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![]() 『道産子追憶之巻(秋)』(部分) 岩橋英遠 ――こんにちは!―― ブログをとりあえず開設して4月末で8年、日記は6年半になりました。(日記は最初の1年半は放置してました。) 仕事の忙しいときはあまり更新できませんが、そうでないときは趣味関係を中心にちょろちょろと動きます。 興味を持ったものは、値段や使い道をあまり考えないで買ってしまうほうで、無駄な買い物をよくします。 それでブログのタイトルを『趣味は‘散財’!』としました。 日記では、思いついたことを趣味関係中心に‘適当に’書き綴っています。 趣味はいくつかあるのですが、ここ4~5年の傾向は「美術・芸術」と「水泳・プール」の2つが中心になっています。 水泳は長距離が好きで、絵画は「現代西洋画」や「近代日本画」を好んで見ます。(印象派とフォーヴィズムは苦手です。) 日本人・西洋人の合計で250人の画家の名前と代表的な作風の作品は、見たことがないものでも認識・区別できるようになりました。 4年ほど前から寺巡りを始めました。(「西国三十三所」と浄土宗の寺がメインです。) 寺参拝の日記は、「西国三十三所」と非公式を含む番外の寺は「西国三十三所巡り」のジャンルに、「法然上人二十五霊場」と番外の寺は「法然上人二十五霊場巡り」に、それ以外の浄土宗の寺は「浄土宗の寺院巡り」に、これらいずれのジャンルにも入らない寺は「名所・旧跡訪問」に分類してあります。 検索サイトから来た人は、トップ・ページの左側にある「(日記の)カテゴリ」や「フリーページ」から見てください。(‘余計’なページを見ないで済みます。) 昨年はサイクリングにも興味を持つようになり、自転車で「今治~尾道」の「しまなみ海道」を8回と、「今治~呉(一部フェリーを使用)」の「とびしま海道」を1度走りました。 真冬と真夏に走る、ちょっと変わった奴かもしれません。(^-^;) 今年になってからも既に、前者を2度、後者を1度走りました。 興味のある書き込みを見つけたら、何かコメントをもらえるとうれしいです。 訪問者数のカウント表示を見ると、結構な人が訪れていると思うかもしれませんが、楽天のブログは一般の検索サイトに引っかかりやすく、検索エンジンなどの「自動巡回」も訪問者数にカウントされるためで、実際の数はわずかです。。。 ※日記へのコメントの書き込みの仕様(条件)を変更しました。「楽天」の会員登録をしていなくても、「画像認証」をすれば書き込みができます。 また、コメントへの返事が遅くなるかもしれませんが、ご了承ください。 「楽天」のブログの日記は、新しい日付のものが上に来ます。時系列順に続けて読む場合は、下から上に読んでください。 「Kenji07」というハンドル・ネームはほかでは使用していません。 検索でツイッター(Twitter)のIDなどが出てきますが、私ではありません(、念のため)。 ※この1~2年、異常にアクセスが増えています。日記を見てもらえるのはうれしいのですが、日記のURLをそのままどこかに貼り付けるのはやめてください。 念のために書いておきますが、私は美術関係者でも、水泳関係者でもありません。 どちらも単なる趣味なので、間違ったこと以外は、好きなように書かせてください。 よろしくお願いします。m( _ _ )m ※現在、書きかけで放置している日記がたくさんあります。 また、現在、過去の日記の画像の容量を小さくする作業(・・・いったんフォトを削除して、日記を投稿し直す)をしています。そのため、日記の更新日が日記の日付の何年もあとというものがあります。 書きかけの日記は適宜アップしていくつもりです。。。 2012.5.10.(この欄の最終更新日) ![]() ■Kenjiの日記■ [全1739件]
1人暮らしの1か月の平均の電気代がいくらぐらいか、ちゃんとしたデータを見たことはありませんが、人の話やネットで見た数値を元に考えると、春と秋の安いときで5000円ぐらい、夏や冬の冷暖房で高くなるときで1万円ぐらいかと思います。 年にして10万円はかからないというのが相場のような気がします。 ところで、去年、今年と、原子力発電の問題があり、特に夏場の電力使用の節約が叫ばれていますが、これが私には‘難題’です。 基本的に電気製品というものが大好きで(笑)、使いもしないいろいろな電気製品がインテリアの代わりに家中に転がっています。 そして、‘ちゃんと’コンセントは挿してあり、時刻表示などが出るものは、「省エネモード」にはしていません。 せっかく時刻が表示される電気製品なのに、時刻が表示されないなんて、悲しいです。。。 テレビも20型から46型まで全部で5台ありますが、取扱説明書に「リモコンでオフにしておく状態をお勧めします」と書いてあるので、どれもそのとおりにしています。 DVDプレーヤーとレコーダーも12台すべて、一切に節約モードにはせずに設置してあります。 エアコン6台も同様に、リモコンで切った状態です。 オーディオ機器もどれもリモコンで電源をオフにした状態で、何セットあるか、自分でも把握できていません。。。 パソコンは電源を触ったこと自体がありません。 常に「ON」にしています。 ・・・立ち上げるのが面倒なので。。。 洗濯物は、電気衣類乾燥機で乾かすし、普通の家と比べると、間違いなく電気はよく使っているほうだと思います。 それに、私が特別「暑がり兼寒がり」なので、エアコンは1年のうち11か月近く、冷房か暖房の‘どちらか’が季節や朝夕によって動いています。 ちなみに、暖房は7月上旬まで使用します。 ・・・設定温度は「27℃」! 8月は冷房がフル稼働し、寝るときは、暖房でも冷房でもつけたままです。 そして、9月中旬には再び(?)暖房が始まります。 ただ、暖房のメインは石油ファンヒーター2台とガスファンヒーター1台で、エアコンを使うのは補助程度です。 こんな状況で、うちの1か月の電気代は5月が8000円程度、6~9月や12~3月は12000円程度になります。 1年で20万円には届かない程度です。 でも、これに慣れてしまっているので、今更「節電」と叫ばれても、簡単にできることではありません。 それで、自分が変わるのではなく、まずは照明器具についている電球を替えてみることにしました。 ・・・今後、余裕ができたら、エアコンを超省エネタイプのに買い換えたいと思っています。。。 一足先に替えたのは1階の廊下のダウンライトです。 これは斜め差込型で、専用のLED電球にしてみました。 今までは当然、白熱電球が入っていたので、いわゆる電球色でしたが、LED電球は「昼白色」にしました。 光が強いためではなくて、色自体が原因でまぶしい感じがします。 さらに、書斎の机の電球も白熱灯2つをLED電球に替えました。 