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saya1002の日記 [全243件]ふとしたときに浮かぶ原風景。何気なく思い出す一節。 授業中にイソップの話が出てきて、思い出したのは The greedy dog gets no bone.という子供の頃に見た 一文だった。弟や妹がこれを引用して怒られていたから 余計に残ったよう。 弟が冷蔵庫のグレープフルーツに名前を書いて怒られたのが ついこの間のように思い出されて、思わず顔がほころんだ。 親は偉大なもので、兄弟にちゃんと格言を与えて 道を示している。私が一番言われた格言は、 Think before you speak. 生後7ヶ月から喋り始めたといい、何せ1才ころには 母親と口げんかをしていたらしいから恐ろしい。 口が立つのは今でこそ商売だが、かつては失敗ばかり、 怒られてばかりだった。 中国でも、欧米でも、人の道を説くのに、 「親の言うことをちゃんと聞けばよい」と言う。 どこまで行っても親は自分にとっての灯台である。 そこに照らし合わせ、いい人間としていい人生を 送りたいなぁと沙耶は常々思う。 他の人はどんな格言を言われているのか、そこも知りたいなぁ。
もう一つ。 インド教育はプロセスを重視すると言う。 答えがあっていても、プロセスが間違っていたら ×。 日本は答え重視。 生徒を見ているとよく分かる。 答えだけ○をつけて、解説を読まない、というか、 小学校からほとんどちゃんとした国語教育を 受けていないので、読むのが遅すぎていやになって しまう。 高校で毎日言い聞かせていると、だんだんできるように なるところを見ていると、ほんとはできるはずなのに。 プロセスを考える必要の無い職業。 エリートに使い捨てされる職業。 政府ぐるみで、外国人にまわされつつあった職業を 日本人で埋めるため、能力をわざと落とさせている、 という先生もいる。 残念ながら、今はそうとしか思えない。 プロセスを重視していると、 いろんなことに「気づく」。 それが自分を、自分の人生を豊かにする。 リスクを回避してくれる。 だから、まず、○と×に振り回されないよう、 手を使おう。たくさん書こう。文字をたくさん 読もう。できるだけ5感を使うことがポイント。 インドの小学校、知ってますか?沙耶は昨年末に知って、 将来子供がいたら、ぜひ入れたいなぁとみんなに 話していたところでした。 シンガポール在住の知り合いの技術者の子供は そこに通わせています。その子供たちがすごい。 数的推理のかなり難しい問題をすいすいと解く。 聞くと、数学以外にIT、数的推理と理系が充実 している。 それだけではない。彼女は8歳にして5ヶ国語を 話す。その中にはサンスクリット語まで含まれている。 テレビのコメンテータは、「偏った教育」などと のたまっていたが、何も分かっていない。 語学、特に古典まで8歳でカバーしているのだから、 日本よりはるか先を行っている。実際彼女が書く 英文は8歳とは思えない論理的な文なのである。 しかも学校でいろいろと体を動かすプログラムを 組んでいる。 9時間まで授業がある!というが、日本の塾なんか 夜中まで拘束するところもあるではないか。 日本の教育を全否定するわけではないが、 大きく遅れてしまっているのは事実である。 沙耶の兄弟はみな6ヶ月から1年ずつ海外で すごしているから、海外との比較ができる。 高校の時、日本には日本の、アメリカには アメリカの良さがあることに気づいた。 日本は足並みをそろえるのが上手なので、 誰でも一定のレベルまで達することができるのが いい、と信じていた。 しかし、高度経済成長の終焉、さらにバブル崩壊。 がんばっても先が開けない不安だろうか、 「詰め込み教育への反省」という名において 子供たちをばかにした教育に変わってしまった。 子供の教育は裕福な世代だけの特権に なってしまった。 沙耶は高校にいるから特に感じるけど、 ここ10年で生徒の基礎学力は大幅に 落ちた。文が理解できない。当然書く力も 落ちる。語学を理解するにも母語のボキャブラリ がない。自分を表現するにも日本語を知らないから 高校生なのにやたらと奇声を上げる。小学校 3年レベルの計算ができない。 でもそれに甘んじていても仕方ないから、 できるだけ時間を増やして、生徒に学力を つけさせるよう、努力はしてる。それだけ しても、がんばらせないでほしい、まがいの ことを親に言われた日には・・・格差社会 にいることすら気づいていない子供たちは 将来どうなるのか、日々不安である。 コメンテータの一人が言っていたが、 大人の勉強に対する姿勢、その不安が移って いるのではないか、ということ。 でもこの基礎学力のなさと貧困層の増加は 確実にリンクしている。 子供には基礎学力を。 大人は常に勉強する姿勢を。 勉強への肯定の気持ちを。 高校生も勉強していることに誇りを。 そんな自分に肯定を。 沙耶は子供がいないけど、もしいたら、 個性的な学校にやりたいなぁ。沙耶自身 当時の日本の学校ですらなじめなかったもの。 インド学校、沙耶の住んでるとこに きたらいいのになぁ。
