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2012.02.28楽天プロフィール Add to Google XML

居合術研究 その13
[ 居合術研究 ]  

超久々の更新(;^^A

前回は田宮真伝奥儀集に記載されている、一本目「向之刀」の
二ヶ条のうち、一ヶ条目を紹介しました。
今回は続く二ヶ条目を紹介します。
一ヶ条目との違いについて注目したいと思います。

(引用始め)
其二、伝曰、右の如く居合腰に居て、柄に手を掛け右足を踏立、
腰を立て、左足を引く調子に、刀を右膝の頭を矩ねに抜出す、
是を三角(みすみ)の矩(かね)と云、是亦胸を和する調子に
抜出す故、鳩尾の通りにて抜出し、相手の首を矩に抜付る也、
鞘は抜出す調子に後ろに鯉口を廻すべし、扨、抜付けたる刀を
直ぐに額上にかむり、切先我が左になる様に刀を横一文字に
被むる也、扨、右膝の頭と右拳と一所になる矩に打込也、
左掌は被り上る時、胸の通りまで上げて、柄を取込む調子に
打込也、両拳ともに、手の内を堅く握るべし、拳の高さは、
其人の手を直ぐにのべて十分の強み出るを矩とする也、目付は、
凡そ三間程先を見、気を遠くかけて、身の強味を刀に移して
打つべし、扨、右手を逆手に取替、刀を股の上に横たへ、
左手を仮に切先の方へ添、体を正直に改め刀を納る也、
真向に抜出す技は、余も是に准ずべし、猶、口伝、
(引用終わり)

さて以下は私の解釈です。
一ヶ条目では、その場で立ち上がりながら刀を横方向に抜き、
その後すぐに左足を引くように読めました。この点はあくまで
そう読めるだけで実際そうだったかは分かりませんが、
しかし今回は明確に「柄に手を掛け右足を踏立、腰を立て、
左足を引く調子に」と、全部同時に行うことが分かります。
そしてその際「刀を右膝の頭を矩ねに抜出」し、これが
三角(みすみ)の矩(かね)という教えであると書かれています。

三角(みすみ)の矩(かね)というのは、現代居合でも使われる
言葉の様ですが、ここではそれを完全に無視して^^;
「右膝の頭をかねに刀を抜出す」がどういう事なのか、
素人なりに読み解いてみたいと思います。
同じ言葉でも、流派によって意味が異なることも多々あるはず
ですので(「八寸の延べ金」みたいに)、他の意味を否定したり
するものではありませんので。

一ヶ条目では、刀を抜き出す際の制約は、
「膝より先きに拳の出ざる様に横に抜出す」でした。
あくまで前方向への刀の移動に制限があり、柄を握った右拳を
右膝よりも前に出さないように、横方向に抜き出すものと考えられます。
この「膝より前に出さない」設定は、これまで見てきた田宮流奥義書や
窪田派田宮流の想定である、自分の前方のすぐ近い位置に敵がいる
状況から来ているように思います。敵の体がすぐ前にあるので、
一般的に行うような、前方向に柄を動かして抜くことができない
設定であると考えます。

さて一ヶ条目が前述したような、刀を抜く際に同時に左足を引くもので
無かった場合、柄を動かす方向は右方向だけになります。
同じく鞘引きも、ほぼ真左方向にしか動かせないと思います。
しかし二ヶ条目では、刀を抜く際に、左足を同時に引きます。
左足を引くので、鞘引きも一ヶ条目とは違って、後ろ方向への
動きを行うことができます。実際には、鞘を引くのは斜め後ろに
なるものと思いますが、その分刀の通る長さに余裕ができるので、
柄手の右方向への動きも少なくて済みます。結局どういう事かというと、
「刀を右膝の頭を矩ねに抜出」というのは、一ヶ条目の
「膝より先きに拳の出ざる様に」に加えて、
「膝より右にも拳が出ないように」なのではないかと。
イメージとしては右膝の上に右拳があって、地面に対して右膝-右拳を
通る垂線が軸になって刀がワイパーみたいに動く感じで。
(ただ柄は最初「身の正中にて取」らないといけないので、正中線上から
右膝の位置まで移動するので、「軸」とは違うのだろうと思います。
ワイパー運動は弱いことで有名ですし^^;なのであくまでイメージです)

