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今回の米国によるイラク攻撃は“孫子の兵法”を参考にしていると言うことで、再確認しようと岩波文庫「孫子」を探したが書棚に見あたらない。薄い本なので紛れたか、他人に貸したのかは明らかではありません。
そこで、「史記」列伝から孫子・呉起(第5)を読んでみました。訳者は小川環樹でノーベル賞物理学者湯川秀樹の兄弟です。 孫子は春秋時代の人で、その名は孫武と言い兵法の誉れ高く、仕えた呉の国を春秋時代の覇権を握らせた。 孫武が死んだ後、百年して孫ビンと言う者が輩出した。彼は兄弟子の謀略に会って、両足切断・顔に刺青と言う量刑に科せられたが、斉の国に仕えて兄弟子の国である魏の国を破り兄弟子を自殺させたと言うことである。彼の名が天下に知られ、彼の兵法の書が後世に伝えられた。 呉起は、衛の人であるが魯の国に仕えたが、妻が敵国の人であった為殺してしまい敵国に通じないことを証明し、魯の国の勝利をもたらした。その後讒言にあった為、他国に出て、魏、楚に仕えそれぞれに武功を立てました。その都度その国々の人達に憎まれ、最後は惨殺されてしまったのです。 結言で司馬遷は次の如く纏めます。 世間で軍学について引用する場合、「孫子」13編の書物を論じない者は無いし、呉起の書物も、世の中に持つ者は多い。 ただ、孫子も刑罰の憂き目に会う時の処置を予め立てることは出来なかった。 呉起は山河の形勢は徳ある政治に及ばないと、魏の武侯に説いたが、彼のやったことは残酷で人情に欠けた為、身を滅ぼしたのであった。悲しいことではある。 日本の漢学の碩学である諸橋轍次氏も「これら本を努めずして末のみを収める、兵家・縦横家の知恵では、乱国をどうすることも出来なかったのです」と断じています。 どうも政治の世界も、経済の世界もハウ・ツー物だけが流布する現在は違った解決法が必要の様です。 [Books]カテゴリの最新記事
また今日もお勉強になりました。
昨日はこちらのページをリンクされている方とサンバの話になり書いたのです。 でもうれしいです。あの映画はとても興味がありギリシャへ行くときに見ていきました。最初は全く何のことか理解するのが難しく・・・でもギリシャ神話を読むごとにだんだんわかってきました。 理解して改めてみると違いがありますね。(2003.03.26 10:33:25) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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