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相手に見つからず、見失わない距離を保つのは結構難しかったが、山崎の赤いクーペは、つけるのには目だって都合が良かった。しかも山崎はよく止まった。花屋に入ったかと思うと、すぐに出てきて車の中で誰かに電話をかけ、メールを打ち、惣菜屋、ケーキ屋により、またメールを打ち、花屋に戻る。 衛はその度に、ちょうど良く距離の離れている駐車スペースを見つけるのには苦労した。 「むしろ、小回りの効く加藤のが適任だったな・・・」 花屋の向かいのビルに隠れるようにして車を停めると、ため息をついた。しっとりと汗ばんだ 手をハンカチで拭き、ハンカチを当てたままハンドルを握ぎった。 太陽は大分斜めに傾いていたが、まだまだ暑かった。
山崎が大きな花束を抱えて車に乗り込んだのが見えた。汗が目に入り、車を出すタイミングを誤った。急いで出したが、途中で信号につかまり見失った。 「ち。」 車を歩道脇につけ、どうしようか考え始めたとき、携帯にメールが届いた。加藤からかと思い開くと、以外にも圭のパソコンからだった。 メールの最後にヤマサキのマンション付近の地図情報が添付されていた。 「よし。ニシハラえらい。」 衛は思わず声に出して言った。それから近くのコンビニに入ると、急いでプリペイド携帯を1台購入した。
加藤は喫茶店に入ると、ウェイトレスを押しのけ、立ち上がろうとしている坂下の前に立った。 「あの、サカシタさんですよね、ヤマサキんちの秘書の。」 坂下は突然話しかけられ、驚いた様子だったが、加藤の顔を見ると、ああ、と目を細めた。 「君は、確か、ケンゴさんのご友人の・・・」「カトウです。そのケンゴさん、ヤマサキのことで話があるんです。今時間ください。」 加藤は坂下の腕を取ると、立ったばかりの席にもう一度座らせた。そして自分はさっき山崎が座っていた席に座り、すっかり氷が溶け水滴に覆われた山崎のグラスを手に取ると、一気に飲み干した。それから何事かとこちらを見ているウェイトレスに水くださいと空のグラスを指し出した。 「さっきヤマサキから封筒を受け取ってましたよね。中なんですか?」 加藤の勢いにあっけに取られていた坂下は、自分に問いかけられていると気付くのに少し時間がかかった。 坂下は落ち着いた感じでゆっくりと話す。加藤は気が急いて早口になる。 「鍵は?鍵は入ってない?」 鍵ですか?と聞き直して、坂下は封筒をゆする。加藤はじれったくなって封筒を坂下の手から取り上げる。そして封を開けようとしたところを坂下にきっぱりと止められた。 「申し訳ありませんが、それはさせられません。」 加藤の手から封筒を取り戻すと、水を運んできたウェイトレスにオレンジジュースを頼んだ。 「ケンゴさんがどうかされたんでしょうか。」 諭されて、泣きそうな顔をしている加藤に坂下がさっきとは違う優しいトーンで話しかける。 「あいつ、先輩を家に拉致してるんだ。その写真と鍵で何か脅しかけてるっぽいし。」 坂下はとても開いているとは思えない細い目を見開いた。
「は・・・?拉致、ですか。」
ウェイトレスが運んできたオレンジジュースを加藤に手で進めながら、2回ほど瞬きをした。加藤はストローを挿すのももどかしく、そのままコップを掴んでごくごくと半分ほど一気に飲み干した。 「あいつ、アキラさん、って、あ、先輩なんだけど、を自分のものにしたくて、閉じ込めちゃったんだ。このままだとあいつマモルさんに殺されるよ。当然っちゃ当然なんだけど、俺、あいつのこと助けたいって言うか、いろいろ知らなかった俺も悪いって言うか・・・」 目のふちを赤くさせて話す加藤の要領を得ない話を、坂下は頭の中で整理した。最近の山崎の態度もあわせて、これは少し厄介なことになっているということは瞬時に理解できた。 「この封筒は、ケンゴさんのものなので、お渡しすることはできませんが、兎に角、一緒にケンゴさんのところに行きましょう。」 加藤は坂下が伝票を持って立ち上がるのを見て、残りのジュースを口に入れると、両手で目をこすりながら後を着いて店を出た。
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