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ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

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2007.05.24
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 そこを離れて思い出すのは風景が多いのはその人の意識の問題でもあるのだろう。緩やかな川面を見ていると、その時の心境で思い出す川も違う。昔はよく離れてから菊池川の河口の風景が目に浮かんだ。どうやら、学校を出て、よくハエ釣りをしていたからでもあるだろう。キラキラと太陽が反射する浅瀬で吹かせ釣りをした。落ちアユを豪快に針にかけて釣り上げる瞬間の快感と言ったらなかった。


 考えたら釣り師はそれほど上品な趣味ともいえないが野外で楽しむのには格好の遊びだった。すぐ傍に菊池川があったから、遊び場としてはそれしかなかった所為もある。博多はいい川がないというより少ない都市でもあり、その楽しみができないところでもある。それこそ日本では今や四万十川くらいしか、川らしい川がなくなった。テイクだけで、川を大事にする精神がないだろう。森や川を大事にしない政治はどこか間違っているのではないか。


 ドイツを旅行して思ったのは自然を大切にする精神が行き届いていることだろう。それこそ人間も自然の一部として、我慢するところは我慢しながら共存している姿勢が見えるようだった。田舎で看板も地味なものでしかない。訳のわからない看板が多すぎて、景観や風景を台無しにしている場所が日本国中に溢れている。それこそ富士山が世界遺産にも選ばれない理由はゴミの山だからだというが恥ずかしい話だ。自分の周囲をそれこそ綺麗にできなくて何の文化だろうか。どれだけ着飾っても、美しい行いのできないようなひとは美人ではない。


 >福岡市街を流れる川





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最終更新日  2007.05.24 06:22:41
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