そして、高くて迷っていたのですが、リビング・ルームの天井のシャンデリアの電球を、今までは「電球色」の蛍光灯電球から、「昼白色」のLED電球に替えることにしました。 1個4000円近くもするので、これだけで軽く2万円を超えることになりますが、14Wの蛍光灯電球6個では何となく暗く感じていたので、1000ルーメンを超えるLED電球を奮発しました。 慣れないせいもありますが、やはり色がまぶしい気がしますが、とりあえず以前より若干明るくなったと思います。 興味深い話があるのですが、概して若い人は蛍光灯の色は「電球色」を好み、特に「昼光色」はまぶしいとか光が目に刺さるような感じがすると言って敬遠します。 それが、年を取るにつれて、「電球色」から「昼白色」へと好みが変わるようです。 そして、さらに年を重ねると、「昼白色」から青白味を帯びた「昼光色」を好むようになるらしいのです。 実際、私の家は今までは「電球色」が多かったのに、一気に「昼白色」がメインになりました。(笑) やがて、これが「昼光色」に取って代わられるんでしょうか・・・。 うちはずいぶん前から、階段と2階の廊下とトイレを除いて、白熱球は使っておらず、蛍光灯もすべてインバーター点灯のものにしてきました。 ただ、蛍光灯は寒いときは十分な明るさになるのに20秒以上かかるのが欠点です。 また、私が個人的に蛍光灯で何よりも嫌だったのが、紫外線を出すため、ポスターや本棚の本の背表紙が色褪せることでした。 窓にせっかく紫外線対策を施しても、室内の照明のせいでポスターや本が色褪せていくのがとても残念でした。 それがLEDにはほとんどないというのは魅力です。 でも、白熱電球よりは光が優しいので、蛍光灯電球は総じて好きでした。 ただ、料理の見えかたにこだわる人は、食卓に置いたものが蛍光灯では影ができにくいため、食べ物が立体的に見えず、見た目のおいしさを軽減するとかで、レストランなどでは蛍光灯が敬遠されていたようですが、白熱電球と蛍光灯電球の消費電力は4~5倍も違っていたので、うちはいち早くすべての照明をインバーター・タイプの蛍光灯にしていました。 今回、リビング・ルームに購入したのLED電球は、今まで使用していた蛍光灯電球と比べて、20%ほどしか消費電力が下がりません。 それでいて、電球の価格は5~6倍もします。 LED電球も‘騒がれている’ほど、省エネには役立たないと思います。 そして、電球が切れたから買い換えるのではなくて、新しい電球に興味があるから買い換える私のうちには、以前からある大量の白熱電球と、今回、使わなくなる蛍光灯電球を併せると、50個ぐらいの“デッド・ストック”ができてしまいました。 「これでも、地球に優しいのか・・・」、と思いながら、政府が間接的にそうしろと言うのだから素直に従ったわけで(笑)、今回の電球代購入の総合計で、電気料金の3か月分ぐらいかかりました。 頑張ったのだから、「輪番停電」はやめてほしいと切に思います。(笑)
2月の下旬にロード・サイクルを衝動買いし、結局、それまで乗っていた一応ロード・サイクル型の自転車のほうはほとんど乗らなくなってしまいました。 これで話が終わればそれでいいのですが、「限りなき物欲との戦い」の日々を送っている私は、ときどきネットで自転車のパーツを見ていました。(^-^;) 2月の末に行った「小豆島1周(マメイチ)」は問題なく、楽しく終えることができたのですが、3月のはじめにフェリーを利用して行った「しまなみ海道」大回りの旅行は、天気予報が外れて最終日が1日中冷たい雨が降る中を震えながら自転車を漕ぎ、スリットのないタイヤでは何度か滑りかけました。 細くてつるつるのタイヤは天気がいい日の舗装された道は走りやすいのですが、自転車が決して得意ではない(乗りなれているとは言えない)私にとっては、道を曲がるときや傾きのある道を走るときに何度か「ひやっ」としました。 前の自転車はタイヤが5mm太く(28C)、しっかりしたスリットが入っているので、そんな経験をしたことはありませんでした。 それと、新しいほうの自転車はタイヤにスリットがない上に色が完全なブラックで、どうも地味すぎるような気がして、タイヤの色も変えたくなってきました。 はじめに考えたのは、タイヤだけ取り替えるということでした。 ただ、それだと、はじめに付いていたタイヤの行き場所がなくなってしまいます。 さらに、ネットをいろいろ見ているうちに、スポークの形が変わったホイールを見つけました。 でも、値段を見ると、“ママ・チャリ”が4台買える値段。。。 ‘仮に’、ホイールを買って、それに気に入ったタイヤを付けるとなると、チューブも必要になる・・・。 「ま、それぐらい、何とかなるか・・・」と思った次の瞬間、「その状態じゃあ、単にタイヤを交換することはできない」と気が付きました。 つまり、「輪行」の分解&組み立ての要領で、‘気分次第’でタイヤが付け替えられると思っていたら、スプロケットが欠落することに気が付いたのです。。。 数日考えて、「思い切って、スプロケットもつけてしまおう」と思いました。 そうすると、まさに‘気分次第’で、今までのタイヤでも‘これから’のタイヤでも、私でも15分ほどあれば、付け替えができることになります。 さらに、使わないほうのタイヤ一式を入れておく専用の袋(ホイールケース)もほしいと思いました。 これがあれば、クローゼットに掛けておくことができる?! ネット・ショップで一式そろって、工賃を払えば、すべてを組み立てて発送してくれるところがあったのですが、ものによっては値段が高かったので、2つのショップに分けて買うことにし、そのうちの一方のリアル店舗がうちから歩いて行けるところにあるので、先日、行って、購入予定のリストを見せて、問題がないかどうか、確認してもらいました。 結果、問題がないということだったので、ネットで購入し、すべてがそろい次第、「店舗に持参していただければれば、組み立てますよ」ということだった(もちろん工賃は別途必要)ので、帰ってから注文を出しました。 在庫なしで取り寄せのものがあったので、思ったより時間がかかりましたが、今朝、すべてがそろったので、自転車といっしょにパーツ類を持って店舗に行きました。 相談に行ったときと同じ店員が相手をしてくれたので、説明を1からすることもなく、「2時間ぐらいでできますので、できたら、お電話します」ということで、買い物をして帰って、家で適当に時間を潰して待ちました。 1時間40分ぐらいして電話がかかってきたので、応答して、再び店舗に向かいました。 歩いて行くにはちょっとだけ遠く感じる距離です。。。 でも、‘思い通り’のものができているはずなので、足取りは軽かったです。(笑) 店舗に着いて、中に入った瞬間に、思ったより‘派手’な自転車が目に入りました。 逆に言うと、やはり今までの自転車は地味すぎたんだと思います。 工賃を払って、自転車を前のタイヤとともに引き取って来ました。 そして、きょうは疲れ気味で、時刻も4時半だったので、遠出をする気にはならず、試しに数kmだけ走ってみることにしました。 第一の感想・・・、走りが重くなった。。。 おそらくタイヤのスリットのせいだと思うのですが、タイヤが今までのものと比べると、しっかり地面についている感じで、濡れた道で滑る可能性は低くなったのかもしれませんが、信号で止まった後加速するのにずいぶん力が必要になったような気がしました。 3kmちょっとのコースを2度走りました。 走りにまったく不安がないのはうれしいですが、100%いいことだけではないですねぇ。。。 ![]() リム(カンパニョーロの「VENTO-REACTION」)の部分がブラックで、赤い字が書いてあるので、それだけで結構おしゃれな感じがします。 また、スポークの配置が3本ずつで、フロントが8か所で合計24本、リアが9か所で合計27本という特徴あるデザインです。 タイヤは、シュワルベの「LUGANO/ワイヤービード」にしました。 ![]() 上(↑)がフロントで、下(↓)がリアです。 ![]() 多くの人がしているように、室内保管したいのですが、うちはどこにもその余裕がありません。 前に書いたように、絵画と版画がクローゼットに収まりきらず、廊下を占領している状態だからです。 それと、クローゼットも確認してみましたが、タイヤの袋(ホイールケース)をかけるスペースなど、どこにもありませんでした。。。(^-^;) リアはスプロケットが付いているから結構かさ張るし、当たったら危険だし。。。 ・・・どうしよう、これ。。。 ![]() 現在、家の中の照明を、できるものからLEDに換えようとしていて、それにも結構金がかかります。 さらに、7月のはじめには、‘恒例’のアート・フェアがあって、‘下手をする’と、また、油彩を買ってしまう可能性があります。 8月から9月にかけては、最大で4回旅行の予定も立てかけているし。。。 ひさしぶりに書きますが、「時間と金はいくらあってもいい」と心から思います。(笑)
きょうは気分的に低調((・・・簡単に言うと、何もしたくない気分)で、プールに行く気はあったものの、いわゆる“覇気”がゼロ状態でした。 ・・・今週、最後になってちょっとごちゃごちゃと。。。 それでも、ちゃんとプールに行って、アップを終えました。 続いて、先週、若干不調だった潜行をしてみました。 ところが、きょうも先週とまったく同じで、クロールのキックでは最初は25Mが泳ぎ切れませんでした。 ‘悔しい’ので、もう1本泳いでみると、無事に反対側の壁まで行けました。 「さあ、メインを泳ごうか」と思っていると、そこへ‘顔見知り連中’が次々とやって来ました。 ・・・1人、また1人とおしゃべりに付き合いました。 1人はめったにかち合わない若い男の人で、「夏は何かの大会に出るんですか」的な話で延々と・・・。 すべてから解放されたときは、いつもなら「3000M」を1本泳ぎ終わっている時刻になっていました。。。_| ̄|○ それで、「3000M」を2本にすると、間の休憩時間が必要だし、その休憩のときに息が整うのを伺いつつイージーを数本泳ぐのがきょうは面倒に思われるほど、「もう、どうでもいい・・・」と思ったので(^-^;)、先週に続いて「6000M」を1本にしようと思いました。 幸いきょうもすいていたので、自分のペースで泳ぎ始められました。 私の場合、実際に「3000M」と「6000M」のスピードはあまり変わらない(・・・「6000M」のタイム≒「3000M」のタイム×2+3分)のですが、はじめのペースを間違えると、「3000M」なら泳げるのに、「6000M」は最後まで泳げなくなる場合があるので、「ゆっくり過ぎるかな・・・」と思うようなスピードで泳ぎました。 ‘生まれて初めて’「800M」を確か28歳のときに泳いだときも、「とにかく最初を抑えて・・・」と思って泳いで、無事に16往復ができたときの感激は今でも覚えています。 きょうはとにかく気分が乗らなかったので、体調は悪くないのに、いくら泳いでも体が思うように動くようにはなりませんでした。 いつもなら遅くとも2000Mぐらい泳いだら(^-^;)、体が動き始めるのに、きょうは調子の出ないまま、「3000M」がやって来ました。(笑) 逆に考えると、「3000M」で止まることはまったく考えずに続けて61往復めを蹴り出すことができました。 そのあと、私と似たような泳力の人が入って来たり、短距離のペース・メーカーに私がちょうどよいと言う年配の人が入って来たりして、少しスピードを意識するようになりました。 それで、スピードが上がったのかどうか、「6000M」を泳ぎ終わったときのタイムは、先週より1分半ほど遅いだけでした。(ep:qt) 先週は調子よく泳げたと思った泳ぎで、きょうは調子が出なかったと思う泳ぎで、「6000M」での差が1分半程度というのはどうかとも思いますが。。。 あとは、ヘッド・アップを‘見事に’忘れかけているので、少しは練習しておかないとと思い、へろへろになりかけている腕で水を掻いて泳ぎました。 この段階で、トータルで7800M泳いだことになるので、ダウンを200Mだけにして、ひさしぶりにのんびりストレッチをして、プールから上がりました。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):600M」 「潜行(3種類):25M(帰りはクロール)×4」 「クロール・イージー:50M×8」 「クロール・コンビ:6000M」 「クロール・イージー:100M×4」 「ヘッドアップ・クロール:200M」 「ダウン:200M」 ・・・トータル:8000M でも、考えてみると、「6000M」の競技って、ないんですよね。。。 「3000M」は私にとってメインなので‘役に立ち’ますが、「6000M」は一体何のために泳いでいるのだろう・・・と、ふと考えてしまいました。(^-^;)
