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よく考えると、完治しない病が1つ増えただけ、なのかもしれない。 親はパニクっているが、私は案外冷静。 元々の障害も頚椎症も、一生付き合っていかなければならない。 そこにもうひとつ、乳がんが増えた。自覚症状が全くないので実感もない。 お薬は換わるが、今までどおり月1回の受診でいいそうだ。 日常生活に変化はないが、もう少し、ちゃんと生きなければと思う。
2週間以上ブログを休んだ。痛みは相変わらずだが、ブログが書けないほどのことはなかった。 ただ、ネガティブなことしか書けない状態だった。嘘は書きたくないし、ブログに対して拒否 反応を起こしてしまった。 また、腫瘍マーカーの上昇があり、両親が落ち着かないので、私自身が冷静を装っていな ければいけない。これも初めてのことではないのだが、まだまだ検査が続く。 ブログ友達の皆様、ご心配をかけてしまい申し訳ありません。 元気です、とまでは言えませんが、大丈夫です。
毎日どこかは痛いような状態なのだが、今日は痛いところが多い
上手い下手がかなり違う。他の病院では麻酔をして討つところもあるようで「下手な人は 麻酔して~」と言いたいが、言えるわけない。マンモグラフィの撮影もいたかったし。
書いていく。帰りのタクシーは自分で電話を掛けて呼ばないといけない。これが一番 プレッシャーだったりする。
ならぬ、一石五鳥ぐらいかも
七夕。織姫さまと彦星さまが1年に1度逢える日。 彼と私は1年に4,5回逢っているなぁ。11年も続いている。織姫さまと彦星さまは 何年続いているのだろう 先週デイサービスで七夕飾りの短冊に願い事を書くように求められた。本音を書いても 面白くないし、知られたくなかったので「ダイエットするぞ~」と書いた 本当はやはり「頚椎の悪化を遅らす」その願いと同じぐらい、今付き合ってくれている 「彼の人生が幸せでありますように」と願う
昨日、弟のところに2人目の男の子が誕生した。 人にとって何が幸せなのか、よく分からないが、幸せな人生を歩んで欲しいと思う。 会えるのは来年のお正月かな。
緊張を取る薬を今日から止めてみることにした。乳がんの薬とその副作用で中性脂肪が 上がっており、その薬も飲んでいる。週間前から背中などの痛みがあるため、緊張を取る 薬を飲み始めた。安定剤や睡眠薬にもなる薬で、2週間我慢したが、脱力感がひどく、 止めて様子を見ることにした。飲まなくて済めば、それで良い薬なのだが、痛みがひどく なってくるようであれば、また考えよう。乳がんと頚椎症、2つの病気を同時に治療していく のは厄介だ。
友人がポツンと言った「死ぬんやったら、その元気な身体を私に、ちょうだい そう思う人は多いだろう。
昨夜は 見て、もらい泣きしてしまった。夜中の2時過ぎ、ふと隣のマンションをみると、かなり 灯りがついており、観戦していた人が多かったのですね。
朝起きてパソコンをつけると、パク・ヨンハさん死亡の文字が飛び込んできた。末期がんの お父様を看病していたらしい。韓国ドラマのブームのきっかけとなった「冬のソナタ」 ヨン様より、パク・ヨンハさんの方が好きだった。今も韓国ドラマはよく観ている。 良い意味でスターぽくないパク・ヨンハさんが好きでした。ご冥福をお祈り致します。 高校の時、同級生が自ら命を絶った。その時の校長先生の言葉が「死者にムチを打つよう ですが、彼は障害に負けたのだと思います」動揺していた生徒たちはこの言葉で救われた。 しかし、何年経っても残された者は、心の一番深いところに消えることのない傷が残っている。
福祉施設では「支援プラン」といって個人に合ったの計画表を作成しなければならない。 現在利用しているデイサービスから今年の「支援プラン」貰った。「頚椎に負担がかから ないようにする」「地域との交流」「Eメール対応」(アドレス聞いてないんだけど?) などなど、必要ないことから、恐らく出来ないであろうことまで書いてあった。 書類上、何か書かなければいけないので、許せる範囲だった。 ところが友人の「支援プラン」に「精神的ケアをする」とあったらしく、友人はそこまで 求めてもいないし、上から目線だと主張した。一般の人には何も問題がないように思える だろうが、私たち利用者は引っ掛かる。私たちより年下のスタッフにそこまで言われる 筋合いはない。 思い上がりを感じる。話し合って解ってもらえたようだが、施設スタッフ でも、この言葉に疑問を持たないのが現状。
3週間ぶりにデイサービスに行ってきた。
デイサービスに70歳を過ぎた看護師さんがいる。その看護師さんが「看護師になりたく なかったのだけど、振り返ってみると、1度も仕事が嫌だと思ったことはなく、看護師が 天職だったと思う。私の人生悔いがない」と話していた。その話を聞いて私は、自分の 状況と比べて、落ち込んだ。しかし、友人は客観視して自分とは別世界のことと捉え、 すごい人がいると元気が出たと言った。同じ話を聞いても、受け止め方が180度 違っていて面白かった。友人の方がポジティブな考え方ができるのだろう。
昨日兄が来て、父のパソコンを使っていった。兄や甥は来ると必ず、パソコンをさわる。 パソコンは誰でもそうだと思うが、自分仕様の形があり、兄達が使っていくと、父は いつも、元に戻ってないとボヤく 私も元の状態が分からず 気に入らないようで、かなり手間が掛かった。兄達が来ると毎回こういうことになる。 私も両親も兄達に、パソコンを使わないでとは言えない。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |