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鬼々風々

鬼々風々

Chapter.3-2

渇いた荒野の岩の前。



既にどれかも分からない「墓」と定めた大岩の前で



葬送曲は奏でられる。



そしてそれは、奏者が踊り狂い、



指揮者が笑い狂う、



腐った曲だった。










「あ、お帰り、勝也君」

勝也の部屋で漫画を読みふけるユトが、笑って勝也を迎える。

「・・・うす」

勝也はそれだけ呟くと、鞄を床に投げ捨てて、制服を脱ぎ始める。

どうも部屋に『例のお菓子の匂い』が染み付いてしまっているらしい。

入るだけでほんのりと香ってきた。

「ねぇねぇ勝也君」

ユトは漫画をパタンと閉じると、勝也へと歩み寄る。

「ポテチは「無い。」

ユトの言葉を途中で完全に遮ると、ワイシャツのボタン外しへと取り掛かった。

しばらく沈黙するユトだったが、え~、と不満そうな表情を見せる。

「あのなぁ・・・ いくら俺様にも財力の尽きってモンがあんだよ」

「え~・・・ でも銀色硬貨二枚で買えちゃうくらいじゃないですかぁ・・・」

「バッカ! おまっ、それが俺にとってどれだけ死活問題かを知らんだろ! てか俺の学校での生き様を知らんだろ!」

勝也はワイシャツをぐしゃぐしゃに握り締め、くぅ~、と学校での悲痛な日々を思い起こす。

何度ポッキー一本で昼飯を凌いだことか。

そう、実は今日の昼食がメロンパンであったのは、全力で自分に奮発した、言わばご褒美、ご馳走なのである。

朝、夜共に姉の手作りでボリューム満点という点では素晴らしい家庭環境なのだが、学校では食料現地調達のサバイバルが繰り広げられる。

「ったく・・・ しょーがねぇ、姉ちゃんにちょびっとだけ頼んで見てやるよ」

「本当ですか!?」

その言葉を聞いた瞬間に、ユトの顔がパァッと明るくなる。

既にポテチが主食と化したユトにとっては、まさにその辺が死活問題なのだ。

「・・・そういや、そういうことしていいのか?」

ふと疑問に思い、勝也が口に出す。

「俺がそういうことすれば、そういうことがきっかけで時が変わっちまうこともあんじゃねぇの?」

それを聞いて、ああ、それなら大丈夫、とユトはにっこりと笑って答え返した。

「時夜叉が関わった物事は基本的に時には影響しないんです。長い月日を掛けて、少しずつ修復されていきます。 ―大きすぎる変化でしたら別ですけどね」

さらりと言ってのけるユトに、勝也は渇いた笑みを送る。

随分上手い具合に出来てるモンなんだな、時夜叉ってのは。

つまり、俺の小遣いの大半はポテチに消える可能性が高いってことだな・・・

勝也は溜息をつくと、引き締まった筋肉質な体の上にTシャツを被り、続いてズボンも脱ぎだす。

・・・まぁ、親父が帰ってくることだし、ある程度小遣いをせしめて・・・



・・・親父が帰ってくる?



その瞬間、勝也の顔にゾワッと焦りの色が浮かび上がる。

ほぼそれと同時に、バタン、と玄関の戸が閉まる音が階下から響いてくる。

「あれ? 変ですね、勝也君の姉上はもう買い物も済ませたし、外に出る理由は・・・」

「ちちちちっちちっち、違うんだ、ユト!!!」

ばたばたと手足をばたつかせて何か言おうとする勝也に、ユトは首を傾げる。

その時、家の中を物凄いスピードでドタドタと駆け回る音が二人の耳へと滑り込んできた。

「は・・・早く隠れろっ、姉ちゃんには見えねぇけど、まだわかったもんじゃねぇっ!!!」

勝也はそれだけ言うと、押入れのふすまをドバンと開き、そこにユトを放り込む。

何が何だか分からないという表情を見せるユトを尻目に、そのまま問答無用にズバァンとふすまを閉めた。

次の瞬間。



「うおおおぉぉぉおおお!!! っっっひっっさっしぶりだな、マイ・サンよ!!!」



ドアをぶち破る勢いで入ってきたのは、無精髭面のオヤジ。

否、ドアはぶち破れていた。

蝶番の成れの果てがビシビシと勝也の身体を打つ。

「おほほほほほぉいぃ、元気だったか我が息子よ、怪我はしてないか、頭は悪くないか!!?」

まだ服を着かけ、パンツ姿の勝也の体中を見回し、ベタベタと触りまくる。

「よしよし、父さんが居なくて甘える暇も無かっただろう!」

何を勘違いしてか、そのオヤジはズバッと着ていたワイシャツを思い切り肌蹴させ、胸毛の走る胸をさらけ出す。

ボタンがブチブチと弾け飛び、ビシビシと勝也の身体を打つ。

「さぁ!!! 父さんの胸に飛び込んでおいで!!! 今夜は男二人、語り明かそ」





「出てけこのクソ親父が~~~!!!」





無防備なその肉体に、勝也はその鍛えられた脚で思い切り蹴りをぶち込んだ。

・・・あれが勝也君のお父上?

あまりにぶっ飛びすぎな印象の違いに、ユトは押入れの隙間から呆れた目でその騒動を傍観した。















Chapter 3



『死神と色褪せない永遠の「約束」』



Number.02
















「でば、ばぼぶばいびぼばびべばぶ。」

両頬が腫れ上がり、上手く発音が出来ていない。

それもその筈、あの後勝也に蹴りを四発、由美香にビンタ六発・パンチ七発・コブラツイスト三回・4の字固め二十分を食らわされ、既に誰だかわからなくなっていた。

未だ食卓の椅子の上でですらふらふらしているのを、勝也は軽蔑の眼差しで見つめる。

一度咳払いをし、頬をみょんみょん伸ばしてから、再び口を開く。

「では、家族会議を始めまふ。」

未だ少し篭った口調で、無精髭オヤジ―小山内真吾(おさない しんご)―は真剣な眼差しで口に出した。

「今日、パパが五ヶ月振りに帰ってきたのは他でもない。」



「よりセクスィになった由美香を拝むた」



ゴン。

既に言葉の途中で、勝也が咄嗟に掴み投げた林檎が顔面にヒットし、見事に砕け散る。

「いいい、痛いじゃないかぁ、勝也・・・」

「うるせぇ! さっさと本題に入れ、クソ親父!!!」

ビッ、と真吾に指差し、いつにもない怒りの眼差しで言葉を吐き出す。

「こら勝也! ちゃんとパパを労わりなさい! せっかく帰ってきたんだから」

由美香はそう言って、林檎の汁に塗れた真吾の顔を強引にタオルで拭く。

パパとか呼ばせるな!と喚く勝也を尻目に、顔を四方八方へとグリグリやられながら、真吾はその両手を体の前に構える。

「それじゃあ、父として娘の胸の発達を観察せねばなら」

「いやん、パパったらん♪」

次の瞬間、由美香の拳が真吾の顔面へとめり込み、真吾はそのまま椅子ごと地面へと倒れ込む。

は、鼻がぁ! と転げまわる真吾を前に、勝也が拳をフルフルと奮わせ、ドバンとテーブルを叩く。

「いいから早く話を進めろ!」

鼻血を滴らせながら真吾が振り返った時、そこには修羅と化した息子が自分を見下ろしていることに気付いた。

「じゃ・・・じゃあ本題に入ろうか」

ティッシュを鼻に詰めてようやく席に着いた真吾は、ポケットからおもむろにメモ帳を取り出し、広げる。

「それじゃあ役割分担を発表する! まず、食料担当・我が娘!」

当然ね、とでも言うように、由美香は誇らしげな表情を見せる。

「貨物運搬・我が息子! 以上。」

「ちょっと待ちな、ヒゲオヤジ。」

メモ帳に書かれたささやかな内容の文章を読み上げて清清しげに空を仰ぐ真吾に、勝也は言い放つ。

「てめぇまさか、今年も役割無しか?」

「ハッ、馬鹿だなぁ。 俺はいるだけでいいのだ」

「今年の荷物係はオヤジに決定だな。」

勝手にメモ帳を奪い取り、『荷物持ち係・・・勝也☆』と書かれた『勝也☆』の上に、マジックペンで『オヤジ』と書き入れる。

「ままま、待て、俺が荷物持ちなんてやったら、腰が逝くわぁ!」

「そんな量の荷物なワケねーだろうが!」

必死に反論する真吾に、勝也はガーッと反論する。

「本当だ! 次のページを見てみろ!!!」

ビシィ、と指を指され、何だか猿に笑われたようなイラッとした気分になったが、仕方なく、ページをペラリと捲る。

『ザ・持ち物☆

 弁当(8人分)

 お菓子類(5キロ)

 ダンベル(10×2キロ)

 プレステ2とコントローラー一式

 ニンテンドーDS(現地調達)

 101匹わんちゃんズ』

僅か2秒後、父のメモ帳は無残にも粉々になり、真吾の汗と涙と少量の血が空を舞い、その後強制的に荷物係が真吾になったのは言うまでもない。



難儀な家族である。










「―ったくあのクソオヤジ・・・ 一体何考えてんだか・・・」

溜息混じりにぼやきながら部屋へと帰ってきた勝也の目に飛び込んだのは、るんるんとなにやら勝也の鞄に物を詰めるユト。

「・・・何やってんだ? ユト」

顔に苦笑いを携えながら、まるで修学旅行を目前にして眠れないとでも言うような表情のユトに問い掛ける。

「あ、勝也君! 僕、ここにポテトチップスを2袋ほど入れたいのですが、どうか買ってはいただけないでしょうか?」

「い・・・いや、そういうことじゃなくてだな・・・ まさかお前・・・ 俺たちと一緒に行くつもり?」

「はい「ばっか、オヤジとかに見えちゃうかも知れないだろ!? そしたら・・・」

「あ、それなら大丈夫です。 大体、見ただけで僕が見える人なのかどうかは分かりますから・・・」

突然の事実に、勝也は少し驚いた表情を見せる。

「そんなもんなのか?」

「えぇ、最初勝也君の時には分かりませんでしたが・・・ 今では、勝也君と他の人にある、ほんの少しの違いが分かるんです」

ほんの少しの違い・・・?

少し気になったが、今までにも質問しては理解不能な説明をされたので、それを懸念し、その話はそこで打ち切ることにした。

「だからって、ついてっても楽しくないぜ?」

「いえ! あんなに楽しそうに計画してるものですから、きっと!」

ぎゅっ、と拳を握り締め、キラキラと目を輝かせるユトを見て、勝也は呆れた視線を送る。

「・・・あのなぁ、あれの何処が楽しそうだってんだよ?」

額に掌を当てて、大きく溜息を吐く。

それを見てユトは、小さくくすりと笑う。





「・・・家族って、いてくれるだけでいいんです。 いてくれるだけで、その場所が『帰る場所』になるから」





遠い目をして話すユトは、何処か悲しげで、寂しげだった。

ユトが最初に来た日にも見たこの表情―

勝也はそれを見て、小さく溜息をつく。

俺はまだ知る必要はない。

ユトが、自分から話してくれるようになるまで。



それまでは、俺のことを話すから―



「・・・ユト。」

小さな小さな呼びかけに、ユトは勝也の方へと顔を向ける。

「実はさ、明日、ピクニックとかそういうのじゃないんだ。」

それを聞き、ユトは意外そうな表情を見せる。

それもそのはず、あれ程大きな声でお菓子だのゲームだの話していたのだ、そう思わない筈もなかった。

それでも、勝也にだけは最初から分かっている。





オヤジも、姉ちゃんも、



           必死に我慢してるだけなんだ。





「明日、12月21日―・・・ 俺の母さんの命日なんだ。」



ユトが軽く目を広げる。

掴んでいた鞄から手を離し、地面へとペタリとつけた。

そういえば、何故気づかなかったんだろう。

そう、始めから、勝也君の母上を―・・・

その面影すら、見掛けたことはなかった。



―そうか、



ユトは、少し目線を逸らした勝也の顔を見て、静かに思う。





―思い出に囚われないように、彼らだけで一つの家族であるように―








「・・・柔らかい雪が降る日でさ。 その日も、オヤジも、姉ちゃんも、母さんも俺も、笑ってた。



 いつもみたいにさ、笑ってたんだ。



   それでも。 それでも―





               ―母さんは死んだ。」








静かに動く、壁にかかった時計の針が、微かにカチリと音を立て、



                   12月21日の訪れを告げた。


































to be continued…


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