きょうは臨時に仕事がオフの日で(・・・その代わり、4月30日とか7月16日とかは出勤!(怒))、前からカレンダーとにらめっこをしていて、花壇のルピナスを処分して、ひまわりの定植をしようと思っていました。 ところが、今年は4月が天候不順で突然冬のような寒さに戻る日が何度かあったためか、ルピナスの開花が遅れました。 そして、ちょうど今、最盛期を迎えている状態です。。。 ![]() ゴールデン・ウィークの最後の日に、ルピナス以外は抜いて処分して、表面だけとはいえ土を耕して、あとはひまわりを植えるだけだったのに・・・。 南側から花壇を見ると、3色4株のルピナスがきれいに咲いています。 ルピナスは花茎が下から伸びていき、花も下から上に順に咲いていきます。 そして、いちばん上の花が咲く頃に、下のほうからしおれていきます。 全体の花がしおれたら、花茎を根元から切ると、また別の花茎が伸びてきて、花を咲かせます。 ちょうど今、最初の花茎を切った頃です。 ・・・ということは、あと2週間程度はこの状態が続くことになります。。。 ![]() かと言って、小さいポリポットに種を蒔いて芽を出したひまわりは、早いものは4枚めの本葉が出てこようとしています。 このままではひまわりが大きく育たなくなってしまいます。 考えた挙句、また無駄なものを買うことになりますが、ひまわりを花壇に定植するまでの‘つなぎ’として、5号のプラスチックの鉢を買ってきました。 ひまわりにはここで2週間我慢してもらいます。。。(^-^;) ![]() 今年は大型のひまわり「アメリカン・ジャイアント」は初めて1つのポリポットに2粒ずつ、合計で10個蒔きました。 去年は5つしか蒔かず、そのうちの1個がうまく育たずに枯れてしまったからです。 今年は9個発芽しました。 4個を‘間引き’するのですが、どうしてもできなくて、父に譲りました。(^-^;) ・・・玄関の脇にでも植えてくれると思います。 もう1種類のひまわり「サンゴールド」は15個蒔いて、12個の芽が出ました。 こちらは小粒だったので、その中でも特に小さいのを‘間引き’しました。。。 さらに、ポットを買いにホーム・センターに行ったときに、初めて見る植物を見かけました。 去年は初めてハイビスカスを植えてよかったと思ったのですが、移植しておいた鉢からまったく芽らしきものが出てきません。 それで、その代わりとして、芙蓉科の「ディスコベル」という花を、ホワイト3本、濃いピンク2本買って来ました。 夏に白い花って、珍しいですよね? 再来週の日曜日に、ひまわりとディスコベルをまとめて定植しようと思います。 ところで、今年も庭の父の領域で(笑)、アーモンドの実がたくさんできてきました。 ![]() でも、サクランボが色づくと同時に鳥に食べられてしまうのと同じように、鳥に狙われるか、あるいは、熟すと勝手に落ちるのか、未だに‘食べられる’ような状態になってのを見たことがありません。 まあ、写真だけでも記念にということで。。。(笑)
きょう最後は、「BBプラザ美術館」に行きました。 着いたときは5時10分でしたが、この美術館は非常に小さく、閉館が6時なので見られるだろうと思って、最後にしました。 この美術館はコレクションもありますが、最近はいろいろなところから作品を借りてきて、テーマ展示(企画展)をすることが多いようです。 今は、「唐代の詩と多重都市の協演-高山辰雄・西村元三朗」という展覧会をしています。 高山辰雄の作品は所蔵作品のようですが、小ぶりの版画で、名前を連ねている西村元三郎という画家は今回初めて知りました。 テーマは大きく2つに分けられていて、1つは「兵庫ゆかりの具体美術協会の人たち」でした。 今回はその代表として、西村元三郎が取り上げられています。 ほかの作家は展示されている作品は1~2点ずつでした。 本永定正や白髪一雄といった‘お決まり’の作家のほか、上前智裕、村上三郎、嶋本昭三、鷲見康夫、堀尾貞治、松谷武判といった作家の作品がありました。 村上三郎の作品は、白髪一雄と似ていて、絵の具が数センチ盛り上がったところがありました。 西村元三郎は神戸生まれで、神戸で亡くなっています。 油彩画ですが、絵の具の塗りかたが厚くなく、あっさりした感じです。 初期の具体画は、明らかに日本ではない街角を寂しげに描いたものでした。 場所を特定しないようにするためか、歩いている人物は影のようで、顔もはっきり見えません。 その後の作品は抽象なのか、『二つの地平線』という作品では、わずかにダリっぽさを感じさせる要素を含みつつ、タンギーとウィルフレッド・ラムを混ぜ合わせたような画風に感じられました。 つまり、完全に抽象画というわけではなく、見様によっては意味あり気な形が画面を構成していました。 ほかの作品はさらに幾何学的な形状の組み合わせで、1つ1つの形が何かを表しているのかどうかもよくわかりませんでした。 西村元三朗 『多層都市』そのあとは、高山辰雄でした。 西村元三郎の作品とのギャップがすごかったです。(笑) 今回は版画ばかりで、しかも、中国の杜甫や李白らの漢詩を元に作った作品でした。 高山辰雄 『唐詩選 絶句』作品はおそらくすべて同じサイズで、絵のほうは横長、詩のほうは縦長で、それぞれ詩と絵の2枚で1セットという構成でした。 漢詩に興味があれば、高山辰雄の版画にもっと興味が持てるのだと思いますが、私は本画が好きなので、今回の展覧会はいまいちでした。 例えば、ダリなどが典型だと思うのですが、油彩(本画)と版画の作風がまったく異なる画家は多いと思います。 高山辰雄の場合も、本画はじっと見ていて作品に入り込める場合があるのですが、小ぶりの版画ではどうしても迫力がなく、感情移入もできませんでした。 組み合わせに少し無理があると思いました。 それでも、のんびり40分かけて一通りを見ることができました。 きょうは場所を少しずつ移動しながら3つの展覧会を見ました。 帰りは少しぐったりしかけていました・・・。(^-^;)
続いて、「神戸市立博物館」に行きました。 ここでは、今年の目玉らしい「南蛮美術の光と影/泰西王侯騎馬図屏風の謎」という展覧会をしています。 ![]() ただ、きょうは「神戸まつり」のメインパレードの日だったらしく、博物館の辺りは通行規制も敷かれていて、ものすごい人でした・・・。 逆に、博物館の中は閑散とした状態に近いぐらい人が少なく、落ち着いて見たい物が見られました。 会場は3階からで、まず、「第1章.はるかなる西洋との出会い」から始まりました。 「南蛮美術」は16世紀半ばから17世紀前半に生まれたもので、狩野派を中心に90点以上の屏風が確認されているそうです。 展示品が4期にわたって入れ替わる展覧会で、私が見たのは、大阪城天守閣所蔵の『南蛮屏風』と南蛮文化館所蔵の『南蛮屏風』でした。(どちらも「重要文化財」) どちらも6曲1双の大きな作品で、保存状態もよく、この類の作品は何度か見たことがあるものの、いかにも日本の表装に異国の人物や物が描かれている違和感はまだ拭えません。 海の水が紺色であったり、雲が低く垂れ込めている上に金色であったり、およそ写実的でもなければ、「この世」を描いたものとさえ思えないほどでした。 でも、松の緑は見るからに緑青の色で、ますます「異国情緒」が漂う仕上がりになっていたように思います。 「南蛮寺」というものが描かれていましたが、これは「教会」のことだそうです。 「第2章.聖画の到来」では、「日本人が初めて出会った西洋画はフランシスコ・ザビエルが持参したキリスト像や聖母像でした」ということで、キリスト教の布教目的で来日したことがわかります。 版画の『教会祝日暦』が面白いと思いました。 ほぼ葉書大に1か月ずつの絵が描いてあり、それが12枚連ねてあります。 