なんていやしない。いればよっぽどの変態でしょうね。 次に、防衛省での聞き取り内容が事実だとすれば、いくら酒の席だからといっても、言っていいことと良くないことがあるということを知らない人イコール「空気の読めない人」と考えざるを得ないですね。上級公務員はもっと頭のいい人と思っていたけど、実はあんまり頭の程度は、私たち一般市民と変わらないようです。 田中さんの防衛省での聞き取り内容を、読売新聞から引用しますが。 読売新聞の記事によると… 「『やる』前に『やる』とか、いつ頃『やる』とかということは言えない」 「いきなり『やる』というのは乱暴だし、丁寧にやっていく必要がある。乱暴にすれば、男女関係で言えば、犯罪になりますから」といった趣旨の発言をした記憶がある。 と言ったそうで、「やる」とは言ったけど、「犯す」とは言っていないとか。 だけど、自分の発言を振り返って「しかしながら、今にして思えば、そのように解釈されかねない状況・雰囲気だったと思う」と軽はずみな言い方だったと自戒している様子。 田中さん、あなたがここで言ったことは、沖縄県で言うべきでない言葉です。 新橋のガード下での同僚と酒を飲みながらの会話とかだったら、問題になんかならない物言いも、環境影響評価書の提出について、とってもナイーブになっている沖縄県民にとっては大問題です。 「環境影響評価書の提出をする」=「やる」と言うことはイコール、このことに対して「さほど重要でない」と考えている「軽んじている」ことに他ないと言っているようなもんです。 確かに防衛大臣は慎重にしているようだけど、環境影響評価書を「年内に提出する」と言ってはばからない。発言に気を遣っているように見えて、実は軽んじているに他ないですね。 まぁ、犯罪者にしろ、空気の読めない人にしろ、どっちに転んでもいただけないものであることは確かなことのようです。 それと「この世にオフレコなんて存在しないのだ」と言うことを、政治家や公務員の皆さんは、いい加減に気付くべき。 上級公務員のような頭のいい人たちが、なぜ他人の失敗に学ぼうとしないのか?私は不思議でしょうがない。 ほら、思い当たる節があるでしょう?最近、舌禍で第一線を去った人のこと。 彼も上級公務員の一人であったものの、口から出た言葉で更迭された人。 そう、ケビン・メア氏。あの人が辞めた、いや辞めさせられた経緯を見ると全く田中さんと同じような流れです。 あとから「いや、私はそんなこと言っていない」と言ってみても、誰も信用なんかするわけない。言葉尻をとらえただけでは、あの「ゆすりとたかりの天才」だとか「ゴーヤーすら作れない」なんて話が出てこないもの。メア氏は日本通と聞いていたけど、どうやら「火のないところに、煙は立たない」という言葉は、ご存知ではなかったようです。(失笑) 非公式の懇談・非公式の会見…「非公式の」と頭に冠していても、政治家や公務員の皆さんは、どこに行っても、家で寝ていても、トイレの中で用を足している時でも「公人」なんですよ。「公人」が何かをしゃべれば、それは「壁に耳あり、障子に目あり」よろしく、すぐに明らかになってしまう。失言…それは、オフレコの場から出てくるんですよ。(笑) まぁ、アメリカや国やすることなんて、所詮決まっている。 沖縄が言うことを聞かないと見たら、特措法を作って、無理矢理に法的根拠を作り出して、「合法的に」見せかけて基地建設を強引にスタートさせるのでしょう。 辺野古では、反対する住民たちを力でごり押しして、住民に銃剣でも突きつけて、ブルトーザーを入れて、そう沖縄戦が終わってからすぐ後のアメリカ軍による強引な基地接収をするように、歴史を繰り返していくのでしょう。 まぁさすがにそれが憚れるとすれば、機動隊を大量に投入して、学生闘争や成田闘争よろしく鎮圧を図った後に、パトカーに先導された作業車が列を作って、キャンプシュワブを入場するのでしょうか。 どこかの教科書の採択が話題になっている昨今ですが、今日の日米安保体制の基盤の始まりは、沖縄戦の後の沖縄で盛んに行われたアメリカ軍の強引な基地接収であることも、子供達に教えて欲しいものですね。 日米安保体制を支える沖縄の基地は、自分の住むところや故郷を、アメリカ軍の銃剣とブルトーザーで追いたてられ、追い出されて、嘉手納基地も普天間基地も海兵隊のキャンプも出来てきたんです。その事実を教科書を作っている人は、どのくらい知っているんだろうか? 話が大分横道に反れました。 いずれにしても、田中さんの言葉の端々に本音が透けて見えてきた気分を見る私です。 「やっぱりな」と。 それでは。
こんばんは、皆さん。 ふと思い立ち、ブログを開けるとまだページがそのまま残っていました。 日記の更新も2年前から止まったままで…申し訳ありません。 この2年の間にもいろいろありまして、また「職業変え」をしました。 とりあえず、今の職場に入って1年が経ち、ようやくこの仕事でやっていけそうだというところまで落ち着きました。 これからこのブログにも、もっと取り組んでいけそうな感じがします。 見てくれる人がいるかどうかは、とりあえず別として…マイナーチェンジを図っていきたいと考えています。 さて、今年2011年を振り返ると何と言っても取り上げないといけないのは、「東日本大震災」のことでしょう。 あの日の私は、息子の中学の卒業式に出席して、お昼ごはんを外食で済ませた帰り道にラジオから流れてきた速報で、この未曾有の大震災を知ることになります。 家に帰って来て、テレビをつけて最初に私の目に飛び込んできたのは「津波がまちを襲う映像」でした。広々と広がる農地を覆っていく津波…飲み込まれていく車や家々…取り残される人々に迫る信じられないくらいの水かさの濁流…スマトラ島の大津波で見た映像が、そのまま東北地方にやってきた。そうとしか思えないくらいの光景でした。 いろんなことが脳裏をかすめる中で、ふと思い出したのは、私がライフワークにしたいと思っている市民防災の分野で何年か前にした仕事で、沖縄本島南部にある八重瀬町の港川地区で行った津波に関する講演会のことを思い出していました。八重瀬町の港川地区は漁港があり、普通の港町です。 この地区も津波による浸水が心配される地域で、地域の一番近い避難場所の公民館も、津波の大きさによっては津波が遡上してしてしまうくらいの危うさの海抜高度にあるんです。 防災無線の設備も十分にないことから、津波の恐さをきちんと知ってもらって、ラジオやテレビなどの情報に敏感に反応して、津波警報を聞いたら「すぐ避難して」と教えたのを今でも覚えています。 東北の漁港で有名な町が、津波に飲み込まれていく様子を目の当たりにした時に「これは絶対に沖縄でも同じことが起こるんだ」と強く心に思ったんです。 私は被災地東北の復興に思いをいたすとともに、沖縄でもしっかりと備えないと大変なことになってしまうとの危機感を、今この時にも持っています。 先日、沖縄本島で最大震度4の地震が起きました。久しぶりの地震で、皆さんびっくりされたと思います。私は揺れには驚きませんでしたが、地震の規模と震源の深さを聞いてびっくりしました。 この地震のマグニチュード(地震の強さ)は6.8で、これは新潟中越地震と同じ強さです。 だけど幸いなことに、震源の深さは220キロメートルと、とっても深かったので、海の底で地震が起こったのに津波が起こらなかっただけで、震源の深さが浅かったら「絶対津波が起こった」と考えるだけでゾッとしたものです。 これから、このブログを通して本当に情報発信を頑張らないといけないと、そう思い立ちました。これから頑張って、皆さんに災害への備えを発信していこうと思いました。 まずは、今日の決意表明から始めて…頑張ってみたいと思います。 それでは。
日にちが前後するのですが、書くことがたまり過ぎているので、どんどん前日に書くことを回していこうと思います。もし、お気付きになったら前の日記も読んでみて下さい。 (平成23年11月25日編集) こんにちは、皆さん。 八重山教科書問題について、私は特別な思いでこの問題を見つめています。 私がこの問題を特別な思いで見つめている理由は、この問題の当事者のトップ、教科用図書八重山採択地区協議会の会長で、石垣市教育長が私の恩師だったことにあります。 私の高校時代に、彼は現役の社会科教師として私の通う高校にいて、彼の授業を受けた記憶があります。その時の私の彼の印象は、こんな風に変わる人となるとは思えなかった。 昔の現役教師時代の彼の一部分を知る限りにおいて、私はこんな大それたことをする人になるとは到底思えなかった。ニュース映像で、久しぶりに見る彼の顔を見るまでは。 彼のこれまでの教師生活に何があったかは知らないけど、人というのはこんなに変わってしまうものなのかと…失望に似た感情すら覚えるくらいです。 私の知る昔の彼は、もっと世の中に対していい意味でアグレッシブな人だったと思っていた。 もしかしてそれは、私の思い違いだったかもしれない。今にして思えば。 いずれにしても、八重山教科書問題については、彼には申し訳ないけど、高校生の子供を持つ保護者の一人として、偏った考え方の強い教科書の使用を認めるべきではないと思います。 