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2014.10.23
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カテゴリ:小説
柳.jpg


柳、やなぎで世を面白う
うけて暮らすが命の薬
梅にしたがひ、桜になびく
其日、そのひの風次第
虚言も実も義理もなし
江戸の端唄
 

 花のお江戸の八百八町、庶民のほとんどは九尺二間(約六畳)の長屋住まいで暮らしていた。神田弥平町にある伝蔵長屋も、似たり寄ったりの裏店だが、表店が二階になってて、長屋のどんづまりが堀に突き当たっているので、陽も当らぬ、雨漏りはするで、いつも、じめじめしていて、蛞蝓が這い回っている。おまけに、六尺をこえる、白蛇までが、住んでいる。
 籠に乗せられ、布に包まれた赤ん坊が堀を流れてきて、「うぎゃあ、うぎゃあ」と、泣き叫び、駕籠が揺れていまにも落ちそうになった時、白蛇がその駕籠を抱くようにして赤ん坊を助けた。子宝に恵まれなかった伝蔵は、流れてきた捨て子にお蝶と云う名をつけ、自分の子として育てた。
 以来、縁起のいい運のある白蛇だと、家主の伝蔵は家族のように大切にしている。娘のお蝶もたいそう可愛がり、自分の蒲団で白蛇と添い寝することもあるほどだった。

 厠と堀の間に棲家があり、長屋の通路をしゅるるしゅるると這い回り、機嫌が悪いと蜷局を巻く。天気のいい日には石置き屋根で日向ぼっこをする。しゅろしゅろと割れた良く伸びる舌を出し、細い小さな赤い眼を光らせているる。おかげさまで鼠公はいないが、ご近所様は、気味悪がって、伝蔵長屋とは呼ばずに、蛇ぬけ長屋(じゃぬけながや)と蔑んでいて、誰も近寄らなかった。
 そんな気持ちの悪い長屋なので、なかなか借り手が見つからない。だから、世間の長屋の店賃は三百文が相場だが、たったの百文だった。蕎麦一杯十六文に比べりゃあ、安いもんで、おまけに、家賃はある時払いの催促なしときてるから店子にとっては伝蔵は仏様だった。

 吹き溜まりの様な、ぼろ長屋の店子も当然貧乏人の訳ありだったが、威勢だけはよかった。
「せいぜい稼いだところで、また、稼がねえところで、貧乏は貧乏よ、抜けられやしねえ、あがいてみたって、世の中、そういう仕組みになってらあ。あくせくするだけ損だってことよ、ほらっ、貧乏神がくしゃみしてらぁ。どうせ、貧乏、笑って暮らせぇ。明日は明日の風が吹かぁ。朝から晩まで寝る間もなく稼いで、大店持った尾張町の大金呉服店の旦那様、しまいにゃあ、銭持ちすぎて、心配事が溜まって、遊ぶ間もなく、脳卒中であの世行きとは、世話ねえぜぃ。
家督を守るのに、しきたり、つきあい、出世のために、ぺこぺこ、あくせく、びくびく、金欠病で、ぴいぴい云いながら、『武士は食わねど高楊枝』とは、痩せ我慢のお武家様だい」
 負け惜しみにも聞こえるが、あっけらかんとした諦めの生き方は清々しくもみえた。

 木戸番の蜘蛛左は四尺に満たぬ小柄な男で、頭が尻の倍以上もあり、手が地面に着くほど長い。異形な容姿で、嗤われ、忌み嫌われる生涯だが、殺されぬだけましだったのかもしれない。親は産まれるとすぐに、気味悪がって、村八分にならぬうちに、隠すようにして、寺に捨てた。
 遠縁でもあった家主の伝蔵が密かに拾って、育て、今は、木戸番をやらせている。木戸番をやらせる理由のひとつには、白蛇に悪戯をしないか見張らせているためだでもあった。
 明け六つ(朝6時)に長屋の木戸を開けて、夜四ツ(午後十時)木戸を閉めるのが仕事だが、店賃も回収する、井戸の修繕、雨漏り修理、厠やどぶの掃除もするので大家兼木戸番でもあった。大家と言えば親も同然で、長屋の揉め事、諍い、よろず相談にものっていた。

