|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
│<< 前のページへ │一覧 │
後期高齢者の父がいる。一人で暮らしている。これは本人が望んでのこと。 先日の朝、きょうだいから電話があり「オヤジがトイレで倒れ病院へ 運んだから、骨折しているかは今調べている」また、電話すると切れ 二度目の電話がすぐにかかり「骨折はしていない。親父の話では 午前2時ごろトイレに行き倒れたといっている。それで無言電話が6時頃 あり、ピンと感じるものがあり車で駆けつけてみた」とのこと。 2~3日後、見舞いに帰省した。意外と元気で一安心。「たいへんだったね」 「痛くない」といっても返事はしない。「包帯を巻いてるの?何々なの? どんな具合?」などいろいろと言葉をかけやっと「2時ごろ(夜中)トイレに 行って・・・」ときょうだいに言ったことと同じ事を言う。しかし後で振り 返って事の顛末があいまいで分かりずらい。父自身が状況を説明できないのと したがらないのとで何事があったのか?言葉をつなぎ、父の性格を総合して 多分こういうことだろうと、想像して納得するしかなかった。 「トイレで倒れた」は恐らくトイレに行き又は出る時に足を引っ掛けて転び、 転倒ということだろう。電話では「トイレで倒れた」という言葉で私の頭で は脳出血やら脳梗塞を想像したのですが、違っていて一安心です。病室は 整形外科でした。 そして血液サラサラとなる薬を飲んでいるので、血が止まらずそのまま布団 に包まって、朝方きょうだいの家に電話したようです。 「倒れてから電話するまで4時間ぐらいの間、寒かったでしょう。不安だった でしょう」と訊ねても返答は無い。しかもきょうだいの家に 「転んで血が出て止まらんから病院へ連れて行ってくれ」と一言いえば よいものをなぜ「無言電話」したのか。わからん。わからん。 私の観察では父は、アスペルガーの周辺にいるのではと注意しています。 「トイレで倒れて」の表現は推察するに倒れたのではなくつまずいて転んだ というのがその時の状況でしょう。状況を説明できないのも、無言電話も、 尋ねても返答しないのも、そこに父にしか分からない何かがあるのでしょう。
一昨日の木曜日、午後5時過ぎのこと。 辺りはもう薄暗く、集合住宅のピロティーにいました。 ピロティーには明かりがつき、外灯もつき結構明るい場所です。 こんなところで、怖い目に遭いました。 自転車の前かごにバッグを入れ、その上に手提げ袋を乗せようと、 その手提げ袋の折り合いをつけていて、辺りのことには気が配れて いなかったのですが、なぜかふっと後ろを振り返ったのです。そうしたら 女の人が私の背後ろから直角に、真横に歩いて行ってしまったのです。 そう逃げていったというほうが正しいでしょう。 そのうしろ姿を見送りながら先ほどの出来事を反芻してみました。 振り返らなければ殴られていたと直感しました。そしてバッグをひったく られていたのではないかと。 荷物に夢中になっていて辺りに気を配れていなかったのですが、 その時、なぜ振り返ったのか私の意志ではない神様が振り向かせて くださったような気がしています。 結局何事も無かったのですが、私の真後ろから不自然に歩いていく その女の人は一度も振り返りませんでした。 しかし私の頭の中にはしっかりとその後ろ姿が焼きついています。 そして時間が経つにつれ徐々に怖さが増してきました。
昨日の甲子園球場での対巨人戦。 青空と澄んだ空気に包まれて、観戦日和。 しかし活躍は一抹の秋風が吹いてチョット淋しい。 8回裏、新井選手、マートン選手が適時打。いい方向に向いてきた。 9回、鳥谷選手のヒットで塁に。次に新井選手、ライトフライに終 わって同点のまま。残念、チャンスを逃がしてしまった。 ブラゼル選手もセンターフライでゲームセット。 あと味がもう一つ?なんか勝てそうな勢いだったのになぁ。 今年は新井選手にここ一番のチャンスが良く巡って来てるような 気がします。チャンスが来るということは4番の仕事ということで しょうか。しかしなぜか活かしきれていないですね。 勝負強さというか、威圧感というのが無いような。 解説者の方は技術的なことも述べられていましたが、稚拙な私には 理解できないですが。 一皮剥けた新井選手をみせてください。
後期高齢者の父がいる。 アスペルガーまたはその周辺の傾向があるように感じる。 他の病状で病院に通っていた折、先生は軽い認知症傾向がある旨を 言われました。先生の前では「私は何もわからない」「聞こえない」 という様を装っています。 歳も歳なのでまったく無いとは言えませんが、側で見ている限りでは 頭は確かです。 しかし最近の流行り言葉や状況は理解できないと感じます。 そして分からないことを隠す傾向にあり、理解できているのか いないのかこちらも判断に迷います。 父のような人は通常の人よりもゆっくりと脳が発達していくのではな いかと、認知症にかかるのも遅いのではないかと。 父を見ていると動作こそゆっくりになりましたが、計算や書類に記入 したり、新聞を読んだり子供の頃から見慣れた行動です。ただ言葉での 表現が足りなくて何を言いたいのか主旨がわからない。ここが父のアス ペルガーを疑う一つです。
後期高齢者の父がいる。 アスペルガーまたはその周辺にいるのではないかと 思うことが多々ある。 もう十数年もまえのこと。相棒とある仕事を起こした。そこへ 遊びに?来たのだけれどチョット席を外そうとすると幼い子が 母親がいなくなってしまうのではないかと不安になり 「うぅぅー」とか「おーっーおーっ」のような声を発する。 顔の表情も深刻そのもの。その時、正直に言えば生理的に気持ち悪かった。 こんな父を見るのは初めてであった。 だが、私がいなくなるのが不安なのかと気を取り直し、「トイレに行って来 るだけだから」と席を外した。後から相棒に聞くと後を追ってドアの外へ出 て行ったそうだ。トイレから帰ると父は席に着いて落ち着いていたが・・・。 これは何なのか、相棒と二人きりになるのが気まずかったのか、しかし今回 が初めて仕事場にきたのではない。もう3~4回は来て会っている。いまさ らであるのだが・・・。私には父のその時の態度、気持ちがわからない。 くる時もいつも一方的に来て、別に話は何も無い。家で一緒にいる時には 殆ど話すことは無いが、仕事場へ来た時には私は必死に話題を作って話し 掛けているが、父からの話しかけは皆無に近い。 何をしに来るのか、あの時の態度は何なのか想像が出来ないし、いつまでも その時の不快感が忘れられない。
後期高齢者の父がいる。 ここで一言いわなければイカンでしょ。という場面では一言もなし。 後から「あそこで一言いうべきでしょう」と言うとイライラとして機嫌が 悪い。そして怒鳴る。 お盆の折、仏壇のお供えにプラスチックのカップに入った餡蜜が一対 供えてあった。子供の頃から馴染んだお供えの感覚と違う。不快感を 感じた。 そこで父に「これを見て」と言うと「冷蔵庫で冷やしとけよ」と 言う。そんなことじゃないんだけれど? これを供えたのはきょうだい(義理)の一人ですが、例年どおりの菓子折り ではなく、カップに入った餡蜜2個。確かに後で父が一人で食べるのは 大変と思って?食べやすいものにした?ということなのか。 効率を考えてのことなのか、一つの儀式としてのお供えであるのだが、 考えが違うようだ。 私には辛らつなことを言うが他人は何も言わない。家の頭領としての プライドを自負しているならば、「よきに計らえ」では自分の望んで いない方向にシフトしますよ。後から言っても始まりません。 あなたは発達障害があるのか(その周辺の症状)、いざの時言うべき言葉 を出せません。心の中にあるものを出せないですね。 恐らく自分でもそれを感じているのでしょうね。
後期高齢者の父がいる。 私はこのお盆に帰省した。 久しぶりに見る家ですが、庭は夏草が勢いよく伸び、裏の山からは つるが伸び屋根や柱に絡み付いている。そして窓や桟には土ぼこり がつき、家自体がどんよりとしている。 それからは毎日そうじ、掃除の日々。首にタオルをかけ汗をぬぐい ながら一日中掃除三昧。いい運動が出来ました。おかげでデトックス 効果もあり、ぽっこりお腹はすっきり肌もピカピカ(自己満足)でした。 父は一人で暮らしていますが、以前玄関のところで踏み外して倒れて からは、外に出ておしっこをしなくなった。それ自体はいいのですが、 歳も歳ですので少々不安で、「一緒に住もうか?」と聞くといい返事 はしない。そう言われたことが気に障るのか、イライラとした態度が ビンビンと伝わってくる。 一人暮らしがよほどいいのかな、また暫くはそのままにしておくしか ないか。 しかし人としての生活態度は堅持して欲しいですよ。 自堕落な生活では動物と変わりませんよ。
後期高齢者の父がいます。 一人でくらしています。自分で望んでのことなので 私たちもそれ以上は口出し、行動には移しません。 しかし、それとなく気には掛けていますが、その思いも迷惑の ようです。長いこと家族と一緒に生活していたので、生活の こまごまとしたことはあまり知らないようで、それを実際に 行ったり、買い物をしたりするのが目新しく新鮮なようです。 例えば、歯ブラシを自分が気に入るのを選んだり、スーパーで目 新しい食品を買ったりと刺激になるようです。 が、慣れてくると面倒なのか最初の気分は薄れて、雑になっています。 トイレを外でしたり、お風呂でしたり、チョット動物と同じでは? ひとり暮らしはルーズになることとは違うのですよ。 もうすぐお盆で私も帰ります。帰れば毎日掃除ばかりの日々です。 暑さと掃除で「ほお」が少しやせます。小顔ではありません。 それで少しの間ブログをお休みします。
いよいよ始まりましたね。高校野球が。 郷里の高校、過ごした思い出の土地の学校と 応援の熱が入ります。 今日の甲子園はとても暑い、蒸し暑い。その暑さの中、 一心不乱に勝つことに向かってプレーする姿に心を動かされ 感動します。どんなドラマよりも熱中してしまいます。 昨日の試合は阪神の勝利。久しぶりに久保投手の勝ち投手と お立ち台の姿をみました。普段の感情を表さない シャープな表情とは違ってやわらかな感情がみれました。 ただ、マートン選手の欠場が気になり、今後の試合運びが 不安でもあります。 高校野球もプロ野球も一生懸命な姿に感動を覚えるのです。 特にこの暑さで集中力が欠けて、ぼんやりな私はなおさらです。
オールスター戦が始まりましたね。 セ・パ交流戦が一ヶ月前に終わったばかりで、もう一度の感が 強かったのです。しかし昨日の試合を垣間見て、交流戦とは違うなと。 斉藤投手の登場の場面で、これはお祭りなのだとショーなのだと。 前回までの日ハム武田投手が4本のHRを打たれた。 キャッチャーは真ん中ストライクを要求していた。まるで次の投手の 球が速く見えるための工夫をすすめてのことのように。 オールスター戦は普段のペナントレースでは見ることのない表情が見れ たり、選手の個性も感じられ、楽しいショーを観戦できました。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |