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松の内には更新を・・・と思っていましたが、今日でギリギリ 大変遅くなりましたが今年も宜しくお願い致しますm(_ _)m 年末年始にかけて、こんなことがありました。 まず、おみくじは大吉!ナハハ。 そしてもう一つ・・・。 去年の11月頃、新聞を見ていますと「いじめ」についての読者投稿欄が目にとまりました。 5件ほどの投書が掲載されていて、中にこんな意見が。 『小学生のとき、ある漢字の覚え方に自分の名前を引用された。その漢字は意味の良くない字で、そんな字に自分の名前が引き合いに出されるなんてショックだった』というものでした。 先生は画数の多いこの字を覚えやすくするためにそう言ったと思うのだけど、あまりに無神経な はて、どんな名前?と投稿者をみるとなんだか見覚えのある名前。 20代の頃、文通をしてた相手でした。住所も同じでおそらく間違いない! 今のようにネットがない頃のこと、あるハリウッドスターのファン同士ということでしばらく文通をしてたのです。 この偶然に驚いたのと懐かしさとから、彼女に手紙を書きました。もしかしたら気持ち悪がられるかも、と懸念を抱きつつ。しばらく待っても返事がなかったので、あぁやっぱり・・・と思っていたら・・・。 元日に年賀状が。今は実家を出て暮らしているので返事が遅くなったとの事でした。 よかった・・・ 他の意見でとても印象に残ったのは、70代の元小学校教諭の女性からの投稿です。 先生は、目立つ子や出来のいい子ばかり誉めるのでなく、そうでない子のいいところを称えることで子供の価値観を広げるといい、というものでした。 この文面から伝わってきたのは、昔「二十四の瞳」を読んだときに感じた女性ならではの母性を基盤とした子供たちを見つめる優しい眼差しと同じものでした。この先生はいい先生だったんだろう。「二十四の瞳」の主人公の大石先生も同じ。作者の壺井栄の分身だと私は思います。 そして結びには、今の先生は休み時間はパソコンに向かっている人が多いと聞くが、できるだけ教室にいて欲しいということでした。 いじめ・・・これは学校や家庭だけの問題でなくきっと社会全体の問題。もうかてきょもしてなくて子供もいない自分に何ができるんだろうか。と考えさせられた出来事でした。
すごく間が空いてしまいました すっかり冬模様になってきました。 昨日はいくつかの訃報があり、子供の頃にみていた意地悪ばあさんやムーミンのことを懐かしんでいたら、夜半にカンニング・中島さんの悲しい知らせが。 確か一昨年だったか、お笑いブームの始まりと共にカンニングの二人も脚光を浴びていて、これからだ!というときに中島さんは発病し、その悔しさたるやいかほどかとそのお気持ちは察してあまりあるものでした。 私も、ちょっと運気が上がってきたかなぁ・・・と思えば急降下!なんていう経験が何度もあったもんで、とても他人事じゃなかった。 相方の竹山さんは、収入の半分を治療費に充てていたとか・・・。 竹山さんは「切れキャラ」が売りなんだけど、本当は優しい性格のようでそれをみんなにバラされてそれがまた笑いを誘うというおかしなキャラクターで。 中島さんはそこまでしてくれる相方に申し訳なく思っていただろうし、それに芸人として無念だったろうなぁ・・・。 中島さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
ブログタイトルをちょっと変更してみました。 随分前から変えたいなぁ、なんかいいタイトルないかなぁなんて思ってたんですが、いいのが浮かばず・・・。 先日友人からもらったメールから、ちょっと拝借です。 今の自分を肯定してくれた上で、激励をくれたと思われる(勝手にそう解釈してる?)いい言葉だと思いました 火曜日には免許証の更新に行きました。 最寄の警察署でできるなんて・・・なんていい街なんだ(笑) もうほとんど運転してないので、ゴールドいただきましたm(_ _)m この免許証から、新しい苗字になりました。今までは裏書で。 もうすっかり今の苗字には慣れたつもりだったのに、少しだけ不思議な感じ。 本籍も変わっている。当たり前だけど。 冬用の化粧水を買いました。ヒアルロン酸とやらが入ってるもの。 もう夏用のさっぱりしたのでは全然効きません。ちりめん皺?ができている 年を感じます
