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徒然なるままに日頃の見聞きしたことを綴る「きまぐれの音」。きまぐれノートと呼んで下さい。
食べる、飲む、観る、聴く、読む、集める、そして寄るのが好きな方、ぜひ覗いてください。 そしてヒトコトお残しください。
きまぐれ日記 [全1455件]
![]() 四谷左門町にあるイタリアン・アイスクリームの老舗「ナポリ」本社直営のジェラテリアでジェラート。 ショーケースには、本日のおすすめ「ゴマ」のほか、食べたい種類ばかりで迷うほど。 やっとラムレーズンとストロベリークリームのダブルに決定。テイクアウトのつもりだったが、ダブルは蓋がないので立ち食い以外無理。それで店内のカフェテリア・コーナーにポツリと座って楽しんだ。 とろけるような滑らかさなのに溶けて流れない食べやすさ。午後のひとときをホッコリ過ごした。
![]() 昨日から30周年目の苗場が開幕! これに連動してNET MAGAZINE IN NAEBA 2010「YMODE Vol.3」もオープンした。 今年はラスト2DAYSに参加のため12日間はこのネットで楽しむしかない。 YMODEとなって3年目、コンテンツも充実してきたのではないか。 とくに苗場30年の歴史を辿る「Memories of Naeba」と、飲み屋でユーミンがメンバーと会話を楽しむ「ユーミンのまったり計画 」がなかなか面白い。三之助ブームの子供時代、ユーミンがなんと歌舞伎の尾上辰之助さん(故人、初代辰之助/三世尾上松緑)のファンで、菊之助(現菊五郎)さんファンの姉上と競っていたようだ。小生も初代辰之助さんの南郷力丸や斧定九郎で歌舞伎ファンになったので、ちょっと嬉しかった。
![]() ![]() 四谷三丁目駅からすぐの左門町のラーメン店「とみ吉」さんの塩チャーシューメン。深々と冷え込んだ今日のような日は塩味のスープが沁みるねぇ。旨味のある塩ダレ、ジューシーなチャーシュー、あっさり感を際立たせるカイワレとワカメ。おかげで芯から温まった。 そうそう、「塩」は冬の季語だとか。
![]() 仕事の帰りに新宿の若葉三丁目商店街にある中華「珍萬」さんの名物「玉子そば」を食べてきた。 玉子と野菜と豚肉をさっと炒めた具が細めの麺に乗っている。かなりボリュームがあり、一緒にオーダーした半チャーハンを残しそうになったぐらい。この半チャンも丁寧に炒められていて美味かったのでモチロン完食。激辛が苦手な私でも大丈夫なぐらいのピリ辛スープが体を温めてくれた。 珍萬は、気取らない笑い顔の女将さんと職人肌の親父さんが二人でやっている小さな店。 若葉エリアのこともいろいろ聞かせてもらって興味深かった。
川崎109シネマズのIMAXでアバター3Dを観てきた。 予告編「不思議の国のアリス」でまず度肝が抜かれる。アバターのオープニング、太陽系外の惑星「パンドラ」へ飛行中の宇宙船の内外が映し出されるとその自然な遠近感に舌を巻いた。 やがて3Dに慣れてストーリーに浸っていった。プログラムにも書いてあったが、この映画が目指したのは観客が映画の中の世界にいるようなリアルな臨場感を十二分に味わえた。ともすれば、木の葉や灰が降るシーンでは自分の後ろまで映像があるような感覚になったほど。 また、字幕版を観たが台詞を話す役者の近くに字幕が出るのも面白い。 CGも3Dも、すでに奇をてらう技術でなく映画製作と映画興業の進化の通過点なんだなと思い知った。
どうやらフナイ電機のOEMのようだ。あくまでネット数箇所で拾った話題なので確信なし。でも東芝の同機ホームページを見てもいままでのVARDIAラインのようなネットワーク機能や編集能力はなさそう。値段も安そう。とりあえず「ブルーレイ機出しました」感が強い。 一日も早くブルーレイ機で過去のVARDIAからTSコンテンツをムーブしてブルーレイで焼けるという機種を実現してくれませんかね<東芝さん。
