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建築家の日記
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治ったと想っていた風邪が一寸した油断から亦ぶり返して薬を飲んでいる。薬嫌いなのに飲まねば治らないから仕方なく飲んでいるのである。効くと想ってはいるのだが風邪の菌が未だ体内に潜んでいるらしいのだ。体調が良くなって治ったと想って薬を止めると身体がだるくなる。微熱がある。だから今度は治ったと想っても二三日は薬を続ける必要がある。今流行りのインフルエンザではないのは高熱が出ないので分かる。子供時分にはよく高熱を出して寝込んだものだった。だからその頃にインフルエンザの抗体が出来ているのだろうとボクは想っていて、満員電車でも移される心配は無いと逆に安心している。

寒がり屋のくせに外へ出たがるが、一向に風邪をひかないココ。
たまたま現在の小学校の監理業務が終える頃に先日始まったマンションの監理業務とが重なって、書類整理や後片付けで慌ただしくなってきた。来月早々にある小学校の竣工検査が済めばガタンと暇になるのだが、それまでは何かと気ぜわしい。役所の仕事は何故こうまで書類が多いのかと何時も訝される。竣工検査では建物そのものは観れば一目瞭然だからチームに分かれて観て廻ると直ぐに終えるのだが、各種のファイリングした書類の検査がやたらと時間がかかるのだ。勿論、それを揃えるのは施工当事者のゼネコンだが監理者が事前にチェックした上で役所の検査官が再度チェックする。

工事現場のガードマン(1)
技術屋と事務方ではスピードが違う。技術屋は専門だから理解が早いが事務方は書式や形式にこだわり整合性に疑義があれば物事の本質よりも形式的に揃えるよう要求する。同じ表現でも見た目が違えば別のことのように観てしまうのだ。事務方(技術の素人)に理解できる表現をしておかないと関連性にも疑義をはさむことになってしまう。例えば、元請の会社の名前が表面に出ず、子会社の名前宛でメーカーから送り状伝票(鋼材ならミルシート)がある場合、本当に元請が受け取ったものなのか疑わしいと観る。実際に現場に納入されたものかどうか証明性を求めるのである。工事現場名が同じだからOKという訳には行かないのだ。
そういうケースは多くあって、元請と下請との契約書が揃っていればOKとなるが案外、口約束とか慣例で従前のまま契約書も交わさず仕事を受発注する場合もある。中には元請よりも下請の方が会社の規模が非常に大きい場合、元請はその下請けに任せっきりになる場合が多いから書面だけでも関係が証明できるようにしておかなくては検査は通らないこともある。中には表面的に元請が契約者になっていても会社が大きくてしっかりした下請けが総てを仕切っている場合もよくある。所謂丸投げで元請が関知していないと(これは違法なのだが)責任の所在が曖昧になってしまうのだ。不景気で中堅のゼネコンが倒産しているご時世だけにこういうケースは多い。

工事現場のガードマン(2)
一寸した工事(3億円程度)でも元請の下に下請けが数十もある場合があり、その下に孫請があり更にひ孫請けまであって書類上名前が挙がって来ない業者も多い。そういう場合、何処までを下請として書面上に載せるか2次、3次、4次と全部載せると膨大になるからせいぜい2次どまりで検査書類は出来上がる。実際には現場には様々な会社の職人が居るから見極めが大変である。半年目にようやく所属と名前と顔とが理解できた業者が居たりする。工事の前半と後半では職人も殆どが入れ替わるから覚えるのも大変である。現場監督は全員が顔見知りだろうが監理者は初対面ばかりなのだ。最初から最後まで通しで居る人間なら覚えてしまう。
10年ほど前のことだが、大阪市内の行きつけのコーヒー屋に立ち寄った帰りに御堂筋で「先生、久しぶりです」と声を掛けられたことがあって振り返ると一人の年配のガードマンがこちらを見て笑いかけているのだった。何と、彼はその数年前に矢張り大阪市内の小学校の建て替え工事で設計・監理したときの現場に居たガードマンだった。よく覚えていたものだと感心したものだがボクも印象に残っていた相手だった。と言うのは現場事務所によく来て世間話をしていた関係から、ボクが読み終わった小説を何冊か彼に上げたことがあったのだ。温厚な人柄で読み終わった本ながら喜んで貰ってくれたのだった。

工事現場のガードマン(3)
今回の現場でもガードマンと親しくなってよく世間話をしたが、彼は学歴は北大出身と自分から明かし大手のレンズ会社の営業部長までやっていたという。定年後、身体を壊して健康維持の為にガードマンをしているのだということだった。今回の工事期間中に彼の奥さんが腸癌の手術を受け、無事退院したのでこの工事が終えれば3カ月ほど休んで北海道へ温泉旅行にでも連れて行くのだと言っていた。監理をしていると様々な人々との出逢いがある。工事関係者が一番多いが、過ぎれば忘れるのが殆どだ。亦何処かで出会うかも知れないが先ず無いのが普通だ。それだけに声を掛けられたのは珍しかった。
朝一番早く起きるのはココである。その次がボクで、息子、妻の順である。ココは5時頃から起きだし部屋を出たくて仕方ないように高い処からフローリングにトンと飛び降りて隣室のボクに合図する。その合図を察知するのはボクだけで、廊下を隔てた部屋の息子は気がつかないでグーグー寝ている。階下の離れの寝室に居る妻へは音が伝わらず、おまけにテレビを観ている時もあるから全く聴こえず二階で物音がしても分からないのである。6時過ぎにおもむろに起き、ココの部屋のドアを開けてやると、待ってましたと直ぐに飛び出して来てボクの足元をグルグル廻る。階段の踊り場に近いから危ないので尻尾を引っ張って横へやる。それがボクのココへの朝の挨拶である。

ガラス戸を開けてもらえるのを待っているココ(パソコンの上が温かいのだ)。
ボクが降り始めるとココも付いてくる。途中でボクを追い越して先に階段を降りるココに足を取られないように手摺に捉らなければ危なくて降りられない。台所で餌を作っている間もココは足元を身体をこすりながら廻る。立てている尻尾もボクに触れさせるのだ。早く朝ごはんが食べたいという合図である。出来あがって目の前に茶碗を置き掛けると「ニャ」と短く声を出す。「頂きます」という程度の言葉なのだろう。後は黙って食べるのに専念する。ボクは水を一杯飲んでから隣の書斎へ行く。雨戸を開けて庭の風景を観、気温を確かめ、空も見上げる。天気予報通りの空模様の場合もあれば反対の時もある。

「未だ開けてくれないの?」と庭を観て待つココ。
しかし、大体予報は当たっている。携帯の傘を常時バッグに入れているから傘が要るかどうか心配はしないが、なるべくなら降って欲しくない。そうこうしている内にココはやってきて庭に出してくれというポーズをとる。パソコンに書き込み中だから直ぐに開けてはやれないから暫くたたずんで庭を観て待っている。出してやれば何処か行く。そうすることがココの日課になっている。ボクも庭に出てパティオや玄関の方に廻り、前栽の様子を観て、新聞と牛乳を取り込む。台所に戻って牛乳を冷蔵庫に入れ、新聞の第一面の見出しだけを見る。大したニュースが無いのを確認してから隣室の書斎へ行き、電気髭剃りで髭をそる。それだけで七時頃になっている。

目土をした芝生から少し新芽が出て来たところ。
そろそろ息子が起きだす頃だ。妻の部屋からは未だ何も物音がしない。七時半には朝食の用意の為に出てくるだろう。それまでボクはパソコンの前でブログを書く。今朝は、昨夜の内に書いておいたものをアップするだけだったのでメールを調べ、それでも時間が余ったので再度庭に出て、カメラで庭の様子を撮ってみた。すると上の方からココの声がする。見上げると下屋の先端からココが見下ろしている。早速それも撮った。パティオの方へ行くと、ココも屋根伝いに来て、ガレージの屋根にドサッと降りてからボクの足元に来た。ニャ−ニャーと啼くので未だ食べ足りない様子なのだ。仕方なく部屋に戻るとココも付いて来る。煮干し雑魚を二三匹やると満足して出て行った。つまりデザートという訳だ。

上からココの鳴き声がするので見上げると、下屋に居るのだ。
息子は今朝は起きるのが遅かったので遅刻しそうになって食事も取らずに妻に頼んで駅まで車で送ってもらった。帰って来た車に食事の済んだボクが乗り込んで矢張り妻の運転で駅まで送ってもらい、次発の電車に乗った。それが今朝の我が家の風景だ。ココは一連の流れを物陰から観ていて慌ただしい風景だと想ったことだろう。何時もはもっと余裕のある光景なのだが、息子が夜遅くまで何をしていたのか知らないが、そう言えば友人と電話で長話をしていたようだった。亦、仕事に行き詰って相談していたのだろうか。妻も知らないようだ。男一匹、自分のことは自分で決めて行動するしかない。何時までも親に頼っていては男に成り切れないのだ。ぐずぐず言ったところで自分のことは自分で解決するしかないのだ。

芝生が生えそろうまでひと月はかかるだろう。
ラッシュのピークが過ぎた電車には、遅出のサラリーマンや学生が乗っていた。それでも途中からの乗客で車両は半分ぐらいに詰って、大阪に着いた頃には結構な数の乗客がホームにあふれていた。その中に混じって電車を乗り換え、工事現場に着いたら9時を少し過ぎていた。現場は8時から始まっているから遅出のボクは少し場違いな気がする。現場の監理事務所に入って空調機のスイッチを入れ、コーヒー・メーカーでコーヒーを沸かす。それがボクの仕事の始まりだ。それも今月で終える。後は書類の整理と報告書の作成だ。1月から始まった工事もようやく完成である。次の仕事は既に始まっている。検査を2週間に一度の割で実施することになるが、役所の監理が終わったから暫くは暇になる。
今年の2月9日に北京で起きた超高層ビル(TVCC:テレビ文化センター)の火災写真が入って来た。日本では報道されなかったものだ。TVCC は、中国中央電視台(CCTV)の北側に建設中の超高層ビルで、高さは159m。オランダの設計事務所OMAが設計して、CCTVとともに世界的に注目を集めていた。今年の開業予定で、ホテル「マンダリン・オリエンタル」などが入居するはずだった。昨年夏の北京オリンピックの頃には急ピッチで仕上げ工事に入っていた。政府系の建物だけに、中国政府が報道を規制しているらしく、今も正式な発表がない。火災の原因が分からないものの、テロによるNYのWTCツイン・タワービル(9・11)事件の記憶がまだ残っている折から不気味である。


焼ける前のテレビ文化センター・ビル(TVCC)。
 
左の建物はテレビ文化センター(TVCC)、右は中国中央電視台(CCTV)の建物。

野次馬でごった返す火災現場 1

野次馬でごった返す火災現場 2

翌日の焼け跡のテレビ文化センター(TVCC)1

翌日の焼け跡のテレビ文化センター(TVCC)2

翌日の焼け跡のテレビ文化センター(TVCC)3
「○○殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいい」という言葉を連想させる秋雨前線が居座っている。お蔭で庭の芝生の目土をしたのが青々と新芽が出てきた。表題の言葉はボクが大学を卒業して最初に現場実習で工事現場に出された時に、現場所長から聞かされたものだ。最初、意味が分からなかった。○○というのは今では土工事の職人を指す言葉で差別用語になっているというから○○にしただけのことだが実際には差別用語になっているかどうか知らない。要するに日銭で喰っている職人は雨で屋外工事が出来ないと休みになるから三日も喰い上げになると大変だということの表現で昔から言われているようだ。

