奈良県明日香村の高松塚古墳(7世紀末~8世紀初め)で02年に起きた国宝壁画の損傷事故で、当時、東京文化財研究所(東文研)所長で補修を指示した渡辺明義・同古墳壁画恒久保存対策検討会座長が19日までに、毎日新聞社の取材に対し、文化庁に損傷事故を発表するよう伝えたことを明らかにした。損傷事故の報告は当時の担当の美術学芸課長と文化財部長まで上がっていたとされており、文化庁が合議の上、損傷事故を公表しないと決めた可能性が出てきた。
損傷事故は02年1月28日、文化庁と東文研の担当者が石室内でカビの除去作業中に起きた。床に置いてあった空気清浄機が転倒して、西壁にある男子群像の下の空白部分に長さ8センチの傷を付けた。さらに、室内灯を倒し、男子群像の衣服の胸の部分に直径1センチの傷を付けた。
◇本紙取材に証言
渡辺氏は損傷事故から2カ月後の3月28日に高松塚を訪れ、壁画のはく落した部分に周囲の土を水で溶いて塗るという補修方法を示し、作業がその通りに行われた。
渡辺氏は16日、検討会座長の辞職願を文化庁に提出した後、改めて毎日新聞の電話取材に応じ、補修の際、一緒にいた文化庁の文化財調査官に「損傷を発表した方がいい」と伝えたと答えた。担当課長には直接言わなかったが、その後、「文化庁で発表するかどうか、会議を開いたと聞いた」と語った。
渡辺氏は当時、修復作業の中心になっていた東文研のトップで、「文化庁には昔の部下がいたし、もっと強く言って発表させるべきだった」と述べた。
事故が起きた1月28日と補修が行われた3月28日の作業日誌には、どのように報告されたかは記されていないが、文化庁文化財部の山崎秀保・美術学芸課長は記者会見で「文化財部長まで報告が上がっている」と述べている。
毎日新聞の取材に対し、当時、文化財部長だった木谷雅人・京都大副学長は「損傷のことは記憶にない」、それに次ぐ地位の文化財鑑査官だった鈴木規夫・独立行政法人文化財研究所理事長は「覚えていない。当時はカビ対策に集中していて、ほかのことに対処する余裕がなかったのかもしれない」と回答。担当の美術学芸課長だった湯山賢一・奈良国立博物館長は「文化庁の調査委員会で話すことになっており、今、お答えすることは何もない」と話している。
また、渡辺氏が発表するよう伝えたという当時の文化財調査官は「個人的に特定の報道機関への対応はしていない」と話している。(毎日新聞)