いやぁ、面白い番組だった!同時にユーミン・ファン、ティンパン・アレーのファンでよかったと実感。 番組冒頭で芝浦の元アルファ・スタジオのあった場所を散策するユーミンが登場。アルファ・スタジオは経営に携わっていたヤナセ所有のビルで、アルファ撤退後にヤナセがマリン・プロダクツを販売開始するまでのあいだ、ビル最上階壁面から下ろされた「ALFA」のロゴが少しの間ビルの横に放置されていて寂しい感じだったのを覚えている。 その田町駅東口交差点脇に現在建っているビルは2003年に竣工した田町イーストウィング・ビルなのだが、橋のふもとに昔からある公衆トイレを避けてそこだけ凹んだビル外観は元アルファビルと同じで微笑ましい。 私は1981年から芝浦の先の海岸3丁目にある公団を借りて住んでいたので、毎日アルファ・ビルを目にしていたのだが、もちろんその頃にはユーミンはアルファから独立していたがYMOが頑張っていた時代だ。 私は「卒業写真」に出てくる「話しかけるようにゆれる柳の下を〜」というフレーズは、多摩美に通いながらアルファでの録音の日々を送った様子を歌っているように思えてならない。いまではダイナミックに整備されて面影がなくなったが、当時は田町駅東口からアルファに向かうまでずっと柳の街路樹が植えられていたし、駅からアルファまでさえぎるものもなかったから「〜通った道さえ今はもう電車から見るだけ」と合致するのだ(^^;。 さて、番組である。ユーミンのデビューアルバム「ひこうき雲」のマスター・テープは37年間大事に保管されてきた。そのテープを再びユーミンはじめアルバム制作に携わったミュージシャンやディレクター、エンジニアを集めて聞きながら当時の思い出や制作秘話を披露した。 当時はもちろんアナログ録音だがさすがにスタジオ用のマスターテープの音は驚くほどいい。16トラックという制約があるからピンポン録音でマルチ・レコーディングをやっていた時代。 そのマスターテープが収納されているボックスには各トラックにどの音源が入っているか記録するリストが貼られていて、そこに「ドルビー」の項目もあり、チェックマークが入っていた。私の好きなシンセサイザーの冨田勲さんも同じ頃、一人で16トラックのピンポンを繰り返しながら何千というシンセ音源を重ねて歴史的名盤「月の光」を作り上げている。録音・再生を繰り返すうちにどうしてもノイズが増えるのでドルビー・ノイズリダクションは必要不可欠だったようだ。 ユーミンの「ひこうき雲」の場合、ユーミンのボーカルに加えてティンパン・アレイのコアメンバー4人、それに各曲のゲスト・ミュージシャンを含めても16chで十分だとシロウトは思うのだが、レコーディング・ディレクター/エンジニアがユーミンのボーカル・テイクを複数録音するためのトラックを空けるのに他の音源をピンポンでまとめていったとのこと。 ちなみにピンポン録音とは、同一機において1トラックにまとめたい複数トラックを再生しながらミックスしてリアルタイムに他の空きトラックに録音すること(今回登場した2インチ・アナログ・マルチトラック・レコーダーではよく用いられた録音手法であり、上記冨田勲さんまでは激しくないが、クイーンのBohemian Rhapsodyも凄いことになっている。→ピンポン録音 by Wikipedeia )。 ひこうき雲の場合は、ユーミンのボーカル・トラックを完成するために複数テイクからいいとこ取りをするという、スタジオ録音ならクラシックのピアニストでも行われている手法だが、ユーミン本人は自分の感情・思い入れが分断されるようで嫌で泣いたという。それでどうなったかは番組では披露されていない(^^;。 本々、作曲家志望のユーミンだがプロデューサーの判断で本人が歌うことになり、ディレクターから発声を直すように厳しい指示が出た。ユーミンはボイストレーニングに真面目に通い、いわゆるチリメン・ビブラートな発声をノンビブラートに変えていった。その成果は甚大で、ユーミンのボーカル・トラックのみ再生してアカペラにしてみるとピュアで繊細なタッチが素晴らしいのである。 とくに細野晴臣さんのガット・ギターとユーミのボーカルだけの「きっと言える」は、すぐにでもシングル・カットしてリリースしていただきたくなるような涙ものの出来。上質なラテンを聞いているようだった。今ではパソコンのDTPソフトで、完成されたステレオ音源から完璧なほどボーカルや各楽器の音源を分けられることもあり、自分で試してみたいと思った。 さてさて、番組内でもユーミンが「また、ティンパンと小さなところでライブしてみたい。一人10万とって」みたいな発言があった。この時期にこの番組であり、今年はニューアルバムや連動ツアーの噂もまだないし、ひょっとしたらとまんざら笑っている場合でもないかもと。今年もユー貯に励まなければと思った次第。
