風色の本だな

風色の本だな

小川未明『赤いろうそくと人魚』

 
  ◆小川未明『赤いろうそくと人魚』◆ 


今回、私にとっては『赤いろうそくと人魚』という本題に入る前の導入の部分でお話された内容がとても印象深いものでした。

小川未明は、元々はおとなの小説を書いていた作家でした。「薔薇と巫女」「魯鈍な猫」など、幻想的、感覚的な作品を多数残し、新ロマンチジズム派で、ちょうど谷崎潤一郎と同時期にスタートしています。

おとなの小説も書きながら、1910年(明治44)年に、「赤い船」というおとぎばなし集を発表し、これは芸術的で、非常にすぐれた作品でした。

また、未明が1914年に発表した児童文学「眠い町」は、まるで現代を予測したようなするどい作品でした。

ケイという少年がある町で一人の老人に出会います。この町は「眠い町」という名がついていました。なんとなく活気がなく、不思議なことにこの町を通った者は自然と身体が疲れてきて眠くなってしまうのです。ケイが出会った老人は、いつも袋を背中に背負っていて、その袋の中に詰めてある砂をまいているのでした。

老人は自分がずいぶん年老いてしまったので、少年に頼みごとをします。

この時の老人の言葉に、今の時代を生きている私たちはドキッとさせられます。

「わしは、この世界に昔から住んでいた人間である。けれどどこからか新しい人間がやってきて、この土地の上に鉄道をしいたり、汽船を走らせたり、電信をかけたりしている。こうしてゆくと、いつかこの地球の上は1本の木も1つの花も見られなくってしまうだろう。わしは昔から美しいこの山や森林や花の咲く野原を愛する。今の人間は少しの休みもなく、疲れということも感じなかったから、瞬く間に地球の上は砂漠になってしまうのだ。わしは疲労の砂漠から疲労の砂を持ってきた。おまえにこの袋の中の砂を分けてやるから、この世界を歩くところは、どこにでも少しずつ、この砂をまいていってくれ。」

そして、少年は老人の不思議な頼みを受けて、袋を持って、この地球の上を歩き回ります。

さて!世界はどうなるのでしょうか?

そして1919年に発表した「金の輪」は、現代の作家、阿刀田高や、大江健三郎が低学年の頃、この作品を読み、死の恐怖を感じたり、暗い淵を覗きこんだような不気味さを感じたと語っています。

原稿用紙4枚半の短い作品なのですが、砂田氏はこの作品がとてもすぐれた作品であると評価されていました。

砂田氏がこの「金の輪」を朗読されたのですが、私もこの作品に触れたのは初めてで、最後になぜかドキ~っとさせられました。

実は、この作品を書く前に未明は、我が子を亡くしているのです。まさにこの作品は亡くなった我が子へのレクイエムでもあったわけです。

そして、「赤いろうそくと人魚」も決してハッピーエンドではないんですよね。

この作品は、今から約80年前の1921年に朝日新聞で児童向けの空想物語(ファンタジー)として、3回に渡って掲載されたものでした。

今では、未明の代表的な作品と言われていますが、やはり、この作品もさまざまな解釈をされています。

未明は、幼い頃から学校嫌いで、いつもおばあちゃんの付き添いのもとに学校に通いますが、どうしても学校や友だちに馴染まなかったといいます。

明治・大正・昭和の初めまでは、小学校に入ったばかりの子どもたちが、人身売買され、働かされるということも珍しくありませんでした。そんな社会の不正義を彼らの代弁者として訴えているのだという読み方もありました。

また、1950年代には、激しい小川未明批判が出現します。

抽象的で、子どもにわかりづらい。ネガティブで、否定的である。子どもたちに与える文学はもっと肯定的なものを目指さなければいけないのではないか?
本来の主体である子どもをきちんと考えの中に入れていないのではないか?などなど・・・。

ところが、1970年代に入ると、再び未明の作品が浮上してきます。70年代は、社会が大きく変わりました。世の中には、光の部分と影の部分があり、光の部分だけを伝えればよいというものではない。子どもたちも、人生や社会における暗い側面である影の部分もいやでも見なくてはいけないのではないか。また、理路整然としたものだけではない、混沌とした不条理の世界を著わすことも必要なのではないか。

そうして未明は再評価され、その後完全に復活しました。

最後に砂田氏は、文学を縦軸と横軸に表しました。縦軸は年齢や時代を超えた普遍的なもの。横軸は、その年齢にこそ求められるもの。

そして、「児童文学は、対象年齢や時代を越えた普遍的なものを目指すことも大切かもしれないが、幼いその年齢だからこそ、楽しめる横軸のものも必要だと思うんですよ!」とおっしゃいました。

だけどやっぱり文学は、奥が深くておもしろい!





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