ちょうどランブール兄弟の『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』の挿絵のようで、これのような悲惨なシーンではなく、キリスト教の行事が摺ってあるものでした。 「第3章.キリシタとン輸出漆器」では、蒔絵や漆器が並んでいました。 このあたりは「京都国立博物館」で2008年11月に見た「japan-蒔絵-」という展覧会で見たものも結構あったと思います。 当該の日記のPart【2】の終わりのほうに、購入したグッズの画像が載せてありますが、これのずっと立派なものという感じです。 イエズス会の教団銘である「IHS」という文字があしらわれたものがいくつかあったのが特徴かと思います。 「第4章.泰西王侯騎馬図の誕生と初期洋風画」になると、「桃山時代から江戸時代初期に日本人が描いた、『初期西洋画』と言われる」絵が出てきます。 ただ、マチエールは顔料で、キャンバスではなく紙に描いたあたりがまだ完全な洋画にはなっていない要素だと思います。 『万国絵図屏風』は、8曲1双という、ほとんど見たことのない大掛かりな屏風で、何のためにこんな表装にしたのかという疑問が湧きました。 ほかのものものきなみ6曲1双で、展示してある屏風を端から端まで見るだけで疲れるほどでした。(笑) 6曲1双の『泰西王侯図屏風』は、油彩で1枚ずつ別になっていたら、西洋に普通にありそうな絵でしたが、それが連なった屏風に仕立てられ、そこに存在している‘異国人’が岩絵の具で描かれているのが、やはり違和感を抱かせました。 それでも、この展覧会のいちばんの目玉である、「サントリー美術館」と「神戸市立博物館」が別々に所蔵している『泰西王侯騎馬図屏風』は、「サントリー美術館」所蔵のほうははじめから4曲1双に仕立てられていたそうですが、「神戸市立博物館」所蔵のほうは‘マクリ(メクリ)’の状態だったそうで、後に現在の4曲1隻に表装されたのだそうです。 ということは、‘もしかしたら’「4曲2双」というものすごい仕立てになっていた可能性もあったということでしょうか・・・。 「第5章.キリシタン弾圧」の展示物は見ていられませんでした。。。 1612年に家康が禁教令を出し、その翌年には宣教師を国外追放にしています。 形式的には国内にキリスト教徒はいなくなったはずですが・・・。 展示は踏絵から始まっていましたが、キリスト教徒でない私でも、‘あれ’を足で踏みつけることなど到底できません。 さらに、そのあとにあった、2種類の『長崎大殉教図』に至っては、顔を背けたくなりました。 大勢の人が見ている前で磔刑よろしく貼り付けられた宣教師たちが焼かれて殺されようとしていました。 それだけでなく、日本人の信者までが同様の状態にされているシーンがありました。 数々の絵を見てきて、感激や感動以外で、初めて目に涙が溜まりました。。。 「第6章.キリシタン時代の終焉と洋風画の変容」では、「キリシタン追放後、残った一部の宣教師と信徒とともに信仰は続けられます」ということで、当時描かれたらしい『聖フランシスコ・ザビエル像』が象徴的に展示されていました。 「ザビエルは1622年に聖人に列せられ、肖像が描かれたと思われる」ということでした。 その後の社会を経て、奇跡的に残った絵ということになります。 ザビエルの燃える心臓、口からは「主よ、私は満ち足りています」という呟きに気づく人は、案外少ないのではないでしょうか。 「第7章.南蛮趣味の絵画と工芸」では、鏡、刀の鍔、鉢などが展示されていました。 この「第7章」を見ているときに、「本日はあと30分で閉館(5時閉館)です」というアナウンスが流れてきました。 このあと行くつもりの「BBプラザ美術館」が6時までで少しあせっていたこともあって、後半はややはしょり気味で見ましたが、それでも1時間20分かかりました。 そして、きょう最後は、「BBプラザ美術館」に行きました。
きょうも(笑)展覧会のはしごをしてきました。 きょうは阪神電車沿いの3つの美術館に行きました。 最初に行ったのは、「芦屋市立美術博物館」ですが、阪神の芦屋駅から歩いてたっぷり15分かかります。 あたりは住宅街で、落ち着いたところなんですが。。。 ![]() 今は、「没後40年・吉原治良」という展覧会をしています。 きょう最後に行った「BBプラザ美術館」でも、「具体」のアーティストの作品が紹介されていましたが、私は「具体」と聞けば、まず思い起こすのが吉原治良です。 吉原治良は「前衛絵画のパイオニア」と呼ばれ、今年が没後40年になります。 まず、結論から書けば、入館料が通常の300円だったのでたいしたことはないだろうと思っていたのですが、1階のオープン・スペースも第1会場に充てて、2階もすべて使用して、若い頃から晩年までの作風の変化と主な作品が一通り見られて、価値のある展覧会でした。 ただ、大きい美術館ではないので、展示作品数は多くありません。 まず、1階に特設コーナー的な展示場があり、そこで初期から晩年までの作品を数点見ることによって、瞬時に画風の変遷がたどれます。 その後、2階に行って、「10代後半~20台はじめ-1920~1925頃」から具体的に展示が始まりました。 1階にあった21歳の自画像が典型的にそうだったのですが、いかにも油彩という感じの描きかたで、これがどうして‘あんな’抽象へと発展していくのかが不思議でした。 藤田嗣治と知り合い、藤田に「他人の影響がありすぎる」と言われ、ずいぶん動揺したそうです。 確かにその頃の作品は、誰にとは特定できないものの、斬新さというか目新しさの感じられない作品が多いように思いました。 その後、「人の真似をしない」、「今までにないものを作る」という態度が形成されていったようです。 「20代-1925~1934」では、まだ迷いが感じられました。 作品によって、具象あり、シュルレアリスムっぽいものあり、若干フォーヴっぽいものもあったりで、画風が揺れていました。 作品はどれも小ぶりで、もしかしたら、大作に取り組む勇気さえなかったのかもしれないと思いました。 生けたバラの花や皿の上の魚などは、新鮮さを殺したような描き方で、生きた感触がなく、全体が重苦しく感じられました。 「30代-抽象→具象」になると、シュールっぽいものと抽象的なものとがメインになってきました。 タイトルも『作品』や『無題』といった、お決まりのものが多くなりました。 30代後半から再び具象に手を出すようになっていましたが、以前とは違い、何か意味深な作品に変化していました。 「40代-1945~1955」では、また具象から抽象へと移り、結局は自分が何をどう描きたいのかを何十年にもわたって追い求めていたような感じがしました。 作品の中にエルンストとそっくりの鳥が現れたり、ウィルフレッド・ラムのような幾何学的な形が見られたり、また、見様によっては部分的にはタンギーを意識したのではないかと思われるような構造と配置が見られました。 