国立劇場に正月恒例の菊五郎劇団公演を観てきた。 伝説の盗賊を主役にした復活通し公演。盗賊「柿木金助」扮する菊五郎さんが宙乗りの大凧で名古屋城天守閣の鯱(ちゃちほこ)を盗んだり、その鯱が妖術により川で大暴れして洪水を起こすのを菊之助さん扮する鳴海春吉が本水に飛び込んで鯱と大格闘する「鯱つかみ」の場(1階席2列までビニールシートが支給された)などの大スペクタクル舞台。これに菊五郎さんお得意の当世のギャグやCMを取り入れたり、中国舞踊の千手観音風ダンスありであっと言う間の4時間だった。 菊五郎さんの宙乗りは2階5列目以降の下手側席をつぶしてまるでロープウェイの駅のような烏屋を造り、ここから舞台上手のプロセニアム上額までロープを張っている。このロープにぶる下がった大凧に乗って2階から本舞台上手まで劇場空間を斜めに降りてくるのだ。今日は2階3列21番とほぼ中央の席。だから手が届きそうな目の前を菊五郎さんが飛んでゆくのが夢のよう。着地点は舞台から客席側に飛び出るのであらかじめ名古屋城の天守閣屋根の一方が盆の乗って舞台から斜めに客席1〜2列目の頭上に突き出ている。これらの装置を観るだけでもワクワクする。途中、強風に吹かれて凧が回転したり風が弱くなって凧が落ちそうになったりとハラハラさせる。 屋根に降り立つと凧は2階に戻り、天守閣は自走して舞台中央の大競りの上に移動。盆も回って天守閣は中央正面に鎮座する。ここで菊五郎さんは向かって右(実際には天守閣の北側)の鯱の中に隠されていた小田家の重宝・甲賀流忍びの秘伝書「遠霞の一巻」をせしめ、早速にその術で鯱にまたがり宙乗りで天高く逃げてゆく。このとき天守閣は追手を乗せたまま競りで下がるため天空の菊五郎さんが一段と高く見える趣向。 さてご長男の菊之助さんも親父に負けまいと頑張っている。下帯ひとつという雄姿で本水の中を鯱と大格闘。さぞかし冷たいだろなと感心。この場が終わると一目散に風呂に走って体を温めるそうだ。江戸時代だったら菊之助さんのグルーピーが浸かった水を買うかも知れないナ(^^;。 さて、時蔵さんはご長男・梅枝さん扮する足利家の国姫の乳人(めのと)園生と柿木金助の母・村路の二役を好演。武家の品格がにじみ出る園生と、村路の今はやつしの身だが元々武家の奥方の凛とした役どころを絶妙に演じ分けていらした。ご二男の萬太郎さんも足利家若党役で出ている。時蔵さんのお弟子、と言うより三代目時蔵さんからのお弟子さんで四代にわたっていまや大ファミリーになってきた萬屋御一門の御曹司にとって乳母のような時蝶さん(ちなみに昭和4生まれだから私の父が生きていたら同い年!)も元気で出演されていてうれしかった。 そしてイケメンにして素晴らしい声跡の持ち主である尾上松也さんが尾張城主小田家二男・春勝役を好演。女遊びが大好きなしょうがない次男坊役。でもその悪げのないおっとりした雰囲気が松也さんならでは。そしてこの春勝の許嫁が梅枝さん扮する足利家の姫・国姫だ。若い二人が寄り添うとまるで幼顔のお雛様だ。 大詰めはニ段に上がった菊五郎さんの左右に全員登場して大団円。渡りせりふで幕。正月らしい気持のよいエンディング。 国立劇場と菊五郎さんの努力で愉快痛快な復活芝居となった。いつの日か再演が楽しみだ。
ひがないちにちTVを見てるとユーミンの曲がけっこう使われていることに気が付く。卒業・入学のシーンでは「春よ、来い」「卒業写真」、夫婦ドラマのドロドロ再現シーンでは「真夏の夜の夢」、クリスマスシーンでは「恋人がサンタクロース」などなど。 いま、CS日本映画専門チャンネルの番宣(本日の番組紹介)でバックに流れるのがずっとユーミンソングのインスト版。季節に合わせて変わり現在は「春よ、来い」。ナレーションのない文字と背景画像だけの画面だけだがユーミンの曲がマッチして番組と番組の間のホッコリした時間を届けている感じ。 |一覧| |