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かみさまのえんぴつ

かみさまのえんぴつ

プロデューサーとは


「プロデューサとは…」

   萩元晴彦



1 恋する。

恋する。恋せぬ者はプロデューサーではない。けれども,恋する相手は真物であること。
能力に応じ,熱中できれば,何人に恋してもよい。誠実であること。
恋人Aに恋人Bの存在を知られてもよい。会わせてもよい。AとBが恋し合えば,さらによい。


2 天才を相手にする。

天才を相手にする。天才である必要はない。「天才プロデューサー」は存在しない。「天才音楽家」だけが存在する。
天才は「檻に閉じこめると死滅する」猛獣である。
プロデューサーは猛獣使いでなければならない。それも檻から出た猛獣の。
拮抗する"something"がないと,喰い殺される。
プロデューサーは天才を相手にする。


3 説得する。

説得する。プランニングし,演技し,演出し,資金も用意できれば説得しなくてもいい。命令すればよい。プロデューサーは命令しない。技術を練磨して説得する。
説得力は企画に対する確信と情熱から生まれる。まず企画。最後は魅力ある人間になること。
いるだけで説得したと同じ結果を得る。それが最高だ。全身全霊で説得する。


4 信じる。

アーチストを信じる。プロデューサーの基本はそのこと以外にない。yesと言う。革命はナインということ,芸術はヤーということとはフルトヴェングラーの言葉である。
我々は革命家ではない。だから徹頭徹尾yesと言う。
信じられるアーチストを作る唯一の方法は…,信じること。


5 哲学をもつ。

もつといっても,哲学はそこに置いてあるものではないから,拾ってくるわけにはいかない。自分で考え出さなければならない。その結果が前人と同じであってもいいが,不思議なことに借り物では役に立たない。
プロデューサーは哲学を金主にも雇主にも,芸術家にも,スタッフにも,そしてお客さまにも明快に説明できなければならない。他人が理解できなければ哲学をもったことにならない。


6 夢見る。

夢見る。「プロデューサーに必要なものぜんぶ取り上げる。ただし,ひとつだけ残してやろう」と神さまが言ったとする。私ならば躊躇なく「夢見ること」と答えよう。プロデューサーは夢見る。
夢見る--。言葉を換えれば「やりたいこと」がある。それがプロデューサーの絶対的条件だ。意外にも「やりたいこと」を持つのは至難である。あなたは今やりたいことがありますか?


7 植える。

植える。温室にではなく,大地に。ときには荒野に。植える,水をそそぐ,肥をやる,草を取る……,そして祈る。農夫と同じである。その作業で農夫が大声を出すだろうか。すべては静かな声で行われる。「我は植え,アポロは水そそげり。されど育てたるは神なり」。バウロの言葉である。
植える--競争の場を与える。そして見守る。


8 需要を作り出す。

表面的な需要がないから供給できないと考えない。ものの需要は潜在しているにすぎない。人々は具体的にどういうものを欲しているか示せない。極論すると受け手にニーズはない。供給だけが需要を作り出す。需要を人工的に刺激するのではない。正しい考えで根気よく供給を続ける。方法はそれだけだ。プロデューサーは供給することで需要を作り出す。


9 統率する。

プロデューサーの仕事は複数の人間とするもの だから,組織の成員を統率して,その能カを最大限に引きだきなければならない。統率する方法はさまぎまだが,全員が室内楽奏者のような自由さのなかでいきいきと自発性を発揮し,最後にはプロデユーサーの意図が実現できていれば最高である。
統率する。統率とは成員の自発性を統一することである。


10 集める。

人,金,物のなかで最も重要なのは「人」だ。「播かれて良き地にあれば,三十倍,六十倍,百倍の実を結ぶなリ」(マルコ伝第四章)
まず自らの場が「良き地」であること。そのもの--音楽なら音楽--に畏敬と愛情の念を持つ人間を「良き地」に集める。やがて集めるのではなく集まるようになる。


11 献身する。

devote。無条件で,無償で,ひたむきに芸術家に献身する。devoteeは「熱愛者」である。devotionには「祈り」の意味がある。プロデューサーは「愛し祈る人」である。
祈りは献身から生まれる。植え,育て,競争の場を作って舞台へ送り出す。そして祈る。


12 見えざる手に導かれる。

説明不能の真実。68年,『カザルスとの対話』を読む。72年,プエルトリコでパブロ・カザルスの撮影に成功。86年,ロンドンでホルショフスキーの名を聞く。87年,ロンドンで演襲会を聴き来日を要請する。同年,カザルスホールオープン。88年,パブロ・カザルスの盟友シュナイダーと共演しカザルスホールにデビューした13歳の相沢吏江子が,カーチス音楽院に入学してホルショフスキーの生涯最後の弟子となる。
プロデューサーは見えぎる手に尊かれる。


13 熱狂する。

熱狂できぬ者はプロデューサーたり得ない。けれども,人間は命じられて熱狂するだろうか。それは「血」である。熱狂する「血」が流れていない者はプロデューサーになるべきではない。
あらゆる新しいこと,美しいこと,素晴らしいことは一人の人間の熱狂から始まる。






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故萩元晴彦氏がテレビマンユニオンの新入社員に対して
お話しされた訓話。

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