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5年生の語句について 毎回お伝えしていることですが、 5月までは自主性に任せる形で、 語句に取り組んでもらっています。 こちらからは強制せず、自習に来るようにということも言わず、 授業を通してメッセージを送るということを行っています。 6月からは、これも前から伝えている通り、 自主的に進められなかった子は、 強制的に取り組んでもらうことになるのですが、 それはこちらにしてみると手間のかかることです。 けれども、 要するにその先にしか何もないけれど、 その橋を自ら渡ることはないということで、 学ぶことの意味はそこにあります。 1週目は、この話を元にして各自で意識して動いてください。 2週目からは、必要がある限りこちらから言いますが、 なるべく言われずに動いてください。 5月までの課題は灘プリント7枚目まで仕上げることです。 仕上げるというのは、どこでも100点を取れるようにすることです。
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2012.05.31 17:00:47
1997~2009 灘中理科の過去問DVD用の授業を撮影しました。 今終わったのが97~09年まで。 黒板に整理しながら進めた方がいい問題を、 すべて小分けにして解説しました。 40題くらいになりました。 GWに旅行に行ったときに、灘の理科の過去問を持って行ったのがきっかけ。 先週くらいになって急に、どうせなら解くだけではなくビデオに撮っておくと、 解き方を忘れてしまって解けなくなっても大丈夫だ~、と思って撮り始めました。 暗記分野以外については、 誘導にしたがって比例式を立てることが、 灘中の問題の大部分の作業でした。 比例式とは具体例の並列。 ある具体例を別の具体例にあてはめて、 共通点と相違点に注目すること。 予備知識はほとんどいらない。 ほぼすべてのことが「条件」として書いてある。 条件をもとに、規則性を実験で確認したり、実験から規則性を見つけたり。 要するに具体と抽象。 印象として、特に強かったのは、 誘導に乗った一本道であるということ。 一本道をひたすらに歩んでいる印象が強い。 解いているわけではなく、情報を整理している感じ。 解いていても、ひらめきや驚きは内に生じない。 それらはすでに「条件」として与えられている。 具体と抽象を行き来するための一本道が小学生の理科だ、 という印象から出発することにする。
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2012.05.29 22:26:31
出る 日本国内に住む人は、自由に日本国外に出ることはできない。 すなわち、日本国内に閉じ込められているということになる。 ただし、一定の手続きを経てパスポートを取得することで、 たしかに一定の制約はあるものの、国外へと出ることができる。 しかし、手続きは煩雑であり不自由であるので、 手続きをしない自由を選び、国外に出る自由を捨てることもできる。 もちろん、手続きの不自由を選べば、国外へ出る自由も得られる。 どちらを選ぶ?と問えば、 小学生から高校生までほぼ一様に、 手続きの不自由を受け入れて国外に出る自由を選ぶ。 (でも、これは正解のある選択肢ではないので、どちらを選んでも構わない。) 地球に住む人は、自由に地球外に出ることはできない。 すなわち、地球内に閉じ込められているということになる。 ただし、一定の訓練を経て宇宙飛行士になることで、 たしかに一定の制約はあるものの、地球外へと出ることができる。 しかし、訓練は煩雑であり不自由であるので、 訓練をしない自由を選び、地球外に出る自由を捨てることもできる。 もちろん、訓練の不自由を選べば、地球外へ出る自由も得られる。 どちらを選ぶ?と問えば、 小学生から高校生までほぼ一様に、 訓練の不自由を受け入れずに地球外に出る自由を捨てる。 このちがいは何だろう? ぱっと思い浮かぶのは、確率の問題や時間の問題や想像力の問題や自分の外と内の問題など。 この中に「出る」方を選ばせる要因があるとすれば、想像力だろう。 あとは「出ない」ことを選ばせるものだ。 国語が扱うのは想像力。 そこから言えることがあるとすれば、 イメージできないものは簡単に切り捨ててしまえるということだ。 自分の可能性も他者の思いも知恵の重みも。
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2012.05.28 15:25:48
心の動き ア いじめをしている生徒に道徳的説得が通じないのは当然のことであり、教師は良き教師になるための力量を身につけるべきである。
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2012.05.25 13:14:18
踏みとどまることができない テスト中に緊張して思うように動かないという言葉は、多くの場合間違っている。 それはちゃんと結果が出せるだけの力を持った人が、本番に向かう時の言葉だ。 問題ではなく、自分の感情で自分が満たされてしまって、どうにもならない。 覚悟したはずなのに、自分の気持ちが思いがけない動きをする。 スポーツ選手をテレビで身近に見る機会があるので、 スポーツ選手が思わぬところで苦戦する様子や、 せっかくのチャンスを無にする様子を見て、 自分もあんな感じでうまくいったり、 いかなかったりしているのだろうと思いがちだけれど、 実際はプレッシャーがなさ過ぎて失敗することが多い。 テスト中になるべくなら楽をしたいということを選んでいて、 それが結果につながっているにすぎない。 あえて感情に身をゆだねている、感情に放り投げている。 結果を出したくて空回りする、 感情がショートするようなのとは、全く別だ。 プレッシャーとは何か? 何が何でも結果を出せと自分を問題に向かわせ続ける外からの圧力。 テスト中はその圧力がないので、問題と向き合わないで、 平気で悪い点数を取るということが多くの場合は真実だ。 子どもが難題に自らぶつかっていくことなど、 基本的には「ない」ことだ。 難題にぶつかっているように見えるのは、 それが当人にとって難題ではないからだ。 難題が難題ではなくなるにはどのような過程があったのか。 だれかがプレッシャーをかけてそこに踏みとどまらせたのだろう。 はじめから難題でないものの話ではない。 そもそも能力があったなら、はじめから興味を持って進めるだろう。 うまく興味を持たせられたという成功例は、 それが別のテーマに本人が普遍的に応用できない限り、 本人が子どもなりに能力を探り当てたにすぎない。 テストの中に子どもは踏みとどまっていない。 そこに踏みとどまるためには大きなプレッシャーが必要だ。 それを聞こえのいい言葉で言うなら、「期待」となる。 実際にプレッシャーを今かけてみました。 すると、 5年生の公開の偏差値で40前半だった子が、 洗足中の入試(第3回)で67点になりました。 まあ4年生なので、この程度で上出来でしょう。 ――疲れた。