東京浅草の鈴本演芸場
それとは別に「噺家殺すにゃ刃物はいらぬ、あくびのひとつもあればいい」というのがある。それは芸の道の厳しさを表したもので生死には直接関係がないが、将来的には人生を変えるほどの重大事でもある。落語家で一番辛いのは修業での苦労もそうだが、実際に寄席での客入りが悪かったり、前座で出られても客が話が面白くないので退屈してあくびをすることだそうだ。一所懸命に演じていても努力と技量は比例しそうでしないものだから内心苦しむのだ。ひょんなことでコツを掴むとトントン拍子で人気が出たり名人と持てはやされたりするから運もあれば才能も大いに左右するのだろう。

大阪天満の繁昌亭(はんじょうてい)
どのような世界にも苦労は付きものである。傍目には気楽そうに観えても門外漢には計り知れない苦労がある。社長は社長なりの苦労が、平社員は平社員なりの苦労があって、それを通り過ぎて成長するのだ。社長の次は後が無いではないかと想うのは素人の考えで、事業が上手く存続するかとか後継者が上手く会社を経営してくれるかという一般的な苦労の他に、成功したらしたで自分が亡くなった後の財産の分配で家族が対立しないかとか放蕩息子が真人間になってくれるかという様々な想いが頭の中を駆け巡る。どんなに幸せそうに観えても人は様々な苦労を持っているものである。
カーテン屋がもって来てくれた見本帳を見たものの気にいったものが無かった。特にレース・カーテンに無かった。グリッドのサイズまで言っておいたのに無いのだ。出直して週明けにもって来てくれた二冊(サンゲツとリリー)にも無かった。ドレープは種類も多く、数点気に入ったものがあったが、どちらにしてもレース・カーテンが決まらなければ進めることが出来ないので、もう一度、小さなメーカーでも良いからと言うと「もう一度探して、もって来ます」とカーテン屋は言った。折角来てくれたのだからとボクが先日書いたブログの写真を見せた。それでようやく納得したのだった。彼はボクの言葉を理解していなかったのだ。

見本帳の写真のレース・カーテン(これでもグリッドが小さい)。
久しぶりに自治会長から「これから、お伺いして宜しいですか?」と電話があって暫くして彼はやって来た。ボクよりも一回り以上年上なのに健康そのものの人である。昔、大阪で小学校の校長先生をしていて、奥さんもこの地元で小学校の先生をしていた関係から市長を始め市の幹部連中は殆どが教え子になり一目置かれている夫婦である。今年の春、ボクが自治会長の任期切れに際し彼に相談したところ快く引き継ぎを内諾してくれ、ボクが相談役という立場に退くようになってからも定期的に彼は訪問してくれている。時間的にも余裕があり、子供が居ないせいか歳の割には若々しく見え行動的でもあるので、ボクは自治会長としてはうってつけの人だと想っている。

新自治会長から以前に貰ったパフィオペディルム と プリンセス・パトリシア。
自治会長は原則として指名制ではなく公選制で選ばれることになっているのだが、ボクの代の前までは密室で内々に決められていたからボス政治のような雰囲気があった。が、ある事件がきっかけで大改造せざるを得なくなったのだ。ある事件とは市からの老人会への補助金の不正流用が判明したことで老人会の会長が辞任することとなり、その直後に自治会長を脅迫する怪文書がばら撒かれる事件が起き警察問題にまでなったのだった。その事件の黒幕と主犯は単純な構図だったので直ぐに判明し、謝罪させて事件は解決を見、彼等の今後の生活のこともあるので内々に処理された。

新たに貰ったBlue Boy Fantom(ブルー・ボーイ・ファントム)1
そしてボクの代から会長の任期切れの二か月前に30程ある班から自薦・他薦で出て来た班長10名で構成した会長推薦委員会を立ちあげ、自治会長候補者を推薦し、自治会総会で議決を取るという手続きを取ることになったのだ。だから一応民主的な方法となって新生自治会が今年の春からスタートしたのだった。しかし、それでも犯人一派の名前が公表されなかったことに味をしめた連中が懲りずに、亦、裏で何やらゴソゴソとうごめいて新生自治会に妨害工作をしていることが出て来たので自治会長が相談を持ちかけて来たのだった。何処までも心根の腐った連中は性根が直らないもののようだ。

