|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く |
さて、今日の「かみぽこ政治学」は、
この話について書いてみたいと思います。 「政教分離」 今日書くことは、 私自身が深く勉強をしてきたとは言えない。 欧州で現代政治学を少しかじってきた私の 政教分離についての現在の認識であって、 もっと深く欧米の政治や思想の歴史を 勉強された方からすれば、 勉強が足らんというご指摘を受けるかもしれない。 その際は、掲示板でご教授いただければ うれしく思います。 ということで、最初にこれ。 「小泉さんの靖国参拝が 大阪高裁で違憲って判決されたってこと」 その、首相の行っている事は、 宗教的活動にあたるとか、 国として支援していると 判断せざるを得ない、 ということらしいんだけどね。 ただ、この小泉さんの靖国参拝の裁判って 全国で7件あって、 裁判所の判断も割れてるらしいね。 その理由ってのはまあ、 法理論的なものは私にもわからんけど、 1つ言えることは「政教分離の定義」が 日本では曖昧だということだと思う。 どういうことかというと、 日本国憲法に書かれた政教分離っていうのは、 要はアメリカが書いて 日本に渡したもんだということ。 つまり、元々これは英語で アメリカ人がアメリカ人の考えで書いて 日本政府に渡したものを 日本人がそのまま翻訳して できたものだということだ。 だから、この日本国憲法での政教分離ってのは、 欧米が考える政教分離の概念が そのまま書かれていると考えるのが 自然だということになる。 では、欧米では政教分離はどう考えられているか。 ここで注目すべきは、 欧米にはキリスト教をベースにした政党が たくさんあるということ。 代表的なものは今話題でもある ドイツのCDU(キリスト教民主・社会同盟)という 保守政党。 また、今はなくなったけど かつてイタリアには30年以上政権を担当した DC(キリスト教民主党)という政党があった。 オランダなどの小党分立した国には、 必ずキリスト教をベースとした政党が 存在している。 では、二大政党制である米英はどうなのか。 確かにキリスト教政党は存在しない。 しかし、英国の国家元首たる女王は 英国国教会の親分だ。 この英国国教会の親分は、 国会の開会時に 貴族院で施政方針演説をする。 (「クイーンズスピーチ」) 「君臨すれども統治せず」 とは言っても、 英国政府はまぎれもなく、 英国国教会の親分である 女王陛下の政府なのだ。 また、アメリカ大統領は 就任式で聖書に手を置いて 神に対して宣誓する。 つまり、欧米においては キリスト教に基づいて政治をする、 あるいはキリスト教政党が存在することは 政教分離の観点から 何も問題にされてないということなのだ。 では、欧米における政教分離とはなんなのか。 それは、異端あるいは異教徒が政治に関わることを 阻むという意味なのだと考えられる。 例えば10年位前かなあ、 創価学会がフランス政府からカルトと 認定されたということがあった。 こういうカルトが政治に関わっちゃいかんというのが 欧米における政教分離の意味だと思える。 また、これは「信教の自由」という観点から どうなのさという話になるけれども、 別にフランス政府は「信教の自由」という 人間の権利を侵していると考えていない。 「信教の自由」と「カルトを信じること」は別だと、 フランス政府は当然のごとく考えていると いうことなのだ。 要するに、欧米においては、 キリスト教は当然のごとく社会に存在しているものなので、 政治に関わるのは当たり前のことと考えた上で、 異端・異教徒を政治に関与させないために 「政教分離」を定めているのである。 この理解がないと、 「政教分離」を議論しても、 わけがわからなくなるのだと 私は思う。 そして翻って日本なのだけど、 当然のことながら 日本ではキリスト教が社会に当然にごとく 存在しているものとはいえないわけだ。 だから欧米の文脈での政教分離(=日本国憲法に盛り込まれた政教分離)を そのまま適用するわけにはいかない。 日本では日本独自の政教分離の定義ってものを 決める必要があるわけだ。 ところが、それがこれまで全く議論されてこなかった。 だから、政教分離は時に政治的に利用されてきた。 10年位前、自民党は公明党を憲法違反と猛烈に攻撃していた。 ところが今、自民と公明は連立を組んでいるわけだ。 また、今回小泉さんは違憲であるという判決が出たら、 政治家から憲法の政教分離を見直そうという動きが出てきた。 しかし、これは本来、 そういう政治的に都合がいいように ころころ変えていいような話ではない。 例えば、欧米におけるキリスト教と同じように、 神道を位置づけるべきなのかとか、 天皇の国事行為などは 欧米の国家元首の行為と同じもので 政教分離に違反しないといえるのかいえないのかとか、 きちんと議論しないといけないことが たくさんあると思われるのである。 日本の伝統とか社会的習慣に当たるようなことを ちょっとでも公的性格があるからといって、 いちいち合憲だの違憲だのと延々とやっていても、 いつまでたってもすっきりしないだけだと思うのだ。 政教分離に違反しているのかどうかを議論する前に、 まず日本での政教分離とは何を意味するのかを、 きちんと決めなければ 何を議論してもどうしようもない。 どんなもんでしょ。(苦笑) それでは、またね。 この記事のトラックバックURL:
http://tb.plaza.rakuten.co.jp/kingofartscentre/diary/200510070002/8f737/
神道というか、天皇の問題を「宗教にあらず」で乗り切った先にあったのが不平等条約改正ですからね。やるならそこまで遡及させんといかんわけです。
頑張って!(2005年10月08日 01時54分51秒)
かみぽこさん、初めまして。
所謂、“欧米の文脈”ならば、政教分離(=聖俗分離)は教会と世俗権力(初期は王権、現在は政府・国家権力)の分離だと思います。ですから、国家神道は違憲でしょうし、本来の趣旨から考えても近代憲法では認められないでしょう。 アメリカ合衆国憲法は、修正条項第一条前半部分がそれに当る規定で、国教を禁止しています。宗教的中立です。(修正第一条 連邦議会は、国教を樹立し、あるいは信教上の自由な行為を禁止する法律、〈中略〉を制定してはならない。)国家と宗教は厳格に分離されています。日本もアメリカ型です。(芦部信善「憲法」) 厳格な政教分離規定を持つフランス憲法は、ユグノー戦争及びフランス革命の影響でしょう。 イギリスは国教会と王権が結び付く代わりに、政府と距離を取っていますね。国教徒以外でもそれを理由に不利益を受けない慣習法があるはずです。特定の会派・教会が優遇されない規範です。(国教会からの自由) 長文失礼しました。(2005年10月08日 02時00分39秒)
申し訳ありません。重複部分の削除をお願いします。(2005年10月08日 02時05分31秒)
そもそも違憲判決なんて出ていないと聞きました。
裁判官の個人的意見であり判決文と関係ない「傍論」で違憲ではないかという話があるだけで。 裁判官の単なる独り言を大手新聞社が拾い、大げさに伝聞しているだけだと。 (2005年10月08日 02時44分23秒)
推定無職さん
☆どうも。そのように厳格に分離の規定を決めているからこそ、伝統的に社会習慣として残っている部分について(例えばキリスト教政党の存在)は違憲だの合憲だのというような話にはならないということでしょう。 日本では、そのへんを曖昧にしちゃってるんが問題ではないかと思いますね。(2005年10月08日 03時30分19秒)
推定無職さん
>申し訳ありません。重複部分の削除をお願いします。 ----- ☆どうぞお気になさらずに。書き込み、勉強になりました。ありがとうございました。(2005年10月08日 03時37分22秒)
Q使いさん
>そもそも違憲判決なんて出ていないと聞きました。 >裁判官の個人的意見であり判決文と関係ない「傍論」で違憲ではないかという話があるだけで。 >裁判官の単なる独り言を大手新聞社が拾い、大げさに伝聞しているだけだと。 ----- ☆どうも。その個人的意見が出てしまう曖昧さがいかんのではないかなあ、と思った次第ですね。 (2005年10月08日 03時52分02秒)
ヨーロッパでは、かつて国教=同盟と言う関係にあった為、同じ宗教に属する国家が戦争を始める、あるいは受けると直ぐにヨーロッパ全体の戦争に拡大したことから、「国教を定めるのをやめよう」と規定したのが政教分離の始まりです。
