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「トーマス・エジソンはなぜシャワートイレを作れなかったのでしょうか? 」
エジソンが生きていた時代に、すでにポンプや温水器という技術があり、電気や上下水道という環境もあったのに。 それは、おしりを洗ったら気持ちいいだろうな、という問題の開発ができなかったからなのです。 世の中には、技術はあるけれど、問題の開発、発明自体ができていないことがあり、 それによってわれわれが現在持ち合わせているシーズも宝の持ち腐れになっているかもしれないのです。 昨今、苦境に陥っている家電メーカーなどの背景にある問題ともいえるのではないでしょうか。 ちなみに、1980年、TOTOがウォシュレットを広める際、ハウスメーカーを回り、お願いしたそうです。 便座のすぐ近くにコンセントを作ってほしいと。その後、日本のトイレにはコンセントがあるという環境を開発でき、 ウォシュレットを実現できるようになった。 そして、テレビCMで「おしりだって、洗ってほしい。」と伝えることで認識開発をしていきました。 会社という営利組織においては、目的があって、合理的な理由がある人としか会わないですよね。 つまり、合理的ではないことができないのです。 しかし、新しい問題を開発するには、最初はランダムかもしれないが、盲目的になっている価値基準を探さなければならない。 たとえば、ある大手IT企業の方に、いつも会っている人は誰かと尋ねたところ、 自宅と、会社と、行きつけの居酒屋の3点の往復だとおっしゃった。 これでは、世の中に困っている人がいても、目に入ってこないですね。 もっと、いろんな人にあって、潜在的な問題の糸口を見つけてほしいなと思います。 三宅 秀道 東洋経済オンライン 5月7日 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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