新たに貰ったBlue Boy Fantom(ブルー・ボーイ・ファントム)2
ボクは会長に「子供のような連中なぞ放っておきなさいヨ。それよりも自治会活動がやり易いように備品(大型複写機や防災用・集会用の大型拡声器など)も揃えて、役員さんも若くて頭の切れる人を募れば案外良い人が多くが集まるのではありませんか」と進言しておいた。参考までに事件を起こした黒幕や犯人、更には不良民生委員の暗躍した背景なども詳しく説明しておいた。来年は民生委員の入れ替え時なので近隣の評判の良い人物の名前も挙げておいた。住み易い開かれた明るい住宅団地となる為には腐った古いボス連中(元市会議員や現役の市会議員、歴代の自治会長)の名前も参考までに教えておいた。

新たに貰ったBlue Boy Fantom(ブルー・ボーイ・ファントム)3
そういった連中の動向や評判は他府県の議員(国会・県会・市会)からの情報が案外役立つのだから世間は狭いものだということがよく分かる。たまたまボクが建築設計の仕事をしている関係と学友の官僚の話で中央(東京)をも含めて知り得た情報が役に立っているのは偶然にしろ面白いものである。尤も、深入りは禁物で、なるべくなら情報を知っているということだけで充分で、行動にまで出ないように注意しておいた。つまらない下世話なことから893の情報まで知っていれば先手を打て、予防も出来るからだ。事件が起きてからでは遅いのだ。彼は礼として新しい蘭(ブルー・ボーイ・ファントム)と萎びた古い鉢とを入れ替えてくれた。
毎日、当たり前にМP3(iPodのイヤフォン)でクラシック音楽(バッハが中心)を聴いていると慣れてしまって違和感が無く、音楽について考えることも無いのだが、同じ音楽を毎日聴いていてよく飽きないものだとは想う。言わば水や空気のような存在なのだろうが、精々楽器が変わるとかスタイルが変わる程度の変化で生活にしっかりと入り込んでいる。楽器はオルガン、バイオリン、チェロ、ピアノ、ハープシコード、ギターが主で、他には声楽や管楽器やオーケストラが数曲録音されていて全部で240曲ほどある。騒音がやかましい地下鉄では聴きとり難いから曲種を変えている。単にボリュームを上げたのでは頭が痛くなるだけだからボリュームはそのままでキイの高い曲を選ぶ。