もし、その教科書で授業が行われるとなれば、私も反対に回るし、強制して使用されることになれば、自分の子供だけでも、沖縄で起こった戦争のこと、先の大戦で日本人が命を賭して学んだ平和の大切さ、軍事力で押さえつけて平和を保っていると思っていることの大きな間違い、沖縄でアメリカの異民族支配を受けてきたことで日本人としてのアイデンティティーを認識したこと、世界の軍事力の情勢と沖縄に展開する基地のバランスの関係が違ってきていること、日米安全保障体制のもとで沖縄だけに厳しい負担を強いて、本土の大半の人はそれにタダで乗っかっていることなど教科書で取り上げようとしないことを私なりに教えてあげたい。 それと、教科書の採択に政治が介入してくるとは、どういった了見なんだと思う。 ある党の国会議員が、彼にアドバイスを与えていたとか囁かれている。 たぶん事実とは思うけど、それは何かを狙ったものか?考えるだけで気分が悪くなる。 まぁ、教科書について政治が介入するのは、今に始まったことではないんでしょうけど。 沖縄戦での集団自決(強制集団死とも言うらしいが)の件についてもそうだ。 この問題について、もう何度もくどくど言うつもりもないけど、一応このことについて詳しく書いた私の日記の内容をご一読を。日記の「君が代を大きな声で歌った。」リンク貼っておきます。 ああ、それと関連事項として私のHPに収蔵している言葉たちから 「私が先生になったとき」と「あたらしい憲法のはなし『戦争放棄』」もリンク貼っておきます。 最近、何だか物事に対して怒るのに体力がいるようになってきた。 やはり年齢には勝てないのでしょうか…。歳を取るって嫌ですね。 いずれにしても、この八重山教科書問題が、子供達の教育にとっていい結果に終わることを祈念して。それでは。
(平成23年11月26日編集) こんにちは、皆さん。 11月14日は何と言っても、私の誕生日。 誕生日おめでとう!と自分に言ってみる。 もう42歳になってしまった。以前に書いたことがあるだろうか。 以前の私、そうですね…10~20代のころの私から見たら、40代はおじさんだった。 そして振り返って今の自分。自分は違うと少しは思うけど、やっぱり「おじさんになった」と何となくそう思ってみたりする。 外見からしても、中年太りしているし、髪には白髪が目立つようになってきた。 今の新曲を歌おうとしても、歌詞の速さについていけないことが多くなった。 「寄る年波に勝てない」とは、このことを言うのかと実感できる自分がちょっと悔しい。 まぁ、だけど外見は変わっても、自分は自分…そう思ってはみるけれど、どこまで自分のモチベーションが保てるのか…とは言いつつも、1年ってあっという間に経ってしまう。 正月と思ったら、もう年末になってしまう。それの繰り返し。 やっぱり思い返して「自分は自分」という思いを強く持って、毎日を生きていこう。 これからやってくる日々をありのまま受け入れよう。そして精一杯生きよう。 「いまを生きる」という昔の映画があったけど、そんな気持ちを忘れずにいよう。 ポジティブな自分への声かけは、自分をいい方向に向けてくれるって、何かのTVで見た。 さしあたり、今日一日を頑張ろう。 それでは。
こんにちは、皆さん。 前回の日記で「お仕事関係の資格検定を受けて、結果待ち」ということを書きましたが、結果が分かりました。 合格してました!! やった!これで来年以降、またステップアップできるかもしれません。 まぁ、まだ全然見通しも分からないところであるけれど。 今年もあと半月。 皆さんもお忙しい日々が続くと思いますが、健康に気をつけてお互い頑張りましょうね。 それでは。
こんにちは、皆さん。 元気にお過ごしでしょうか? 私は変わらず頑張って、お仕事に励んでいます。 何も代わり映えのない普通の日々が過ぎていき、今年ももうすぐ終わろうとしています。 ある人が言っていたのを聞きました。 「単調な日常が自分を成長させる。違う明日が自分をつくるのではなくて、自分が違う明日をつくるのだ」と。 まずは今の単調な日常を過ごしながら、自分を成長させたいなと、小さな願望を思ったりしてみる。 最近、お仕事関係の資格検定を受けて、結果待ちです。 この検定を取れたら、もしかして仕事の中でステップアップできるかもしれないんです。 いい結果が出ればいいのですが。 果報は寝て待てと言うことで。それでは。 |一覧| |
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