「よし、わかったよ」 それまで黙っていた、色の白い男の子が、低い声で言った。 「お前、川には川の神がいると思うんだな?」 「うん、いる、いるよ。きっと」 「そうか、それなら、川の神をここへ連れてこい。」 「連れてくるの?」 「そうさ。いるんだろう? 大西川の神様って、どんな神だんだろうなあー」 低い声は、お菊の胸にずんと響いた。 「連れてきたら…」 お菊は、その子の目を見た。 「連れてきたら、大西川はみんなの川だって事にしてくれるんだら?」 「ああ、してやるさ。神様にウソはつけない。 神様の前で、大西川は、みんなで大事にしますって、オレ達も約束するさ。なあ」 「おう、する、する」 男の子達は、笑いながら口々に言った。 「わかった。じゃあ、連れてくる!!」 お菊は、そう言って背を向けた。
「どこへ行くんだ」 と聞かれて、 「大フチに行く」 お菊は静かに答えた。 「大フチ?あんな深いところ、お前じゃあ入れんぞ。 やめとけ、やめとけ。 大フチに行ったって、神様に会える訳じゃないぞ」 大フチと聞いて、男の子達は少しあわてた。 大人でさえも近づかないと言われている、深い、深いフチだった。 一年中、澄んだ水色の水面は、鏡のようにおだやかで いつも、ぶきみなくらい、静まりかえっている所だった。 大フチには、水神様が住んでいらっしゃると伝説はあったが 誰も近よる人がいないので、神様をちゃんと祭ってあるかどうかも、わからなかった。 「大フチに行く」 お菊はもう一度言った。妙ちゃが、 「菊ちゃ、帰ろう、もう、帰ろう」 と、何度かつぶやいた。 「妙ちゃ、大フチに行かんならんの。 神様に会って来るで、待っとってな」 お菊は、ぐんぐん土手を上がった。 ─12─
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