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Food Red Guide Book [全429件]
![]() 通勤途中に発見。缶コーヒーに見えるが実は紙のカートン缶。売価158円。 コーヒーにしては高いなあ、と思ったがUCCはひいきするメーカーなので購入。 写真から「かなり野太い味」を期待したのだが、飲んで一言・・・。 「甘い!!」 なんで?と思い一括表示を見た。 ![]() 一番トップに「砂糖」ですか!こりゃ甘いはずだ。 なぜ紙なのか(過去にポッカがやって壮絶にこけた)?意図が読めない。味もかなり甘いし。 星は一つ。百歩譲って100円なら買う。
![]() 久々に私に日記を書かせた商品。 巷では「キリン特保コーラ」かも知れないが、私は斜め上を目指す。 でこれをお奨めしたい。 パッケージで合格さらに ![]() 中も合格! なかなかやるな、と感じた。 味は女性向け。男性は甘すぎて厳しいかもしれない。 星は五つ
![]() 月曜日、会社からの帰宅の際に近鉄の改札がやけに賑やかになっている。 私が帰る路線が人身事故で運行見合わせとの事。 かなり大掛かりになっているようで復旧の見通しは立っていない。 実は先週にも人身があったばかり。しかも似たような場所で・・・。 起こってしまったものは仕方ない。 JRの乗り換えの駅まで行き、今日は全てJRで帰ることとなった。 その際に一番初めに出ている切符をもらった。 これがあればJRは無料。 でもJRの駅は私の家からは結構遠い。やっとのことで着いたがいつもより1時間遅くなっていた。 でも帰れたからいいか!
日本では知らない人はいないであろう洋菓子。 しかし現実はかなり違うのはご存知でしょうか? バウムクーへンはドイツの菓子であるというのはほとんどの人が知っている。 しかしながらドイツにはバウムクーへンの店がまず無い。専門店がまず無い。普通の菓子の店にも無い。 何故か? そもそもバウムクーへンは旧東ドイツの一地方のみで作られていた菓子で、第二次世界大戦後の社会主義化によってさらに廃れてしまった菓子だからである。 だから旧西ドイツの方に住んでいる人々は知らないか現物を見たことが無い。旧東ドイツに住んでいる人も「名前は知ってる」という認識らしい。 日本では「年輪」をイメージするので、結婚式の引き出物には良く使われるし、バウムクーへンの専門店もあるのに…。 ドイツに日本のバウムクーへンを持って行ったら向こうの人々はどんな顔をするんだろう?なんて考えてしまった。
息子二人が通ってる公文で漢検が団体価格で受験できるという事で上の息子だけ応募した。 が同じ公文に通い出した下の息子も受ける、と言って聞かないのでまた後で応募した。 試験勉強もしたがケアレスミス連発で「多分ギリギリやな」と推測していた。 試験結果は封書で直接家に届いた。 賞状の感触があったので二人とも合格したのは開けないでもわかった。 上の息子の結果を見た。 二問間違えただけだった。見直しを何度もしたという。 下の息子の封書を開けてみた。なんか分厚い。なんだ、これ? 開けると合格の賞状と、「満点」を表彰する賞状が入っていた。かなり驚いた。 二人とも頑張ったんやね。 春休み、二人が望んでいたしゃぶしゃぶ屋で食事に行ってきます。 次は上の息子の英検。がんばってね。
あの震災から一年が経過した。 被災地は相変わらず瓦礫の山である。 TVやマスコミは瓦礫の山のみを伝えるが、実際はもっとすざましい光景があった。 それはほとんどが伏せられているが、その事実を伝えるためにあえて私は載せたい。 この光景を被災者の方がどんな思いで見ていたのか・・・。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 今回自衛隊の方々が多数の遺体を発見し、その都度涙を流し、精神的にやられそうになりつつもなんとか任務を遂行した。 約一ヶ月の任務が終了したが、その隊員の方の精神ケアに同じ一ヶ月を費やすこととなった。 写真はまだましなものを集めたが、見るも無残な、涙を流さずおられないものがまだまだあった。 そんな悲惨な震災があってしばらく後、サッカーACLでセレッソ大阪がアジアのとあるチーム(国名を出すのもいやなのでK国としときます)と対戦した。 その際にむこう側のサポーターが掲げた垂れ幕。 ![]() これを掲げる神経が理解できない。 さらにこのサッカーチームが謝罪文をHPのみでし、しかも文章はK語。 さらに謝罪をしたのはなぜか「サポーター」と「関係者」に対してのみ。 私はこのことからK国がさらに大嫌いになった。 何がH流だ! こんな精神の輩が隣に居ると思っただけでも虫酸が走る。 一部の人のみが、とか言う人も居るかもしれないが、こういう垂れ幕を堂々と掲げさせるあたりこの国の民度が見て取れる。 このチームが東北の方々に現地に行って謝罪するまであまりこの国については話をしたくないです(いまだに謝罪無し)。戦争のことを謝れ、と言う前に自分自身をなんとかしてくれ。
