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海外旅行も行ってないし、外貨預金もFX取引もやってないので気にしてなかったのですが、ここんとこ異常な円高だったんですってね。アメリカの「低所得者向け住宅ローン」がだいぶ焦げ付いてるせいなんでしょうが、迷惑な話だよなー。日本の銀行の貸し渋りもマズイと思うけど、目先の利息に惹かれて貧乏人にバンバン金を貸したがるってのも如何なものか---この問題、実はもっと根が深いような気がしますけどね。だいたい、よその国の貧乏人が金を返さないからって円が上がってウチの国の輸出業者が困っちゃうってのも変な話だ。いや、変な話なんて言っちゃいけないね。時代は今グローバリゼーションだそうですから。グローバリゼーションて、要は、「世界中の人々が単一の均質な貨幣共同体に囲い込まれる」ということですもんね。一国の市民がやらかした不始末の影響が全世界に及ぶのは避けられない。 アメリカではドルを使ってるし日本では円が使われてるから、一見「均質な貨幣共同体」には見えないかも知れないけど、「互換可能な貨幣」を世界中の人達が使っているとすれば、これを「均質な共同体」と呼んでも差し支えないと思う。自国通貨の信用が下落してて互換性に乏しい国の人達は、国内で公然とドルを使ってる訳だし・・・。とすれば、親から初めて小遣いをもらったあの日から、アナタもワタシも否応なくこの共同体に参加していることになります。 あらゆる共同体が神話を持っているように、貨幣共同体にもそれなりの神話がある。たぶん、「もっと沢山お金があればもっと幸せになれる」というのが貨幣共同体の最大の神話ですね。そして、あらゆる共同体の神話がその共同体の結束を高める作用を持つように、「金があった方がより幸せ」という貨幣共同体の神話にも共同体を強化する働きがある。この神話の神通力が失せて「オレ別に金いらないから働かないもんねー」とか言い出す人が大量に出てきちゃうと、生産・流通・消費という経済システムに支えられている貨幣共同体の機能は衰退してしまう。 あらゆる共同体はそれ自体としてのニーズを持つけれども、共同体を構成する人々は通常「自分個人のニーズ」のためにしか働かない。両者のニーズの不一致を調整して、個々の構成員が共同体のニーズのために自発的に働いてくれるようにするために、「共同体の神話」というものはあるんです。「金があった方がより幸せ」という神話を信じてる人間は、「自分のもっと大きな幸せ」のために金を稼いだり遣ったりしてくれるはずで、それが結果的に共同体自身の維持に役立つことになる。 ---そういえば先日インサイダー取引で逮捕された村上ヨッシー君は、記者会見の席上「お金を儲けるってそんなに悪いことですか?」と真顔で問いかけてたけど、「グローバルな貨幣共同体にとって悪いこと」と「日本国の法律上『犯罪』と規定されること」とは別物なので、「悪いことですか?」という一般的な問いの立て方はナンセンスだと思うのね私--- 誤解されるといけないので大急ぎで弁明しておくと、私は「グローバルな貨幣共同体は拝金主義の温床になるからイケナイ」なんて底の浅いことを言いたい訳じゃないですから---むしろワタクシ的には、「貨幣共同体を含む経済共同体」を大いに評価している。富の生産は個人を幸せにするとは限らないけど、富の生産と流通には安定した社会が必要とされるので、経済共同体というものは必然的に平和を志向する。逆説的なことを言えば、武器商人だって商人である以上は「大戦争」を望んではいない訳ですね。ここまで明白に平和を存立要件とするタイプの共同体は、経済共同体以外には多分ないと思う。それを地球規模にまで拡大しちゃえば、要するに一蓮托生なわけで、世界全体が平和を志向する方向に進まざるを得なくなる、はずなんだよね理論的には。 「国富論」を書いた自由経済の提唱者アダム・スミス先生は、別に脳天気な拝金主義者だった訳ではなく、「金がもっとあればもっと幸せになれる」などという主張はもちろん欺瞞だ、と看破していました。「でも、皆がその欺瞞を信じて(あるいは信じてるふりをして)働いてくれることによって産業が発展すれば、結局は皆がトクをするでしょ?」と言いたかったんですね、スミス先生は。これを理屈っぽく言うと、「個人による自己利益の追求が、その意図せざる結果として、社会公共の利益をはるかに有効に増進させる」ということになるんですが---自分のことしか考えない人間を世の中の役に立てるのって難しいんだなー、と私なんか単純に考えちゃいますけどね。 福沢諭吉の肖像画をやたらと集めて悦に入るのもいいけど、今みたいに景気の動向が不透明な時期には、そもそも資本主義というシステムを考え出したのは「皆が幸福になるにはどうすればいいか」を一生懸命考えた人達だった、という歴史的事実に思いを致してみるのも精神衛生によろしいのではないか、と思います。 今日の画像は、まだ円がグローバル化してなかった頃の一万円札と五千円札。今の諭吉×一葉コンビのお札よりも一回り大きいんですね。輸入モノの財布だと大きすぎて入れにくい、というあたりがローカル通貨の面目躍如であった。 [世間万華鏡]カテゴリの最新記事
要はどこの国でも「こんなビンボーな暮らしは嫌だ、働いて金かき集めていい暮らししたいよぉ」って気持ちが結局資本主義を支えてるって話ですね(ミもフタもないな)。確かに今日のコメにも困るような生活はしたくない。しかし、金カネかねという生活も如何なものか・・・拝金主義の姉を持ったお陰で「カネ以外の大切な事」を見つけてしまったので、食い扶持にさえ困らなければ猫だって拾っちゃう。その方が精神的に裕福だと思います。金持ってる人が精神的に裕福かと言うとこれはイコールではない。それが昨今の日本の少年犯罪史にも現れてくるんじゃないですかね。
