ハインブルクは国電S7線でB.D.アルテンブルクの一つ先、ドナウ河畔の交通の要衝です。町外れに大きなタバコ工場があるので、そのあたりを歩くとタバコの匂いが漂ってくるのが印象的です。ここまで来ればスロバキアもすぐ。そのためこの町はかつて国境警備のための城壁に囲まれた城塞都市でした。現在も町の西の入り口にはウィーン門、東にはハンガリー門という石造りのゴツイ門が残っていて、威容を示しています。なおF.J.ハイドンは6歳の時に故郷ローラウを後にして、この町に移っています。

ハインブルク・ウィーン門
一方ブルック/ライタ(Bruck an der Leitha)はウィーン南駅から40分、ブダペストに向かう長距離列車が停まる大きな町です。そしてこの町も国境警備のための城塞都市でした。 え? どうしてここが国境の町なのかって? それは現代オーストリア共和国の成立と関係があります。かつてのハプスブルク帝国は、共通の君主を戴くオーストリア帝国とハンガリー王国との国家連合のようなものでしたが、両国の国境がこの町の東を流れるライタ川だったのです。第一次大戦後ハプスブルク帝国は解体されましたが、旧ハンガリーの最西部はドイツ人が多かったために、住民投票でオーストリアへの帰属を決め、新たに現在のブルゲンラント州となりました。従って現在のニーダーエスタライヒ-ブルゲンラント州境こそが、長い間かつての国境であった訳です。

ブルック/ライタの町
しかしこの町を紹介したのは、別のある個人的な理由からです。誰にでも心を揺すぶられた小説があると思いますが、自分にとってそういう長篇小説の一つが、シュテファン・ツヴァイク(S.Zweig)の『心の焦燥』でした。この大戦前夜のハプスブルク帝国の辺境を舞台にした悲劇。人の他愛ない同情や善意がギリギリと破滅を招く怖ろしさ、か細い心の襞まで容赦することのない狂おしいまでの心理描写、あまりにもむごい結末 … 正直自分は泣きました。邦訳がありますから、もっと多くの人に読んでもらいたい傑作です。

プルッグ城
そして自分は、一時このフィクションの舞台の地探しに熱中したことがあり、詳細は省きますが、その結果ここブルックの町外れにあるプルッグ城(Prugg)の可能性が高いのではという結論に一応達しました。現在この城は個人所有であり、入ることは出来ませんが、近くから特徴ある塔を眺めた時は、やっとここまで来たのだなあという感慨ひとしおでした。もし『心の焦燥』に興味ある方がいらっしゃれば、是非掲示板などで話し合いたいものです。
S.ツヴァイク『心の焦燥』、みすず書房、1974
次へ(おまけ、ブラチスラバへの小旅行)