と、言うほど沙耶は技巧に今までこだわってなかったの ですが、ここにきて、耳が変わってきました。 こないだのToto以来、すっかりはまっちゃって。 で、この間タワレコで3枚も衝動買いしました。 ひとつは2006年のToto。そして、ベイカーブラザーズ。 さらにボストンボーンズ。 ジャズファンクバンドが二枚、という今までには ないパターンです。衝撃のサウンドですよ。 ドラムもかっこいいけど、ベースのグルーブが ばしばし伝わってきます。 ここのとこ、耳が肥えて、手が動かないおかげで ドラムの練習をさぼっていましたが、かえって 火がついたよーな。 久々のお休み。今日は以前から気になっていたベースに ちゃれんじしてみることに。沙耶の防音室には夫の ベースがあるのです。しかし思いのほか苦戦!かなり 手先は器用なんですが、弦も太いし、手も痛い。。。 で、すぐあきらめて、ドラムセットに向かうことに。 ベースに苦戦した分、ドラムは楽しかった ここ2年、練習していなかったけど、久々に熱が はいりました。最初は動かなかったけど、1時間も していると、次第に感覚が戻りました。う~ん、これは いいかも。やっぱりドラムだな。よし、夕方からは仕事だ! たまには息抜き。。。のGW初日でした。
沙耶はとあるクラブの顧問をしているというのは 以前書いた通り。これがけっこう大変なのです。 何が大変って…やっぱり理解されないことかな。 英語の軽音楽をしているのですが、とにかく 軽く考えられてしまう。熱心な親や先生には、 そこまでがんばらせる必要があるのか?と。 中には生徒に「そこまでがんばらなくてもいい」 という人までいる始末。これが本気の英語学習であったり、 クラシック音楽の修得であれば、そんなことは言われない はず。 沙耶自身、親のすさまじい教育の下、 育てられた。英語を習得させるため、親は あらゆる努力をしてくれた。そのおかげで、 英語は小学校で英検2級、高校で一級、話すのも 書くのも聴くのも読むのも今も全く不自由しない。 そして、武道や本気のクラシック音楽家は分かる と思うけど、忍耐力がついた。その代わり、 親は大嫌い!と思うことが多かった。 だから、沙耶には「その位で、いいよ。」と 能力を伸ばす立場にある人が言うことが 理解できない。分かるのは分かるけど、そんなこと 意味がない。がんばらないことに意味を持たせるなんて。 他には、生徒自身が「昔はいいクラブだったのに」と 平気で公言すること。我がクラブはある意味 「強豪校」になった。全国、いろんなクラブがあるけど、 強豪校がどんな練習してるか分かってるのかな。 生徒が言う「昔」は厳密に言うと1年前だから あてにならないとして、本当の昔の我がクラブは どんなだったか。確かに楽しかった。生徒は6人くらい。 文化祭で音楽やってみたいねーやろうやろう! みたいなノリだった。当然、同じ方向を向いていて、 私の弟たちみたいな感じ。でも何の実績もなく、 居場所も練習場所もなく、誰からも知られず、 常に角に追いやられていた。それってね、 今の生徒は耐えられないんじゃないかな。 甲子園と草野球は違うのだ。それぞれに良さ がある。今や我がクラブはどこに行っても 声をかけられる。「憧れ」とまで言われること がある。それは気持ちのいいことだけど、 自分磨きもしなきゃいけない。 例えば、googleの始まりはちっちゃなガレージだった そうだ。それは愉しかったかもしれない。 でも、大企業になれば、ものすごく大きなこと ができる。変化も自ら起こせる。時代を変えられる かもしれない。実際、googleは今やユーチューブなど さまざまな分野を吸収し、ネット文化を形作っている。 だから、昔のクラブがよかったとは言い切れない。 過去に固執する者は滅びる。過去を見たければ 歴史に学ぶべきである。他を見よ。歴史を見よ。 努力することを学べ。 無駄な努力は一つもない。 自分を信じよ。 そして大人はそれを教えなければならない。 どれだけ嫌われても。どれだけ誤解されても。 それでいいのだ。 結末は、分かる人にしか、分からない。
昨日Totoについてイマドキの大学院生20人に聴いたら 誰も知りませんでした。しかも洋楽を聴く人が大阪は半分 広島の院生はゼロ。思うに、80年代終わりに洋楽の新曲 CDがレンタル禁止になってからまず洋楽を聴く人が徐々に 減り、さらにそれ以降邦楽のレベルが上がって、洋楽 まで聴く意味が薄れたのでは?沙耶の生徒で洋楽を聴く人 は、親が音楽好きか、経済力か学力の高い人が多い。 経済力と学力は知的探求心につながるから、幅広く 聴くことになるんだと思う。クラシックなんてずいぶん 前からそうだし。なので、我がクラブ(英語と音楽) は経済力と学力、背景に関係なく、音楽をひろーく 浸透させて行きたいなぁ。 因みにずーっと音楽やってるうちの夫はToto知ってました。 バックグラウンドに関係なく。 追伸;昨日のは生体認識じゃなく個体認識番号だと どこかに書いてありました。余計に切ない… |一覧| |
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