ブログを作る※無料・簡単アフィリ    ブログトップ | 楽天市場
042967 ランダム
◆瀬田廃寺遺跡【滋賀県大津市】奈… (読書・コミック)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
古墳☆参考文献の書庫

PR

Calendar

November 2011
SMTWTFS
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<一覧へthis monthnext>

Keyword Search

Favorite Blog

まだ登録されていません

Category

Archives

Mobile

>>ケータイに
このブログの
URLを送信!

 

日記【考古学ニュース】

<< 前へ次へ >>一覧コメントを書く

2006.10.31 楽天プロフィール Add to Google XML

◆瀬田廃寺遺跡【滋賀県大津市】奈良時代の寺の南門発見
[ 古墳・遺跡【近畿】 ]    

 大津市教委は30日、瀬田廃寺遺跡(同市野郷原1丁目)から奈良時代の寺の南門とみられる遺構が見つかった、と発表した。門入り口の柱跡の間隔は5・1メートルと平城宮の朱雀門に匹敵する大きさという。隣接する野畑遺跡からは「国分僧寺」と記された墨書土器が出土していることなどから、瀬田廃寺を近江の国分寺とする説があり、同市教委は、今回の門の規模などを根拠に「国分寺であった可能性が高まったのでは」としている。
 瀬田廃寺遺跡からは、名神高速道路建設に伴う発掘調査で1959年に金堂跡や塔跡が発見された。四天王寺式の伽藍(がらん)配置が確認されている。
 南門の遺構と考えられるのは、塔の真南37メートルの地点に東西に並ぶ4つの穴(最大2・6メートル)。中央の柱跡の間隔は5・1メートル、両側はそれぞれ4・5メートルの間隔で、その形態から礎石が入っていたと推定できる、という。同市教委は穴の断面の様子から最初は掘立柱を建て、後に権威付けのために礎石建ち建物に改造した、とみている。
 さらに寺跡の周りを囲む南側(約16メートル)と西側(約28メートル)の築地塀跡(幅約3メートル)が発掘されたことで寺域の南側と西側が確定した。
 瀬田廃寺遺跡の南西約700メートルの地点には奈良時代の近江の政治の中心地だった国庁跡(南西700メートル)があり、西側に隣接する野畑遺跡からは「国分僧寺」と書かれた墨書土器が出土している。こうしたことから従来から同遺跡が国分寺跡である可能性が、指摘されていた。
 近江国庁跡や周辺の関連遺跡から出土している「飛雲紋(ひうんもん)」の瓦や、唐草が変形したような模様の金銅製の飾り金具(長さ19センチ、幅11センチ)も出土した。
 今回の発掘調査は宅地造成に伴い7月から始まり、11月末まで行われる。

----------------------------------------------------
□現地説明会
----------------------------------------------------
 11月3日午後1時から。雨天決行。



Last updated  2006.10.31 11:34:03
コメント(0) | コメントを書く





■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
・メッセージ本文は全角で800文字までです。
・書き込みに際しては楽天ブログ規約の禁止事項や免責事項をご確認ください
・ページの設定によっては、プルダウンで「顔選択」を行っても、アイコンが表示されません。ご了承ください。


<< 前へ次へ >>一覧コメントを書く一番上に戻る


Powered By 楽天ブログは国内最大級の無料ブログサービスです。楽天・Infoseekと連動した豊富なコンテンツや簡単アフィリエイト機能、フォトアルバムも使えます。デザインも豊富・簡単カスタマイズが可能!

Copyright (c) 1997-2012 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.