МP3(iPod)で毎日音楽を聴いている。
例えばハープシコードや管楽器だ。管楽器の中でもトランペットは甲高く響くが録音している曲が少なく、ブランデンブルグ協奏曲の一部にそういうのがあったりする程度である。それよりもギター(リュート)曲が耳に馴染み易いのはどうしたことだろう。静かな曲が多いので地下鉄では不向きな筈なのに心が和むのだ。耳触りが良いという言い方は適切ではないが、昔クラシック・ギターをやっていたことがあるから馴染むのかも知れない。バッハ以外にも、ソル(フェルナンド)やターレガのものが数曲入っている。良い歳をした親父がイヤフォンなぞしてと想われているかも知れないがボクは一向に気にしていない。
20年ほど前、東京で単身赴任をやっていた頃もウオークマンを聴きながら通勤していたから慣れているのもあるのだろう。そう言えば、ウオークマンは本体が重いのでクラッチバッグに入れ、コードを伸ばして聴いていた。立っているので電車の荷棚にクラッチバッグを置いてコードを耳までたらして本を読んでいると隣の若い女性がコードが気になって腕で払いのけようとしたことがあった。それでバッグが引っ張られたりコードが切れると困るので急いでクラッチバッグを脇に抱えたが、その女性が哀れに想えたものだった。心に余裕が無いというか触れることもない他人のウオークマンのコードを払いのけようとする行為が浅ましく見えたのだ。
東京の若いサラリーマン女性が何か突っ張っているように観え、ギスギスした感じの連中が多かったように感じたのは男中心社会での通勤ラッシュで疲れていたのでは無いだろうか。その頃は未だ女性専用車両というのが無かった。たまたまボクの乗っていた小田急だけのことだったかも知れないが、あそこも実に混む線だった。時には行儀の悪い女性が居て、ハイヒールのかかとで周りの男性の靴を踏みながら出て行こうとするのでトラぶっていたことがあった。というのはボクも踏まれた経験があったのだ。亦同じことをされては敵わないのでドアの位置を一つ替えて乗るようにした。
ところが矢張り亦同じようにトラぶっている風景が以前の場所で再現されているのだった。踏みつけている女性が気丈というよりも異常なのだが、踏まれた男性が余程腹に据えかねたのか大きな声で「何ィ!表へ出ろ!」と怒鳴っていた。同じ被害者の立場として聴きながら「ああ、亦やっているな」と振り返ると若い女性が必死の形相で出て行きかけていた。周りの人々が彼女に同情する気配は全く無く、多分、彼等も以前から知っていたのだろう。ウオークマンのコードの件といい、ハイヒールで踏みつける件といい、通勤ラッシュの異常さは分かるが、そこまで突っ張らなくてはならない女性が居ることも異常だと考えさせられたのだった。
関西に帰ってからは、サラリーマンを辞めて建築家として独立したせいもあるが、工事現場へ監理に行く時間帯も通勤ラッシュを外しているからそういう目には遭ったことは無い。時にはマイカーで行ったりするから益々そういうことは無いが、最近ではラッシュ時間帯に女性専用車両が設けられたからトラブルは無いようだ。尤も、女性専用車両が出来た背景は痴漢防止の為だった。あれは実に卑劣な犯罪だ。女性はか弱い者という前提で成り立っている。しかし、最近ではその逆があって、犯罪の事実が無いのに男性を訴える事件があり、裁判で無罪が確定するまで非常に迷惑を受けるケースを報道で知り、同情の目で観てしまうのだ。だからでもないが男性は女性の隣に立つと要注意だ。
実は先日、現場からの帰り、何時もの駅から電車に乗ったところスタイルの良い若い女性がジッとボクを観ているのだった。ホームで待っている時から隣に立って、電車に乗り込んでもボクの横で観ている様子で、気持ち悪くなってずーっと無視してМP3(iPod)に集中していたのだった。急行だったので20分程で乗り換え駅に着き、降りて待機していた準急に乗り換えホッとしたのだった。見知らぬ若い女性に見つめられて悪い気はしないだろうというのは軽薄な男の言うことで、帰宅して早速そのことを妻に言うと「女性が仕掛ける痴漢かも。お父さん、注意してネ」と言われてしまった。

インターネット映画FBIの「ロマンスグレーの、ジャック・マローン捜査官」
女性からの申告罪という痴漢行為というのは身に覚えの無い男性にとっては一種の脅威である。だから常に周りに注意をしていないと何に巻き込まれるか分かったものではない。乗り換えた準急電車でも向かいの席に座った中年女性が矢張りボクをジッと見つめていたことも妻に話すと「バーバリーのハンチングを被ってイヤフォンなんかしているロマンス・グレーのお父さんが良い鴨に見えたのかも知れないわヨ。くれぐれも注意してネ」と念を押されてしまった。矢張りМP3(iPod)を聴いている初老の男性が珍しいのだろうか、ボクは慣れて当たり前と想って居ても世の中の人々は未だまだ慣れていず変わって見えるのだろうかと自問してみるのだ。
ボクは昔から美食家だ。母が料理上手だったせいだろう。学生時代はアルバイトをした金で有名な料亭やレストランを巡ることもした。今で言うグルメの走りだ。お蔭で料理に関しては割合通になって、味付けには一寸うるさい。だから家内も結婚当初のことを想えば数段に腕が上がった。うるさく言うだけでは腕は上がらないので彼方此方の店へもよく連れて行った。最近でこそ極たまにしか行かなくなったが、それでも月に一度は必ず行く。今月は大阪ヒルトンのイタリアン・レストランを予約している。このところ和食、フランス、中国と続いているのでイタメシにしただけのことだが、イタリーの場合はどうもディナーというよりもランチというイメージが強い。