仕事柄「寿司」関係は切り離せない。 節分は目の回るような忙しさだったが、ひな祭りは意外に「暇」。 というのも「娘の祝いなんだから、娘の好きなものを食べさせたい」という親御さんが激増。私の会社にとっては非常に困った状態。 その中で、「純米酢」を試食販売することとなった私・・・。 純米酢はいわずと知れた「米」だけで作った酢。 アルコールを添加しない分香りが強い。良い酢なのは間違いない。 が、要するに「クセがある」のは事実。 正直「寿司」には適さない。 有名な寿司職人でも純米酢はなかなか使わない。 難しいのだ。良い酢だから「良い米」「良いネタ」を使わないとバランスが壊れる。 と言う訳でかなりの策を考えなければならない。 ひな祭り=女の行事と言うことでビジュアル重視にした。 ![]() こんなものを当日作って試食販売に臨んだ。 でもこれが大苦戦。 会社には朝の始発の電車で来たが、なかなか形が定まらない。 頭をうずら玉子水煮で作ったのだが、私の不器用さから何個かは破壊。 いなりもシャリを詰め過ぎて破損。 仕上がりに1時間を要してしまった。この時点で大幅ロス。 朝早くに店での準備を終わらせ、車の中で仮眠を取ろうという目論見はものの見事に崩れ去った。 いよいよ店開店。しかしここで大雨。 この時ばかりは天を恨んだ。売れ残ったらあんたが買い取れ!と天に向かって念じていた。 そしたら1時間ほどで雨はやんだ。念じてみるもんだ。 この「お雛様」は効果を発揮した。レシピカードも渡しながら味も見てもらった。 味は「甘め」にした。でないと子供が食べてくれない。 試食をした子供は100%美味しいと言ってくれた。ならしめたもの。 最終的には3/4は売った。これならあとは自然消化で大丈夫。 会社に帰って報告。みんなびっくりしていた。たぶん過去最高記録。 始発できたかいがあった。 でも次回は始発で来ないようにしよう。よくかんがえたらこのお雛様は前日の製作(かざり用なので食べさせる必要なし)で良かったのだ。
以前話したことのある上の息子。 不器用で、下の息子よりも要領が悪い。しかしながらこつこつとやるタイプ。 そして、ついにこつこつと続けた公文式で算数が「J教材」に到達し、「Jフレンズ」に登録されました。Jまでいくと数学の世界です。 今の問題を見せてもらいましたが、私がやるとかなり時間がかかる。 下の息子には「兄ちゃんはこつこつ努力してここまで来た。おまえもこつこつ運動したらもっと伸びるよ」と言っておいた。短距離は一番のようだが、マラソンは3位のまま。ただ、遠投はトレーニングの成果もあり一番になったようだ。 息子に刺激されて私ももっともっとがんばります。 明日も始発で通勤。
大阪のミナミの中心「難波」。ここにはなんばパークスと言う商業施設がある。 この中に会社の得意先があり、そこに立ち寄った際に「南海ホークス」の展示館に行ってきた。ここはかつて南海ホークスのホームグランドである大阪球場があった。 実際に使われていたたスタンドが一部残っていたり、歴代の選手の掲示、優勝監督の掲示がされてある。ある一人の名前を除いて…。 私が小学生の時に行った時の大阪球場はかなり老朽化が進み、試合を見ている人は疎ら。外野は無料でおっちゃんはラジオ片手に野球を寝そべりながら見ていて、競馬のメインレースの券の発売が始まると外野の入場口の近くにある場外馬券販売所にあわてて行き、また試合を寝そべりながら見ている。 たまに外野から歓声があがるが、それは野球のプレーに対してと言うのは少なく、競馬に勝ったからというのが殆どだった。 あるいは私みたくグローブ片手にスタンドに飛び込むホームランボールを狙う小学生しか居ない状況。 競馬に勝ったおっちゃんがワンカップ片手に、「自分ら、おっちゃん勝ったからお菓子でもあげるわ」とスルメなんかをくれた。知らない人からお菓子を貰ったらダメ、と言う教育はここではなかった。 そんな競馬メインのおっちゃんから昔の南海ホークスの話を聞いた。昔はそれはそれは強く、阪神よりも南海と言う時代もあったらしい。 そんな話は子供の自分には信じられない事であった。 眼前には相手打線に掴まり滅多打ちに遭っている投手。守備はお粗末。打線は門田選手等一発はあるが繋がりの無い打線。キャッチャーフライを追わない(追えない)ドカベン香川。 まあこれがおっちゃんの言うかつては常勝軍団なんかな?と思うのは仕方なかった。 私の父は競馬等はしなかった。純粋に野球を見てた。 試合後、いつまでこの球団あるんやろ?と子供ながらに心配になった。 そんな南海ホークスもついにダイエーに身売りすることとなった。なぜ福岡?とかなり疑問だった。今から考えれば福岡移転は正しかったわけだが…。 最後の試合は父は仕事で行けず、私も行っていない。 ただ最後の南海ホークスの杉浦監督の言葉は覚えている。 「行ってきます!」 お世話になりました、さようならと言いがちであるが最後の言葉は南海ホークスとしての意地を垣間見た。 今でも南海ホークスは私の心の中に生きている。
2012年しょっぱなに取り上げるのがこれです。 学生とのコラボ商品は多いですが、関西の高校生がまず目指す大学のコラボで作ったランチパックです。 ![]() 関西大学。 ![]() 関西学院大学。 ![]() 同志社大学。 ![]() 立命館大学。 とあります。それぞれの特色を活かした、またはこじつけとも言えなくも無いものはありますが、学生ならではの自由な発想が面白い。 一番おいしかったのは関西大学でした。 他のものも悪くないです。方向性がかなり違いますが。 星は五つ。 私の母校をテーマにするととんでもないものが出来そうだ。 |一覧| |