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今日は受診。血液の凝固度を測るための採血をする。そのため予約時間より早く行ったが、今日はあまり待つことなく早い時間に番が回ってきた。経過は順調で、気にかかっていた冠動脈造影検査のための入院についてたずねたが、なお一年は必要ないという答えが返ってきてありがたかった。 鷺草を初めて見た。名前通りで鷺が飛んでいるように見える。 ![]()
息子からよる電話。電話を切る前に、あの本を読んだという。あの本というのは、新刊の『アドラーに学ぶ―生きる勇気とは何か』のことである。「死んだ弟の話なんか、聞いたことがない。それにおばあさんの話も」。僕には生まれてすぐ亡くなった弟がいる。弟のことも祖母のことも息子に話したことはなかった。当然のことながら、息子が知らない話は多い。 今日は昼間仕事にならなかった。 ![]()
今日は疲れてしまった。夕方から仕事再開。朝、いつもの池にいくと、蓮の葉がたくさん折られていた。都会でチューリップの花が切られたら、ニュースになるだろうに。折られた茎に花火がさしこまれていたのも何日か前に見たことがある。 夜、歩いている時に思った。元気になってくるにつれて、欲が深まってきている、と。何時間でも仕事を続けられる(原稿を書き続けられる)強靱が体力がほしいと思ってしまう。今週は金曜日に病院に行くことになっている。今回は採血をする。 蓮の中をのぞいてみた。蓮の奥に盛夏に咲いていた蓮の花が見えた気がした。知っている人は少ないだろうが、子どもの頃、テレビドラマに出てきたタイムトンネルのことを思い出した。 ![]()
今朝ははっきりしない天気だったので傘を持って出かけた。傘があると写真を撮るのには不便なのだが、急に雨に降られ、カメラを濡らすわけにはいかない。コスモスを撮るには風が強く、向日葵はもうほとんどが頭を垂れていた。ずいぶん長くピントを合わせては、シャッターを切らないということを繰り返していた時、目の前にこの鳥が現れた。モズではないかと思ったが、違うかもしれない。セッカならスズメだし…鳥の名前をまったく知らない。望遠レンズもないので諦めていたが、思いがけず、こんなふうに撮れて嬉しく、一日心が晴れやかになった。向日葵の種をねらって鳥が集まるのなら、しばらく通おうかと思った。蝶や蜻蛉と違って、近づいて撮ることができないので、難しいと思った。 アドラーの翻訳の続き。「誰かが植木鉢をちょっとした振動でも通行人の頭に落ちるような窓際に置くことと、それを通行人に投げつけるというのでは同じではない。しかし、不注意な人による行動様式には、しばしば犯罪者と同じ敵意が根底にありうるということを見誤ってはいけない」とアドラーが書いているので驚いて、どういうことなのだろう、とあれこれ考えながら訳していると、なかなか進まなかった。とてもゴールまでたどり着けないと今回も思っていたが、ゴールが少し見えてきた。マラソンのように、強い精神力がいる。もちろん、精神主義で訳せるはずもないわけだが。 ![]()
今日は涼しかったので、仕事が進んだ。朝、早く目が覚めてしまい、夜が明けるまで原稿を書いたり、翻訳をしたりして過ごしてから出かける。 もう長く毎日アドラーの講義を受けている気がしている。翻訳者がこんなことをいってはいけないのかもしれないが、すぐにはアドラーの意図がわからないことはあって、考え込んでしまう。同じ時代に生きて、質問ができたらよかったのに、といつも思う。 セセリチョウは時速60キロで飛ぶといわれている。目にも止まらぬ速さで飛び回り、時折、こうして花に止まったところを撮った。シャッター速度はかなり速いのになお脚が少しぶれている。花の名前は調べてみたがわからなかった。 ![]()
息子が帰ってしまって家の中が静かになってしまった。夕食後、デザートの果物の皿が4つ並んでいて驚く。もう息子は帰って、いないのに。「時間の流れが違うのだ」と息子はいっていた。東京の方が速いということである。こちらでゆっくりできたのならいいのだが。 新しく本を出版すると、売れ行きがどうしても気になる。amazonにいつまでたってもきちんと登録されないので(ページがあるのだが、名前とリンクされない)何度もアクセスしてしまう。 写真は家の近くの川で撮った。子どもの頃、何も見えなくなるまで釣りをした。今はアユモドキを保護するためにここで釣りをすることは禁じられているようだが、アユモドキが釣りのために減ったとは考えられない。 ![]()
しばらく帰省していた息子がもうすぐ帰る。今回は、ゆっくりできたようでよかった。ドイツ語の辞書や他の本などを持って帰るようにいう。 『アドラーに学ぶ―生きる勇気とは何か』が刊行された。息子が夕方読み始めた。僕は、どんな感想をいわれるかと思うと針のむしろにすわっているような思いだった。 「アドラーは、人間の悩みは すべて対人関係の悩みであるという。 本書においては、対人関係のみならず、 生の直下にあって 生きる勇気を失わせかねない 老い、病気、死に いかに対処するかを考察する」 (本のカバー裏コピーから) ![]() 向日葵の写真を最近たくさん載せたが、蓮も元気に咲いている。 蓮の葉に雨がかかった時の様子を動画におさめた。目にもとまらぬ速さで既にある雨滴までジャンプする様子がわかるかもしれない。リンクはこちら。
昨日の夜は、ソフトボールの観戦。娘が高校には行ってからしばらくソフトボール部に入っていて、休みの日も練習や試合に出かけていたことを思い出してしまった。結局、一度もユニフォーム姿を見ることはなかったのだが(ちょうど僕が病気で倒れた年だった)。心臓移植をした西山選手。バイパス手術で心臓を止めるだけでも、不安だったことを思う。 朝、気温が低く、長い時間歩いた。写真も撮ったが、考え事をしてばかり。机に向かっている時よりも、考えが浮かぶ。 写真は、昨日の夕方に撮った。今、向日葵園になっている隣がもうすぐコスモス園になるが、既に咲き始めている。 ![]()
2008年8月21日木曜日 今日は一日クーラーを使わないで過ごすことができた。夏の暑さはつらいが、秋風が吹き始めると、それはそれで寂しい気がする。 To Do リストが少しも減らない。フル稼働で働いている。もっとも病気前ほどの(コンピュータでいえば)メモリーの容量がない。一度に手がける(起動する、か)仕事を制限する必要がある。 夕方になると、出かけたくなって仕方ない。向日葵は早くも多くが頭を垂れている。この写真は昨日の夕方に撮ったもので、下を向いた大きな向日葵の萼(に見えるところ)に雨水が溜まっていた。そこからしたたり落ちる雨水を撮りたかったがうまくいかなかった。その代わり、そこに写っている向日葵を撮ってみた。 ![]() │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |