|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く |
「ドラゴンボール レボリューション」について書く前に触れておく事があります。
小説家でも脚本家でも、ジャンルは違えど別に何でもいいですが。 物を作ろうとすると、ある弊害に蝕まれます。 それはどんな物も素直に楽しむという事ができなくなります。 具体的に言うなら、物事を裏の方から考えてしますようになります。 それは穿った作品の見方であり、作り手側としてはやっかいな客という事になります。 例えば「崖の上のポニョ」を観たとして。 「わー、ポニョ可愛い」とかそういう感想でいいんです。 しかし、私達のような場合だと「あのシーンの意味は…」とか「テーマが…」とか 宮崎監督としてはたまったもんじゃない感想の言い合いになります。 もちろん、そういう知識を得たり考え方をする事によって面白さの幅が広がるという事もあります。 隠されたテーマとして設定されている以上、そこを感じてくれればという思いもあるでしょう。 でも、それがメインになっては前述の通り作り手としてはたまったもんじゃありません。 実のところ、国語の授業なんて意味がないのです。 もちろん文体から登場人物の感情を読み取る、作者の意図を感じる。 そういう考え方を学ぶという点において効果がないとは言いません。 しかし、テストで点をつけるとなると話が変わってきます。 結局のところ登場人物のその時の感情なんて、作者にしかわかりません。 なので作者以外が正しいとするなんてナンセンスだと思います。 台詞が無かっだけで本来のバファローマンの感情はこうだったかもしれません。 真相はゆでたまごにしかわかりません。 年中こんな事を考えながら作品を読んだり観たりするようになります。 しかし、それをする事によって見えてくるものもあります。 次はそこにふれてみようと思います。 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||