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![]() 「人を殺した夢」をよく見る、という物騒な奴が友達にいる。 殺してる現場を夢に見る訳じゃなくて、「自分は人を殺したことがある」という記憶が忽然と蘇ってきて思わずギャッと叫んでしまう、みたいな夢なんだそうですが、或る意味では実際に殺す夢よりもそっちの方が怖いかもしれない。自分の記憶が信じられなくなるって怖いですよね。足下の地面がにわかに崩壊していくような感じで・・・ これに似たような話が夏目漱石の「夢十夜」にあったと思う。 第三夜だったっけ?まあともかく、主人公の男が子供を背負って夜の原っぱを歩いている、という場面から始まる話です。「左に行くと日ヶ窪、右に行くと堀田原」という道しるべが出てくるので、場所はおそらく江戸の下町でしょう。「日ヶ窪」ってのは今の六本木ヒルズがある辺りで「堀田原」は蔵前の方面ですから、主人公が歩いてるのは本所・深川界隈の町はずれかと思われます。 男は自分の子供を背負っているはずなのに、不思議なことにいつの間にかそれが盲目の坊主---いわゆる「座頭」ですね---に変わっている。驚いた男は「早く森へ行ってこいつを捨ててしまおう」と思って森の方に足を向けるんですが、急ぎ足で歩いていくと、背中の座頭が「もう少し行けばお前にも分かる。ちょうどこんな晩だったな…」とか不気味なことを言い始めるんです。そう言われても、過去の「こんな晩」にいったい何が起こったのか男には見当も付かない。それなのに、歩を進めていくうちに男は次第に「自分でも何かを知っているような」気がしてくる。よく分からないながらも、「ただ、こんな晩だったように」思えてくる。アレは確かにこんな晩だったな・・・でも「アレ」って何よ、という感じですね。 このあたり、夜の暗闇と記憶の薄闇という二重の闇の中で覚束なく足だけを急がせている主人公の心細さが、漱石せんせーの淡々とした筆致からでも(いや淡々とした語り口のせいで余計に効果的に)伝わってきます。実は、この話の中で一番怖いのは森に辿り着くまでの道行きなんですね。何があったのか分からないけど確かに何かを知っているような気がする。その「何か」はとても恐ろしい事のような気がするんだけどどーしても思い出せない、というくだり。「何か」の正体が分かってからは正直それほど怖くない。 これ以上ストーリーを書くとネタバレになっちゃうので止めときますが、「自分の中に何か恐ろしい記憶が眠ってるらしい」と不意に気づいた時の慄然とした恐怖感は、人間の感じる恐怖の中でもかなり高順位にランクされそうな気がします。自分は大丈夫か?と疑ってみるだけで、ちょっと不安になってきませんか?私なんか特に子供の頃から忘却力が旺盛なタチで、物心つく前に見たモノなんか殆ど忘れてますからねー。「それ」を知ってしまったら人生ガラッと変わっちゃうような、世にもおぞましい記憶を密かに抱えてるかもしれないんですよね実は---ま、思い出せないまま一生が終わることを祈るのみであります。皆さんも記憶の畑を無闇に掘り返さない方がいいですよ。もしかしたら死体が出てくるかもしれませんから・・・ [不思議ばなし]カテゴリの最新記事
お久しぶりでございます。腰痛でお顔を拝見できなくなってからとても心配していました。時々覗きに行ってはがっかりして帰ることばっかりだったので、今回は「あ~っ!発見!」とばかりに大喜びしています。
最初からCassさんを男性と間違えて熱を上げた私としては急に姿を隠した彼が再びヒョコッと戻ってきてくれた心境です。しかも、よりいっそう雄雄しくなって・・・・・。 発見してから今日の日付まで読み終えるのに10日近くもかかってしまいました。一通り本文だけ読み終えたのでまずはご挨拶をと思ったわけです。 コメントする頭も文章力も欠けるのでひたすら黙ってよませていただくだけのフアンですが「あはは」「うふふ」「ふむふむ」と楽しませていただいています。ちっちゃな家族も増えられたみたいだし、くれぐれもお体を大切になさってくださいね。 (2007.08.25 12:23:06)
