
それこそ若いころから、科学の「日進月歩」というフレーズを聴いてきた。そうだろうと思ってもいる。だが、どこまで頭の中と現実が一致しているだろうか。広い視野と深い洞察力も、同じだ。科学が市民の目の届かないところに行ってしまっている。人間の生理現象でさえ知ることは容易なことではない。複雑系の意味さえどこまで理解しているだろうか。昨日までの知識が否定されたりする厳しさを実感している人は多くはないだろう。知らないで済んでいるから済む話でもない。
・ひとりぼっちの世界で生きて、死んでいる。社会から疎外されていることさえ知らない人たちがいる。自分が騙されていることさえ知らないで、暢気に生きてもいる。それは社会が安定するための必要悪だろうか。そういうこともあるだろうが、やはり虚偽でしかないだろう。一部の者たちの社会だからだ。エリート意識が賞賛されてもいる。身分社会を壊したくない人もいる。カネに困らないでゆうゆうと生きていきたい人たちが、他人の苦しみをよそ眼で見ながら生きてもいる。世間では尊敬されている人たちでもある。少なくともそういうリッチなイメージを持ちたい人たちでもある。
・へ2・・・社会と人間の存在の溝が深まりつつある。「日進月歩」が、それを担保してもいる。目に見えない網が社会にかけられ、人々は囲いの中で生きねばならなくなっている。他人と共存するために、私たちはバスでも我慢して順番を待つために並んでいる。そこを運転手つきの車が通ってもいる。国会議員がなぜフリーの運賃なのだろうか。誰だって用事があるのだ。誰のための「日進月歩」なのだろうか、解らなくなる。