よって、「国教を定めない」と言うこと、「宗教行為を禁止する」と言う事は全く別の問題です。(2005年10月09日 02時07分14秒)
社論さん
>よって、「国教を定めない」と言うこと、「宗教行為を禁止する」と言う事は全く別の問題です。 ----- ☆そういうことですよね。従って、日本では政教分離の理解が正確になされているか疑問ということですよね。(2005年10月09日 02時13分22秒)
ぶっちゃけ日本の場合、単なる棄却を(小泉総理が)敗訴と勘違いさせるような傍論を述べる裁判官に一番の原因があります。余計な腹を探られたくないのであれば、ただ厳粛に棄却の判決を下せばいいだけなのに…………今回のような判断は、玉虫色をより強調してしまい、法曹界のマイナスイメージを増しただけだと思います。
無論、裁判官の傍論を判決と捏造して喧伝するマスゴミ共も同罪ですが。その捏造された報道をプロ市民がいいように利用しているから手に負えません。 実際の所、一般国民は靖国問題にいい加減うんざりしているのではないかと。 特定アジア諸国からの不当な干渉を受ける原因になっているというだけではなく、それを不必要に大きく騒いでいるマスゴミやプロ市民共の姿に醜態を感じてる人間は、決して少なくないはずです。(2005年10月09日 07時58分05秒)
名も無き公僕さん
☆うん。。。 なんか小手先で自分の都合のいいように、ごちゃごちゃやってるって感じはあるんですよね。 僕もあんまり勉強してないまま、このエントリーを書いちゃったわけですが、ただ歴史とかはともかく、「現代の欧州では政教分離は」ということで、もう小手先はやめて、もう少しスケールの大きく冷静な議論を日本でもしたらどうかということで書いてみました。(2005年10月09日 08時09分38秒)
わたしも10年以上前に
少しこの問題を考えた程度で、 それを思い出しつつ書いているので、 あまり厳密なことは言えないのですけど、 (以下引用) では、欧米における政教分離とはなんなのか。 それは、異端あるいは異教徒が政治に関わることを 阻むという意味なのだと考えられる。 また、これは「信教の自由」という観点から どうなのさという話になるけれども、 別にフランス政府は「信教の自由」という 人間の権利を侵していると考えていない。 「信教の自由」と「カルトを信じること」は別だと、 フランス政府は当然のごとく考えていると いうことなのだ。 要するに、欧米においては、 キリスト教は当然のごとく社会に存在しているものなので、 政治に関わるのは当たり前のことと考えた上で、 異端・異教徒を政治に関与させないために 「政教分離」を定めているのである。 (引用終わり) まず、なぜ「政教分離」が唱えられるようになったかと言うことですが、 これは、「信教の自由(精神的自由のひとつ)を侵すから」ということが理由ですよね。 つまり、異端が関わらないようにするためにこの原則を定めた、というよりは、 政治と特定宗教が結びつくと、 その宗教が権力を持つようになり、 国家権力を背景に、 個人の「信教の自由」を侵すおそれが出てきてしまうから、 ということだと思うのです。 なのでたとえば、 >イギリスは国教会と王権が結び付く代わりに、政府と距離を取っていますね。 「信教の自由」、つまり近代憲法の柱である、 「基本的人権」の一つを保証するために、 このような処置がとられているのだと思います。 (続きます) (2005年10月09日 10時34分35秒)
というか、そもそも、 「思想の自由」をはじめとする「精神的自由権」は、 近代ヨーロッパにおける、教会権力からの自由、 つまり「信教の自由」を獲得することから始まったと言っても過言ではないと思います。 なので、いきなり「政教分離の原則」を持ち出して、細かいところをつつく前に、 かみぽこさんのおっしゃるように、 なぜわざわざ戦後、 ここまで「政教分離」を厳密に定めたのかを もう一度遡って考えるべきだと思います。 一連の報道を見ていると (って、そんなにたくさん見ているわけではありませんが) まず批判したい対象があって、 それに合わせて都合のいいように「原則」を持ってきて 話を進めているように見えますが、 あまり益のないことですね。 上のコメントですでに言われていることでもありますが。 (2005年10月09日 10時35分44秒)
Boroniaさん
☆どうも。 僕は最初に「歴史は知らん」と開き直っているわけで(苦笑)あれなんですけど、まあBoroniaさんはじめ皆さんご指摘の「政教分離」の成り立ちについては、基本的にはその通りだと思います。 >まず、なぜ「政教分離」が唱えられるようになったかと言うことですが、 > >これは、「信教の自由(精神的自由のひとつ)を侵すから」ということが理由ですよね。 ☆その「信教の自由」の意味合いが、どうも我々日本人が持つイメージと違うようだと思うのですね。 あえて思い切ってシンプルに言えば、キリスト教以外を信教の自由の枠内に入れてない。そもそも宗教と考えてないように思われるわけです。 大体、政教分離や信教の自由の成り立ちの時点で、欧州にキリスト教以外は想定されてなかったわけですから。(同じ一神教でも、ユダヤ教は迫害の対象、イスラムはお話にならない存在だったわけですから) だから、教会権力からの自由は厳密に定めていても、なんでもかんでも宗教と名乗るものは受け入れるということではないですね。そのことを見ないで、歴史的経緯はこうでございったって、あんまり意味はないですよね。 英国では、マイノリティーのバックグラウンド(キリスト教とは別の宗教を持つと言ってもいい)を持つ国会議員がいますけれども、これが個1人1人別に存在しているのなら何も問題にならないですけど、宗教政党というような形で組織化となると、必ず問題になるでしょうね。 まあ、いずれにせよ、今の日本のように政治的に都合のいいように解釈することばかりを考えているのでは、まともな議論などできんでしょうね。(2005年10月09日 17時01分41秒)
初めて書き込みいたします。
政教分離について、その定義の曖昧さを調べていて 偶然こちらに辿りつきました。 記事文中にて、こちらのエントリを少し紹介させていただいたので トラックバックを飛ばさせていただいたのですが よろしかったでしょうか? ご迷惑でしたら外してやってください。 それでは。(2005年10月19日 00時13分40秒)
chilimeさん
>初めて書き込みいたします。 >政教分離について、その定義の曖昧さを調べていて >偶然こちらに辿りつきました。 > >記事文中にて、こちらのエントリを少し紹介させていただいたので >トラックバックを飛ばさせていただいたのですが >よろしかったでしょうか? > >ご迷惑でしたら外してやってください。 >それでは。 ----- ☆どうも。TBありがとうございます。拝見しました。何も問題ないですよ。今後ともよろしくお願いします。 (2005年10月20日 06時38分20秒) ■トラックバック(4)
そういえばよく知りませんでした。 当然のように存在する割には、あまりにも日本の状況を無視してるんですよね。 明治初っぱなに神仏分離をした後は、基本的に日本は神道国家だったわけですし、その要である天皇制を残しているのに政教分離ってのはそもそも無茶なわけで。...(2005年10月09日 23時17分49秒)
手術が延期となり一旦退院した俺は、何もする事が無くまた闘病している人・困っている人のホームページやらブログをネットサーフィンしていた。と・・・ 驚く事に医療過誤訴訟がまともに出来る弁護士がやたら少ないのである。 そして白い巨塔の監修をした大阪の石川弁護...(2005年10月10日 05時53分13秒)
要人による参拝が行われた国=青 参拝に反対している国=赤それに加えて参考<靖国違憲判決?>について:実は違憲ではなく↓こういうことだったそうで…(以下拾い物)【解説】大きく分けて、判決文の内容には以下の3種類の区分がある。 1、判決主文 ⇒ いわゆる「判...(2005年10月19日 00時11分54秒)
“或る浪人の手記”というブログの「くたばれ創価学会」というエントリに、「公明党が...(2007年10月26日 21時13分15秒)
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |