http://www.nikkei.co.jp/news/okuyami/20050725AS1G2502B25072005.html
文筆家の杉浦日向子さんが死去
江戸風俗を題材にした漫画やエッセーで知られる文筆家の杉浦日向子(すぎうら・ひなこ)さんが22日午前4時32分、下咽頭がんのため千葉県柏市内の病院で死去した。46歳だった。連絡先は新潮社新潮文庫編集部。お別れの会を行うが日取りなどは未定。
1980年、「通言室乃梅」で漫画家としてデビュー。84年に「合葬」で日本漫画家協会賞を受賞。93年に漫画家を辞めて江戸風俗の研究に専念した。代表作に「風流江戸雀」「江戸へようこそ」など。95年から9年間、NHK「コメディー お江戸でござる」に出演した。
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文筆家、ぶんぴつか、と声に出してみる。どうもしっくり来ない。私にとって杉浦日向子は漫画家である。私にとってとても大きな存在の漫画家であり、いまだに多く影響を受け続けている漫画家である。
若い頃、漫画を多く揃えている図書館で何の気なしに手にとった『百物語』の単行本が馴れ初めとなり、その後ことあるごとに杉浦作品と結婚した。時代考証家としての彼女の作品には多く触れなかった。私の興味は「江戸」にあったのではなく、あくまでも杉浦日向子の描く漫画にあった。NHKの番組に出てたことやら、荒俣宏との結婚・離婚歴やらはあまり興味を持てなかった。だから、最近の活躍についてはよく知らず、身体を悪くされていたなんて思いもしなかった。それにまだ46歳という若さだ。
今の私を形成するものは「あの頃」におおよそ出来上がった。「あの頃」、小説もともかく、漫画を読み漁っていた。吾妻ひでお、高橋葉介、近藤ようこ、そして杉浦日向子らを。多感だった「あの頃」、よくも悪くもそれらの漫画から多く影響を受け、それらは抜けきれずに私の中にある。現在、吾妻ひでおは仕事に復帰して、漫画家生活から逃亡していた頃のことを書いた本が売れている。漫画を書くことをやめ、時代考証家・文筆家として生きた杉浦日向子は亡くなってしまった。「あの頃」の私をつきつけられているような想いはどこかしら恐怖に似ている。
『合葬』『百日紅』『ニッポニア・ニッポン』『ゑひもせす』『二つ枕』『とんでもねえ野郎』そして『百物語』。流動し続ける私の本棚の中で、これらは一度も見える位置から消えることはなかった。その中からやっぱり『百物語』について。舞台は全て江戸。
たとえば、「其ノ四一 地獄に呑まれた話」旅の父子が、地獄谷という所に立ち寄る。煮え立つ池に父が指先を入れてみるが、そう熱くはない。引き抜くと、空気の中では指が焼けるように熱い。たまらずまた池に指を浸す。繰り返すうち、どんどん身体を浸す度合いが増し、仕舞いには池から首だけ出してただにこにことするばかり。通りすがりの僧はそれを見てあまりに惨いと思い、子供を連れて立ち去った。
たとえば、「其ノ六十六 木の葉の里の話」木の葉の落ちるのを嫌う女郎が、置屋で客の男に昔の話を聞かせている。幼い弟を背負って鎮守の森にどんぐり拾いに行った折、突如大量の枯葉に降られ、枯葉は一瞬人の形を成して消え、背中の弟もいつのまにか枯葉となっていたという。客の帰る時に女郎は枯葉を一枚落としてやる。
このような話ばかり99話続く。唖然とした。慄然とした。怖いと思った。面白いと思った。知ってよかった、こんなものが、こんな物語も世の中にあるなんて、と打ち震え、文庫版が出ていたので買い求めた。何度読んでも新鮮さを失わないのが不思議で、開くたび新しい話が追加されてるのではと思った時もある。
どうして漫画を書かなくなったかは知らない。ずっと漫画を書き続けていたら、ずっと熱心な読者であったなら、思い出話以外にもっと書けることもあったのに。
悲しみ方がよく分からないや。
それが少し悲しい。