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締め切りを過ぎた原稿を,やっと提出することができました.財団法人リバーフロント整備センターという所から出版されている『FRONT』という雑誌に掲載予定の原稿です.
ここのところ,こうした感じの原稿を書くことが多くなっています... 普及原稿も良いけど,論文もちゃんと書かないと(涙) ========================== 日本列島に見られる氷河のつめ痕 氷河研究者のハシクレに名を連ねる日本人として寂しいことは,「現在の日本には氷河がない」ということです.それでも,今から1万年前までの氷期には,日本アルプスや日高山脈には氷河が懸かり,今のヨーロッパアルプスのような姿になっていました.私たち氷河地形研究者が「氷河のつめ痕」を探し,追いかけ,調べたことの一端をお伝えしたいと思います. 氷河時代の日本列島 日本列島の高山に氷河が懸かっていたのは,今から6万年くらい前から1万年前までの最終氷期と呼ばれる時代です.雪線(年間の降雪量と融雪量が釣り合う平均的な高度)が現在よりも1700mほど低下したために,日本アルプス(飛騨山脈,木曽山脈,赤石山脈)や日高山脈ではカール氷河や谷氷河が発達していました.カールやU字谷,モレーンなどの,氷河が山を削り,岩屑を運び堆積させた「氷河のつめ痕」である氷河地形から,その存在や分布範囲を知ることができます. 日本アルプスの氷河地形の分布を調べると,木曽山脈や赤石山脈に比べて,飛騨山脈で広く,低いところまで氷河の分布範囲が拡がっていたことが判ります.これは最終氷期にも,現在と同じように日本海側の降雪が多かったことを示しています.また稜線の東西を比べると,東側で氷河地形が数多く分布し,低い高度まで氷河地形を見ることができます.これは,氷期にも冬期には強い北西季節風が吹き,稜線の東側に吹きだまりを作っていたためです.風が強い日本では,局所的な雪のたまり方の不均質性が氷河の分布を強くコントロールしていたことが大きな特徴です. 氷期が終わり,氷河が融けてなくなった後,氷河地形は風雨に曝されて浸食されていきます.つまり,古い時代の氷河が形成した氷河地形ほど浸食が進み,新しい時代の氷河が形成した氷河地形はより原形を留めています.こうした見方で日本の氷河地形を見ると,氷河が拡大した時期が大きく2回あったことが判ります.稜線に近いカール地形やモレーンを形成した氷河が発達した時期は比較的新しく,その下流に連なるU字谷はより古い時代の氷河によって形成されました.その時代は,地形を覆う火山灰や堆積物の中の炭素を調べることで,2万年前頃(新期)と6~5万年前(旧期)であると判っています.これは,世界的な氷河の拡大・縮小と時代的には一致していますが,世界的には新期に規模が最大であったのに対して,日本では旧期に規模が大きかったという違いがあります.日本アルプスの氷河規模の変化が世界の氷河のそれと連動しない原因については,まだ確実なことは判っていませんが,世界的な海面の変動による日本海の海況の変化が影響している可能性が指摘されています. 氷河のつめ痕を見に行こう 残念ながら,現在の日本には氷河がありません.その分,氷河があったら見ることができない「氷河の底を歩くこと」ができるのです.著者お勧めの氷河地形をいくつかご紹介しましょう.ぜひ,お出かけ下さい.想像力を働かせて,昔の氷河をイメージしながら氷河のつめ痕を歩いてみませんか? 木曽駒ヶ岳 木曽山脈の主峰,木曽駒ヶ岳の周辺には小規模ですが典型的な氷河地形が見られます.その中の「千畳敷カール」は,日本で一番簡単にたどり着ける氷河のつめ痕です.駒ヶ根インターチェンジで高速を降り,駒ヶ根高原でアクセスバスに乗り換えます.このバスの終点「しらび平」は,旧期に木曽駒ヶ岳東面の中御所谷に発達した谷氷河の末端に位置し,バスターミナル脇の公衆トイレの後ろの丘がターミナルモレーンです.ロープウェイに乗ると,氷食谷の上を通っていきます.進行方向右側の車窓からは,カールの下流に連なる浅く広い氷食谷とモレーン群を見ることができます.ロープウェイの終点の千畳敷駅の駅舎はモレーンの上に建っています.駅を出ると目の前に千畳敷カールのカール地形やモレーンが,視野一面に飛び込んできます.千畳敷カールには約1万年前まで氷河が存在していたことが判っています. 立山・室堂 室堂までは立山黒部アルペンルートで行くことができ,バスターミナルの眼前が国指定天然記念物の「山崎カール」です.このカールは注意深く見ると富山平野からも見ることができます.