前宣伝のときにはあんまり興味なかったのだめ。 ふとテレビつけたときやっていて一瞬見たが最後、すっかりはまってしまいました。 コミックは読んだことないのですが、のだめの動きから絵が想像できます。 ドラマじゃなくてまるでアニメを見ているかのようで楽しいです。 何週目だったか、アイネ・クライネ・ナハトムジークの節で「す、るめ、を食べましょう♪カ、ルシウム摂りましょう♪」ってのだめや真澄ちゃんが歌ってたのが頭から離れなくてしばらくグルグルしてました(^m^) あるショップからのメルマガでこんな商品が。 ![]() のだめカンタービレ フェルト鍵盤バッグ そういやのだめがいつも持ってるなぁ。 欲しいなぁ・・・。でも自分はお稽古事してるわけでもないし、それにちょっとお値段が・・・。 今日は、千秋に悪の根源と言われたコタツを出します。今はエアコン使っているのですが、お肌カッサカサ 夏と冬で化粧水変えた方がいいのかな。夏はまるでお水みたいなサッパリしたので十分。 ネットでイリュームのサンプルを貰ってみました。ぬるっとしたタイプのもので冬の乾燥にはよさそう。でも、ノリを塗ったみたいでちょっと苦手です 追記:のだめって九州出身だったんですね・・・。
先日、あるトーク番組に金子勝教授が出演されていました。 番組の最初、今日のゲストとして登場されたとき、ん?見慣れない役者さんだな?なんて思ってしまいました(笑) 金子教授というと、ワイドショーや討論番組でよくお見かけしますが、いつも庶民の側に立った見解を述べておられてテレビの前の私は「先生、もっと言って!」と身を乗り出すようにして聞いています。 友人からの手紙を紹介するコーナーでは、聞くこちらが恥ずかしいような当時のやんちゃぶりを暴露されてましたが、ニコニコと聞いておられて先生のお人柄が想像できます。 先生は東大の大学院を出ておられる秀才ですが、在学中あまりに歯に衣着せぬ論調を展開していたため、さて今後の進路は?となった段に周りを見渡すと誰もおらず、ハローワークへ「教授職ありませんか?」と訪ねていき職員に怪しまれたんだとか・・・。 そんな先生が脚光を浴びたのは、1997年12月号の『世界』上に「本末転倒の財政構造改革論」を発表後に、山一證券の自主廃業が伝えられたときのことだそうです。 ここらあたりから先生の表情が真剣になってくる。 今は機械化・グローバル化が進み「職業」というものが崩壊していると。お寿司にしても家を建てるにしても「職人」の必要のない世の中になってしまった。一握りのエリートだけで社会をまわせるようになってしまい、あとの人は仕事に生きがいや喜びを見出せないようになっている・・・。 崩壊してるのは職業だけでなく、教育も年金も食もすべてにおいて。先生曰く、これからは本物志向の農業だ!との結論でした。 上述した制度等の崩壊に加えてここ数年は「信頼」という人間関係を構築する上で一番大切なものが完全に崩壊してしまっているように思います。行政も企業も「ズル」を平気でやってのけている。 履修逃れの一件もそう。一番の被害者は、ズルをした学校の生徒に受験戦争で敗れた正規の授業を受けてた生徒です。インチキをしてた学校責任者は彼らの一生を大きく変えてしまったかもしれないのです。 一昔前なら、ものを買うときにしても何かのサービスを受けるにしても信頼関係があった。 相手は営利団体なのだから勿論利益を上げなくてはいけない。儲けた上で私(客)に対しても満足をくれ、倫理的な常識については当然考慮されているものと暗黙の了解があったと思う。 今は、そんなものはないと思って生きたほうが後で泣かずにすむような世の中になってしまった。 こっそりズルをして自分だけ得をしたように思っても、悪行というものは気づかぬうちに伝播するもの。人間は「あいつがやってんだから、俺だっていいだろう」という気持ちを多かれ少なかれ持っているものです。それはいつしかまわり回って結果自分の損失となって現れてくる。 昔は誰かを推薦するとき、「こいつは親孝行だから」という誉め言葉が非常に意味を持っていたと何かで読みました。 真っ当に生きることが評価される世の中に回帰できるんだろうか。いやいや、是非とも回帰させたい!させなくては。
