「大西川か…川東のしゅうが来とるといやだなあ」 お菊が小さくつぶやくのを聞いた妙ちゃは 「だいじょうぶな。いつもよりちょっと上のいいとこ見つけたんな。 おとうちゃも、 『こりゃあいい深さで泳げるぞ』ってほめてくれたとこがあるんな。 そこへ行かまい」 「妙ちゃ、一人でもわかるの?」 「うん、もう何回も行っとるの。すっごい、いいところ。な、行かまいか」 「じゃあ、行ってみるか」 お菊の一言に、妙ちゃは顔をくしゃくしゃにして喜んだ。 「やった、やったあ。早く、早くー」
外に出たお菊は、真夏の太陽にじゅっと焼かれるような気がした。 空には雲が一つもなくて、ぱーんとはじかれたような太陽が、うんといばっていた。 大西川の向こうの川東の家々は、キラキラを屋根を光らせて 夏の太陽と何か話しでもしているみたいに見えた。
「な、行こう!」 妙ちゃの手がお菊の手首をぎゅっとつかむと、意外な強さで引っぱった。 「うん、行こう!」 お菊も負けずに大きな声で答えた。おかあちゃの 「気をつけんなよ」 と声を背に、二人は大西川の土手をかけ出した。
土手の両側から伸びきった草が、ぼうぼうと二人の足に当たった。 「痛い!」 と言って草をけちらし 「痛くない!」 と言って走り出し 「止まれ!」 と言って、二人で立ち止まったり お菊は、いつのまにか自然の中にすっかり心を開いていた。
─8─
| |