これもあくまで想像なのですが、現代の林崎新夢想流の演武を拝見すると、
柄を相手の左の二の腕にくっつけた状態から抜き出しています。
これもこの三角の矩の教えと同じ意味なのではないかと思っています。

さて左足を引きつつ鞘引きを行い、同時に右膝を右手が超えないように
刀を抜きますが、この時刀は「胸を和する調子に」、そして
「鳩尾の通りにて抜出し」ます。胸を和する調子ってなんのこっちゃ
分かりませんが、胸を柔らかく使うみたいな感じかなぁ?
ともあれ、自分の鳩尾(みぞおち)の手前で刀を抜き出しつつ
立ち上がっているので、最終的に「相手の首を矩に抜付る」形に
なるんだろうと思います。要は抜いた後、自分のみぞおちの高さが
相手の首の位置になるのではないかと。

抜き付けた後はすぐに刀を被ります。このとき切っ先が左になるように
横一文字に被るとあります。ここらへんも林崎新夢想流の演武と
よく似ているように思えます。そこから打ち込むと。左手は
被り上る時に胸の通りまで上げて、柄を取り込むようにして打ち込む
とのことです。窪田派田宮流ではこの点、抜き付けと同時に左手を
柄に移し、打ち込む形のようだったことは以前書きました。

打ち込みの注意点と納刀は省略しますが、以上が私の解釈した限りの
「向之刀」の手順です。私感としては、この「向之刀」の手合いと
田宮流極意書の「追立」、窪田派田宮流の「一文字」はそれぞれ
ほとんど同じだったのではないかと感じます。

相手が真正面かつ非常に接近した位置に坐り、短刀で以て突いてくる
⇒相手が突くのと同時に刀を抜き付ける
 抜き方により、相手の短刀より自分の刀が早く相手に届く
⇒刀を振りかぶって二の身の打ち込み
⇒納刀

という流れが一緒です。
この形式は林崎新夢想流や、関口新心流の居合でも同じように思います。
また窪田派田宮流の、抜き付けと同時に左手を柄に移す動作は、
結局左手を柄に移すことで腰が正面を向く=「腰詰」
=「林崎新夢想流や民弥流居合の鞘での正面への当て」と
同じ意味かな~、同じ意味だったら面白いな~と妄想しています(^皿^

本当はどのような動作であったのか、古田宮流は失伝したと
されていますので、よく分かりません。田宮真伝奥儀集の序文には、
「数寸の間にして長刀を抜出すを以て、修行の第一義とす」
とありますので、普通ではとても抜けないような狭い状況において、
長刀を抜き出すことを修業の第一眼目としていたのは間違いなさそうです。


次回は二本目「押抜(おさえぬき)」を取り上げます。
今のうちに言っておきますと、一本目と異なり押抜は各資料であまり
動作に一貫性がなく、バラバラです^^



Last updated 2012.03.01 09:46:07
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2012.01.23

ちょっと話を変えて

また放置気味になってきてた^^;

ずっと居合の調べものの話だったので、ここらで本来の稽古日記を。
まとまった稽古の時間がとれてないものの、ろくに稽古できなかった昨年の反省を踏まえ、
年明けから少しずつでもコツコツやる事にした。

チーシー 5種 x10 x左右
基礎術 3種
ナイハンチ x5
ヒップウォーク 足上げなし版&足上げあり版 x前進&後退

これらを朝やって、家に帰って時間があるときに
型or棒素振りor木刀素振りor居合

夜稽古できないときはあるけど、今のとこ朝はほぼ毎日続いてます。
ヒップウォークがお腹の贅肉に効く気がしてお気に入り(^-^)
足上げた状態で廊下の半分は行けるようになった。





Last updated 2012.01.24 00:14:09
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2011.12.12

居合術研究 その12
[ 居合術研究 ]  

田宮流極意書と剣法全記の一本目の記述を見てきました。
今度は田宮真伝奥義集の第一本目の記述を見てみます。

前述した通り、田宮真伝奥義集には表の一本目として
「向之刀」という型の解説があり、その中に
二ヶ条(二通り)の抜き方が記載されています。

(引用始め)
※新漢字・ひらがなに変換しています。
 いいかげんなので誤りがあるかもしれません。

向之刀 二条
伝曰、此条は身体の斜みを直し、抜き口を教る手数也、
先づ平居に座して、刀を帯し左足を居敷き右足を前へ出して、
踵にて地を踏み鳩尾の高さにして蟻のとわたりにて居敷き、
左手にて鯉口を取(刃を上になす)て、左膝に納め、
右手を右膝に納めて、体を樋立ち腰を詰め、物見を中眼に
極め、正直なるを要とす、是を居合腰と云也、
但し是は戦国の遺風にして、介者座より出たる法也、
扨、抜出す格法は、柄を身の正中にて取(此時は
刃を左にす)右の足を其侭踏立ち、腰を立上ると等しく、
膝より先きに拳の出ざる様に横に抜出す也、
抜口は一調子・二調子と定め、一調子に速に抜出すを格とし、
二調子を嫌ふ也、左足直ぐに跡に引、左腰を前に詰て、
腰を右足にかかり、腰に重もりて、上体に力味の
凝らざる様にす、是を腰詰と云也、体を前へ張り開き、
気を高く満たしめて居着かざるを肝要とす、
是を陽体と云、是に反するを陰体と云て嫌ふ也、
右是を気体の格法として、千万の技も是を根基とする也、
扨右の如く抜放ちたる刀を、其侭右の股に納め、
左手を陽にして大指人指の間に挟み、気体を正直に納め
次に右手を逆手に取替、左手にて鯉口を取、刀の棟を
左手の大指人指に挟み、切先まですごきて鞘に納め、
左膝を前によせ、居合腰に座する也、口伝、

(引用終わり)

ここまでが一ヶ条目です。以下が分かると思います。
・座り方は右足前のいわゆる立膝。ただ「踵にて地を踏み」
 とあるので、現代よく見られるように右足を半分寝せた
 形ではなく、垂直に立てる形っぽい。
 ちなみに「蟻のとわたり」は会陰のことのようです。
・上記の"居合腰"から、腰を立上げると同時に抜き出す。
 このとき、膝より先に拳(右拳と思われます)が
 出ないように横方向に抜き出す。
・一調子・二調子があるけど二調子になるのはダメ。
 一調子に速やかに抜くのがよい。
・左足を引き、左腰を前に詰めて右足にかかる。
 これを腰詰という。
・刀は右の股にとり、右手で逆手に柄を取り、
 左手は掌を上にして親指と人差し指で刀身をはさみ、
 切先までしごいて鞘に納める。

個人的に興味深いのは、どうもその場で立ち上がりながら
刀を抜き、その後で左足を引く様に読める事。
これは後述する二ヶ条目で左足を引くのと同時に抜き出す
ことと比べて、一体どういう風に抜いていたのか不思議です。
一歩も前に出ず、その場で立ち上がりつつ、
さらに右拳が膝から先に出ないように、単純に右横方向に
柄を抜き出すと、とても相手に当たるとは思えません。
とはいえ鞘を左横に抜き出すのも限界があるし・・・
林崎系の各流派は「手を使って抜くな」特に「右手使うな」
という教えが多いみたいなのですが、そんなら
いったいどうやって横方向に抜いたんじゃろ。
しかももし三尺三寸だったら無理だろjk・・・
二の身もないので、もしかしたら一ヶ条目は
相手に当てる訳じゃないのかもしれません。

一調子・二調子は、立ってから抜くとか、
抜いてから立つとか、あるいは途中でつっかえるとかではなく
すっと一拍子で抜き出すのがいいということですかね?
それとも抜こうと思って一旦その場でぐっと踏みしめてから
やおら立ちあがるのではなく、それこそ「煙の上るように」
力みなくス~と立ち上がり抜くということでしょうか?

