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まだまだ余震が続き、情報も錯綜する今日。
11日の私の身の回りの出来事でも書こうと思います。 9時前に泊まり勤務を終え、電車に乗って10時過ぎに自宅に到着。 『13日-15日で祖父宅に遊びに行くし、ちょっと買出しに新宿に行こう!』 ・・・この判断は、正しいか間違いか、今でもよく分からない。 勇んで乗った副都心線直通渋谷行き(副都心線内急行)。 氷川台を通過したあたりで、「急停車します。おつかまりください」の自動アナウンス。 速度超過で作動したんじゃね?と思っていると、急停車した直後に車体が左右に大きく揺れる。 これだけ大きな揺れは今まで感じたことがなかった。 思いのほか車内は至って平穏で、10分ほど停車したのちに最徐行で小竹向原へ。 係員が線路内を目視で点検しなければならないため、運転再開の見込みはたたないとのこと。 地上では強い余震が起こると、地面に座り込んでしまう人もいた。 駅では、構内放送をNHKラジオ第一に切り替えていた。とっさの対応だと思うけど、素晴らしい。 携帯は繋がらない。メールも届かない。そんな時、公衆電話は強かった。すぐに家にかかり、部屋のモノが揺れて落ちたぐらいで、特に問題ないと弟。 1時間ちょっと待ったが、どうも無理そうなので東武東上線の上板橋まで歩く。 環七沿いを新宿駅へ向かうバスは超満員だったが、新宿なんか行ったら余計に帰れなくなる。 東上線の踏切にたどりつくと、パトカーが踏切に横付けされ、警官が交通整理を行っていた。 上板橋でちょっと休憩するも、東上線はダメそうなので歩き続けることを決意。 メールも電話もダメだったのに、Twitterやmixiは大丈夫だった。 この徒歩での帰宅中には、何度も何度も情報を収集し、この地震の被害の大きさにただただ驚くしか無かった。 線路沿いに、上板橋~東武練馬~下赤塚。 高校のワンダーフォーゲル部で護国寺駅から高尾山口駅まで50km以上を歩いた経験もあるし、日頃から仕事で地下通路を延々と歩いているので、意外と足は大したことない。 地下鉄赤塚に寄ると、ホームに電車が止まっていたが点検列車として回送で出すようですぐに降ろされる。 さすがに"徒歩"で家に帰るつもりはなかったが、だんだんと陽も暮れて寒くなってきた。 決断する。歩くしかない・・・。 下赤塚からは川越街道(254号線)沿いを歩く。 成増手前のコンビニで、温かいお茶、あんまん、貼るカイロを仕入れる。お茶が心に染みる。 都県境を越えて、和光市に入る。 世間は帰宅ラッシュの時間帯のためか、歩道が混雑してきた。 だんだんと足が厳しくなってくる。信号待ちのたび、ストレッチを繰り返して足に喝を入れる。 朝霞、新座、だんだんと見慣れた建物が増えてくる。ラウンドワンやロヂャースが見えた時はちょっと感動した。 野火止交差点で川越街道から離れる。 中央通りにバスが走ってるのを見かけたので、ネットで調べるとすぐにバスが来るよう。 バスでようやく自宅に到着したのは21時。 小竹向原駅から自宅まで15kmの道のりを、休憩を挟みながら5時間ほどで帰ってきた。 ・・・どこかの地方で天災が起こるのをニュースで見るたび、関東は台風も雪も地震も大したことないなぁ。なんて思っていました。 まさか自分の身に起こるとは。 家に帰ってきて、初めて見る名取市の津波の様子。 まるで映画のよう。夢なんじゃないか、何度も思いました。 みなさんの安否が気になるところ。
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