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NHK大河ドラマ「巧妙が辻」も終盤となってきました。
戦国時代が背景のストーリーですが現代の競争社会とほぼ変わらない気がします。 豊臣に忠誠を貫き通し敗れた方。 一方、家康側につき家族、家臣を守り抜いた方。 どちらの選択が正しいのかよくわかりません。 山内和豊の場合を考えてみます。 和豊は、自分の利を得る為に家康についたのではなく妻千代や家臣、城下の人たちの事を 考えて迷いに迷ったあげく家康側につきました。 では、実際に我が社で同じような場面に立たされた時、自分はどう選択するのだろう。 少ない社員数ですが社員一人一人の生活、株主様へのご恩を仇で返すわけにはいきません。 恐らく和豊と同じ選択をするだろうと思います。 ただ個人的な立場からすれば、忠誠を貫き通すと思いますが。。。 このような場面は、今のビジネス社会でもあり得るわけです。 究極の選択を迫られた時、どうすればよいのか? このドラマを見て学ぶべきことも多いと思います。 そして迷いに迷ったとき常に和豊の妻千代の偉大な力があった事にも注目です。 女性の力、周囲の人たちの力の偉大さも忘れてはならないと思います。 そんなことを考えているうちに我が家にも忠誠を誓ってくれている家臣がいます。 名前は「ひめ」 もう10年近く我が家の留守を守ってくれています。 離婚して家族が崩壊したときも裏切らず「ひめ」だけが残ってくれました。 そんなひめちゃんの顔を見ていると複雑な思いが薄れて眠たくなってきました。 明日も戦が待っています。 では、また! お詫び 文章の表現に軽率な部分があったことをお詫び申し上げます。 訂正をしました。 ![]() 悪戦苦闘ビジネスの詳細はオフィシャルサイトへ ↓↓こうこく市場NEWS第2号(10月20日号)発行中↓↓ ![]() ![]() ダウンロードはこちらからどうぞ クリック ![]() 起業家ブログに参加中 ここをクリック 「ブログ王」ランキングに参加中 検索エンジン登録 ASSISTANT [今日この頃]カテゴリの最新記事
一豊ら、徳川についた豊臣の家臣たちが寝返りといえるでしょうか。その当時は徳川も毛利も上杉も豊臣家の大名で、どちらにつくかで主人、豊臣家を裏切ることにはならない、と思っていた人が多いのではないでしょうか。
加えて、朝鮮出兵で疲弊していた大名たちは家康がその講和や撤退に尽力したことで、恩を受けたと感じていたし、三成には、太閤の側に降りながら、無謀な出兵を止めることができず、そういう政策に加担した、という反感があったのではないでしょうか。 そして一方の毛利型が分裂し、三成には人望がない、家康には人望がある ということを判断すれば、豊臣家を支えてまとめていけるのは、家康だ。と思っても仕方なく、それが恩顧のある主家、豊臣家への裏切りとは夢にも思ってなかったのではないでしょうか。 家康もこの時点で幕府は開くものの、豊臣家を公家的な立場に祭りあげ、政治の実権は徳川が握るが、豊臣を潰そうという考えはなかったものと思います。 それが証拠に、家康が高齢にも関わらず、関が原から十数年もの間、豊臣をそのままにしておいたのです。 潰そうと考えたのは、秀頼が成人して家康と面会し、その聡明さを見抜いてからだと言われています。 秀頼の側に優れた参謀がいれば、家康が死ぬまでは、バカな殿様のフリをしておいて、死んでから実権を取り返す策を授けたでしょう。 それをしたのが、中国の漢の高祖が亡くなったあと妻とその実家が実権を握ろうとしたときに高祖の遺児文帝がとった策で、劉氏の皇族が次々と暗殺されるなか、生き残って皇帝となり、漢を守ったということです。 一豊は、豊臣を裏切るつもりではなかったと思います。(2006.11.13 01:53:19)
千代と淀を一人の女性として捉え、その振る舞いで、男どもがどういう道を辿るかを、クローズアップしたように思えます。功名が辻というタイトルです。辻に立ったときの女性の存在に光を当てるのがこのドラマのテーマのようです。(2006.11.13 08:08:18)