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2012.05.22 21:53:47
過去について 人間はいつの時代も変わらないという言い方がある。 人間の愚かさやそれゆえの理想は普遍的なものがある。 コーランを読んだら、 コーランを作った人たちが、 根本的な問題として何について、 悩みを抱えていたか、 痛いほどに伝わってくる。 やっぱり「そこ」は人間には越えられないという、 「そこ」についての問題だ。 過去が美しく見えるのはなぜか? 人間が個人の記憶を自らの理想によって組み替えるように、 過去は人間たちの理想に従って淘汰されているからだろう。 過去が美しくあり続ける限り、 人間は今、美しい理想に燃えている。 美化された過去を文化と呼ぶ。 文化を未来に手渡すのが私の仕事。 どこぞのお大尽が「そこの刀うってくれい」と来ても、 「あんさんには売れまへん」となる。 ・自慢したいだけでしょ。 ・飽きたら大事にしないでしょ。 ・まさか試し切りしないよね??? ・知恵に寄り添いたければ、寄り添えばいい。 ・社会のために役立てたければ、役立てればいい。 文化も知恵もあなたのためにはない。 しかし、あなたは知恵を「かじって」しまう。 知恵の実をかじった子どもは、もはや子どもではない。 大人だ。 イワンが「子どもの涙は償われなければいけない」と言ったが、 知恵の実をかじった子どもは、子どもではない。 もうひとつ、イワンが言ったことを引用したいと思ったけれど、 忘れてしまった・・・ので、今日はここまで。 あっ、思いだした。 「事実に即していたい」という言葉だ。
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2012.05.21 14:40:38
あなたに選択肢はない 人の話を状況に応じて聞き分けることは困難だ。 なぜなら自分の立場や相手の大きさが見えないからだ。 旅行先でとても面白い状況に出会ったのですが、それはまたの話で……。 私は今回の旅行で「こわいけどそこでは人生をすべて委ねる」ことを試してきました。 受験において私は受験におけるすべてを委ねられる存在です。 そうじゃない人は、結局、何も学べません。 自分が委ねることをできない人が委ねられることはできない。 これは、私が私に言い聞かせていることであり、親が考えるべきことでもあります。 子どもが言うことを聞かないという前に、親であるあなたもだれの言うことも聞かない。 自分の子どもを委ねられない親が背後にいない限り、成長は約束されている。 ――相対化 いきなりですが、何の具体例かわからないですが、 たとえば、センター試験の古文単語の問題。 う~ん……この文脈だとこの答えが適当だろうけど、 はたしてこの言葉にこんな意味ってあったかな……。 いい加減にやってたツケやろうなあ…自分がたぶん知らないんだろうなあ まあ、たぶんあるねんあるねん、こんな意味も……と思って選ぶと、 解説に「このような意味は語義にないので不適」と言われて、 はあ、そうなのか、やっぱり。でも、テスト中に辞書はなかったしなあ……。 続いて、あっ、この単語は覚えたぞ! でも、あれ、ひょっとしてこちらの意味もあったような……。 いや、でも、単語帳でこの訳をごっつ押してたから、これでいいやろと選ぶと、 解説では3つの意味が並列されていて、今回は文脈から3というような形で用いられている。 でも、自分は一番一般的な意味に飛びついたなア……。でも、そこは踏み出せへんかったなあ。 などというように、ある程度のあいまいさの中で、どちらの声も響いてきながら、 一生懸命に好きなようになんとなく選んでいるというのが、多くの受験生の現状。 少なからず「必ず」そういうあいまいな問題に出くわす経験はあるはず。 ここで選び手には選択肢が示されているように見える。 考えればどちらかに寄り添えるように見えるが、 ここでは5分5分でしか選べず、 正解を選べてもすべて偶然にすぎない。 どれだけ深く熟考しようが、 それによって仮にうまく答えが合っていても、 それは偶然にすぎない。 どのようにしても自己満足に過ぎないけれど、 その自己満足が人間の幸せにもなるらしい。 自分の意志で答えを選んでいるように見えながら、そこに自由意志はない。 溺れる者がつかんだ藁が、ヒューマン(人間性)でありますように。 ごちゃごちゃ言うけれど、ちゃんと結果は出てるで。 5・6年生では希の1位だった子、 浜の2位だった子3位だった子と今週報告を受けたのですが、 高校生も進研模試で国語が8位だったと喜んでいました。 当然です。成長しているから成績も出る。 国語の場合、学力と人間的成長が一致する。 国語の点数が取れることと、 その子の成長が別だと思っていると、 何をやっているか理解不能です。
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2012.05.17 23:53:21
誤解の法則 その一 自分と他人があれば、背後にあるものの大きさを無視して、自分の考えが選ばれる。 その二 確率を無視して1:1の割合で想像してしまい、非日常の方が強調される。 その三 距離が遠いものは極端な情報しか入って来ないがそれを全体だととらえて判断を下す。 無意識なこのような心の動きを律することが、考えるということです。
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2012.05.17 13:45:57
リトル・ピープル的なもの
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2012.05.15 13:14:38
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