記憶のイモ畑がぬかるんだままで身動きできずににっちもさっちもいかない状態のまま、本日の精神科受診日の朝を迎えたワタクシです*o_ _)o・・・。
PTSDのフラッシュバック発作ってのは、一番恐怖に感じた風景や現象そのものをまるで自分の目がカメラにでもなったかのように映像を映し出し、一旦フラバ発作が出ちゃうと目の前の主人ですら「犯人」にしか見えなくなってしまうのです。嗚呼怖い。 主人がワシのフラバ発作を抑えようとして、うちのマンション中に響き渡るような大声で共用廊下に飛び出して「殺されるー、助けてー!」と叫んだことあります(;・∀・)。さすがにここまで完全にフラバしちゃったのはほんの数回しかないんですが、主人は通報されて警官が殴りこんできても言い逃れできねーな、と涙を流したそうです。まさに男泣き。 ワタクシの場合、フラバのきっかけになるのは「包丁」とか「首絞め」とかなんですけど、包丁は普通のご家庭にありますからねー、はっきり言って食生活が不便になります。勿論料理なぞできる状態ではなく、毎日の献立が貧しい。 先日姪が実家でエビフライを食べてた時に、フォークで頭を抑えつけ、ナイフで海老の頭を落としたわけです。その斬首シーンを見てしまって(しかもステンレス製のギラギラに光ったナイフ)絹を裂くような悲鳴と共に失神。いや、失神で済んでよかったです(;・∀・)。フラバを見たらワシが気が狂ったとでも思いかねん。何せ本人にしか見えない記憶の残像と戦ってるわけですから。 でも、何が怖いかって、「殺されかけた事の記憶を持っている」ことではなく、「日常生活中にフラバが起こったとき」の方が怖いんですねー。何とか色々避けて生活してますが、いつ何時怒るかわからない恐怖というのは行動範囲を狭めヒキコの引き金になります。 現実問題として事件から13年経ってもフラバに苦しむワシでした。さー、病院行ってきます。(2007.08.25 12:28:41)
keiさま
お久しぶりです。 腰痛よりも同居ネコが亡くなったりして実生活の方で何かと変動があったので、お休みしていた間ブログのことはほとんど忘れてました。今年の連休前からとりあえず再開してみたものの、やっぱり前とはブログの質が違ってきたような気がします。ハッキリ言って行儀が悪くなった。σ(^◇^;) この際イメチェンということでMSNに残ってるサイトも消去したいところですが、当時使ってたホットメールのメールアドレスが何故か使えなくなっているので、結局そのまま放置しています。こうやってネット上にゴミが増えていくんだねぇ・・・とか。他人事のような感慨に耽ってますが。 まあ、せっかく読んで下さっている方がいるんだから今度は中断せずに続けられるといいなー、という感じですね今のところ。(2007.08.26 20:19:10)
シュワルツ・カッツさま
PTSDというのは「長いつきあいの病気」になりがちなんだそうですね。 自分が運転してて事故を起こして助手席の友達を失明させてしまった、という悲惨な経験を高校時代にした人が、「20年近く経っても事故の記憶が不意にリリースされちゃって錯乱することがある」と言ってました。事故当時その人は暴走族だったんですが、もう暴走はおろか運転もできない状態で、就職とか大変だったらしいです。異常な体験の記憶は人の一生を全く変えてしまうんですね。自分ではそういう経験がないので何ともいえませんが・・・ あ、でも、ティーンエイジャーの頃に、泥酔してケンカになって危うく人に大ケガさせるところだった、という事件がありました。酔っぱらいの強味ですっかり記憶が消えてますが、割れたビール瓶で切った傷の痕跡がまだ手のひらに残ってます。目撃した友人によれば「血まみれの惨状」だったらしいんですが、実際に何があったのか詳しく知るのは怖い。私の知る限り、唯一のフラッシュバックして欲しくない記憶です。あのとき加害者になっていたら・・・と思うと今でもゾッとしますね。(2007.08.26 20:34:57) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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