イタリー料理の一部。
イタリー料理といえば直ぐにパスタを連想するぐらいだから、わざわざ構えることもない気がしないでもないが、実際は沢山の種類があるのだろう。中華料理で言えば北京、上海、四川と大まかに分類できるのだから王政時代を経た国には必ずある筈である。ボクが知らないだけのことだろう。世界三大料理と言えば勿論、中国、フランスと並び、三つ目は中東のトルコというのは知識としては知っているがトルコ料理は日本では馴染みが少ない。それよりもイタリーの方が一般的だ。日本人に言わせれば世界三大料理の一つには日本(懐石)料理を入れた方がしっくり来るだろう。懐石料理を真似たフランス料理や中華料理もあるぐらいである。
しかし、懐石料理は「新鮮な食材ばかりを一寸味付けしただけのものだから、あれは料理の内には入らない」という欧米人が居た。そういう連中は脂ぎった手の込んだ料理だけを料理だと思っているのだろうが、お蔭で欧米人は不健康に肥り、ダイエットに一生を掛けねばならなくなって今頃になって日本料理を見直している。その証拠に寿司が世界的なブームになり、見向きもしなかった中国人までが刺身を食べ始め、トロ(マグロの上質の脂身部分)を買い漁って日本では品薄か高騰の現象を示す勢いだ。何せ日本人の10倍もの人口の国だから金持ち層も10倍居て1億近いセレブが金に糸目をつけずに買うから困った現象である。
そろそろ世界食糧危機に際して日本がどのようにして食料を確保して行くかが大問題になりつつあるのを現実問題として意識しなければならないだろう。ボクのような美食家は粗食に甘んじる覚悟が要るかも知れない。しかし、美味い料理というものに対する解釈は案外簡単なもので、腹が減っている時に何でも美味いと想いながら食べる状態のことを指すのだから、昼飯に大衆食堂で秋刀魚の焼いたのを大根おろしで食べ、豚汁を啜(すす)っている時が人間の幸せな時なのだと想えば良い訳だ。単身赴任していた頃、連れられて行った新宿の有名なラーメン屋で行列待ちしていた頃が懐かしくも想えるのもそうだ。
さて、我が家では両親が亡くなって7年ほどになるが、それ以来、年末年始をホテルで過ごすのを止め、正月のおせち料理をデパートに注文し自宅で正月を過ごしている。今年もその予定だが、おせち料理にも色々あって洋風から中華風、そして勿論和風とバラエティーに富んでいるものの、経験から言えば高価な有名料亭のものが必ずしも美味いとは限らない。色々食べ比べてみて良かったというのを再度注文するようにしているが、若い頃と違って前期高齢者夫婦と息子一人だから盛りだくさんあっても腐らせるだけになるのだ。正月三が日同じ料理では飽きるから、元旦か精々二日目で食べ切れるものが良い。直ぐに日常の食生活のものを求めたくなるのだ。

正月に流行る懐石風おせち料理。
つまり、味覚というものは確かに美味い不味いの見分けは直ぐにつくが、自分に馴染んだ味覚の方が優先するということだろう。たまにご馳走を食べるのが良いのであって毎日ご馳走ばかり食べていては嫌になってしまうものだからである。何、そんな目に遭ったことも無いから一度でも遭ってみたいと思うのは知らない内の話であって、美女も毎日見ていると何も感じなくなるものだ。毎日明けても暮れても美女に囲まれ辟易としている王侯貴族やドン・ファンが、偶然にも清楚で純朴なマリア様のような田舎娘を見た途端、コロリと参るのも成程とうなづけるのである。アイスクリームにウエハースが付いている意味が分からないと折角の美味も半減してしまうのである。
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