腰詰、陽体、陰体という言葉は、
現代の田宮流の前宗家、妻木正麟先生の著書にも書かれて
いました。ここでは腰詰は、左の腰を前に詰める
=骨盤を相手に正対させ、やや右足に体重をかける感じに
なることを指すように読めます。
この動作は、黒田鉄山先生の民弥流の真の太刀、向掛などで
抜き付け後に鞘を前に出す動作、また林崎新夢想流の
押立の抜き付け後に鯉口で正面の相手に当てを入れる動作に
関係しているような気がします。

納刀の方法は先述の二流と、また窪田派の物とも
よく似ているように思えます。

次回は二ヶ条目を書きます。

(続く)



Last updated 2011.12.13 01:04:04
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2011.12.11

居合術研究 その11
[ 居合術研究 ]  

注)ここに書いている技術に関する内容は全て、
私が個人的に理解した(と思ってる)内容です。
私はどの居合流派の関係者でもなく
単なる武術オタなので、技術的な信用性は
かなり低いことを一応再度明記しておきます。
また古い文章は読む人によって捕らえる内容が
違うことが多いと思いますので、
物好きでこんな記事を読んで下さる方は
その辺のところご留意ください。

(続き)

窪田派田宮流で使用する剣の長さについて。
林崎新夢想流では古伝にあるとおり、
三尺三寸の長い刀を用いて稽古を行うようですが、
窪田派田宮流ではどうだったのか。

同じく窪田清音の記した「剣尺記」に以下の記述があります。

当伝に在りては先師の定めし所、身長五尺五寸に
充つれば三尺二寸の太刀に一寸の鎺(はばき)を附し、
鍔先三尺三寸なれば抜き差しも動作も不便の事なしと
為せり。又短小の人と雖も武夫の間に長ぜし者なれば、
二尺五寸の太刀を作用するは自由なりとの定めなり。
是先師の弟子に教へ試みられし所にして、徒に
曲尺に拘するものに非ず。又其の人に依り三尺五寸乃至
四尺五尺なるも其の人の手に適すれば長きを厭はず
との伝あり。

「先師の弟子に教へ試みられし所にして、徒に曲尺に
拘するものに非ず」とあるので、実際稽古に三尺三寸の
刀を使用したかは定かではありませんが、基本的に
刀は長いほうがよいという考えであったようです。

五尺五寸≒167cmの身長があれば三尺三寸の刀が
抜けるとありますが、私の持ってる二尺三寸五分の
居合刀でもろくに抜けないものを、人により
四尺でも五尺でもいいとは、昔の人はスゲーな~と
心から思います。そんなに長い太刀を、いったい
どうやって、どのくらいの速さで抜けたんでしょう。
とても気になります。



Last updated 2011.12.12 22:50:30
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2011.12.07

居合術研究 その10
[ 居合術研究 ]  

考察の前に、さらに引用を。
前記したように、田宮流窪田派の8つの型には
それぞれ変化技法があったようです。
第一型「一文字」の変化型を以下引用します。

(引用始め)

第一 一文字
習ひの如く坐を整へ、(習いとは斯くすべしと定めたることを
謂ふ以下之に倣へ)次に衣紋形に手を組みてあるに、
彼(彼とは対者を謂ふ即ち受太刀なり。)手を腰刀の柄にかけ
(腰刀は長さ一尺を限る合口又鞘巻の刀を謂ふ)既に抜き放ちて
突き懸らんとするとき、其潮合(しほあいとはぬき放ちて
突き出さんとする所を謂ふ。)を見て突き出さんとする習いの
如く柄に手をかけ右を立て、左を引き抜き出だし彼が右手の
半に抜き付けんとするを、彼は其態を見て腰刀を取り更め、
右手を柄に添へ抜き付けんとする刀(刀といふは仕太刀の
帯する剣を謂ふ)を上より抑へて避く。此時彼は右足を敷きて
地に著け、左足を立つべし。己れ(己れとは仕太刀を謂ふ)
彼の抑へたる刀を引き取ると共に頭に翳(かざ)し、次に
立てたる右足と左足と飛び違ひながら一拍子に習いの如く
打ち込むべきなり。其時彼は左の片膝を立て抑へたる手を、
其のままになし居敷て腰刀を以て受け留むる事変化の形の
習いなり。(彼が受くる時の形は左右の足を前に出して
あるなり)次に己れは柄手を返し取り崩しに至る。
以下初の八つの形の際に述べし如し。彼は腰刀の中程を
鞘口に当て鞘手と云ひ、鞘口と共に腰刀を抑へ柄を逆手に
取り更め徐に納む。

