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五十鈴0362さんのお買い物
懐の温石 ~フトコロノオンジャク [全40件]
そういえば、去年でしたでしょうか、長男の見た夢も変わっていましたので載せて見ようと思います。 夢の中で長男は、虫かごのような網の玉を持っている人に会ったそうです。 「それなあに?」 「地球だよ。見てて」 その人は、その網の一部をパカッと開けて、パラパラ~と何かを蒔きました。 「何を蒔いたの?何の種?」 「うん、人間だよ。」 その人が言うには、それは青い人で、何回かに分けて蒔くんだそうです。 最初は青で次は白、という感じで 順番が決まっているのだとか。 「これは僕の仕事なんだよ。結構大変なんだ(笑)」 「へぇ~」 その人は長男と同じくらいの大きさ(年?)らしいです。 「僕たち、友達になったんだよ(^^)」 長男はとても嬉しそうに話してくれたのを覚えています。 この夢を初めて聞いた時は ふぅん としか思わなくて聞き流していたのですが、最近 クリスタルチルドレンの存在を知って…(・・;) まさか、青い人って…インディゴのこと? そういえば… 「あのね、19××(忘れ 「わかったわかった、後でね」 その頃は一番カレンダーに興味を示していた頃でしたので、聞く側としても「またカレンダーの話か(+_+)」とウンザリしていたんですよね…。 それにしてもアナタ、一体誰と友達になったの!? 独り言ですから…(笑)
幼い頃の長男は独特の目線で人を見ておりました。 「ママは、2813518(仮。忘れてしまいました)だねぇ」 とか、 「パパはラミドファ~シシ(仮)、だよね」 とか。 人や物を数字や音で表すのです。 当然 私は意味が解りません 子供の言うことだからあまり本気にせず 聞き流していたのですが、ある日テレビに 長男と同じように数字で表す人が出ていました。 赤色は20451(仮)とか、ひまわりは0512746(仮)とか。 その人が言うには、世の中のすべてのものは数字で表せるのだそうです。 自閉症の方でした。 長男もそう思って言っていたのかどうかは解りませんが、何故こんなことを言うのかなあと思っていたので、妙に納得できた出来事でした。 私には全く理解が出来ないけれど 長男なりにちゃんと理由があったのかも知れないと思ったからです。 それが正しいか間違っているか等の判断よりも、まずじっくり誠意をもって話を聞くべきだったなぁと。 なのでこれからはなるべくちゃんと話を聞こうと思います。 もしかしたら宝の山を発見するような、素敵な話に遭遇するかも知れないですからね♪
夢に これから産まれて来る子が出てきたのですから、当然 お別れする人も挨拶をしに来てくれました 大好きだったおばあちゃん。 孫の中では私が一番自分に似ているそうで、とても可愛がってくれました。 彼女が亡くなったのは私が高校生の時。 お葬式の数日後のことです。 眠っていると、ふと窓の外が明るいのに気付き 目を覚ましました。 ベッドから起き上がり窓を開けると、そこには空に浮かびながらニコニコ笑っているおばあちゃんがいました。 「おばあちゃん…!」 おばあちゃんは何も言わず、ただニコニコして私を見ています。 周りには天女のような、羽衣をまとった小さな人が三人ほどいて、ふわふわと空を泳ぐように舞っています。 私は 春の日のようなのどかな雰囲気と天女(?)のふわふわした舞いにうっとりして しばらく見とれていました。 ずっと見ているうちに、「ああ、おばあちゃんは天国へ行くんだな。」という思いが込み上げて来て…。 「良かった。天国へ行くんだね。本当に良かったね。おばあちゃん、おばあちゃん…」 そう感じながらおばあちゃんを見つめていると、ふわぁ…という感じで…まぶたがひらいて…私はベッドの中にいました。 窓も閉まっています。 どこから夢だったのか… 私はこういった夢なのか現実なのか境目が良く分からないのがよくあります 時計を見るとまだ4時過ぎでした。 窓を開けると、少し冷たい風が額を撫で、早朝らしい草の匂いが鼻をくすぐります。 私はうっすらと明けかけた空を見上げてから手を合わせ、祖母の冥福を祈りました。 彼女はこれから天国へ向かうのでしょう。 健脚な人ですから、早く着いてしまうかも知れません。 何故なら彼女は、着物を着ているのに ランニングシューズを履いていたのですから(笑) 歩く気満々じゃん! おばあちゃんらしいな~って、思ったのでした
ある日寝ている時に、夢に3歳くらいの男の子が現れました。 ニコニコと笑顔で立っています。 なんだろうと思っていると、その子は私に向かって「ママ」と言います。 「何言ってるの、私には子供なんていないよ」 と言うと フッと消え 次の瞬間目が覚めました。 変な夢見たなぁ~と思いつつも忘れてしまいましたが、また次の日の夜もその子が夢に現れました。 「ママ…」 「もう、何なの、私には子供なんていないって言ってるでしょ」 「…ママ、ぼくだよ…」 「はぁ?だれ?」 「ぼくだよ、○×。(聞き取れませんでした)」 「え?なに?…」 ここで目が覚めました。 (何か変…) 不思議に思っていた三日目、またまたその男の子が夢に現れました。 「ママ…ぼくだよ。分かって…」 男の子は泣き始めました。 私が困っていると、いつの間にかその子の隣に大人の女性が立っています。 泣いている男の子をなだめながら 私に何かを訴えています。 「いい加減に気付いてあげなさい。この子はあなたの子供になる子ですよ。」 「…え?…ええ??…私の??」 「ぼく、生まれてきちゃダメなの?」 どこからかそよそよと風が吹き始め 頬にあたり髪がなびきはじめます。 その風に吹き飛ばされるように身体が浮き上がったかと思うと、次の瞬間 目が覚めました。 私は飛び起きると、 「いい!いいよ、生まれて来ても!いいから!ゴメン!!」 と大声で周りを見回しながら言いました。 その一ヶ月後 生理が遅れ、まさかと思いましたが検査をすると陽性。 妊娠を知ることになりました。 生まれて来る前に ちゃんと挨拶をしに来てくれたんですね。 10年前のお話です。
「しあわせって どんなだろ しあわせって どこにある きっと見つかるしあわせは 君の周りのしあわせ」 から始まる NHK「おかあさんといっしょ」の歌「しあわせ」 この歌は 長男が小さい頃に良く放送されていて、歌が大好きな長男と一緒によく歌っていました。 「しあわせって言ってると ほんとにしあわせに なるんだね ステキな言葉おぼえたよ それはね、しあわせ」 公園の帰り道 手をつなぎながらゆっくり歩いてこの歌を歌っていました。 ほんとうにしあわせな時間でした。 もう長男は忘れてしまって歌いませんが、私は今日みたいないいお天気の日は つい空を見上げながら口ずさんでしまうのでした。
そんな長男を 私は少しも変だとは思っていませんでした。 この子しか育てたことがないので、これが普通だと思っていたのです(笑) 言葉が遅かったけれど歌は歌ってたので特に気にならなかったし、 オモチャで遊んでいる時 呼びかけても返事も振り向きもしないのは 集中力があるんだなぁと思っていました。 数字にこだわり カレンダーや難しい迷路などが好きなのも個性だと思っていました。 (こうして改めて書いたのを読み直してみると、私どんだけ親バカなのって感じですね(^_^;) 三歳の時 教えていないのに 何年何月何日が何曜日なのかを スラスラ言えた時も、「おお 小3の今ではもう忘れてしまったようですが(苦笑)) まさか これらの特徴が自閉症に当てはまるなんて! 今まで楽しく過ごせた毎日が 急に不安に変わり悲しいものになり 将来を悲観するようになってしまいました。 自閉的特徴を克服すべく 訓練(?)しようと、好きなひとり遊びをやめさせ 嫌がる息子を無理矢理外に連れ出したり、言うことを聞かないと怒ったりしていました。 息子が寝たあとはよくひとりで泣いていたり、自閉症について調べ 何とか治らないかと躍起になっていました。 現実が受け入れられなかったのです。 でも今思うと、この時の「現実」なんて、私の長男を見る目が変わっただけなんですよね。 自分で「今を楽しくないもの」に変えてしまっていました。 息子はいわゆる「一般的な子供」ではないかも知れないけれど、その型にはまってないからと言って 「いけないもの」ではないはずなのに。 「一般的」な型が良いものだと思い込み、当てはめようと必死になっていた私は それはそれは苦しく辛い毎日でした。 また、「一般的な子供」に当てはまらなければ、今度は違う型(自閉症)の枠に入れてしまうというのも 違和感がありました。 悩みに悩んだ末、「まあどっちでもいいや、そんなものにこだわらず今の長男を見よう。長男は長男なんだから。長男を見て周りは色んな誤解や診断をするだろうけど 出来るだけ長男は長男のままで毎日楽しく過ごして欲しいから、私は笑っていよう。」と決め、現在に至っています。 長男は 幼い頃から病気になったり本当に手がかかり、思い描いていた「育児」の理想像を ことごとくぶち壊してくれています(笑) それでも私の懐を深く広げてくれていると思い 感謝もしています。 おかげでなんてことのない毎日が楽しいものになりましたので 不思議なものですね。
「 今 いちばん いいことをしよう 将来に不安や 心配事があっても 将来がやってきたら そのときいちばんいいことをすればいい あのとき ああすればよかった と思うことはやめよう あのとき いちばんいいと思ってやったのだから 」 この詩を呪文のように心の中で唱えていた時期があります。 長男がまだ小さかった頃に 迷いながら答えを探しながら 育ててたから。 算数のように答えがひとつではないし またすぐに答えが出る訳でもないのが育児の難しいところ。 だから 誰でも迷うし後悔もすると思います。 一人目の育児の時は とにかく何もかもが初めてで 恐る恐る育てておりました(笑) 出産で疲れた身体に容赦なく朝晩関係なくノンストップに続くそれは、本当に戸惑いの連続でした。 今でこそ「細切れ睡眠」には慣れましたが、最初は慣れず苦痛で、まとまって寝れないのがこんなに大変なのかと驚いたものです。 また夫も何をどう手伝って良いのか分からないようで、的を得ないことを言ったりしました。 それが私の神経を逆撫でして よくケンカもしていました。 そんな調子でドタバタとあっという間に一歳を迎え、ほっとするのも束の間、またアタフタしてる間にもう一年が過ぎていました。 今思うと 食べさせるのか精一杯で、躾なんて全然余裕がなかったように思います。 そんな感じで三歳児健診を受けた時のこと。 健診を終え、不穏な空気の中 別室へ案内され 言われるがままに 後日 児童福祉センターへ行きました。 その帰り 私は運転しながら声を上げて泣きました。 泣いても泣いても 涙が溢れてきてしまいます。 「まさか、そんなうちの子が…! ごめんね、ごめんね。 こんな風に産んでしまって ごめんなさい…!」 長男はアスペルガー症候群(広汎性障害)です。 |一覧|おすすめアイテム |
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