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テーマ:街歩き(613)
カテゴリ:街歩き
金曜日のデモは休みで、2日遅れての月1回の日曜昼デモである。いつもより早めに昼食を作って家を出たのだが、嫌なニュースが続いて気分は良くない。 沖縄では辺野古の基地反対の運動が続いているが、その弾圧に米軍が出てきた。米軍シュワブゲート前で抗議行動を行なっていた沖縄平和運動センターの山城博治議長ら二人が、基地の警備員によって拘束されたというのである。二人は名護署に身柄が移されたが、3000人近い人々によって不当拘束への抗議が続いている(東京新聞)。 もう一つの反吐が出るようなニュースは、「防衛省が、内部部局(内局)の背広組(文官)が制服組自衛官より優位を保つと解釈される同省設置法一二条を改正する方針を固めた」(東京新聞)ということだ。 この二つのニュースは、日本の現状の本質を顕わに示してはいないか。沖縄では、アメリカのために基地を作ろうと自公政権は警察権力(暴力装置)を駆使している。反対運動が強く、業を煮やしたアメリカ軍は直接弾圧の手を下すようになる。 思えば、長く自民党政権が続いた日本は不幸な国である。ドイツやフィリピンは第二次大戦後の植民地的な占領支配をすでに脱したというのに、独立国家を装っているものの日本はいまだ戦後の占領支配のシステムのままである。「戦後レジームからの脱却」などと阿倍晋三は語るが、それは単に戦前のような軍事国家に戻ることしか意味していない。 脱原発デモは、当然ながら、原発推進を強引に進めようとする安倍自公政権に対する反対運動に連動する。脱原発というシングル・イシュウの運動でも、その含意するところは本質的なのである。
フリートークでは、まず、先週紹介のあったドキュメンタリー映画『日本と原発』が、仙台上映にむけて具体的に動き出したという報告があった。紹介されたご夫婦が友人を誘って実行委員会を立ち上げたのだ。 続いて、『言語学者によるメディア・リテラシー研究の最前線』というシンポジウムの案内があった。現在、原発をめぐる報道や安倍自公政権による戦争国家への動きに関する報道などに私(たち)は大いに不満を持っているが、私(たち)の課題は、そのメデイアからどのような情報を引き出せるかということだろう。 宮城県が開いた三回目の「女川原子力発電所2号機の安全性に関する検討会」についての報告もあった。この検討会そのものは、女川原発の再稼働に向けた県のアリバイ証明みたいなもので、物言わぬ(言えぬ?)委員が東北電力の主張をただ聞くだけの会らしいのだが、それでも再稼働承認へのステップにされるので黙過はできないのだ。
55人のデモは、曇り空の下を出発した。暖かいとはいえ、みんな防寒着で膨らんでいる。デモを歩いている分には問題ないが、写真を撮るため走って交差点を渡ったりしていると、すこし汗ばんでくる。汗をかいてから冷えるという風邪引きのパターンに陥らないように気をつけて歩くのである。
日曜日の一番町は人通りが多い。デモと人通りを一緒にフレームに納めたいのだが、デモのかなり先で通行人が道を空けてくれるのでけっこうそれは難しい。 ベンチに座って、手を振り、拍手をして応援してくれる年配のご夫婦がいた。デモが通りすぎると、立ち上がり、お二人で手をつないで、ゆっくりと横丁に入って行った。そのお二人の姿を眺め続けていて、私はデモに置いていかれたのだった。
金曜から日曜にデモが移ってすこし間遠になったが、その間、軽い風邪気味だったので休養期間のようにのんびりと過ごした。先週の日曜日(15日)の秋保温泉での中学時代の同級会の幹事をやって、少し疲れていたということもあった。 太平洋戦争の終戦の年に生まれた私の同級生は、その前後の年代と比べて人数が最も少ない。田舎の小学校、中学校ではほとんどの学年は4クラスあったが私たちだけは3クラスだった。
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