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藍円寺微意の世界 [全96件]
こんな情景を想像してみてください。 小さな子どもを連れた若い夫婦が穏やかな季節の中で昼下がりの公園をゆっくりと、手を繋いだ子どもの歩調に合わせて歩いています。仲のよい夫婦が楽しそうに会話をしているのを真ん中の小さな子どもは嬉しそうに両親の顔を左右順番に見上げています。 昨晩、盲目の天才ピアニストのドキュメント番組を見ました。 彼が嬉しそうに自分の夢を語るとき、いつも空中に何かを探すように顎を少し上向きにして首を左右に振りながら話をしています。何が彼をそうさせているんだろう?でもこんな仕草はいつかどこかで見た事あるぞ。そう、前出のあの「なんでもないようなことが幸せだったと思う」あのときだ!・・・と私は気づいたのであります。 私は誰も見ていないのを確認した上で、彼の真似をして首を振ってみました。そしたらなんか楽しいような嬉しいような純粋な気持ちになれたのであります。これは大発見であります。雑念や妄念だらけの下手な瞑想よりもいいではないか。これは使えるぞ!ってなもんであります。 そういえば、女性が絶頂感を味わっているときも似た仕草をします。これはあくまでもエッチな映画での話です。実体験での話しだとは私は一言も申しておりませんが、女が喜ぶと書いて嬉しいのであります。ああ、また話がそれてしまった。 きっと彼には何かが見えているのでありましょう。ハイヤーセルフと話をしているのかもしれません。 私たちはあまりにも見なくてもいいものを見てしまったのでしょうね。少なくとも彼はモザイクのかかった画像などは一回も見たことないわけでありますよ。男性を数人殺したであろうと思われる、顔をぼかした容疑者の風体なんぞ本当は見なくても、いや、むしろ見ないほうがいいのでありますな。
「ワクチンは2回接種しなければならないんだって」 「じゃあ、ワクワク・チンチンだ」
米国のオバマ大統領にノーベル平和賞が贈られるそうです。 ダイナマイトの発明で富を築いたノーベルの賞を、核保有大国の米国大統領が平和賞を受賞するのですから、ちょっと皮肉といえば皮肉ですね。 科学賞は人類の発展に画期的な発明をした方に贈られますが、平和賞はその人に贈ること自体がいつも画期的であります。 オバマ大統領の受賞で福井県小浜市は、また勝手に盛り上がっているであろうことは想像に難くありませんが、でもこれこそ実に平和な姿なのであります。真の平和賞はこういうダイナマイトや核ともまったく無縁な存在である庶民こそ本当は受賞すべきものなのであります。 そう考えると戦争とは、ほんの一部の人間が引き起こしているものだと実感するわけであります。 本来平和とは当たり前であるべきものでありながら、なかなかそうはならないものでして、だから話が難しくなるのであります。本当に残念なことに平和には戦争ほどのエネルギーがないのであります。この矛盾に人類は悩み続けなければならないのであります。ですから平穏な日常こそ本来感謝すべきものなのでありましょう。 実績がいまひとつと思われがちな平和賞は万民の心を動かした演説だけに対し贈られるものではないのでしょうが、実績は必ず後からついてくるのであります。 米国初の黒人大統領は、あのマーチン・ルーサー・キング牧師の有名な演説「私には夢がある……」からの流れを汲むものであります。あれから数十年経ってようやく黒人大統領が米国に誕生したのであります。キング牧師をご存知ない若い方は是非一度調べてみてください。 人間の進歩は人類の科学の進歩よりずっと遅れているのであります。でもそれが神の創った人間なんであります。 バラク・オバマ大統領のミドルネームはフセインですが、湯布院は…この際関係…ないか。
2016TOKYOオリンピックはかなわぬ夢となってしまいました。先の東京オリンピックが開催された1964年の国体が新潟だったと記憶していたものですから、ひょっとするとひょっとして東京に決まるかとも思っていたのですが、駄目でしたねぇ。 どうして、そんなこと? という声が聞こえそうです。 今現在、新潟国体が開催中であることを国民の皆さんはそもそもご存知なんでしょうか? どうなるか分からない話なのに、オリンピック招致活動の報道はよくテレビでもやっていましたが、実際に日本で今行われている国体に関するニュースを全国ネットのニュースで見た記憶がありません。地元では「地震の際に全国から寄せられたご支援に対し感謝の気持ちを込めて全国から来るお客様をお迎えしましょう」という標語の元に県内各地の会場で競技をやっています。一応地元新聞では毎日一面を関連ニュースで飾っているのですが、全国ネットとなるとこうも扱いが違うものかと……そんな様々な想いと共に新潟国体は今も開催中なのであります。 これも国体そのものが国民の関心が薄い存在になってしまっていて、もう必要ないという論議まである時代ですから、東京都民のオリンピック招致の熱意がいまひとつ盛り上がらなかったのも、その根底には同じ理由があるような気がします。戦後の復興、体育施設の近代化、国民の体躯向上等の役目を終えて、東京でやっても国体ではもうそれほど盛り上がらないのでしょうね。既に国内ではそれぞれの種目ごとに全国大会はあるわけですし、名目は体育教師その実は国体強化選手として開催県の教育委員会が大会前年までに体育教師を大量採用するような強引な手法で全国から優秀な選手をかき集め、主催する県が総合一位にならなければならないというような、おかしな時代はもう終わったのでありますな。今となっては自治体からも「え?次はうちの番かよ!」という嘆きの声まで聞こえてきそうです。 所管は厚生労働省なんでしょうか?それとも文部科学省?国体のあり方も見直す時代なのかもしれませんよね。民主党さん。 1964年の東京オリンピック開会式で陸上競技場入り口に聖火が見えた時、実況アナウンサーは「見えた!オレンジ色の炎!」と叫び、それを白黒テレビで見ていた私達は、心の中で本当にオレンジ色に見えたのでした。あの時のあの感動は本当に忘れられないもので、子ども達にも同じ感動を味あわせてあげたいと思いますが、現代では当時と同じレベルというわけにはいかないでしょう。初めて南米で開催されることにも意義があることと思い、リオデジャネイロ決定を祝福したいと思います。
歩道を歩く人の影が長く伸びて車道にまで、 ……だから影をシャドウっていうのね。 違うか~!
