|
|
|
|
| HOME | Diary | Profile | Auction | BBS | Bookmarks | Shopping List |
|
短めの小説を置いてます
小説とその他 [全47件]
「人間って車のエンジンに似てるよな」 寒い冬の朝、俺達は両手をコートのポケットに突っ込みながら道路を歩いていた。 「似てますか?」 聞き返されてしまった。俺は思いつきで言っただけだった。良く考えれば二つはそんなに似ていない。だけど、似ている所が一つも無いなんて事もない。だから俺は適当な事を言って誤魔化す事にした。 「寒いと、なかなか動かないだろ?」 「まあ、そこは似てます」渋々、納得したようだった。 「今日みたいな寒い冬の朝は、俺達もエンジンももうちょっと寝ていたいと思うんだよ」 俺は白い息を吐きながらそう言った。 隣を歩く職場の後輩は俺の話に何の返事も寄越さなかった。 「何で黙るんだよ」 「ええと、その、寒いからです」取り繕ったような答えが返ってきた。 俺は、はあっと溜息をついた。その瞬間、辺りが真っ白になって、何事も無かったかのように透明に戻った。 「寒い朝に車を動かすときは、事前にエンジンをあたためておくだろ?」 「ええ、普通は、そうしますね」 「俺もエンジンと同じで毎朝、事前にやっておくことがあるんだよ」 「へえ、何ですか、それは」後輩はまったく興味が無いといった風で話の先を促した。 「俺は仕事に入る前にココアを飲まないと仕事が上手くいかない」 「ココアですか」 「そう、ホットのココア。自動販売機で売ってるだろ?」 「その歳でココアなんて、随分可愛いものを飲むんですね」普段はとても温厚な男なのだが、今の言葉は百パーセント悪意があってのものだった。 「ココアがいいに決まってる。おっさんがブラックのコーヒーなんて、ありきたりだ」 「ありきたりでいいと思いますけど」 「馬鹿、たまには意外な一面が必要なんだよ。今のかみさんもそれで落としたようなもんだ」 「ギャップ、ですか」 「そういう事だ。ギャップは女を揺さぶる秘密兵器みたいなもんなんだよ」 「勉強になります。先輩」後輩は適当な言葉で誤魔化した。 確かにどうでもいい話だったが、ここまで後輩に馬鹿にされているとなると悔しい。俺は先輩という立場を使って嫌味の一つでも言ってやろうと思って、こう言った。 「俺の話をちゃんと聞いてたのか?」 「聞いてましたよ。先輩の最終兵器はココアなんでしょ?」 「え? あ、ああ……」 後輩は俺より一枚上手だった。 話の流れからすると、確かに最終兵器がココアという事になる。しかし中年の俺にしてみれば、ココアはあまりにも情けない最終兵器だった。 「そういう言い方はないだろう」 「先輩が言ったんじゃないですか」 「そうだけど、流石にそれは格好悪すぎる」 「ギャップ、ですよ。先輩」後輩は嫌味ったらしくにやりと笑った。 「しかし寒いなあ。こういうときになると夏が恋しくなる」 「先輩、夏は夏でつらいと思いますよ」 「うーん、……確かに、そうだな。でも、夏の日差し、青い海を想像してみろよ」 「想像したくないです。今だけは『広いもの』から遠ざかる話にしましょう」 「う。そ、そうだな分かった。今の話は無しにする」 この後輩はとても冷静だ。少しミスをしてもちゃんと修正してくる。だからこいつは仕事仲間からも信頼されているし、実際に俺も評価している。 だが、こういう時に少しは先輩の顔を立ててくれても良いのではないだろうか。「まあ、状況が状況だしなあ」一人で納得してしまった。寒さで脳も動いていないんだろう。 「先輩、そんなに夏が恋しいなら、怖い話でもしましょうか?」何故か急に後輩が話を切り出した。 「お、何か面白い話でもあるのか?」このとき面白がってしまったのを、俺は後になって少し後悔する事になる。 「そうですねえ、一体、何処から話せば正確に伝わるかなあ」少し間を置いて、後輩は話を始めた。 「ある冬の日の夜の事です。雪の降りしきる中、道路を車が走っていました。 車から見える景色は前後にまっすぐ伸びる道路と真っ白な雪に覆われた平らな大地だけでした。しかもそれが見えるのはヘッドライトの光が届く範囲までで、その外には暗闇が広がっています。そんな中、運転手は助手席に座る男にこう切り出しました。『眠いから今日はこの辺で、車を停めないか?』 助手席の男は辺りを見回し、車を停めるような場所が無い事を確認しました。『路上駐車で、仮眠ですか?』 運転手は言いました。『さっきから車は一台も通らないし、迷惑にはならないだろ?』 確かにさっきからこの道に車は通りませんでした。それでも、助手席の男は運転手に提案しました。『もう少しで人気のあるところまで行けますから、寝るのはそれからにしませんか?』と。 しかし、運転手の男は頑なに拒みました。『いや、もう限界だ。俺は寝る』そう言って、車を路肩に寄せました。 『あと小一時間ほど運転すれば町に着きますから、そこまで行きましょうよ』必死に助手席の男は食い下がりました。窓の外に広がる雪と暗闇を見ると、何か嫌な予感がしたのです。 『そんなに言うならお前が運転しろよ』何が気に食わなかったのか、運転手は不機嫌になり助手席の男に冷たく言い放ちました。 助手席の男は免許を取得していませんでした。そして運転手の男はその事を知っていながらも、そう発言したのです。この一言には助手席の男も口をつぐむしかありませんでした。運転手の言葉はどちらが主導権を握っているかという事を助手席の男に理解させました。 こうして道の端に車を停めて二人は車の中で仮眠を取る事にしました。 さて、どれほど眠っていたでしょうか。寒さに体を震わせながら助手席の男は目を覚ましました。外は未だに雪が降り続けているので寒いのは当然です。当然なのですが、助手席の男は不思議に思いました。 『暖房が入ってない』 寒いからこそ車内は暖房で暖かくしているはずです。助手席の男は、なぜ暖房を切ったんだと憤りながら運転手を起こしました。 『先輩、寒いんですけど』 起こされた運転手は不機嫌そうに顔をしかめた後、助手席の男が言った事の意味を考えました。そして運転手は暖房が入っていない事に気付きました。運転手には暖房のスイッチを切った覚えはありません。何があったのか、と少しの間、頭を巡らせた後、運転手は一つの結論に辿り着きました。 『――バッテリーが、あがった』」 「わ、分かった。やめてくれ」俺はもう限界だった。助手席の男、いや、後輩が話したこの話は、まさについ数時間前の俺達に起こった出来事だった。 雪が降り積もる寒い冬の朝、かなりバッテリーが上がりやすい状況。こうなる事は考えるまでも無く、容易に想像できたはずだった。バッテリーが上がってしまえば、エンジンを動かす事が出来ない。進退ここに窮まれりだった。 しかし、俺はバッテリーが上がったのに気付いた時には大して焦っていなかった。何故か? それは俺が馬鹿だったからだ。 「先輩、怖い話はまだ終わってませんよ」どうやら後輩は俺に追い討ちをかけるつもりのようだ。「この後、先輩は『バッテリー上がりぐらい大した事じゃないだろ。困ったときは助けを呼べばいいんだ』と言いましたが――」 こんなだだっ広い雪原では周囲に人も居らず、頼みの綱である携帯電話も当然のように圏外だった。 そして今、俺と後輩はただただ真っ直ぐに伸びる道を歩き続けている。町に辿り着くにはそれしか方法が無いのだ。 「車、通らないかなあ」俺は弱々しく呟いた。しかし、待っているのは後輩の手厳しい言葉だけだった。 「先輩が言ったんですよ。全然、車が通らないって」 後輩の怖い話はとても恐ろしく、ただでさえ寒いのに、より一層寒さが増してしまった。こんなときに俺は思う。温かいココアが飲みたいと。
久々の更新となります。 まあ、更新頻度は大して重要ではないんですが。 いつも何もないときは適当に何か書くんですが、それもできず。 次までには何か書いておきたいと思います。