 棒手振りの魚屋、太助は、顔が腐って溶けていく難病で長患いの母親の面倒を見ていた。弱い者いじめを見捨てておけない性分だが、喧嘩っ早くて、喧嘩に弱いのがのが玉の疵だった。粂次は傘貼りが生業だが、南町奉行の同心、間河長十郎の配下の下っぴきもやっていた。
 下層社会の情報集めに粂次のような、人間も必要だったのだ。粂次は利用されてるだけなのだが、
「おいら、奉行の下で働いてるんだい」と威張ってみるが、お人好しで、あわてん坊で、ちょいと、頭が足りない、どこか抜けているところもあったので憎めない。傘張りの方は、もっぱら女房のおかなと六歳になる息子の淳之介の仕事になっていた。

 熊さん八つぁんは、二人三脚の駕籠舁。体力があれば誰にでもできる下層の仕事だった。店に属さない辻籠で、一本の棒の下に竹製の籠を載せただけの簡単な四手駕だった。
 今日はあっち、明日はあっちと気楽な稼業だ、前と後ろの二人が息をぴったりと合わさなければ駕籠が揺れる。だから、熊さん八っさんはすこぶる仲のいい相棒だった。
 お福とお萬は多摩の貧乏小作人の娘で、吉原の女郎屋に売られるところ、女衒の目を盗んで、逃げだし、偶然通りかかった熊さん八っさんの駕籠に出合い、そのまま懇ろになり女房になった。
 二人の兄弟女房というわけだ。裏切っちまった、おかっさん、おっとさんのもとへは帰れない。
「おいおい、熊さん、昨日は日本橋から品川、浅草今戸まで担いだから、肩が痛くて泣いてらあ、ぐいっと一杯飲ってから、一仕事といこうか」朝っぱらから酒を喰らう相談をしている。
「いいねえ、八っさん、おらあ、『瓢ひさご』のおきみちゃんの酌で飲みたいねえ」
 八っさん、熊さん、ご機嫌だ。おっとどっこい、そうはいかねえ、かかあ天下のお江戸でござる。むんずと、襟首を掴まれたふたり、お福とお萬の太い腕が離さない。
「てやんでえ、こちっとら江戸っ子よ、銭がありゃあ酒を飲む、銭がなけりゃ水を飲むだけでぃ」
「まったく呆れるよ、熊さん、お福さんの腹にゃあんたの子が孕んでるんだよ!」
「どこの間男の子でえ、おらあ、自慢じゃねえが、かかあに乗っかちぁいねえよ」
「あら、熊さん、昨夜も、うっふんあっはん どたばたすっとん 励んでたんじゃないかい?『馬鹿夫婦、春画を真似て、手をくじき』そのものだったよ、手が痛くないかい?」
 九尺二間の長屋の境は杉板一枚、障子に耳ありどころか、隙間だらけで声は筒抜け節穴から隣は丸見え、だから、長屋暮らしでは隠し事が通用しない。みんな、あけっぴろげで暮らしている。

 長屋の端には、菊模様の着流しを粋に着こなす、歌舞伎役者顔負けの色男、遊び人の菊之介。年中ぶらぶらふらふら、いい紐でもつかんでいるのか、お気楽者だと呆れられている。
 隣には柳橋芸者のぽん吉姉さん。ついこの間までは辰巳芸者だったが、風俗取り締まりの手は、深川一帯の岡場所、歓楽街にまで手が伸び、ぽん吉のいた。置屋『椿楼』も閉鎖の憂き目に合い、遊女たちは逃げるように、柳橋界隈へ住み替えとなった。ぽん吉姉さんも柳橋に流れてきた。ぽん吉というふざけた名前も男勝りの辰巳芸者の時の名残である。
「芸は売っても色は売らない」気風の良さと、粋が自慢でもあった辰巳芸者。ぽん吉姉さんも、べらんめえ調で、男羽織を引っ掛けて座敷に上がり、軟な男は相手にしない。そんなところが、気に入られ、贔屓の旦那も多かった。
「土産だよっ!」といっては、日本橋の杵屋の饅頭を買ってきて、長屋の連中に配る。ぽん吉がいると、ぱっと花が咲いたように明るくなる。じめじめした蛇抜け長屋の華でもあった。


(つづく)

作:朽木一空

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最終更新日  2014.10.23 17:59:50
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