(引用終わり)

前回引用した部分と合わせて読んでみることで、
第一型について以下が分かると思います。

1. 仕太刀と打太刀が存在する
2. 仕太刀は片足を前に出した居合座。打太刀は正座
 (「常の如く坐」るなので)で正対している
3. 仕太刀は打刀、打太刀は腰刀(一尺程の合口)を帯びる
4. 打太刀が腰刀を抜いて突きかかってくる瞬間に、
 仕太刀は右足を立て、左足を引いて刀を抜き付ける
5. 抜きつける目標は打太刀の右手の半ば
6. 抜きつけが打太刀の腕に当たるか当たらないかの所で
 刀を左から返し、刀をかぶって打太刀の頭上へ打ち込む
7. 打太刀は首を左に傾けて右肩を切らせる
8. 打ち込んだ刀を打太刀の肩に少し留まらせたあと、
 刀を右脇に取り、納刀。
9. 納刀は刀の柄を右手で逆手にとり、鞘口を持った左手の
 親指と人差指で切先方向へ刀身をぬぐって納める。
10. 打太刀側も仕太刀と同時に同様にして納刀。
11. 元の状態に戻る。

※変化では4から打太刀が柄で仕太刀の抜き付けを
 受け止め、仕太刀が刀を返し踏みかえて打ち込むのを
 さらに受け止める

1~11は、現在の林崎新夢想流の第一型「押立」と
とてもよく似ています。また田宮流極意書の第一型
「追立」の記述とも矛盾していないように思います。
林崎新夢想流の押立については公開されている
範囲でしか分かりませんが、違いそうなのは
・仕太刀の座り方・構え
・抜き付けた直後の左手
・二の身の際の打ち込み角度と打太刀の動作
・納刀の際の右手
あたりでしょうか。

まず座り方ですが、林崎新夢想流ではよく知られるように
フキョという独特の半座?姿勢をとるようですが、
ここでは単に居合座と書かれており、フキョなのかどうか
分かりません。ただ、「一足を踏み出だし」という記述を
見ると、おそらくは現代居合でも見られる右足を前に出し、
左足を座る立膝・座構えの姿勢のように思われます。
(後述予定の「田宮眞傳奥儀集」ではこちらの姿勢を
とっていることが分かります)
また手の構えは「大紋形・衣紋形」という、腹の前で
両手を交差させたような独特の形を取るようです。
この形は二代目(田宮家三代目)田宮平兵衛長家が
将軍へ居合御上覧の際に取った構えである旨が
記載されています。現在の他流に見られないのは
そのためかもしれません。

抜き付けの際の左手について、林崎新夢想流の演武を
拝見する限り、抜き付けの時点では左手は柄を取っていませんが、
こちらは「抜きつけながら鞘手を柄に移す程度は、
鞘を切先の離れて敵手へ抜きつくる間に移すべし」とあり、
抜きつけが打太刀に当たるまでに柄を取っているように
読み取れます。

二の身の打ち込みは、林崎新夢想流では、打太刀の突きを
避けながら袈裟切りのようですが、こちらは真向のようです。
打太刀は何故か右肩を切らせます。
この辺もなにか理由がありそうですが…

納刀の際は右手で柄を逆手に取るようです。
まあどうでもいいような気はしますが。
納刀の前に刀を右脇に取るというのも共通するように思います。


また、この1~11の形、打太刀を無視すると
黒田鉄山先生の民弥流居合の「切附」にもよく似ています。
こちらは抜き付けの際に左手を柄に移す部分も
共通します。ただし切附の演武を拝見する限り
目標は相手の右手半ばではなさそうですが。
実際黒田先生ご自身、著書で
「切附は田宮流の第一型に相当する」旨を記しています。

田宮平兵衛重正
 +-->田宮対馬守長勝(田宮流)
 +-->長野無楽斎槿露
     +-->一宮左太夫(林崎新夢想流)
     +-->民弥宗重(民弥流)

ですので、これらの系統に同じような業が伝わって
似ているのは当然かもしれません。

(続く)




Last updated 2011.12.13 00:38:35
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2011.12.01

居合術研究 その9
[ 居合術研究 ]  

前回のエントリでは田宮流極意書の一本目を見てみました。
今回は剣法全記に記載されている、田宮流窪田派の
一本目「一文字」を見てみます。
長いですが、できるだけ省略せずに引用します。
※一部新漢字に直しています。

(引用始め)

居合の業を学ぶの順序は、先ず打刀(今の刀)と
鞘巻きの刀(合い口)を場に具ふること古傳の一規なり、
即ち打刀の所に進み出で、膝をつき、足を爪立てて敵手を視る。
膝の幅は肩の幅と斉しくして啓き、次に右手を以て栗形の下より
執り、左手は上より鞘中を執り、右の膝の角に立つ、
(此の時打刀の刃を向ふへむくる)次に左手を以て帯を
くつろげ差し込み直ちに左手を鞘口に移し、栗形の際まで
差し込み鞘口を切るべし。(鞘口は隠し切りにすることを
定めとする)次に右手を右の股の根につき体を正し、
正しく敵手を見て、気を籠め、次に一足を踏み出だし
居合坐に組み、打刀の柄を右の股の根に引き附け
(此の時打刀を平にして刃のかた向ふにむくる)
右手を大紋形に組み(又衣紋形とも云ふ)次に又気を籠め、
其の気を臍下に軽く静に籠めながら柄に手を移しかけて
抜き出だすこと習いなり。
(口伝省略)

次に其の大紋形より鞘のうち等に習いあり。
鞘の抜きこころを謂うなり。
(口伝省略)

次に抜きつけながら鞘手を柄に移す程度は、
鞘を切先の離れて敵手へ抜きつくる間に移すべし。
抜くときは刃のむねを腹に当て、刃方を向ふへなし、
大紋形より抜きつくるなれば、刀は平に出づるなり
(口伝省略)

次に抜きつけたる刀の彼れの身に当ると当らざる際より
直に左へ廻し(かへし)旋らし(めぐらし)頭上に
冠りて打ち込み切り付くるなり。
切り付くる所は彼(打太刀をいふ)の頭上なるべし。
此の時彼頭を左へ避け右の肩を切らすこと習ひなり。
(口伝省略)

次に打太刀肩へ当ると当らざるとの際に止むるなり
(口伝省略)

次に打込みたる刀を肩の上にて少く止めためらひてより、
右の手を逆に返し柄を取り直し、右の脇へ刀を取りながら、
初め立てたる足を引き、初め坐せしときの形に復し、
此に至りて気を聊か軽く戻すべし(気を戻すは鼻より戻すなり)
(口伝省略)

次に左手を以て栗形の上を押へ、刀を取直し、鍔元より
三寸程先のむねを鞘口に当て、鞘口を取り、押へたる
大指と食指との間を切先まで徐に引きて鞘に納め、
鞘手にて腰元へ指し込み、右手を右の股の元に置き、
全く初め坐に就き、打刀を差し、形を正し、
備へ構えたるときの形に復す。

(引用終わり)

以上が第一型の解説となります。ただしこれだけでは
型の記述には不十分で、打太刀側の解説もありますので
以下引用します。

(引用始め)

