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近頃、書店の文学コーナーで九鬼周造の書籍紹介が多い様な気がしますが、自分の思いを反映させたもので、死後既に60年以上経っているのですから、全く気のせいかも知れません。
灰色の抽象の世に住まんには、濃きに過ぎたる煩悩の色 ふるさとの「粋」に似る香を春の夜の、ルネが姿に嗅ぐ心かな ふるさとの新紫の節恋し、かの歌沢の師匠も恋し 等と哲学者でありながら、詩や短歌を数多く残し、文人哲学者と呼ばれた九鬼周造(1888 - 1941)、哲学とは異質と思われる、日本独特の「粋(いき)の構造」の著者として良く知られていて、日本哲学界の巨人西田幾多郎氏や、九鬼氏の後輩三木清氏よりも文学的傾向が強く読みやすいとされています。 気になって自宅にある筈の単行書籍を探して見ましたが、何処にも見当たりません。 漸く、岩波文庫1冊が見つかりましたので、紹介致します。 九鬼周造随筆集-岩波文庫 敬愛していた岡倉天心の思い出と母への慕情とが幼い日の回想の内に美しく綴られた「岡倉覚三の思い出」「根岸」など、24編の随筆が収められています。 その中の「書斎漫筆」に、周造なりの思いが書かれていました。 ヒルティの「眠られぬ夜のために」も当時可成り愛読した。ニーチェの「ツァラトゥストラ」も深い感激を持って耽読したが、どうもぴったりと心に嵌らない所があった。その内に、全面的に共感出来るものなどは探してもありはしないと言うことに気づいて来た。そう言うものは自分で書くより他に仕方無いと言う様に思った。 それならばそんなものが自分に書けるであろうか。それも到底難しいと言うことが今の自分には分かって来た。我々は自分の心を深く掘り下げて行かなければならない。又益々広い視界を獲得して行かなければならない。我々の心には深きへの憧憬と広きへの念願がある。その憧憬とその念願とが自分という人間にあって可成り高い度に達せられているのでなければ、たとい自分が真剣になって書くものにも、自分ながら満足は出来るものでは無い。 近頃私はどうしてかよく随筆を頼まれるが、出来るだけ断る様にしている。私には自分である程度まで満足の出来る様な随筆を書くことはなかなか容易でなく、寧ろそのことは極めて困難であるからである。 私自身を顧みて見ますと、徒然日記を公開していますが、書き放しのことが多くなり、その場限りの思いが強く突き詰めることも少ないので、反省させられます。 此の1年半に書き貯めた日記で、書評も結構ありますので整理して見ようかなと思っています。 [Books]カテゴリの最新記事
私も時々本屋さんには行きますが足を止めるところが違うんですね。一度も九鬼周造随筆集は目に留まりませんでした。恥ずかしいですね。(2004.02.21 14:42:58)
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