「戦争によって、私の絵は暗くなった」と述べたそうですが、元から決して明るいとはいえない作風が、さらに暗さというか、重苦しさを背負ったようになりました。 徐々に作品が大型化していきました。 「50代-1955~1965→アンフォルメル」では、いわゆるアンフォルメルが登場し始めました。 「マチエールとの格闘から、フォルムへの対話へと徐々にシフトして」いったようで、作品にはもう‘何が描いてあるか’はどうでもよくなっている感がありました。 絵の具が異様に盛り上がっている作品、形らしいものがどこにも見られない作品、そして、1つの色地に別の色で何らかの形が描かれている作品などがありました。 50代の後半から、黒地に白い丸を描いた作品が出てきました。 「60代-1965~1972→円と線」では、典型的な作品が並んでいました。 まず、作品はどれも大型で、バックが黒地か白地で、そこにその反対の色で円が描かれています。 その円が完全な円でないところがアイデンティティなのでしょう。 中には、赤地にグリーンの円を描いたものもありました。 円は地塗りの上に描いたとは限らないようで、周りの色に埋もれている部分のほうが多いぐらいでした。 もともとそれほど興味のある画家ではなかったのですが、わかりやすい解説と、人が少ないために終始のんびりと自分のペースで見たために、1時間40分もかかってしまいました。 でも、その時間の経過を感じさせないほどいい展示だったと思います。 この次は、「神戸市立博物館」に行きました。
今週はなぜか左右とも足首が筋肉痛的に痛く、「泳ぐときにキックの力が入らないだろう・・・」と思いながらウィーク・デーを過ごしました。 筋肉痛の原因は、仕事のほかに美術館に出歩きすぎ・・・?(^-^;) 逆に上半身は何も問題がなかったので、いつもどおりにプールに行って、いつもどおりのメニューをこなすつもりでした。 アップを泳いでいるときは、その後のメインを泳ぐときの参考にはほとんどなりません。 きょうも調子がいいのか悪いのか、さっぱりわかりませんでした。 そのあと、メインに移行しようとしたときに、‘いつも’の人が2人続けて入って来ました・・・。 しばし(かなり?)の中断。。。 解放された後は、まず、足首の様子を見るために、キックを4本だけしてみました。 1本ごとに1秒ずつ遅くなったので、やはり足首は疲れが来ているようです。。。 続いて、胸の調子(?)を見るために、3種類のキックで、潜行の「25M」を1本ずつしてみました。 まず、ドルフィン・キック。 まったく問題ありませんでした。 続いて、平泳ぎのキック。 これも無問題でした。 最後に、クロールのキック。 これが、‘前代未聞’のことが起きました。(・・・大げさ(^-^;)) 下半身が途中から浮き上がって、水中にもぐったままで25Mが泳ぎ切れませんでした。 帰りはゆっくりクロールで泳ぐつもりでしたが、意を決して、ターン後に再び水中に潜って足をバタバタして戻りました。 さすがに息苦しくなりましたが、今度は無事に25M続けて潜って泳げました。 でも、何となく不調を感じる出来事でした。 きょうはプールは人が少なく、一方で、はじめに‘おしゃべり’をしたために時間が押していたので、プルとコンビで「3000M」ずつ泳ぐつもりにしていたのをやめて、コンビで「6000M」続けて泳ぐことにしました。 はじめはいつも以上に抑え気味にして、数百メートルを泳ぎました。 いつもなら調子が出始める頃になっても、体は重いままで、一向にスピードを上げる気になりません。 でも、その一方で、息が荒くなるとか、肩が痛くなるといった不具合もまったく起きませんでした。 ほとんど惰性といった感じで30往復が終わりました。 室内の種目なら最長の「1500M」を過ぎても、体は疲れているわけではなく、まだ眠気から覚めていないような感じでした。 もともと‘エンジンがかかる’のに時間がかかるほうであることはわかっているのですが、きょうはそれが異常なほどでした。 さらに1500M泳いで、いつも泳いでいる「3000M」に達しました。 それでもまだ体のどんよりした感じは抜けず、‘しんどい’という感じもありませんでした。 ということで、「3000M」で止まる心配はありませんでした。 さらに延々と泳ぎ続けて、‘90往復め’になりました。 これで4500Mです。 めったにかち合わない男の人が入って来て、私の後ろをピタッと付いて来ているのがわかりました。 追い付いて来るのでもなく、徐々に離れていくのでもなく、完全に同じペースだということがわかりました。 そして、100往復を超えるあたりから、ようやく体が言うことを聞き始めました。(^‐^;) ・・・調子が出るまでに5000Mも泳がないといけない体。。。 その後は若干ペースを上げて、「6000M」としてはひさしぶりにまったく苦しさを感じずに泳ぎ切りました。 タイムも、帰ってから調べてみると、ベスト3でした。(es:zh) ひさしぶりに満足できるタイムで「6000M」が泳げました。 これは自分の泳ぎが‘崩壊’しなかったことと、コースがすいていたことの両方の要素がかみ合ったからだと思います。 ・・・屋外の50Mプールで泳ぎたくなってきたなぁ。。。 ---きょうのメニュー紹介(^-^;)--- 「アップ(トータル):600M」 「クロール・キック:50M×4」 「潜行(3種類):25M×3(帰りはクロール)」 「クロール・イージー:50M×7」 「クロール・コンビ:6000M」 「クロール・イージー:50M×6」 「ダウン:400M」 ・・・トータル:8000M トータルで8000M泳いで、よろけることなくプールから上がれたのもひさしぶりのような気がします。(笑) 足首の筋肉痛も泳ぎにはまったく影響しませんでした。 毎度のことながら、水泳というスポーツの不思議さを実感しました。 そう言えば、そろそろこの夏のOWS大会、どれに参加するか、決めないといけない頃になりました。 今年は8月の中旬に1つも適当なのがありません。。。
特別展を見たあとは、「兵庫県立美術館」のコレクション展を見ました。 ![]() ここはテーマを設けて展示をします。 今は「美術を見る8つのポイント」というタイトルが付いています。 どれだけ展覧会を見て回っていても、私は美術が専門ではないし、‘小難しい’ことは覚える気がないので、こういう初心者向けのテーマ展示は概して楽しめます。 「奈良国立博物館」の「仏さまの彩り」(2007年)や「滋賀県立近代美術館」の「はじめての美術館」(2009年)などはその典型でした。 入り口で展示目録と、解説のリーフレットをもらって、会場に入りました。 まずは、「Point 1.いちばんリアルな絵はどれ?」。 「昔、日本人が西洋の油絵を採り入れたのは、何よりもまずその写実性に感心したからです。でも、どんな絵をリアルに感じるかは、時代や場所、人によって違うかも知れません。あなたにとってどの絵がいちばんリアルでしょうか」。 リアルということは、必ずしも「本物そっくり」ということを意味していません。 絵のモティーフの場合、「本物」自体が存在しないことがあるからです。 その意味では、本多錦吉郎の『羽衣天女』などは、かなり‘写実的’に描かれているかもしれませんが、誰も天女の実物を目にしたことはないはずです。 見たことがないものを「本物そっくりだ」と言うことはできないと思います。 逆に、小出楢重の『喇叭(らっぱ)のある静物』は、スルバランの『ボデゴン』のような絵で、描かれているものは結構‘雑’なので、いわゆる「写真のよう」には見えません。 でも、実際に喇叭やカップがテーブルの上に並べられていたら、それを知っている人は「ああ、実際のとおりだ」と思うと思います。 ここには、「ハイパーレアリズム」の絵はありませんでした。(たぶん、「兵庫県立美術館」は所蔵していないと思います。) 「Point 2.イズムを読みとれるか?」 「モダンアートでは、写実でない絵のスタイルが次々と生まれました。キュビスム、フォーヴィスム、シュルレアリスム、未来派・・・。絵だけを見て、どれがどのスタイルか、違いがわかるでしょうか」。 ここが軽く自信を喪失させました。(^-^;) 知らない日本人の作品を見て、‘あえて’でも上記のどれかに分類しろと言われると、どれに属するのかがわからないものがありました。 西洋の巨匠の場合は、名前で「××派」という認識ができていますが、見たことのない作品ではそれがうまくできませんでした。 展示室はこんな感じで、ゆったりと作品が展示されていて、じっくりと向かい合うことはできたのですが・・・。 ![]() 考えた挙句、1つには無理で、「キュビスムと未来派の半々だろう・・・」などと、勝手に結論を出して見て行きました。 「Point 3.どんな事件/体験? どんな記憶/記録?」 「美術は出来事を記録して伝えます。ここではどんな出来事が表わされているでしょうか。でも、これは全部、普通の記録ではありません。作者の体験、見方、感じ方が伝わってくるでしょうか」。 同じ出来事に対しても、人によって捕らえかたや感じかたが異なるというのが最大のポイントでしょうか。 さらに、「イコノロジー」ほどではないにしても、作品によっては画家が絵にこっそりと何かを隠すように描いたものもあると思います。 知らない絵を見て、そこまで気が付くようになるのは大変なことだと思います。 実際に、神中糸子の『はるの像』はこの美術館で何度も見ていて、「幼い女の子がおぼつかない足取りでお茶を運ぼうとしている姿を‘かわいい’と思わないといけないんだな」という認識で見ていました。 見知らぬ他人の子どもが必ずしもかわいいとは限りません。(笑) ところが、絵の女の子の足元には軍帽とサーベルがあることに今まで気が付いていませんでした。 この絵は日清戦争を背景に描いた作品なのだそうです。 また、他人から見たらどうでもいいことでも、ある人にとっては重大事項である場合もあります。 ある人が記念に残しておきたいと思うものでも、他の人から見たら取るに足りないということのほうが多いということも、作品を見ていくうちに感じました。 ・・・私の日記もあくまで自分の記録として書いている、と言っておきます。。。 「Point 4. どんな動きがかくれている?」 「20 世紀後半、画家は、これまでにない大胆な方法で絵を描きました。ここで注目したいのは、画家自身や道具などの大きな動き、運動の跡が、作品の表現になっていることです。画面をじっくり見て、どんな風に作られたのか推理してみましょう」。 ここは油絵の具を使いながらも、その使いかたを問う部屋でした。 白髪一雄の足で描いた作品や、金山明のチューブからそのままキャンバスに絵の具を出して描いた作品のほか、初めて知った方法として、斉藤重義のドリルで削った作品などがありました。 筆を使わないというのが共通点ですね。 「Point 5.どれがいちばんモダニズム絵画?」 「モダニズムの絵画は、絵から必要でない要素を取り去り、絵でしかできないことを求めます。そして、絵が平面であることを強く意識しますが、画面からそれが感じられますか。抽象絵画でも、そこには奥行きや動きがあるでしょうか」。 ここまで来ると、もう完全に抽象の世界です。 写真にできることは写真に任せる、なるほどそうです。 絵画では写真にできないことをすれば、人の関心を引くということですね。 フランク・ステラの版画は相変わらずの直線の模様しかありませんが、タイトルはいずれも具体的な地名や動作になっています。 本人以外にはわからない世界なのかもしれません。 「Point 6.どんな考えか考えてみる?」 「アーティストがいろいろな思考や問いかけをそのまま純粋なかたちで表わした作品があります。それは作品を見る私たちへの問いかけでもあるでしょう。どんな考えがそこにあるのか、アーティストの思考の過程を想像してたどってみましょう」。 ここになると、もう私はついて行けませんでした。 あえて言うと、“自己陶酔”の世界でしょうか。。。 「Point 7.何のイメージ?」 「現代のアーティストは、身のまわりにあるいろいろなイメージ(画像)を作品に取り入れます。どんなイメージでしょうか。そして、もとのイメージをアーティストはどう変えているでしょうか」。 あるイメージについて、作家が自分で解釈をして、それを自分なりの表現で表した作品群でした。 森村泰昌や米田知子らの写真芸術はこの分野に入るんですね。 「Point 8.景色をどう切りとるか?」 「ここでは絵の画面の端に注目します。どんな風景画もトリミングされたものです。景色をどう切りとっているか。これは、画面のかたち、画家の視点や構図の工夫に関わっています」。 ここには日本画が数点ありましたが、考えてみれば、私のように絵は描かない者でも、写真はたまに撮ります。 その際に、一応、気にするのが、構図であり、どこで風景を切り取るかです。 自分で「ここは要らない」と思う部分は切り取って画面に入れません。 写真1枚取っても、私は「やはり絵の才能がないな・・・」と思うのは、他人のブログで見かける写真が絶対に私の発想では思い浮かばない構図になっていることを思い知らされるからです。。。 加えて、作品のサイズと、日本画に見られる余白も、多くは長方形の絵画や写真などの作品に関係する重要な要素だと思いました。 コレクション展のほうも、今回も彫刻の部屋はパスして、ちょうど1時間いました。 ただ、期待したほどの充実感は得られませんでした。 展示作品がほとんど日本人のものばかりだったのが残念だと思います。 こういうときに‘惜しげなく’西洋の巨匠の作品を混ぜて展示しておくと、また訪れようという気になる人もいるのではないでしょうか。 なんせここは「特別展」と「コレクション展」が別料金なので、特別展に1000円以上払うのと別に「コレクション展」も見ようという人は少ないと思うのです。 コンセプトはよかったと思うのですが、少しばかり企画の勢いが余ってしまって、それが前面に出た感のある展示だったと思います。 もう少し‘おとなしい’ほうがよかったのではないでしょうか。 とはいえ、きょうは「兵庫県立美術館」で午後をまるまる過ごしました。
きょうは「兵庫県立美術館」で半日をのんびり過ごしました。(^-^;) この美術館で特別展とコレクション展をのんびり見ると、最低でも3時間はかかります。 最高では5時間以上いたこともあります。(^-^;) ![]() まずは特別展の「日本の印象派・金山平三」 の展示室に行きました。 金山平三はコレクション展示コーナーに独立した一室があります。 今回はその総集編とでも言うような展覧会だと思います。 金山平三(1883~1964)は神戸市出身で、東京藝術大学に入り、黒田清輝の指導を受け、主席で卒業しています。 若いときから認められ、作品は生前からコンスタントに売れたようです。 今回の展覧会では、「章」がありませんでした。 ところどころに長めの解説文が壁に貼り付けてあり、それが事実上のセクションになっているのだと思います。 はじめのコーナーに藝大卒業制作の2点、『自画像』と『秋の庭』がありました。 『自画像』は暗い背景に浮かび上がる顔といった感じで、フランスの19世紀のアカデミーの伝統を受け継いだような作風でした。 そのあとは、ヨーロッパを数年にわたって旅行したときの作品群でした。 ある意味、‘いきなり’作風が変わり、タッチがかなり荒くなっていました。 言いかたを変えれば、思いつくまま即興的に描いたという感じです。 特に、小型の作品はそれが際立っていました。 この展覧会のタイトルに「日本の印象派」と付いているのですが、確かに風景画は印象派の雰囲気がありました。 ただ、印象派の画家の特定の誰かに影響を受けたわけではなさそうで、作品によってはコローの雰囲気に近いものもありました。 また、色使いに関しては、マチスのような原色をメインに大胆に描いた感じのもありました。 作品は、ヨーロッパの有名な場所を描くのではなく、絵になる場所を描いたようで、見ていて地名すら知らないものや、知っているはずのところなのにそれが特定できるものが描かれていなかったりしました。 続いては帰国後の作品が続いていました。 神戸や小豆島の海辺を描いた作品がありましたが、これも先ほどのヨーロッパの風景と同じで、場所が特定できるようなものは描かれていません。 にもかかわらず、タイトルに地名を入れたのは、自分ではそこを意識して描いたのでしょう。 そう思ってみると、一見、何気ない風景のようでも、海岸線の入り組みかたが独特で、それを絵に描いたら構図として面白いと思ったのではないかという印象を持ちました。 このことはもう少しあとで、確信に近いものに変わります。 静物画もありましたが、『とまと』では熟しすぎてひび割れたトマトをメインにしながらも、テーブルから大きくはみ出して落ちそうなクロスが意味深でした。 『菊』も、花瓶に生けた花ですが、明らかに旬は過ぎ、すべてがしおれ、中には花が落ちているものもありました。 “ヴァニタス”を感じずにはいられませんでした。 再び風景画で、『妙高高原』や『諏訪湖』といった作品が続くのですが、洋画家の多くはあまりメインで取り上げない冬を描いた作品が多いと思いました。 そうすると、必然的に使う色は白が多くなります。 実際、白だけで塗ったと思われる部分もありましたが、むしろ作品ごとに他の色が混ぜてあったり、他の色と併用してあったりして、距離を置いて見ると、雪が微妙に青かったり、黄土色がかったりしていて、2つとして同じ色の雪はありませんでした。 このあたりが画集などの印刷物で見ていると、気付きにくいところではないでしょうか。 構図も大胆なものやユニークなものが出てきました。 『結氷』は、画面の下半分以上が凍った湖の表面で、遠目には白く塗っただけに見えます。 現代日本画(例:上村松篁の『鴛鴦』)に見られるような、余白らしき水面を手前に持って来て、見る側に静寂感を与える効果を狙ったのでしょうか。 1935年には帝展改組の騒動で画壇を離れ、北陸の風景を描くようになります。 ここでも冬の風景が中心でした。 海岸と水平線を描くことを考えると、普通は手前に陸、中央に海、そして、水平線を挟んで空という構図を思い浮かべます。 でも、例えば、『北陸の海岸』という作品では、陸と海とは左右に分割されています。 日本の切り立った崖に面する海は、このように描くと迫力が出ると思いました。 筆遣いはどんどん荒くなり、近くで見るより、ある程度の距離から見たほうが適当な作品ばかりになりました。 太平洋戦争突入で旅行が困難になり、東京からも離れ、最上川を挟んで大石田の対岸にある横山村に疎開したあとの作品は、最も脂の乗った時期の作品かもしれません。 当然ここに代表作の『大石田の最上川』がありました。 数年前に初めてこの絵をコレクション展示室で見たときは特に何も感じなかったのですが、川を橋の上から見た構図で描いてあるということに気付いてから、その視点が面白いと思うようになりました。 川なので、手前から画面上部に向かって、基本的に三角形で描かれています。 海なら橋もないし、あったとしても三角構図にはなりません。 金山平三は案外構図を考えるのが楽しかったのかもしれないと思いました。 そして、気に入った構図で描けそうな場所を見つけると、そこが有名な場所かどうかに関係なく、絵にしたのではないでしょうか。 そのために、有名な場所を描いた作品でも、そこの特徴的な建物や風景に一部を気にせずに描いたと考えると、これまで見てきた作品に対するちょっとした疑問の答えが見出せたような気がしました。 戦後になって、十和田にも出かけるようになって、相変わらず冬の絵が多く見られましたが、住んだことのあるところと旅行で訪れただけのところの絵は、微妙に異なる部分もありました。 前者では人物が生活者の視点で描かれているのに対し、後者ではあくまで旅行者の視点で描かれています。 向ける目が明らかに違っているのがわかりました。 金山平三は決して好きな画家ではないのですが、「何かに、あるいはどこかにこだわって作品を描いたのではなく、絵になる構図を求めて各地を旅行し、そこで見つけた作品にとどめておきたい風景を描いた」画家だったのでないかということを考えさせられた展覧会でした。 風景画を中心にした作品群を見て、初めて画家が風景を描こうとする理由か目的の一端を見たような気がしました。 1時間あまりで一通りが見られたのも疲れることがなく、よかったと思います。 このあとはコレクション展を見に行きました。 |一覧| |