翌朝、僕は授業開始の一時間前に起きた。 日の光はそれほど強いものではない。だからこそ目覚めのいい朝になったのだろう、と僕は勝手に推測した。 とりあえず、目覚めの一杯だ。 僕はコーヒーを淹れて、淹れたばかりのコーヒーをテーブルの上に置いた。 そして僕はテーブルの上に置かれた紙を見て、聞かせる相手もいないのに感想を告げた。 「和泉さん、これはちょっと、簡単過ぎです」 突然の事だった。 朝起きたら和泉さんが居なくなっていたのだ。ただ、僕はなんとなくそんな気がしていたから、特に驚きもなかった。 どうせいつもの事だ、すぐに帰ってくるに違いない、と思わなくもなかった。しかし、テーブルの上に書き置きが残されていた。それにはこう書いてあったのである。 『元はといえばアランを連れてきてしまった俺の責任だ。面倒な事を持ってきてすまなかった。勝手だが、これ以上ここに居てもお前に迷惑を掛けるだけだと判断した。ここを出て行く事にする。 和泉』 何というか、実に和泉さんらしい話だ。あの人はいつも何でも自分で考えて、何でも自分で行動してしまうのだ。大体、迷惑というのはこの部屋に住むところから始まっている。今更、誘拐事件の一つや二つどうって事はない。あの人にとってみれば、よく分からない奴と一緒に暮らすのは良くて、誘拐事件に巻き込むのは駄目らしい。……一体、どういう基準で判断しているのだか。 でも僕はなんとなく思う。この手紙で大事なのは僕に謝る事ではないんじゃないだろうか。本当に大事なのはもっと他のところにあるのではないか、と。 『俺の責任だ』とか『面倒を持ってきて』とか『お前に迷惑を掛けるだけだ』とか、和泉さんは必要以上に自分の責任にしようとしていると思う。 僕は気付いた事を漠然と考えてみた。考えてみると、僕には思い当たることがあった。いや、正確には今の僕にはそれしか思いつかないと言ったほうが正しい。昨日から意識していた事が答えだった。 和泉さんは、僕がアランさんに適当な場所を教えてしまった事で自分を責めている、と思ったんだ。 僕は和泉さんの予想通りに自責の念に駆られていた。 僕の適当な道案内のせいで一つの家族を壊してしまった。一人の少年の心を傷つけ、一人の人間を殺してしまったのだ。 こんなもの、僕にはどうしようもない。今更謝ったってアランさんは生き返らないし、時間が戻るわけでもない。 あの誘拐事件は僕がちゃんと案内していたらあんな事にはならなかった。和泉さんは親切心でアランさんをうちまで連れてきたのに、僕のせいで死んでしまったんだ。 そう、僕が、僕こそがこの事件を捻じ曲げた大きな要因だ。 だから和泉さんは僕に責任はないのだと手紙に残したんだろう。この手紙は謝罪の手紙ではなく、責任の所在を書いた手紙なのだ。和泉さんは僕の代わりに罪を被って姿を消した。そうは言ってもこれは二人だけのやり取りに過ぎないのだから、実際に罰があるわけではない。二人の事件に対する認識がどうであるか、これが変わる程度のものだ。 和泉さんは僕を救ってくれようとした。あまりに意識しすぎて僕に意図がばれてしまったけど、その事はとても嬉しい。あの人は少年を救った。そして、最後には僕までも救ってくれようとしたのだ。 「かなわないな」 ああ、かなわない。和泉さんは気付いてしまうんだろう。人が悲しんでいる事や、何が悲しませているのかを。そして和泉さんはそれを解決しようと頑張るのだ。助けるためなら人の双眼鏡だって勝手にあげてしまうし、――本当に泥棒にだってなってしまう。 とても馬鹿だけど、同時に、とてもすごい事だ。 僕は残ったコーヒーを一気に飲み干して、深呼吸を一つした。時計を見るとそろそろ最初の授業が始まりそうな時間だ。バッグに必要な荷物を詰めて、部屋を出る。鍵を掛けながら、もうここの鍵穴を勝手に開けるような人は来ないんだろうな、と思った。でも、もう和泉さんに会う事もない代わりに、僕が自責の念に駆られる事もおそらく、ない。
読み終えて和泉さんに話しかけようとすると、和泉さんは静かに俯いていた。僕は掛ける言葉も思いつかず、眺める事しか出来なかった。 和泉さんは右手でテレビのリモコンを操作した。 テレビではちょうどこの事件のニュースが流れていた。『国際的誘拐事件』のテロップと無表情でニュースを読み上げる人気キャスターが映っている。 「――二人は銃を撃ち合い、銃で撃たれた被害者の父親は間もなく死亡しました。犯人は重体となっています――」 キャスターがそう言うと画面はアランさんの名前と死亡の文字に切り替わった。 「銃で撃たれて、すぐに死んだんだ」和泉さんは誰にともなくそう呟いた。 