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今日は天皇誕生日。昔は天長節といった。 今日の吉き日は 大君の 天長節 黒川真頼作詞 奥好義作曲 昭和天皇は側室を廃止なされ、正室のみで七子まで設けられたが、第四子までは女子ばかりであった。 大正十四年(一九二五) 十二月 六日 国民も気が気ではなかったと見える。昭和八年十二月二十三日に明仁親王殿下(今生陛下)がお生まれになるとお祝いの歌が作られた。 皇太子さまお生れなった 北原白秋作詩/中山晋平作曲 一、日の出だ 日の出に 皇太子さまお生れなった 北原白秋作詩/中山晋平作曲 二、日の出だ 日の出に 皇太子さまお生れなった 北原白秋作詩/中山晋平作曲 三、日の出だ 日の出に 現在と違って日本の古き良き伝統が生きており、天皇陛下と国民が「君民一体」を体現していた時代である。国民の慶びが如何ばかりであったか、察するに余りある。 昭和 八年(一九三三) 十二月二三日 男子二子を設けられた後も女子を設けられているが、最初の四子が全て女子であったのだから三人目の男子を望まれてのことであったと考えられる。 天皇陛下のお誕生日に際しての記者会見の内容 会見年月日 平成十七年十二月十九日 天皇陛下 最近、北陸地方を中心に各地を豪雪が襲い、各地に被害が生じ、死者も出ていることに心を痛めています。遺族の人に心から哀悼の意を表したいと思います。速やかに天候が好転し、人々が穏やかな生活に戻れるよう、そして、負傷した人々が順調に回復していくよう願っています。 問一 この一年、国内外で様々なことがありました。陛下は病の治療を続けられながら、戦後六十年に当たってサイパンを慰霊訪問されるなど、数多くの公務に取り組まれました。 初めての海外での慰霊についてのお気持ちや、かの地で感じたこと、今後の慰霊の在り方、次世代への継承などについて陛下のお考えをお聞かせください。 天皇陛下 質問に従って十分にお答えができるよう紙にまとめましたので、それに従ってお話したいと思います。 ドイツ領であったサイパン島は、第一次世界大戦後、国際連盟により日本の委任統治領となり、多くの日本人が移住し、砂糖産業や農業、漁業に携わっていました。 昭和十九年六月十五日、米軍がサイパン島へ上陸してきた時には日本軍は既に制海権、制空権を失っており、大勢の在留邦人は引き揚げられない状態になっていました。このような状況下で戦闘が行われたため、七月七日に日本軍が玉砕するまでに、陸海軍の約四万三千人と在留邦人の一万二千人の命が失われました。軍人を始め、当時島に在住していた人々の苦しみや島で家族を亡くした人々の悲しみはいかばかりであったかと計り知れないものがあります。この戦闘では米軍にも三千五百人近い戦死者があり、また九百人を超えるサイパン島民が戦闘の犠牲になりました。またこの戦闘では朝鮮半島出身の人々も命を落としています。 この度の訪問においては、それぞれの慰霊碑にお参りし、多くの人々が身を投じたスーサイド・クリフとバンザイ・クリフを訪れ、先の大戦において命を落とした人々を追悼し、遺族の悲しみに思いを致しました。 六十一年前の厳しい戦争のことを思い、心の重い旅でした。ただ、高齢のサイパン島民にはかつて日本の移住者が島民のために尽くしたことを今も大切に思っている人がいることはうれしいことでした。私どもが島民から温かく迎えられた陰にはかつての移住者の努力があったことと思われます。 この度のサイパン島訪問に携わった日本側の関係者を始め、米国側並びに北マリアナ諸島側の関係者に深く感謝しています。 日本は昭和の初めから昭和二十年の終戦までほとんど平和な時がありませんでした。 この過去の歴史をその後の時代とともに正しく理解しようと努めることは日本人自身にとって、また日本人が世界の人々と交わっていく上にも極めて大切なことと思います。 戦後六十年に当たって過去の様々な事実が取り上げられ、人々に知られるようになりました。今後とも多くの人々の努力により過去の事実についての知識が正しく継承され、将来にいかされることを願っています。 問二 清子様のご結婚について、現在のお気持ちと三十六年間の思い出、ご夫妻二人きりになった暮らしぶりについてお聞かせください。 天皇陛下 二人の結婚に対して、多くの人々が心のこもった祝意を寄せてくれたことをうれしく思います。 二人が結婚の日を迎えるまで、様々な面で力を尽くしてくれた多くの人々に深く感謝しています。 清子は皇族として、国の内外の公務に精一杯取り組むことに心掛け、務めを果たしてきました。また家庭にあっては、皇后と私によく尽くしてくれました。 私の即位の年に成年を迎えた清子が、即位の礼には、皇太子、結婚して四か月余りの秋篠宮とそろって出席し、私どもを支えてくれたことは心に残ることでした。 清子の結婚後も私の日常は様々な行事で忙しく、今のところはそれ程変わったという感じはしません。皇后はさぞ寂しく感じていることと思いますが、今までにも増して私のことを気遣ってくれています。ただこれまでおかしいことで三人が笑うとき、ひときわ大きく笑っていた人がいなくなったことを二人で話し合っています。清子は心の優しい人でしたが、とても楽しいところがありました。 新しい道が二人にとって幸せなものであるよう願っています。 問三 皇室典範に関する有識者会議が、「女性・女系天皇」容認の方針を打ち出しました。実現すれば皇室の伝統の一大転換となります。陛下は、これまで皇室の中で女性が果たしてきた役割を含め、皇室の伝統とその将来についてどのようにお考えになっているかお聞かせください。 