甥と姪の子守をしてて思ったんですよ。ゲームセンターに連れて行ったら、カードを読み込ませて相手と対戦するゲームがある。そのカードはどうやったら手に入るのかと言うと買わなければいけない。強いカードを持ってる方が有利ですから強いカードには必然的に高い金額がついて転売される。子供がいくら小遣いあったってカネは垂れ流しですよ。こんなのお小遣い帳につけろって言ったって「何に使ったのかわからないうちになくなっちゃった」ってのが実感じゃないでしょうか。甥と姪は太鼓の達人で遊んでくれましたけどね。純粋に対戦を目的としたいいゲームです(ストレス発散にもなるし)。 カトリーナのせいで家を失っちゃった貧困層を支えるためかもしれませんね、今回の低所得者向け住宅ローンってのは。そう思うと地震大国日本もアメリカを笑っていられないのであった。またでっかい台風がメキシコに行ったらしいですね。世界中熱波だの寒波だのなんだので地球温暖化のしっぺ返しを食らってますね。人類が滅びるのも時間の問題かもしれない。 昔のお金はでかい(というか長い)のでハクがあったような気がします。どーも今の千円札って千円の値がしないような気がする。物価が値上がりしたせいかな? (2007.08.22 14:01:40)
ところで文中「一生懸命」と使用してますが、正しくは「一所懸命」なんじゃ?と思ったワタクシです。一緒という長い時間懸命にはなれない。ひとところに懸命になるのでは・・・。確かコレって仏教用語だったような。意味忘れましたけどw。
とうとう高校野球も決勝になりましたね。広陵が駒大に勝ったのはびっくりしたけど、常葉菊川まで破っちゃうとはねえ・・・。でも調べてみたら歴代野球選手を輩出している有名な私立高校でした。 それよりも佐賀北が残っちゃいましたよ。うちの家は大騒ぎですよ。もう佐賀北応援しまくってます。10番のピッチャー(馬場君でしたっけ?)小さいのに横手投げでスゴクキレのいい球。今日の先発はキレが悪かったのか得点を許してしまい残念でしたが、かっこいい顔立ちですね~(ソコかよ)。 ただ、今回の佐賀北、ずば抜けてすごい選手がいるわけでないんですよ。これぞ全員野球、の手本みたいな学校だなあと。プロ野球の世界は「ダークホースいねえのかよ・・・」と苛立ってるかも知れませんが、その前に今いる選手をもっと活用したらどうだい、と苦言を呈したい。阪神なんか最近若手の活躍が目立ってきてますからね~。ま、屋台骨が老朽化してきただけでしょうけど。 あ~、珍しく決勝戦、テレビにかじりつきです。Cassさんはどっちを応援してるのかな?(2007.08.22 14:09:33)
シュワルツ・カッツさま
「カトリーナの被害者を救う」というよーな配慮がアメリカの金融業者にあったかどうか、些か疑問だと思います。アメリカって去年まで空前の不動産ブームで、要するに日本のバブルと同じような状況にあったんですね。そして、金融機関は金が余ってて貸したくてしょうがなかった。で、「不動産の右肩上がりがもう少し続くだろう」という思惑から、低所得者に高利の(焦げ付きのリスクが高いので当然高利です)住宅ローンを貸し付けるようになったんですね。焦げ付いたら担保物件を取り上げて売ればペイするだろう、と思ってたんでしょう。どこの国でも金貸しが考えることはあまり慈善とは縁がないようで・・・(-_-) 本来は大人のゲームだったトレーディングカードを子供に売りつけるのは、私もちょっとやり過ぎだと思います。それでなくてもゲーム関連の支出ってバカにならないのに。 先般、友達の子供が通ってる学校で「親の財布から金を抜き取る」という事件が立て続けに起こって、背後事情を調べてみたら動機はニンテンドーDS向けのゲーム欲しさだったそうで、オバサンとしては「何をかいわんや」という感じです。「万引きでもされると困るし、適当に新しいゲームを買ってやらなきゃダメかしら」と親御さんは悩んでました。 昔のお金は大きかったから使いでがあるように感じたんでしょうか。ここんとこ物価はそれほど上がってないはずなのに、今の万札って妙に使いでがないんですよね。1回くずすとアッと言う間になくなってしまう、みたいな。単にディスカウントショップで要らんモノを買いすぎてるだけかもしれないけど。 (2007.08.23 09:24:43)
シュワルツ・カッツさま
「一所懸命」というのは確か鎌倉時代にできた言葉だったと思います。「主君から与えられた領地を命がけで守る」みたいな意味ですね。それが転じて「一つのことを命がけでやる」という意味になり、そこから「一生懸命」という訛り(訛りっていうの?これ)が派生した訳ですが・・・ふつう私は「いっしょうけんめい」と発音してるので、ワープロにそのままの音を入力すると「一生懸命」に変換されてしまいます。ワープロさんも間違って「一生懸命」だと思ってるんでしょうか。まあ、ワープロに教養を要求する方がムチャか。(^^ゞ 高校野球では基本的に「私立よりは公立、宗教系よりは無宗教」を応援することにしているので、決勝は佐賀北を応援してました。佐賀北が勝ったのは嬉しいけど、8回の佐賀北の攻撃のときに「明らかにストライクと思われる投球を審判がボールと判定しちゃって押し出し」というアクシデントがあったせいで、試合が壊れてしまったのが残念です。そのせいで、その後の満塁ホームランにまでケチが付いちゃったような気がする。決勝戦の審判なんだから、もっと慎重にやって欲しいですね。じゃないと選手が可哀想だ。 (2007.08.23 09:32:21) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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