カテゴリ:MEIGEN集
今週16日水曜日の夕方、外回りから事務所に帰った阪神君は 一瞬にして凍り付いてしまった。 きれいに整頓されていたはずの彼の事務机の上に、大量の返却用商品が置かれていたのだ。 「早く返却しろ」と言わんばかりに。 青ざめる阪神君の表情を見つめながら、僕は・・「あーあ。ついにこうなったか」と思っていた。 阪神君は、この4月に転勤してきた「小太り、眼鏡、関西弁」と特徴満載の26歳だ。 東京勤務が初めての彼は、思いの外がんばっている。 先日も、入ってきた見積もり依頼に対して「あれも、これも、それも」と サービスをどんどん加えていき、 「これで出してもいいでしょうか」と見せたところで先輩に後ろ頭をしばかれた。 そんな阪神君から、僕はその前日の火曜日、相談を受けていた。 庶務の女性山田さん(仮名)=おちゃめな42歳、独身のことだ。 「実は僕、山田さんにイタズラされたんです・・」 イタズラ! これが新聞記事だったら「どんなことされたんだろう」と 想像してしまうところだが、どうも本当の意味でのイタズラらしい。 阪神君の写真を拡大・カラーコピーの上、口紅を塗って冷蔵庫に貼っていたのだ。 山田さんは本当におちゃめだ・・・? 問題は、それを受けた阪神君の行動だ。 彼は過去のトラウマから突如、黒い怒りが爆発したらしく、 そのコピーをはがして書き込みをし、不在だった山田さんの机に貼っておいたというのだ。 書き込みの内容は 「とても不快です。もう二度とこういうことをしないでください--」 相談というのは、その結果彼女に無視されていて、謝ったけどダメで・・ 「眠れないんですよ~」 ハの字に曲がった眉がおっかしくって吹き出しそうになるのをこらえながら 僕は「うーん、そっかぁぁ」と言ったのだった。 ** そして昨日のお昼のこと。阪神君は外回りに出ている。 彼の机をふと見ると、そこには相変わらず、 少しは仕事スペースがある程度に返却用商品が置かれている。 「おっ、鉛筆削り発見!」 先輩Rがそう言って、古い電動式の(ちょっとデカい)鉛筆削りを事務所の奥から持ってくる。 それを見た山田さん。 「ああ、そう言えば阪神さんが、いつも私に『鉛筆削りないかぁ、鉛筆削りないかぁ』って言ってました。だから阪神さんの机に・・」 「そうだな、それがいい。山田さんが置いてちょうだい・・そう、もっと・・うーん、もっと仕事しにくいように・・そう、机の真ん中に!」 「そうですね。・・この辺りでいいですか?」 先輩Rは、阪神と山田さんのトラブルをもちろん知っている。 鉛筆削りの置き場所を指示する先輩Rの眼は、このところで一番はしゃいだ様子だ。 山田さんの眼も。 ・・もちろん、端で見る僕の眼も(笑) ** 外回りから帰った阪神君が、今週2度目の凍り付き状態になったのは言うまでもない。 「山田さんは、お前が欲しがってたから置いてくれたんだぞ」 「・・・」 先輩Rが説明しても、阪神の身体は解けない。 「お前のことを想って置いてくれたんだぞ」 「・・・」 先輩Rは、とっても楽しそうな顔をしている。 僕は、耐えきれなかった。 それは正確に言うと、阪神を助けたいという気持ちからではなかったのかも知れない。 「阪神、実はな。この鉛筆削り・・・Rさんが置いたんだよ」 「えっ、違う違う」 先輩Rは、ちょっとあわてる。そう。僕が言ったことは半分本当で半分はウソだ。 「後ろで糸を引いてるのは、Rさんだよ」 「・・・なんや、そっかぁぁ」 満面の安堵の表情。 ようやく阪神君は身体を解いて席についた。 そう--。正確に言うと、僕は耐えられなかったのだ。 自分の中で湧き起こる「爆笑の波」に。 あのままの緊張感が続けば、僕は多分、のたうち回って笑っていた。 先輩Rは、あの微妙な緊張感を作り出すのが得意だ。 僕はいつもそれに負けて爆笑してしまう。 僕は今回バラすことで、押し寄せる笑いの波を噛み殺し、それに打ち勝ったのだった。 --初勝利 僕は先輩Rを横目に見ながら、その気分に酔いしれた。 しばらくして、落ち着いた阪神君は首をひねる。 「僕、『鉛筆削りないですか』って、一回しか言ったことないけどなぁ」 -- 山田 VS 阪神 その闘いは、まだまだ終わらない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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