僕は黙っているのが苦痛だったのでどうでもいい事を話し始めた。 「アランさんは誘拐犯じゃありませんでしたね」 「アランはジョンの父親だった」 「仲間割れなんかしていませんでしたね」 「アランと犯人は仲間じゃない」 「アランさんが倉庫に入っていった理由が分かりました」 「自分の息子がいると分かったら、まあ、入っていくものなんだろうな」 「アランさんは偶然倉庫を見つけました。だったら、アランさんの本来の目的地って何処だったんですか?」 「身代金を受け渡す場合、犯人は場所を指定する事が多い。だから受け渡し場所を探していたんだろう。アランの様子から見て昨日のは下見だ」 「双眼鏡のおじさん」 「何だよ」 「僕の双眼鏡、ジョン君にあげちゃったんですね」 「ああ、すまん。勝手にあげた」 「十万円もしたのに」 「……あれ、そんなにしたのか」 「泥棒」 「初めに泥棒だと言っただろう」 「そうですけど」 「それに」 「何ですか?」 「あげてもよかったんだろう?」 「……ええ、あんなもので良かったのなら」 僕は一度席をはずし、コーヒーを淹れる事にした。アランさんと僕は飲んだけど和泉さんはこのコーヒーを飲んだ事がない。お湯が沸くまでの間に、僕はコーヒーカップの中にインスタントコーヒーの粉を入れた。 お湯を注ぎ、コーヒーを入れて和泉さんのところに戻ると、テレビでは相変わらず『国際的誘拐事件』の報道をしていた。犯人がどうやら一命を取り留めたらしく、今後はこの犯人が所属する組織を探っていく事になるらしい。少年は確かにいろんな国を回ったと言っていたから大きな組織なのだろう。 僕はテレビを消してコーヒーを飲んだ。コーヒーはコーヒーより苦かった。 「和泉さんは優しいんですね」僕は急に話を振った。「ジョン君は和泉さんが手を握っていてくれた事に感謝していますし」きっとわざわざ病院を探してジョン君のお見舞いをしたのも和泉さんの優しさだし、手紙を書かせた事だってそうなのだろう。人は誰かに話を聞いてもらうと落ち着くと聞いた事がある。 「子供が苦しむのはおかしいと思う」和泉さんはコーヒーを見つめて、自分に言い聞かせるように言った。「俺は、子供のためなら双眼鏡だってあげるし、泥棒にだってなる。……子供のときくらいは、平和に過ごしてもいいじゃないか」 僕はその後、部屋でゲームをした。昨晩、ほとんど寝ていない和泉さんは僕のベッドで眠った。 僕はすぐにゲームに飽きた。いつもならいい暇つぶしになるのだが、今日はまったくそんな気分にならない。僕は三十分ほどでやる事がなくなって困った。それから時計の長針が一回転するのを、ただ眺めた。 そして、ふと思いついて、すかさず僕は本を探し始めた。探すといっても普段からたまに使っている本なので見つけ出すのにさほど時間は掛からない。僕が手に取ったのは一冊の料理本。僕は和泉さんのために料理をする事にした。今日のメニューはカレー。料理本がなくても作れそうなメニューだけど、料理本は必須である。僕が作るのはカレーではなく、おいしいカレーなのだから。 カレーをつくるといってもほとんどの時間はじっくり煮込んでいるだけだった。だから結局は暇で暇でしょうがなかったのだが、それはそれで有意義な時間だったと思う。 きっと僕も和泉さんのように誰かの役に立ちたかったのだと思う。カレーをつくる事なんて、絶望に沈む少年を救う事に比べたら、何もしていないのとほとんど変わらないかもしれない。それでも何かしたかったのだ。和泉さんのために料理を振舞うなんて事は何にもならないかもしれない。でも、和泉さんはきっと喜んでくれる事だろう。この事件であの人の事がよく分かった。和泉さんはものすごく適当で、ものすごく優しい泥棒なのだ。 夕食の前には和泉さんが目を覚ました。本人曰く『コーヒーを飲んだ後にぐーすか寝れるもんじゃない』との事である。 その後二人でカレーを食べた。『レトルトよりはうまい』と言われた。僕は無理やり褒め言葉として受け取る事にした。 カレーを食べて、テレビを何とはなしに観賞した後、僕は眠った。次の日の授業には出るつもりだったから、その日のうちに床に就いた。
森野が家を出てから五分後、入れ替わるような形で和泉さんが帰ってきた。 「何処行ってたんですか、和泉さん?」 「いや、何処というわけでもない」和泉さんは少し疲れているようにみえた。 「お仕事ですか?」僕が間接的に聞いたのは詳しい事を聞いてはいけないと心の何処かで思ったからだ。 「いや、私的な事だ」和泉さんは息を大きく吐き出した後、話を始めた。「あの少年に会ってきた」 少年? 「昨日の現場にいた少年だ。久倉も話しただろう」 どうやら昨日縛られていた少年の事のようだ。和泉さんは今の今まであの子と会っていたらしい。僕は、何故今更会いに行くのかを疑問に思い、すぐに行動に移すその行動力に驚かされた。 「えっと、彼ですか。何でまたそんな事を」 「そんな事はどうでもいい」和泉さんは服の内側のポケットから綺麗に折りたたまれた紙を取り出した。「これを読んでくれないか」 その紙は英語で書かれた手紙だった。「あの少年は俺と言葉が通じないから、この紙にいろいろ書いてもらった」 「何をですか?」この人が何のために少年に会いに行ったか、さっぱり分からない。 「まあ、愚痴とかいろいろだ。読めば分かる。俺は英語が読めないんだ、早く読んでくれ」 「分かりましたよ」 この紙は手紙を書くための紙なんかではなく、ただのルーズリーフだった。きっと和泉さんがどこかで買って、持って行ったのだろう。 僕はルーズリーフの一番上から日本語に訳していく事にした。 「双眼鏡のおじさん達へ」僕は一行目から早速意味が分からなかった。「これ、僕達の事ですか?」 「そうだ。その調子で訳していってくれ」 「分かりました。では」僕は一呼吸置いてまた続きを読み始めた。 「双眼鏡のおじさんが『好きな事を書け』と言うので書きます。きっとこれを英語のお兄さんが読むのでしょう。そのときは僕の代わりにこのおじさんに助けてくれてありがとうと言ってください。お願いします。 今僕がいる病室におじさんが来たとき、僕はまた、さらわれてしまうのかもしれないと思い泣いてしまいました。でも、僕を昨日助けてくれた人だという事に気付き何とか泣き止みました。おじさん、泣いてしまってごめんなさい。 おじさん達はなぜあの場所に来たんですか? 僕には分かりません。おじさん達は警察の人ではなく、まったく関係ない人だと聞いています。もしそうだったら、何があったか分からないと思いますので、僕がこの手紙で少し説明しようと思います。 僕の名前はジョンです。イギリスに住んでいました。でも何日か前に、無理やり車に乗せられて、誘拐されてしまいました。車でたくさん移動しました。船にもたくさん乗りました。いろんな国に行きました。そしておととい、あの倉庫に移ってきました。 昨日、誘拐犯の人はこんな事を言ってました『ここは日本だ。誰も助けに来ないだろう。明後日にはようやく身代金も取れそうだし、自由まであと少しだ』と。僕はもう疲れきっていて、うとうとしながらその話を聞いていました。 でも、誘拐犯の言う通りにはなりませんでした。昨日の事です。誰も来るはずがない倉庫に人が入ってきたのです。それはパパでした。 『ジョン、助けに来たぞ』 パパは右手に拳銃を握っていました。僕は久しぶりに会えたパパがうれしくて、やっぱり泣いてしまいました。 誘拐犯の人は扉が開いたときには油断をしていて、ライフルには手が届かないところにいました。僕は助かったと思いました。しかし、パパは油断せずに誘拐犯を撃つ事を優先していました。パパは誘拐犯にしっかり狙いを定めて拳銃を撃ちました。 でも、誘拐犯は懐から拳銃を取り出しパパを撃ちました。ほとんど同じタイミングでした。僕は目の前が真っ白になりました。何回も同じシーンが頭の中で繰り返されました。僕は嫌でした。何回そのシーンを頭の中で繰り返してもパパは撃たれてしまっていたのです。 僕は悲しくてまた泣きました。とてもとても悲しくて、よく分からなくなってしまいました。そして、僕の知らない間におじさん達が倉庫の中に入ってきていました。いつの間にか僕の隣には双眼鏡のおじさんがいて、僕の手を握っていました。おじさんは英語ではない言葉で何かを僕に言った後、どこかに電話を掛けました。お兄さんが外に出ている間だったのでお兄さんはその事を知らないかもしれません。でも、僕はおじさんが手を握ってくれていたお陰で少し落ち着く事が出来ました。何もかもがめちゃくちゃでよく分からなかったけど、あのときのおじさんのやさしさだけは覚えています。僕はおじさんに感謝しています。今はあのやさしさだけが僕の希望です。 これが誘拐されてから今までに起こった事です。パパは他の病室で寝かされているそうです。僕はもう元気になったのでパパも早く元気になって欲しいと思います。いろいろあったけど、整理してみると短いです。僕は早くこの事を忘れていつもの生活に戻りたいと思います。今日中にママが来てくれるそうです。僕達はすぐに帰国します。だから、おじさん達に会う事はもうないと思いますが、僕はおじさん達を忘れません。 こんなに長く手紙を書いたのは初めてなので眠くなってきました。もっといろいろ言いたい事があったけど、もう終わりにします。おじさん達、ありがとう。 あと、双眼鏡大事にします。僕の一生の宝物です」
家に帰るともう夜で、僕は緊張しきっていた神経が一気に緩んで眠くなってしまった。 「和泉さん、僕はもう寝ますね」 「ああ、俺も疲れたからもう寝るよ」そう言って和泉さんはクッションを枕にして床に寝転がった。僕はそれを見た後、電気を消してベッドに潜り込んだ。 何だったんだろう? 疑問が僕の頭の中で繰り返される。 こうやってぼんやりと考えると、頭の中が整理されてきた。今日の事はもう過ぎ去った事なのですべてを過去にしてしまいたかったのだが、ある事に気付いてしまった。いや、これは気付くのに遅すぎたくらいだ。ふと振り返ってみればすぐに分かる。 アランさんは、誘拐犯なんかではない。 誘拐犯だったら、道に迷っても僕や和泉さんのような人に場所は聞かないだろう。もし本当に道に迷ったとしても、仲間に電話でもすればいいし、電話が出来なくたって一般人に場所が知られてしまうような方法をとるとは考えづらい。 さらにアランさんが誘拐犯ではないとする根拠がもう一つある。 そもそも僕はアランさんに正しい場所を教えていないのだ。 僕は極度の方向音痴で地図の内容もさっぱり分からない。だから道を尋ねてきたアランさんには、僕なりに頑張ったつもりでも全然違う場所を教えてしまったはずだ。そうなればますますアランさんは誘拐犯とは違う事になる。 もちろん僕の考えにだって穴がある。アランさんは少し緊張感のない誘拐犯で、僕の絶対的な方向音痴も運良くかいくぐった、という事かもしれない。まあ、そんな誘拐犯がいるとも思えないし、地図も読めない僕の道案内がたまたま当たるなんて、それこそ確変が起こらない限りありえないだろう。 だが、逆にアランさんが誘拐犯という身分ではないと説明がつかない事がある。アランさんが誘拐犯ではないとすると、アランさんは、あの誘拐犯が来るまではおそらく使われていなかったであろう倉庫に用があると言う事になってしまう。それはおかしい。 目的地ではないはずの倉庫の周りでアランさんは緊張した面持ちで歩いていた、少なくとも一時間以上は。アランさんには目的地ではない場所にとどまるような理由があったのだろうか? そして最後にあの惨劇だ。ここまで来ると説明がつかないどころではないし、思い出しただけでもがくがくと震えてしまう。でも、それは脳の片隅に追いやっておいて、疑問点だけを抽出する事にする。 なぜ、目的地ではない倉庫をすぐに離れなかったのか? なぜ、倉庫の中に入っていったのか? 分かるわけがなかった。 ……寝るか。 僕は早々にこの問題を投げ出して寝た。 朝の寝覚めは良くもなく、悪くもなかった。ただ、人の死体を思い出そうが、真っ赤に染まったコンクリートの床を思い出そうが、寝起きの頭では想像力が追いつかないという事には助けられた。はっきりした頭で未だに鮮明な記憶を思い出す事は非常に苦痛だ。これから結構の間、僕はあの光景を思い出すだろう。でも、いつしか記憶が薄れ、ぼんやりとしたイメージになるまで、僕はその光景に耐えなければいけない。 今日は気分が乗らないので大学をサボる事にする。 いつものように森野にメールを送る。『今日は全部サボるから、出来る限り出席を頼む』 これで今日一日はオフになった。 そうは言っても外に出るような気分でもないのでテレビをつけて、昨日、アランさんに出したのと同じコーヒーを淹れる。 スポーツのニュースを眺めながらコーヒーに口をつけたとき、ふと気付いた。 「和泉さんがいない」 昨日あんな事があったのに仕事に行ったのだろうか? 仕事熱心なのは偉いが、泥棒は偉くない。真面目に働けばいいのになぜあの人は泥棒なんかやっているのだろう。 ニュースの内容がスポーツから天気予報に移ったとき、森野からメールが届いた。 『今日、レポート提出があるけど休むのか?』 そうだった。今日はレポートを提出する日だったのだ。 僕は授業中に終わらせたはずのレポート用紙をバッグの中から探した。紙がぐしゃぐしゃになってはいたが、ちゃんと最後までやってある。せっかくやってあるんだから今日はレポートを提出しなくてはならないだろう。しかし、僕には外に出る気なんて毛頭ない。どうするか迷った挙句、僕は森野に電話する事にした。 「久倉、どうするんだよ。今日は来ないのか?」僕が話す前に森野が先に話を始めた。 「森野さん、相談なんですが、この部屋まで取りに来ては頂けないでしょうか?」 「え?」 「あっ、やっぱり無理だよね。そうだよね」 「……じゃあ、今から行くよ」 「あ、そう? 助かるよ」 「プリントを用意して待ってろよ」 「はいはい、お願いします」 森野はうちまで来てくれるようだった。なかなか気の利くやつである。それから僕は森野が来るまで、またボーっとしている事にした。 『ピンポン、ピンポン』 来客を知らせる音がした。今はちょうど授業が終わってお昼の時間だから、やってきたのは森野だろう。僕は、のそのそと玄関まで移動して玄関の鍵を開けた。 「よう、久倉」やってきたのはやはり森野だった。「特に用事もないのに休んでるのか。風邪?」 「いや、今日はだるいから」昨日あった事を森野に話すわけにもいかず、適当な理由を作った。 「ああ、そう」森野はその事には特に興味を示さなかった。 「ちょっと待ってて、レポート取って来るから」 「あ、それと財布も持って来いよ」森野は妙な注文をした。 「財布?」 「この前飲んだとき、二千円貸しただろ?」 「ああ、そうか。分かった」森野は僕に貸したお金を返して貰うついでにレポートを出してくれるようだった。なるほど、と感心しつつ、僕は千円札二枚とレポート用紙を取ってきて、森野に渡した。 「ではご注文の品、確かに受け取りました」何かの業者のような台詞を吐いて森野は僕の家を後にした。
倉庫の中から、子供の泣く声が聞こえた。何かを叫んだが、少年、もしくは僕が激しく動揺していたため、僕には聞き取る事が出来なかった。 目の前の光景には現実感が足りなかった。 本当に縛られている子供がいる。本当に銃弾で倒れた大人が二人いる。本当に血が噴き出しているし、本当に子供が泣いている。これは全部本当の事だ。でも、これほど作り物のような、悪夢のような光景を僕は見た事がない。 僕は今、驚いている。もし本当にこんな現場に来たら、僕は叫び声を上げながら呼吸も忘れて走って逃げるものだと思っていた。それなのに、実際に来てみればそれほど高等な事は出来ないと思い知ったからだ。 目や耳が正常に作用しているのかを確認し、それを確認した後に映画の撮影ではないかとカメラを探す。カメラが無かったら幻覚を見せられているのではないかと何かを疑い、何かなんて思いつくわけも無く、子供の泣き声に吐き気を覚える。 僕に出来たのはこれぐらいだった。現実を認められず、小指の先さえ動かせなかった。僕は自分で思っていた以上に役立たずだったようだ。 和泉さんがアランさんに駆け寄る。そして、もう一人の男にも駆け寄った。 「久倉、電話だ。救急車を呼ぼう」和泉さんはこんな事には慣れているのか、とても冷静だった。 僕は自分で電話が掛けられられる状態ではなく、和泉さんに携帯を投げて外に出た。外に出た理由は特にない。強いて挙げるなら、子供に僕が嘔吐する姿を見せるのはあまり良い事ではないな、と思ったぐらいだ。 僕は吐いた。情けない事かもしれないが、僕は吐いてしまった。 人は船酔いで吐き、酒の飲みすぎでも吐く。それぐらいは僕にも分かっていた。でも、頭がおかしくなるほどの泣き声を聞きながら広がっていく血だまりを見ても吐く、という事までは知らなかった。まあおそらく、知ったところでこれを今後の人生に活かす事などないだろう。 一通り吐くと、僕はまた倉庫の中に戻った。倉庫の中ではやはり子供が泣いていた。そして、和泉さんが険しい顔をしてそれを見ていた。 「おかしいと思わないか、久倉」 僕は一度吐いたお陰で、気分はだいぶ楽になっていた。「何がですか?」 「この二人は互いに撃ち合った」二人とも銃を手にしていて、二人とも胸の辺りを撃ち抜かれていた。 「そうみたいですね」僕達はもちろん撃ってないし、子供は縛られていて撃てないのだからアランさんともう一人がお互いに撃ち合ったのだ。 和泉さんは言った。「この二人は仲間だったんだろう?」 「それはまあ、そうなんじゃないですか? 仲間じゃないのに同じところに居るのはおかしいですよ」正直なところ、そんな事はどうでも良くて、僕は一刻も早くこの場を離れたかった。 「こいつらは、何で仲間なのに撃ち合いをするんだ?」 「そんなの仲間割れに決まっているじゃないですか」パートナーの相性が悪かった場合、結婚相手となら離婚をするし、犯罪グループの中なら仲間割れをする。そういう事だろう。 「久倉。仲間割れっていうのは金を得てからするものだ。こいつらは少年を近くに置いているんだからまだ金をもらっていない。仲間割れはおかしい」 「何でそう言いきれるんですか。人間いろいろ居るんですから、いつ仲間割れをするかなんて分からないですよ」 「仕事をするときは人数が多い方がいい。金を分けるときは人数が少ない方がいい。殺すなら、金を得てから金を分ける前の間が基本だ。でもまあ、今後一緒に仕事を続けていった方が何かと便利な事が多いから、本当は殺さない方が良いに決まってるんだがな」 和泉さんは一般常識のように言い切った。でも、一般人の僕にこれが基本だと言われても戸惑ってしまう。 僕と和泉さんが話していると誰かが嘔吐するような音が聞こえた。和泉さんは平気そうだし、僕は今は吐いていないので、僕でもない。それなら、他には誰なのだろうか? 思いを巡らせて見ると、僕は肌の白い少年がいた事を思い出した。 僕はあわてて駆け寄り、国籍不明の少年に英語で話しかけた。 (大丈夫?)言いながら、僕は少年が嘔吐したものを見て『ちゃんと食べ物は与えられていたんだな』と妙に冷静だった。 (お兄ちゃん、英語、話せるんだ)この少年の言葉も、目の前で起きたであろう銃撃戦の後に発した言葉にしては冷静だった。 僕も少年もきっとまだ混乱していて、大事なところが考えられないようになっているんだろう。だから体に一番なじんでいる日常的な行動、ありふれた行動しか出来ないんだ。 (お兄ちゃん、今度は僕を何処に連れて行くの?)この少年は犯人達に何度も連れまわされていたようだった。(またコンクリートの部屋に行くの? それは嫌だけど、う、海よりは、そっちがいい) 少年は『海』と言う言葉に恐怖を抱いていた。おそらく『海に行くときは自分が死ぬ時なのだ』と犯人達に聞かされていたのだろう。 僕はとりあえず敵ではないと示すために説明する事にした。 (これからここに『ピーポー、ピーポー』とか『ファンファンファンファン』とかそういう音を出す車が来て、日本のおじちゃんたちが君を保護してくれるからちょっと待っててね) 僕は極力優しさをアピールするために音の真似を面白くやってみせた。だが、少年の視界には僕と僕の後ろに転がっている二人の大人が同時に入っていた。だからなのだろう。少年には引きつった笑顔を浮かべるのが精一杯のようだった。しかもそれは、僕の気遣いに対する少年のやさしさから出た笑みではなく、ここで笑わなくては殺されるのではないかという恐怖から生まれた笑顔だったので、僕は少しもうれしくなかった。 「久倉。もうここは危ない、行こう」 「危ないってなんですか?」 「そろそろ警察が来る。早く」和泉さんは言い切る前に僕の腕をぐいぐい引っ張ってその場を後にした。ちなみに僕は和泉さんと違って『警察が危ない』と思った事はない。 |一覧| |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||