「おじさんエコねぇ」 「誰がエロじゃ!」 「エロでなくて、エコよ、エコ。エコロジー。」 「誰がエロジジイじゃ!」 昔、こんな冗談はフツーのお嬢さんには言えなかったものであります。 今は「エロい」なんて言葉をフツーのお嬢さんがフツーに平気で使っておりますが、エロなんていう言葉は助平なオジサンの専売特許でありまして、普通のお嬢さんが使う言葉ではなかったはずなのであります。 それどころかエロくて可愛い(?)のをエロカワなどと言って、自身の目標のようにしている始末であります。エロいと可愛いは絶対に合体できる言葉ではなく、合体させてはいけない言葉だったはずなのですが、きっとそう思わせるような芸能人がおられたのでしょう。でも普通の一般人がそう簡単に真似できることではないでしょうに、言葉だけは一人歩きしていつのまにか市民権を得たようで、既に日常語になっております。 癒し系といやらし系が判然としないままに、このしとやかさを感じにくい言葉を日常語として使った延長線上には、エロくて恐い「エロコワ・オバサン」的人生が待っているのではないでしょうかねぇ。助平そのものが悪いことではないことが薄々分かってきて、肉食系などと言うようになったのでありますな。でもね、同じく「肉食系女子」も行き着く先は、決して「可愛い」の延長ではないのであります。その先に「平穏」とか「安らぎ」とかがあるとは思えないのであります。日本の婦女子を愛するオジサンとしては、手遅れにならないうちに、是非ともまともな日本語に戻してほしいのでありあます。 それもこれもベジタリアンでもない草食系男子のせいせしょうかねぇ? ま、言葉は変わるものですから仕方ないのかもしれませんし、一過性のものでそのままずっとエロカワでいられるわけでもないでしょうから、心配には及ばないのかもしれませんがね。 私も若いころにHなんて言われたらスンゴク傷ついたけど、今は助平なんて言われると勲章みたいに思ってますから、その辺は理解できるんですけどね。 でもねぇ、花も恥らうお嬢さんにはせめて色っぽい・艶っぽいなどと、どうせならもっと粋な日本語を使ってほしいと思うのであります。お願いだから、エロはやめて!エロは! でもなぁ、HなアニメがHENTAIと世界共通語になっているのは情けない。 サムライ、ブシドウそんくらいにしてほしかったけどなぁ。これは…手遅れか……。 そうそう、私の街にはニコニコ通り商店街というのがあったんですけど、その看板に悪戯でニコニコにマジックで棒を書き加えられ、エロエロ通り商店街にされたもんだから、今は商店街の名前を潮風ロードに変えたんですよ。これホントにあった話です。
新閣僚の真夜中会見を見て、自分の言葉で喋るというのは大事なことだとつくづく思った。 自分で考えた自分の言葉だから漢字の読み間違いなどという可笑しな間違いも無い訳で、少なくともそんなことによる政治不信も無い訳であります。虎の皮を被った狐のような様相もなく、平均年齢は先回よりも上回るというのに、まったくそれを感じさせなかった。支持率の高さが、国民の目にどう映ったかが如実に現れている。 その後にノリピーの会見を見たら、反省というよりももう既に芸能界復帰を考えている節が感じられ、この娘は支持を得られない会見をしてしまったなぁと残念な気持ちになった。 「コレジャア、自民党とおんなじジャン」 謝罪は自分以外の人に対してであるが、反省は自分自身の内面での問題である。 内面は芸歴ではカバーしきれない。 自民党の反省も過去の実績ではカバーできないことは、実績の無い大臣に期待する国民の支持率で証明された。 民主連立政権に望むことは、カッコつけると後が続かないから、真摯に当面の問題に全力を傾注していただきたい。ただ、それだけである。 |一覧| |
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