いわずと知れた谷川俊太郎第一詩集。2000年に日本図書センターというところから出た、愛蔵版詩集シリーズの一冊。原型に近い装丁がされ、解題と年譜がついている。
『かなしみ』『地球があんまり荒れる日には』『電車での素朴な演説』『二十億光年の孤独』そして大好きな『ネロ』などの有名な詩は、撰集などでもう何度も出会っている。けれど、この人の詩集を純粋に一冊読んだことはなかった。そうして読んでみて浮かび上がってきたのは、今までイメージしていた、詩を体現する巨大な体躯を持て余す、ゾウやクジラのようなものではなくて、一人の若いはにかみ屋の、駆け出しの詩人の姿だ。現在の谷川俊太郎と、これ一冊だけの谷川俊太郎とでは違うのは当たり前だけれど。今、未来永劫死とは縁のないような顔をしている老人は、生まれた時からその顔を持っていたような気がしていて。
そんなわけで、今回一番気に入ったのは、そんな詩人の姿を写した、巻頭に置かれている三好達治の『はるかな国から――序にかへて』かもしれない。終端部の、「――げに快活に思ひあまつた嘆息に/ときに嚔を放つのだこの若者は/ああこの若者は/冬のさなかに永らく待たれたものとして/突忽とはるかな国からやつてきた」を読んでから、若き日の谷川俊太郎の詩の中に入って行くのだけれど、三好達治に引きずられたのではなく、確かに私なりに偶然に、三好達治に似た感慨を、覚えた気がする。
そういえば今は夏だ。ネロが二回しか知らなかった夏だ。「ネロ/もうじき夏がやつてくる/しかしそれはお前のいた夏ではない/又別の夏/全く別の夏なのだ」幾つか前の夏には、セミの鳴き声の弱々しいことを気に病んだ。それが今年は騒音問題に発展するくらい、クマゼミがやかましい。セミは身体の中身ががらんどうで、栄養にならないから、鳥もあまり獲りたがらない、と子供の頃誰かから教わった気がする。誰だったかは忘れた。まさか鳥本人ではあるまい。
日本図書センター 2000年
原版は1952年、創元社から。
>くりむーぶ389さん
選集はどうしても、「編者が見せたい作者像」を読まされてしまう感がありますからね。極端にいえば、作者のある一面だけを抜き出すことも可能ですから。
ただ、一冊一冊読むと、重いんですよね。本の重量が。いや、大したことじゃないんですが。よほど好きな人以外は選集で済ましちゃってます。(2005/07/29 12:10:12 PM)