仏像についてはあまり詳しくないのだけど、好きな仏像があります。興福寺の阿修羅像です。 知り合いのおばちゃんが「奈良行ってきてん」と言いながら見せてくれたパンフレットに載っていたのがこの仏像でした。一目見た瞬間、「夏目雅子にそっくり!」と非常に驚いたものでした。以来、ふと何かの折にこの仏像を思い出します。 「阿修羅」というと修羅場なんて言葉もあるように戦いや争いを意味するそうなのですが、この仏像の表情は憂いをたたえていて切なげでとても好戦的とは思えない・・・。 夏目様子に似ていると思ったのは私だけではないみたい。 「阿修羅像 夏目雅子」と検索してみると、同じように思ってる人がたくさんいるのがわかった。 以前、かてきょで教えてた生徒に仏像マニアの子がいて、一足部屋に入るとなんと床の間に仏像がびっしり!大好きなんだそうです。でも信仰心はなく、あの子にとってはガンダムやきんけし(筋肉マンの消しゴム)と同じ類のものだったみたいです。ベトナムへ行ったとき小さい仏像をお土産に買ってあげたらすごく喜んでくれた。あの大量の仏像は今どうなったやら。
病気のことや心の整理など、状況としては何も変わってないのですが、またぼちぼち日記を綴っていこうと思います。心配してくださった方には本当にありがとうございますm(_ _)m こうして家にいると元気で社会に向けてほえてみたりもできるんですが、いざ買い物などのために玄関を出ると家が遠ざかるにつれて不安が生じ体調が悪くなってきます。自分で自転車で行ける範囲はスーパーや図書館くらい。図書館は10分くらいだから助かってますがこれでもし遠かったら・・・と思うとゾッとします。 今日はちょっと気分転換できました 「手紙」のオンライン試写会が当たったのです。 原作は東野圭吾。主人がファンなので、二人で観るのにちょうどいい映画でよかった。(私の体がこんなだから休日といっても二人でどこへ行くわけでもないのです。その点主人にはつまらない思いをさせてます・・・) あまり書くとネタバレになってしまうのですが、服役中の殺人犯の兄を持つ主人公と彼を取り巻く友人たちのお話です。 タイトルにもなってる「手紙」、数多の手紙が劇中で飛び交います。兄弟の間で交わされるだけでなく、各登場人物の思い(懺悔、愛情、友情、拒絶などなど)を表すのにとても効果的に使われていて、涙をさそいます。 犯罪者の身内の立場から描かれたストーリーだけに、加害者とその肉親への同情がテーマかと思いきや、ある登場人物に「君(主人公)が差別を受けるのは当然なんだ」とも言わせていて、加害者の身内よりももっと気の毒なのはやはり被害者でありその遺族だという訴えも強く心に残りました。 一番感じたのは、傍観者である私たちへのメッセージです。 毎日のニュースではひどい事件ばかり報道されていて、私も事件を起こした人物をつい裁いてしまう。 事件の詳細を知るわけでもないのにあーでもない、こーでもないと評論家のように事件と加害者を責めたてている。(この映画の兄弟は親がなく、兄は弟の学費を捻出するために空き巣に入ったのが事の発端でした) 映画の中で、主人公は社会的に成功をおさめようとするたびに兄のことが露見して振り出しに戻ってしまいます。家族を持ったら今度は子供がいじめられる。それは先述したように当然の報いなのかもしれないけれど、加害者の肉親までをも蔑む権利は「傍観者である自分」にはないんだと思いました。 ふと思い出したキリストの逸話・・・。 人々がその職業の卑しさゆえにある女性を罵っているとそれを聞いたキリストが、 「汝ら罪なき者、あの女を石もて打て」 (今までに罪を犯したことがないと言える者だけが、あの女に石を投げなさい)と言い、その後誰も娼婦を罵倒することはできなかったということです。
前々から気になっていたことなので覚書として書いておきます・・・。 今年の初めごろの朝日新聞に労働基準法の改正で、残業代が支払われなくなるという恐れがあるとの記事がありました。一応スクラップして取ってあるのですが、ネットでその辺りのことを調べても一向にヒットしなかったのです。労働三法、労働基準法改正、いろいろ入れてみたのですが・・・。 今、ニュース23でわずか数分ではありますが、それについての報道がありました。 ホワイトカラーエグゼンプション 今、厚生労働省で審議が行われているとか。 つまり、自分で労働時間を決められる代わりに残業代は出さないよ、というもの。 仕事が早い人は労働時間が8時間以下ですむということなのですが、そういう人に次々に新たな職務が課されるのは容易に想像ができる。健康管理も自己責任ということで過労死が増えるのも火を見るよりも明らかです。 労働者が8時間労働を獲得した背景には、産業革命後の工場労働者が安い賃金・長時間労働・劣悪な職場環境・低年齢者の雇用といった種々の問題の中で、時には犠牲者を出しながらも長年の労使交渉でようやく得られたという歴史があり、それは最低限の権利なのです。 日本でも小説「蟹工船」「太陽のない街」映画「あゝ野麦峠」などで戦前の労働者の実態が描き出されています。 戦後ようやく法律が整備され基本的人権の確立をみましたが、これは憲法25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」に反することではないでしょうか。 日本経団連の提言によるものだそうだが厚労省はどうしてこんな馬鹿げた経済主導、国民無視の法案を取り上げるのか。そういえば厚生労働省といえば、つい先日不正経理問題で、カラ残業やヤミ休暇が明るみになったところ! それを審議している厚労省から導入してみて、その是非を問うべきです! 金利グレーゾーンの問題もそうなのだが、省庁が経済界に弱腰というのはどうしたことだろう。ここにも裏で何かが動いているように思えてならない。(そして政治家は省庁に弱いんだから、もうどうしようもない!)
土曜・日曜と試験に行ってきました。 なんとか受験することができました。試験直前のお忙しいときに励ましてくださった皆さん、本当に本当にありがとうございました。 土曜の朝に、頓服ではなく通常用の安定剤(ルボックス)を1錠飲んで出ました。 普段だと電車も恐怖で、いつも数回途中下車します。 薬が効いたのか、不安はありましたが降りることなくすみました。 さすがに試験の緊張は緩めの薬では拭えなくて、特に今回は半年ぶりの試験でしたから一科目目は少し手が震えたりしました。震えが静まってもとても落ち着いて思考できる頭ではなく、解答は支離滅裂な文になってしまいました。 2つ目、3つ目と同様でした。次回もこうだと思うとちょっとツライかも・・・。 苦しい思いをおしてせっかくここまできたのだから、とにかく書かなくては!という強迫観念が悪循環となってさらなる緊張を引き起こしているように感じました。勉強不足もそれに追い打ちをかけていたと思います。 一日目終了後は終わったという解放感からか多少リラックス・・・。 日曜日も一応3科目申請しておいたのですが、1科目に絞ってそれだけをやりました。 さて二日目。 朝、昨日と同じお薬を飲みました。 昨夜、中華料理屋さんで食べた「海鮮ラーメン」?だったかに入ってた牡蠣のせいなのでしょうか、お腹が下げ気味・・・。 そのせいもあって、頭は昨日よりパニック! まともな解答にはとても程遠い自分の出来にちょっと自己嫌悪。 解答の内容にまで影響が及ぶとなると、問題やなぁ。 結局その科目の受験でもう限界。あとの科目は調子がよければ出るだけ出てみようと思っていたけど、銀杏の下でお茶を飲んで、沸いた頭を落ち着かせ会場を後にしました。 帰りの電車も薬のおかげか、降りずにすみました。 自分の症状に対する不安、最後まで会場にいられるかという不安、試験の出来に対する不安、これらを解消するためにどうすればよいか・・・。 強い薬を飲むとか、どんな問題もどんと来ーい!というくらいにしっかり勉強しておいて自信をつけておくとか。どちらも次の重要な課題です ストレス軽減のため科目数を絞り、受けた分は必ず合格できるようにきっちり勉強しておく。 と言うのは安いけど、専門科目に入ってどんどん試験が難しくなってる気がする だけど、心身の維持と単位取得を両立させるために周到な準備をしておくという最低限の努力はしないと・・・。もう行き当たりばったりじゃダメやなぁ。 (日記を一度アップしたところに、安定剤を飲んでいるという通信のおばちゃまから電話が。安定剤は緊張がやわらぐと同時に頭の働きも鈍るんだとか・・・。あの落ち着かない集中できない状況は薬のせいもあるようです。飲まないと緊張・不安、飲むと注意力散漫、あらら、これじゃあどっちを取るか迷ってしまう。) 試験の合間の待ち時間に不安に襲われたとき、皆さんの名前を思い浮かべると一瞬ふっと楽になれました。心からお礼を言わせてください まったく綱渡りの状態になってしまったけど、日々の生活や自分自身をよく見直して改めるところは改めて、少しでも症状が改善するよう励んでいきたいと思います。とりあえずは1月に無事に受験できるように・・・! 有難うございましたm(_ _)m
昨日の昼頃から後頭部の右側だけがズキズキ。 このタイプの頭痛は風邪の兆候です。 ちょうどレディース・デイということもあって、体調はかんばしくない。 神経症の方もここ数ヶ月ひどくなってきているので、心療内科に行きました。 ここの心療内科は、去年診断書を貰うために一度通院していて、そのときも安定剤をくれたのだけど、どうも怖くて飲めなかった。 その頃はまだ精神力や我慢で乗り切れる範囲だったのだけど、今はそうも言ってられない。今週末の試験にはどうしても行きたい。この辺のことを先生に正直に話して(去年飲まなかったことや、週末の大切な用事のこと等)処方してくれたお薬を貰ってきました。 帰宅すると風邪の方が悪化。夕飯の支度をしてちょっと横になる。主人からの帰るメールも夢の中。帰宅する少し前に目が覚めたのでご飯を出してまた横になる。体が熱くなってきたので熱を測ってみたけれど熱はないようです。 朝は申し訳ないけど、自分でトーストしてもらった。おかげでちょっと良くなりました。 去年の夜スクで知り合ったおばちゃまが安定剤を服用していると聞いていたので、昨夜電話をかけてみました。私が貰った薬は、そのおばちゃまは合わなかったので別のものを飲んでいるということ。「これから赤ちゃんを産もうとしている人にはあまりすすめられない」とおばちゃまは心配してくれる。あらら、また迷いが・・・。 相談の結果、食後に飲む薬は試験後から試してみる。もし、飲んだ薬が合わなかったら試験そのものがおじゃんになってしまうから。頓服だけは持参して、いよいよ調子悪ければ会場で飲む。これも初服用だから一か八かだなぁ。 科目試験を受け始めた頃は、帰宅すると必ず熱を出したり嘔吐したりして体調を崩していたものです。これらをおして今までなんとか継続できてきたけれども、ちょっと様子が変わってきた。自主退学ということはなくても、休学や在籍期限終了で卒業ならず、ということも考えにいれなくてはならない。能力不足で卒業できないのは仕方ないけど、病気で卒業を諦めなくてはならないということは考えたくないことだった。でも、現実を見つめなくてはいけない。 ただ熱が出ようがまた外出恐怖に苛まれようが、試験だけは受けたい。とりあえず、目前の試験だけは諦めない! ・・・と強がってみても、泣きたい時は泣く!そうすると不思議と元気が出てくる。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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