天皇陛下 皇室の中で女性が果たしてきた役割については私は有形無形に大きなものがあったのではないかと思いますが、皇室典範との関係で皇室の伝統とその将来についてという質問に関しては、回答を控えようと思います。 私の皇室に対する考え方は、天皇及び皇族は、国民と苦楽を共にすることに努め、国民の幸せを願いつつ務めを果たしていくことが、皇室の在り方として望ましいということであり、またこの在り方が皇室の伝統ではないかと考えているということです。 女性皇族の存在は、実質的な仕事に加え、公的な場においても私的な場においても、その場の空気に優しさと温かさを与え、人々の善意や勇気に働きかけるという、非常に良い要素を含んでいると感じています。その意味でも皇太子妃の健康が現在徐々に快方に向かっていることは喜ばしく、一層の回復を待ち望んでいます。 宮内庁ホームページより このたびの「皇位継承問題」に関し、政府に物申すという方は左記のフォームより。 平成十七年 十二月二十三日 平山美代子、高山得子、松本俊枝 「皇太子さまお生まれなった」を聴きながら
「皇太子さまお生まれになった」、素敵な歌詞ですよね。一番の「天皇陛下お喜び」にほのぼのとした味が出ています。
皇室というものの転換期にある中で、今上陛下は何を思っているのでしょうか。(2005年12月25日 13時07分40秒)
今上陛下がご誕生されたときの国民の喜びを表した好い歌ですね。(2005年12月25日 17時37分34秒)
TBありがとうございました。
多くの方が、皇居正面・宮城前広場で祝奉して居るのを見て、日本に生まれてよかった。と思います。 天皇陛下のあのお言葉、雪で困っている人を思いやる天皇陛下の御心、私は感動しました。(2005年12月25日 17時49分04秒)
多少皆さんとは考え方(というより視点)の違う者ですが、TBさせていただきます。
日本語で読めばけっして「謝罪」とか「政府に対する訓戒」には読めないところが、外国メディアでは膨らまされて、「アキヒト天皇は日本国民に歴史の事実を反省するように教訓を垂れた」というふうに伝えられていることがあります(BBCとか)。われわれにとっては政治的なものでないお言葉でも、政治化されてしまうという現実を見据える必要があります。(2006年01月07日 14時13分14秒)
この歌詞探しているところでした。教えて頂き有り難うございました。この様なことが奇蹟でも起れば国民にとっても皇室にとっても幸いの事と想いますが、恐らく難しいでしょうね。それよりも雅子様の精神的ストレスを皇太子も国民も心配しているように想います。(2006年01月17日 10時19分25秒)
歌詞の「皇太子さま お生れなすった」の部分ですが、音盤を聴いていると「おうまになった」のように聞こえます。字余りなので「皇太子さま お生(うま)になった」とでも歌っているのでしょうか。以前から気になっております。(2006年12月11日 13時13分38秒)
大陸浪人さん
>字余りなので「皇太子さま お生(うま)になった」とでも歌っているのでしょうか。 う〜ん、私にはやはり「お生まれなすった」と聞こえますが、、、(2006年12月11日 23時30分29秒) ■トラックバック(8)
今日、平成17年12月23日は天皇誕生日(天長節)です。 そして、天皇陛下の72歳の誕生日を祝う一般参賀が今日23日、皇居であり、記帳者を含めて約1万7500人が訪れたようです。 自分は、例年と同じく、宮城縣護國神社へ参拝に行ってきました。 今日は、雪も降っており寒...(2005年12月25日 16時27分03秒)
今日は「天皇誕生日」です。
戦前は「天長節」と言いました。
老子の中の一節から取っています。
天長地久 天地所以能長且久者 以其不自生 故能長生
是以聖人 後其身而身先 外其身而身存 非以其無私耶 故能成其私
天は長く地は久し。天地の能く長く且つ久しき所以...(2005年12月25日 17時38分08秒)
『日々日常』本サイト
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(以下引用)
『明仁天皇「日本の歴史、正しく理解するのが大切」』(中央日報)
明仁天皇が23日、72歳の誕生日を迎え、日本国民に対し、日本の過去の歴史について正しく理解することが大切だ述べたと、朝日新...(2005年12月25日 18時14分54秒)
本日は天長節(天皇誕生日) 皇尊弥栄 天皇陛下萬歳 神武建国2665年12月23(2005年12月25日 19時06分31秒)
あけましておめでとうございます。本年もよろしくおねがいします。(2006年01月01日 09時49分23秒)
本日は二千年続く125代目の天皇誕生日であります。
世間では毛唐の宗教一色で、「万世一系」二千年続く世界に誇れる日本の伝統などどうでも良いと思っているように映る。
天皇陛下記者会見
今年は玉砕の地、サイパン島を訪れ「厳しい戦争のことを思い、心の重い旅で...(2006年01月07日 14時26分16秒)
今上天皇は、個人的な信念に基づいて、敏感な政治問題・外交問題にかかわる事実につい(2006年01月07日 14時30分02秒)
サイパン訪問「心の重い旅でした」 天皇陛下が72歳に 2005年12月23日07時19分 皇居・吹上御苑での天皇、皇后両陛下=宮内庁提供 天皇陛下は23日、72歳の誕生日を迎えた。これに先立ち、皇居・宮殿で記者会見した。初めての慰霊のための海外訪問となった6月...(2006年01月10日 12時40分55秒)
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