このカールの名前は,1902年に日本の氷河地形を初めて指摘した山崎直方博士にちなんだ名前ですが,山崎博士が発見したカールは山崎カールではなく,山崎カールの裏側にある黒部川に向いたカール群と白馬岳の氷河地形であるというのも不思議な話です.山崎カールの底には3段のモレーンを見ることができます.これは,山崎カールを埋めていた新期の氷河が3回の拡大と後退を繰り返したことを示しています.また旧期には,侵食で失われてしまった立山火山から流下した氷河によって,室堂平自体も覆われていたことが判っています. 白馬大雪渓 山崎博士が日本で初めて氷河地形の存在を指摘した山域です.真夏でも万年雪に満たされた白馬大雪渓は,氷期には氷河で満たされていた氷食谷である事が判っています.白馬岳周辺は飛騨山脈でも最も降雪が多い地域であり,最も低い標高まで氷河地形が発達している地域です.猿倉バス停から白馬尻に向かって歩く林道の両脇には,小高い丘のような,様々な氷河前進期のモレーンを見ることができます. 黒部五郎カールと播隆平カール 上記の山域以外でも,槍・穂高山域をはじめ,典型的で顕著な氷河地形を見ることができる山域は数多くあります.中でも筆者がお勧めなのは,飛騨山脈の黒部五郎岳にある黒部五郎カールと,笠ヶ岳近くの播隆平カールです.いずれのカールも登山道でたどり着くことが可能です.顕著なカール壁と平底なカール低の組み合わせは典型的な氷河地形と言っていいでしょう.登山客も少ないので,ゆったりとカール底を歩きながら,五感を一杯に使って氷河地形を感じることができます.また,黒部五郎カールは羽田-富山線の飛行機の窓から見ることができます.機会がありましたら探してみて下さい. 氷河のつめ痕? 日本アルプスと日高山脈を除いた山地では充分な研究が進んでおらず,「氷河のつめ痕」であると確実に言える地形は見つかっていません.雨が多い日本では,氷河地形の発達が微弱であった場合には,激しい浸食によって地形が失われてしまい,特定が難しくなってしまいます.それでも,利尻岳,大雪山,飯豊・朝日山地,越後山地では「氷河のつめ痕?」という地形が見つかり,研究が続けられています.また,富士山や八ヶ岳,鳥海山といった火山では,火山活動によって氷河地形が不明瞭になってしまった可能性もあります.近い将来,研究が進むことによって,日本列島の氷河の拡がりがより確実なものになっていくと思います. もうすこしで氷河なのに 氷河は,翌年まで融けずに残った雪が積み重なって氷となって,やがて流れ始めたものです.すると,山に詳しい方は気付くかもしれません.「日本の山にだって,一年中融けない万年雪があるじゃないか?」 その通りで,日本には年を越える雪渓=越年雪渓=が数多くあり,その一部は圧密で雪が氷となり,流動していることが確認されています.その代表的なものが,立山の内蔵助雪渓や白馬の大雪渓です.一部にはこれらを「小氷河」と呼ぶ向きもありますが,残念ながら,これらの越年雪渓を氷河と呼ぶことはできません. 氷河と呼ぶためには,「涵養域と消耗域が分化し,その質量収支を流動によってバランスさせ,全体として安定した状態にある」ことが必要です.しかし,日本の越年雪渓は,年によって全域が涵養域になったり消耗域になったり,場合によっては一旦消滅してしまう場合すらあります.このような不安定な状態では,氷河と呼ぶことはできないのです. 立山の内蔵助雪渓では,雪渓の底から1000年以上存在し続けている氷が発見されました.この氷は,以前の氷河の一部が残存しているという可能性も指摘されています.また,現在の内蔵助カールの降雪量と気温を考えると,あとちょっと気温が下がるか降雪量が増えることで,越年雪渓が氷河に「成長」する可能性があります.しかし,地球温暖化が進みつつある現在では,それも夢みたいな話かもしれません. 日本の氷河を勉強しよう 日本の氷河地形や氷河そのものについてもっと知りたい方のために,比較的新しく,入手しやすい本をご紹介したいと思います. 日本の氷河地形について 清水長正編『百名山の自然学』(古今書院) 小泉武栄著『山歩きの自然学』(山と渓谷社) 小泉・清水編『山の自然学入門』(古今書院) 氷河そのものについて 米倉ほか編『日本の地形1 総説』(東京大学出版会) 小畴研究室編『山に学ぶ』(古今書院) 藤井ほか著『基礎雪氷学講座4 氷河』(古今書院) [研究・教育関連]カテゴリの最新記事
あがたしはことし1月の「日本川国論」という特集で一本書いたのだけど(後で強調し忘れたこと~恩田さんの研究とかね~に気づいたのだけど),Kent君のは特集記事? そうだとするるとどんな特集なのか興味あるところだなぁ.
(2006.11.03 17:07:33)
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