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来客があった時、自然に「お茶をどうぞ」といいます
ごくあっさりとした、ごく当たり前の人と人とのふれあい この自然な気遣いと自然な対応を、禅では「喫茶子(きつさこ)」というそうです。 そんな気軽さで、私のブログ覗いてみてくださいね 幸せとは特別なものではなく、目の前の身近にあるもの なんでもない日常の小さな幸せをつづってみました ヽ(*^‐^)人(^-^*)ノ きっさこ1956's Shopping Listきっさこ1956の日記 [全499件]
遅ればせながら「新年のご挨拶を申し上げます」 年末体調を崩し 今年は新年のあいさつの気力もなく 更新が今になってしまいました 「今年の風邪は長引く」との声が聞こえていますが 確かに! 薬や○○ケルなどの滋養強壮の手助けを借りながら 微熱や風邪の症状を抱えながらも正月料理をし 2日には恒例の兄弟寄りの接待をこなして どうにか今年のお正月を乗り切ることができました でも、風邪の症状が良くなりかけたと思ったら 次の日また寒気がぶり返したり 少しふらつきを感じたり 今になってもまだなんだかすっきりしない感じです でも良いこともあったんですよ 正月帰省していた息子が もともと気管支の弱い体質の私を気遣って 年末、加湿空気清浄機を買ってきてくれたんです それも2台 リビングと寝室用と もちろん毎日稼働 今も横で静かに働いてくれてます
数日前の出来事 ご近所さんでショッキングな事故が起きました 交通事故は当てられても不幸、当てても不幸 よくよく注意をして運転しなければならないのですが・・・ 地元の産物が並ぶ「○○の里」の駐車場での惨事 2歳児の男の子がパンを食べながら車のそばで座っていたそうで そのことに気がつかず近所の御主人が車を発車されたそうです 子供は車の下敷きになり すぐ大学病院へ搬送されましたが、亡くなったとのこと その時その子のお母さんがどうされていたのか情報はないのだけど まだ目を離せない年頃 お互いのちょっとした不注意が取り返しのつかない事態を引き起こしてしまいました もちろん車に乗るときは注意しすぎるくらい注意しなければならないのだけど つい目に見える範囲で判断しがち この事故は人ごとでなく誰でも起こりえることだと 身震いがしましたね 近所近辺、異口同音 「車に乗るときは車の回りを一回りして、誰もいないことを確認して発車せんといかんね」 皆さん交通事故には気をつけましょうね
11月に入って我が家に大きな変化がありました 長男は大学卒業して名古屋に就職してましたが 10月末日(昨日)で会社を退職し 11月3日に地元福岡に戻ってくることになりました 長男として地元に戻ることがなににつけても都合がいいと以前から思っていたらしく 会社に勤めながら転職活動をしていました この間名古屋と福岡を何度となく往復し 良く頑張ってくれたと思います 努力に運はつき 転職先が決まった後 2ヶ月の間引継をしてきましたが ここ半月は夜遅くまで残業をし 最後の最後、昨日会社を出たのが11時40分と言っていました “飛ぶ鳥跡を逃さず” 最後まで力抜くことなく頑張ってくれたことを誇りに思います 昨日深夜、会社の帰り道にかけてきた電話 今までの頑張りと苦労とがあったであろうこの数年を思うと 私の方が胸が熱くなり 「今日で最後やね。お疲れ様」 「大学卒業して初めて社会に出て6年、いろんなことがあったやろね」 「寂しくない?」 というと 思いのほかさっぱりした声で 「そうやね、6年やもんね、いろいろあったね」 「でも、退職ってこういう感じなんや」と自分なりの感慨にふけっておりました 11月1日今日は名古屋で用事を済まし 明日ここへ帰ってくるようです 転職先は家から電車で45分の所にあり、家から通えないわけではないのだけど 今までと同じように会社の近くのアパートで独り暮らしをするとのこと 11月3日に新しいアパートに荷物を運びいれ 11月7日には初出社 一つの終わりは次の始まりでもあります 長男の心はすでに次へと向かっているのでしょうね
高速を使って 兄夫婦と一緒に住んでいるので何かあっても安心は安心なのだけど 85歳の母 元気なうちに時々は顔を見て話をしたいと思うのだけど 里にお邪魔するのは年に盆・正月の他に1~2回 義姉の来客に気を使う性分と母の娘に会って喜ぶ様子にやきもち?もあり かなり近い場所に住んでいるのだけど 今は遠い場所になっています 「いつもそばで見ているのは私たち」 「たまに来ていいことだけして・・」という気持ちでいっぱいの義姉 私も義母と住んでいて、義姉の気持ちがわからないわけではないのだけど・・・ そこは大きい気持ちで考えを替えてほしいところ それでも時々は電話で 人工透析をしている母の体調を推し量っているのですが 心なしか声の力が弱くなってきているような気がします 今日2ヶ月ぶりに 最初はきつそうな声だったのだけど 結果40分、最後は力強い声に変わってちょっぴり安心しました でも電話から流れる言葉は 「人工透析に行くのにバスが迎えに来てくれるから行くけど 自分で行かなければならなかったら行かなくなるかも」 「人生70歳代までやね。80歳過ぎたら生きる気力もなくなるよ」 「いつお父さんが迎えに来てくれてもいいんだけど、思うようにはいかないね」 などなど もちろん気持ちが 義姉と気性が合わない母 里に向かって 「母が心穏やかに過ごせますようにと」手を合わせて祈る毎日ですが 娘として元気でいられるのはそう長くない母に今できることは何なのか? 思いつかないまま時間だけが流れていくのがむなしいですね
お陰様でいろんな方からいただきものすることが多いのだけど つい先日も新鮮なイカやフグをいただき 刺身にして美味しくいただいたところです なので いただいてばかりでは申し訳ないと思い 朝早く起きて食パン 私がパンを焼くと言っても本格的にはできなくて いつもパン焼き機のお世話になってます これが結構いけるんですよ 今回はいただいた干しイチジクを刻んで入れることにしました 強力粉・スキムミルク・砂糖・塩・干しイチジク・水・それにイースト すべてをセットし、スイッチオン お昼には出来上がる予定、○○さんの喜ぶ顔が目に浮かびます 12時ごろ ピー ピー ピー 出来上がりの合図です ワクワクの気持ちでふたを開けると エ~ ふくらみが予定の3分の2の大きさで しかも硬い もうお分かりの方はお分かりですよね 完璧な材料のつもりがバターを入れ忘れていました 初歩も初歩 恥ずかしい限りです 先に○○さんに連絡してなくて良かったです パンを取りだして切ってみると ちょっと硬めではありますがどうにか食べれそうです 主人には申し訳ないけど 昼食はパスタを予定変更してパン食 主人は「結構いけるよ」と本気ともとれる様子でニコニコと食べてくれてよかったです ○○さんにはまた近いうちパンを焼いて持っていこうと思います 次回は大丈夫かな?
前回身の回りのモノを“ときめき”というキーワードで取捨選択していくことをお話ししましたが 今まで “もったいない” や “まだ使える” でなかなかモノを処分することができなかった私が 今着々と身の回りの物を処分し始めています 今日は食器に手をつけました で、処分するものが ![]() “食器は陶器で” と以前からずっと心に温めていた思いを今実行し 少しの磁器と陶器、ガラスの器を残して 思い切って処分することにしました 数えてはいないけど約200個ほどあるでしょうか? 本当はもっと処分してもいいのだけど 食器棚がガラガラになってしまうので 良い陶器との出会い その時また処分したいと思います 今まであふれるほどに詰め込んでいた食器棚がすっきりとおさまり 一つ一つ大事に収納された食器たちも心なしか喜んでいるように見えますね( ^_ - )☆ 素敵な陶器との出会いがあっても 食器棚に置く場所がなく 泣く泣く諦めたこともたびたび モノを詰め込むということは ときめきとの出会いも失くしてしまうということなんですね 知り合いの知り合いに陶器の窯元がいらっしゃいます 手ごろの大きさの器がほしいので 近いうちにお邪魔してみようと思います 今からワクワク楽しみです @^^@V
最近「片づけの方法」で話題になっている書物 人生がときめく 片づけの魔法 近藤 麻理恵 毎日片づけなきゃと思いつつ すぐに“もったいない”“まだ使える”の気持ちが顔を出し なかなか物が捨てれず なので、身の回りを眺めつつ溜息の毎日を送っていました が・・・ この言葉に出会って不思議と物を取捨選択できるようになりました 今日も洋服を10着以上処分しましたよ 何気なくテレビ かわいいお嬢さんが、物があふれて座るところもない芸能人の部屋を きっぱりと時にはじっくりとその本人に向き合って 片づけの指導をしていました 「結果はご覧の通りきれいになりました」で終わったのですが 不思議と心に衝撃が走ったのです それは、取捨選択の方法 キーワード「ときめき」という言葉 残すかどうか迷った時「まだ使える」「もったいない」ではなく “ときめくか”と“きめかないか”で判断する そうは言ってもまだ着れるものなじみの者を処分することに抵抗があります するとこんな言葉が続きました 「処分するときは今まで楽しませてくれてありがとうと言って処分してください」 「ここが大事です」 いただき物も好む好まずにかかわらず処分できないものですが 「“いただく”そのことでもう物の役目は終わっています」 「なのでずっと使わず持っているものならば『気持ちをありがとう』と言って処分してください」 と 耳慣れた、ありふれた言葉なのだけど 私の頭の中から「ときめき」という言葉が離れません 物に限らず“日常の生活”“人との付き合い” 人は何かしら判断をしながら生きていますが 今まで私の判断の基準はマイナスを削除していくタイプで マイナスでない限りは手にいっぱい残って身動きが取れない状態でした すべきことは「ときめくときめかない」にかかわらず当然先に手をつけるべきだけど 一般的には「ときめき」を基準にまずそこから行動すれば 身の回りが「ときめき」で囲まれ 楽しい人生になるのではないでしょうか さっそく本を買いました 今日から読み始めるのですが 何気なく広げたページに書かれた言葉を紹介しますね 「ときめかないけど、捨てられない」モノに対しては 一つひとつその本当の役割を考えてあげること すると、意外なほど多くのモノがすでにお役目を終えていることに気づくはずです モノが果たしてくれた役割にきちんと向き合い、感謝して手放してあげることで 初めてモノとの関係に「片つける」ことができたといえます そして手元に残ったモノこそ あなたが大切にするべきモノ |一覧| |