居合の術に就き敵手の受け方にも習ひあり。其の故は
初め坐に就くとも直に常の如く坐し、是れも膝の廣さは
各人の肩の幅たるべし。主太刀打刀に手を掛くるを見れば、
直に栗形の下より右手を掛け、左手を以て鞘中を上より取り、
打太刀差すと同じく静に差して鞘口を取り、右手を右の
股の上に置き、次に主太刀手を組むとき柄を握り、
彼れ抜くとしらば共に抜きて突きかかること習いなり。
(口伝省略)

己の突きかかると彼の抜きかくると同時なれども、
打刀の長きが故に、抜き出だし、突手を留められて
打たるるなり(長短の差別を知るべし)次に主太刀取崩し
逆手に代ゆるとき、突き出だし手を膝に取るなり。
次に彼が納むるとき同じく納むべし 進退總て同じ。
鞘巻を納むるにも逆手に柄を取直し、むねを引きて
納むるなり。

(引用終わり)

長くなったので、考察は次回に行います



Last updated 2011.12.01 23:14:34
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2011.11.30

居合術研究 その8
[ 居合術研究 ]  

■各型の動作比較
これまでに挙げた各伝書から、林崎系の流派には
いくつか共通した型名がありそうなことが分かりました。
ではその実際の技術はどうであったのか。
ここでは紹介した伝書のうち、
動作の解説が行われているものを抜き出して
各流派による型の比較を行ってみたいと思います。
とりとめなく書いていくつもりなので、
まとまった内容になるかどうか分かりません^^;

(1)一本目の型の比較
まず田宮流極意書の一本目、「向刀(むこうのかたな)の事」の
「追立(おったて)」を見てみます。資料から該当箇所を
そのまま引用します。

おつたて
場近くしかけ、居組也。打太刀小脇差にて突くを、
場近き故に、頭を抜合する也。二の目、諸手にて打つ。
惣じて場を引く事悪し。つめひらきを好む。
総身立ざれば、一心みたざる者也。身能くたてば、
自由にかなふ。肩を以て手をつかひ、腰を以て足を
つかうこと順なり。手より起ると足よりおこること、
身よわき故也。此心持、いづれも同断也。

これだけです^^;短いです。ですが、短い中からも
ある程度の事は推測できると思います。
まず打太刀がいること。現代の居合は主に一人で
練習・演武されるものと思いますが、この時代には
打太刀と仕太刀(仕手)の2人で稽古が行われた
ようであることが分かります。
(まあ打太刀がいる想定で、一人で練習したって
いいようにも思いますが…)

また「向刀の事」の技法区分について、これは2つめの
区分である「左身の事」における解説に、
『打太刀、仕手の左之方に居る』とあるのを考えれば
「向刀の事」では打太刀は自分の真正面に座っている
(向こうというのは前の事を指します)と考えるのが
普通だと思います。というか、これは他流の伝書記述や
動画を見るとまず間違いないです。
また「場近くしかけ」「場近き故に」「つめひらきを好む」
という語句からすると、敵とはかなり近く、ほとんど
くっついている状況であろうと思います。

そしてこの正面で近接した状況から、打太刀が「小脇差」で
突きかかってくるのを、抜き合わせて応じるという事でしょう。
「頭」はよく分かりませんが、出会い頭みたいな感じで
同時に抜き合わせるという感じにも見えます。
このとき場=間合いを引いてはならず、「つめひらき」を
しろと書いてあります。相手との距離が詰まったまま
体を開くということでしょうが、どうやるんでしょう?
抜いた後は二の目=二の身=後太刀を諸手で打つとの
意味になると思います。残りの文は手先や足先で動かず、
体幹から動けという戒めでしょう。

結局のところ、この型の動作は、新田宮流の藤田貞固が
記した「和田流居合正誤」に記載されている、
「古者奥州に林崎甚助重信という者有り(中略)
刀を鞘より抜くと打つとの間髪を入れざる事を仕出し、
是を居合と号して三尺三寸の刀を以て、敵の九寸五分の
小刀にて突く前を切止る修業也」
というのとぴったり一致します。

相手が正面に、しかもかなり近くに坐して突いてくる
という想定は、現代居合の想定とは違うみたいなので、
おもしろいな~と思います。

(続く)




Last updated 2011.11.30 21:40:23
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