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トマトの法則~「ひとりの国語」~… (出産・子育て)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
トマトの法則~「ひとりの国語」~
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このたび震災にあわれた方に心よりお見舞い申し上げます。
被災地での一日も早い救援、復興をお祈りいたします。

《このブログの目指すところ》
2010年4月から新しく自分の塾を始めました。たくさんの人に支えられ、いつの間にかこうやって塾をやっていたというのが正直なところで、まだふわふわした感じですが、孔子も三十にして立つと言っているので、同じ年齢になったこともふくめて、何かの縁かと思っています。以下の2つは私の塾のホームページです。ブログともども末永くよろしくお願いします。

どこかに授業をアップしたyoutubeチャンネルもあるので、よかったら探してください。
ホームページはhttp://tomatooukoku.web.fc2.com/kokugoryoku0728/0943.html
お問い合わせはjyukenkokugo@yahoo.co.jp
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★中高生の授業★
2月26日 現中2(中間テストがある現中1)・高校生
3月4日  現中1(中間テストがある現中2)クラス分けを当日に発表します
3月11日 新中1

『散歩の一歩』
黒井千次
いい随筆です!
「ぐずぐず」の理由
鷲田清一
こういうタイプの問題が灘であります。苦手としている子も多いです。
「文明の災禍」
内山節
大学入試から中学入試まで長く頻出の筆者の震災をふまえた新書。
「語りえぬものを語る」
野矢茂樹
論理的な考え方をするための本。
『あなたがいる場所』
沢木耕太郎
どんなに幼い子でも読んでわかるものを書けたら・・・がコンセプト。寄り添おうとすればわかります。
『家族の分け前』
森浩美
後追い校のために。
本7
本7題名
紹介するよ!
本8
本8題名
紹介するよ!


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カレーうどーんの日記 [全1501件]

2012.02.23楽天プロフィール Add to Google XML

  年金 
[ 中学受験!「ひとりの国語」 ]  

年金

年金は、未納になっていたところがほうっておいてもうまることはない。
勉強というのは積み立てるものなので、そういうものはおのずと格差を呼び寄せる。

小学校低学年の漢字テスト。
入試で出題される低学年の漢字を用いた熟語をまとめたものですが、
低学年の子にやらせても、高学年の子にやらせても、結果は同じです。

なぜなら低学年から高学年になるに従って、その学年の漢字と熟語は練習しますが、
低学年の漢字はそのときの語彙力に合わせた平易な言葉しか学んでいないので、
低学年の漢字を用いたそれなりの語句というのは学ばないまま過ぎているからです。
つまり、学年が下がるほど、出題される熟語のレベルは上がり、正答率も下がるということです。

こういうのは、やろうと言われなかった
、という言い訳が成り立つけれど、
普通の漢字一つとっても、覚えようとしないまま過ぎ去ることが出来て、
そういう未納の年金が膨らんでいるけれど、日常には支障がないから気がつかない。

さまざまな常識もそう。
比喩表現を理解するためには、両者の共通点を引き出すことが求められる。
が、引き出せるかどうかは、常識という「慣れ」が大きな要素だ。

5年生は、
動物園だったクラスが水族館か植物園になったという比喩を100%理解できる。
しかし、コンクリートジャングルの日本という比喩を理解できない。

それなら、6年生の入試の時点までに、
コンクリートジャングルを日常の中で知る契機が、
あるかと言われれば、ない。

こうやって、同じものをみても全く異なって伝わることが、
自分というフィルターをはさませたときに往々にして起きる。

「二人の間に細い道がついた」というのを、なぜか仲たがいしたと思ってしまう。
「海岸の町は夏になると急に他人の町になる」というのを、人が減ると思ってしまう。


こういう誤解が、人からさまざまな言葉が発せられたときに起き続けている。
そういう蓄積でその人は言葉を理解し続け、人格を形成させていく。

同じ言葉をしゃべっているがゆえに、通じていないということに気づかない、
と女学院の文章にあったが、まさにそのことの大きさをかみしめる日々です。

低学年の漢字テストを高校生にやらせてみるとどうだろう?
実はまったく変わらない結果が出る。

勉強しないんです、という、低学年の子も覚えられるものが、
高校生にも覚えられない「まま」で進んでいる。

覚えようと思えない、どうしても思えない、動かない。

勉強するとは決別することなのか?
すでに過ぎ去った、あったはずの可能性に。
動くべきときに動けなかったという十字架を背負い、
自分のふがいなさを否が応でも引き受けさせる。
現実を生きるとは、そういうものなのか?

半身を沈みそうな船に置き、
もう一方の手で、自分の生き方を模索するのが、
青春のあり方だと考えることもできる。

自分は今やっている勉強が向いていない。
じゃあ!? どうする?? なにができる!?
こういうあり方のことだ。

しかし、未納の年金が増えるほど、
年金という制度そのものが崩壊していく。

いや、制度は改めればいいけれど、
年金という「考え方」そのものが崩壊していくことを改められない。

教育も同じだ。

全部をふまえたうえでも、
王道をまっすぐ歩める人を育てることが、
どうも必要な感じの世の中である気がする。




Last updated 2012.02.23 12:39:48



2012.02.22

  人の話を聞けない子はこうやってうまれる
[ 中学受験!「ひとりの国語」 ]  

人の話を聞けない子はこうやってうまれる

指示が通りにくい子がいます。

理由はだいたい二つです。

家庭のルールが不要なものまで細かに決められている。
「親の好み=ルール」が家庭を支配している。
社会のルールと親のこだわりと区別がつかなくなっていることがあります。
こだわりというのは、より家庭が幸せになるための試行錯誤のことです。
それが多すぎると、ダメなようです。


家族独自のルールというのがそれぞれあり、
それはまったくかまわないのですが、
それがあまりに多すぎると、
理不尽であることが子どもにもわかるので、
その理不尽から逃れることが、
それぞれの子の生き方となります。

そして、多すぎるこだわりの抜け道を探すことは、親が思うより容易です。
そうやって、なるほど、こうするのか、と学びます。
怒られなければいい、という考えはこのあたりに兆します。

大人の言うことはいつも大きすぎる。
それをどうやって小さく逃れるか
ということだけを考えるようになります。

人の言葉を小さくとらえる努力を日々している子は、
文章を読むときも同じように考えています。

しかし、残念ながら文章で表現されているのは伝えたいこと100%中、
数10%だけで、残りは想像力と常識で寄り添って何とか読めるものです。
書かれた数10%をさらに割り引こうとするのが、国語が出来ない子です。
文字の問題ではなく、その子のあり方の問題が根幹にあります。

もう一つは、決定権が自分にある子。
判断のための基準を持たないのに、
「あなたがこうしたいと言うから」という理由で、
本人の思いが優先されること。

これは家庭のルールにおいては、
相対的なものとして尊重しあってもいいのですが、
社会のルールにおいては、成り立たない考え方です。

本人の意思の尊重と言いますが、
本来、子どもの「思うこと」と社会の「考えること」は常に異なり、
子どもは学びながら、成長していくものです。

思い放題の子どもは、思い放題の親から学んだ結果です。
家庭のルールがあまりに微に入りすぎると思ったら、
その散りすぎたエネルギーを一つのルールに注ぐということを、
してみるといいかと思います。

絶対的なルールを決める。
それ以外のことは気になっても口にしないくらいでいい。

社会のルールは争いを避けるためにあります。
ルールを守らないと争いが起きます。

精神年齢という言葉がありますが、多くの場合、これは結果論です。
精神年齢が低いから、どうこうではなく、上記のもろもろが合わさって、
低いままの精神年齢でいることが、本人にとって快適だということです。

本人の意思が尊重され、守らなくてもいいルールに囲まれていたら、
今のままでいい、となるに決まっています。




Last updated 2012.02.22 13:18:54

2012.02.21

  国語と社会と理科
[ 中学受験!「ひとりの国語」 ]  

国語と社会と理科

今日、類義語対義語編の修正が終わりました。
問題の配置や取捨選択を納得のいくように全部組み直しました。
最小限の部分、二段階目の部分、それ以上の部分を分けて取り組みやすくしました。

社会は歴史の部分について、入試問題の解説を書いています。
その問題から引き出せる基本情報をすべて、手書きで書き込んでいます。

理科は天体の部分について、入試問題の解説を書いています。
こちらはパソコン打ち込みの関西弁で。

すべてが遊び。
知ろうと思えば容易に知れる。

徒歩30秒のセブンイレブンに
生徒たちと一番くじを引きに行ったら、
・・・全部グラスとストラップだった。

運はないから、
努力でカバーするしかないなあ、
と言いながら戻ってきました。



Last updated 2012.02.21 22:29:15

  思うことと考えること
[ 中学受験!「ひとりの国語」 ]  

思うことと考えること

考えることが大切だ。

考えることは苦しい。思うことは楽だ。

思ったことは考えないと消せない。

考えたと思っていても、断片をもとに思い込みを深めているかもしれない。

人間だから思ってしまうことを否定することはできない。

そのあとで考えることができるかどうか。

考える必要はない。必要がないと思っている限り。

思うとは反応。考えるとは準備。そのあとに行動。

思うとは想像というところへ進めれば、話がもっと早くなる。

天体が苦手な生徒がいるので、天体学習中。
金星「だけ」は教えられるようになった。
あとは生物と人体をさらに進めています。

社会は逆に高いレベルから降りてくる形でやっています。
国語を相対化するためにちょうどいい作業。

4月末~5月最初くらいに旅に出ます。






Last updated 2012.02.21 13:08:53

2012.02.18

  公開
[ 中学受験!「ひとりの国語」 ]  

公開

昨日までに5・6年の生徒の公開テスト直しをしました。
だいたいこんなもんだろうという思い込みが失点のすべてです。

直しをしようと言って始めても、入塾したての生徒は、手元に答えがある。
あるいは、ぼんやり読んでいる、がんばっているふりをする。

何が国語なのか、何が直しなのかも知らないでやっている。

そういう自分の行動に不誠実な生徒は、結局、我が出てしまう。
そのことに自分が気付くことからです。

読解部分では100点が当たり前!
公開で点数を落とすのは、そもそも能力の問題ではないです。
6年生で10番以内に入った生徒は2人。
できる生徒はそろそろ公開から離れます。

できない生徒は、まずはできておくことから。

同じ言葉も立ち位置によって変わってくる。

右にハンドルを切れ!という言葉も左にそれているから通じる。
左にハンドルを切れ!という言葉も右にそれているから通じる。
自分の状況を普遍化することはできない。

根のない言葉ではなく、自分の立ち位置を考えよう。




Last updated 2012.02.19 03:53:14

2012.02.17

  国語の転機
[ 中学受験!「ひとりの国語」 ]  

国語の転機

ゆとり教育というのは、先生にとっての「理想」だった。
ぜひとも、それにみんな乗ってほしかった・・・。

国語は言葉と文字の読み方を教える。
そこから先は自由である。

国語は「~もある」の「側」を伝える科目だった。
「~もある」を疑似体験させる科目だった。

だから、自然に生き物の生態を伝える文章が頻出だった。
そして、国語=雑談という形も授業としてありえた。

ここは「~もある」を伝える場だということが、
先生にとっての共通認識だった。

しかし、現実はちがった。
生徒は伝えられているものが、
「何」であるかを理解できなかった。
意味がわからなかった。

昆虫は昆虫にすぎなかったし、
なぜ昆虫の話を先生がしているのか、
理解できなかった。

人は物事をありのままに見ることができない。
その事実を改めて突きつけられた。

共通の前提が崩れている。

そして、国語は変わった。
価値観は多様だ、相対化するものだ、「ということ」を、
伝える科目になった。

「内容」ではなく、「ということ」を伝えることになったということだ。
能舞台を見せるのではなく、能とは何かを伝えるのと同じだ。

本当なら、それくらいのことは、学び手が常識として持っていてほしかった。

小学生のころくらいは「~ではない」部分だけを見せてやって、
中学生くらいになってから、社会とか人生とかそういうものを考えて行けばいい。
それで十分「間に合う」というような「感じ」があった。

しかし、「~ではない」は、
現実と対比することでようやくぼんやりと見えるものだった。
現実を十分に生きざるを得なかった世代において、
ようやく可能な教育だったということだ。

「貧しさ」の影を常にどこかに感じられた世代のことだ。

中学生になった子どもたちを受け取って、
戸惑ったのが中学入試を作る先生たちだろう。

すでに子どもたちの価値観が固まっていることに。

「~もある」ということを教えてきたはずの子どもたちが、
「現実」を見ないことを学んでいる。

そういう危機感から、中学受験のテーマは大学受験と同じものになった。

象徴的な出来事としての9・11を中学受験は無視した。
その年の現実社会の動揺を覆うように「きれいな入試」が行われた。
しかし、今年、中学受験には「現実」が色濃く反映されている。

心の働きとしての文化を「取り戻そう」とするものに変わった。
転機は2006年あたりだと思われます。

それまで国語の先生にとって、
文章は加工自由の死んだ文字だったのが、
人だという認識へと変化したのは、
著作権の問題も大きかったと思います。

こうやって今の国語があります。

国語というものをどうとらえるか。
先生によって意見が分かれるのは、こういう理由です。

もちろん親も同じです。

思うのは自由。しかし、思ったことは正しくはない。
考えるには、自分の外側に根拠が必要です。

自分が根拠としたものが、
他人の思ったものなのか、考えたものなのか、判断する必要があります。
しかし、それを見分けることは、自己中心であるほど困難です。

考えずに「思う」ままに判断するということを、
子どもたちは親から学んでいる時代です。

そして、なぜ「思う」ことがこんなにずれるのか、おかしい!
自分は間違いなくこう「思って」いるのに!!

これが国語の出来ない子の苦悩です。

自分が「思った」ところだけを何度もなぞるように見る。
そして、これだけ見てもないということは、
先生が間違っているんじゃないか?と「思う」。

身につけるべきは、「考える」ことです。
そのために学んでください。

学びはゴールではなく、考えるための前提です。




Last updated 2012.02.17 12:34:59

2012.02.16

  Skype成功!
[ 中学受験!「ひとりの国語」 ]  

Skype成功!

工事はできませんでしたが、昨日、Skypeは成功しました!

メール jyukenkokugo@yahoo.co.jp
名前 篠崎創
アカウント hitorinokokugo

授業希望の方は登録してください。
海外は3月アメリカでどうなるかを試してからにします。

外来語もデータは集まったので、あとは洗練させています。
手元に届いたら他の塾のものと比べてください。

圧倒的です!




Last updated 2012.02.16 16:02:02

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