usshy3321さん
はじめまして! いただいたコメントから軽率な表現があったことに気が付きました。いくらドラマの話題とはいえ、その登場人物の人たちにはその地域の歴史、伝統があります。その伝統や歴史を汚す内容の文章表現になっていました。表現内容を一部訂正しました。 重要なコメントをいただきありがとうございました。 今後ともよろしくお願い申し上げます。(2006.11.13 10:53:44)
こんにちは、臼井由妃です。
ワンちゃん、優しい顔立ちですね。近くでしたら、我が家の亜美のお友達になって頂けるのに。 ご縁があれば会わせたいですね。いつもブログを読んで頂きありがとうございます。(2006.11.13 17:28:17)
こういち18さん
>usshy3321さん >はじめまして! >いただいたコメントから軽率な表現があったことに気が付きました。いくらドラマの話題とはいえ、その登場人物の人たちにはその地域の歴史、伝統があります。その伝統や歴史を汚す内容の文章表現になっていました。表現内容を一部訂正しました。 >重要なコメントをいただきありがとうございました。 >今後ともよろしくお願い申し上げます。 ----- お返事、そしてこちらへも訪問&書き込みいただきありがとうございます。 軽率ということはないと思います。 岡山の方なのですね。 私も岡山の長船町出身です。 農園のリンクがありましたが、ご関係あるのですか、たぶんあのあたりを通って、中学校に通っていた時期がありました。そのころ「農園」があったかどうかわかりませんが。 よろしくお願いします。(2006.11.13 23:58:34)
臼井由妃さん
お忙しい中ありがとうございます。 シーズは、温厚な犬種だと聞いています。 ヒメの場合も何をされても怒らない器の大きい犬です。何故かその事を教えられているような気もします。上京の際にも連れていきたいところです。 臼井様のブログでは、色々と勉強させていただいています。またお邪魔させていただきますのでよろしくお願いいたします。 (2006.11.14 00:01:20)
usshy3321さん
コメント頂いた時に自分なりに考えた結果ですよ 恐らくその地域の人たちや家系を持たれている人たちが見たらいい気はしないと思います。 早めに気が付いたのでよかったと思っています。 ありがとうございました。 ところで長船町のご出身ですか? 長船町は黒田官兵衛のゆかりの地ですよね。 農園については存じ上げませんけれど、歴史コンテンツの制作時にはよく行っていました。 今後ともよろしくお願いいたします。(2006.11.14 00:56:45)
こういち18さん
>長船町は黒田官兵衛のゆかりの地ですよね。 そうですね。後に黒田家が肥前の大名になったとき、出身地の長船町福岡にちなんで、福岡と命名したと言われています。宇喜多氏もあのあたりの出ではないでしょうか。備前となった浦上氏の家老だったシマムラ氏は宇喜多氏にだまし討ちにされ、山に逃げ込んだのです。後に浦上氏自体も宇喜多氏に滅ぼされ、宇喜多氏は根拠地を吉井側流域から旭川流域の平野(岡山平野)に移したのではなかったかと認識しています。 毛利元就、前田利家、山内一豊、伊達政宗、など地方大名が大河ドラマの主役として登場しましたが、そろそろ宇喜多氏あたり登場しませんかね?(そうすると浦上やシマムラ氏も登場するかも) ちょっとローカル過ぎで無理ですか? 関が原の敗戦組ですからね、、。 認識違いますかね。 岡山の戦国史は単なる聞き伝えです。(2006.11.14 23:08:03)
usshy3321さん
このお話は私も聞いたことがありますよ。 宇喜多氏あたりもでてくると放映後のゆかりの地 として長船町も紹介されるかもしれませんね。 楽しみです。(2006.11.15 09:10:58) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |