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以下、興味深い記述があるページを見つけたのでその内容を引用させていただきます。
【以下、http://www.marino.ne.jp/~rendaico/daitoasenso/kokunaishihai_seidotoshitenotennosei_meijikenpo.htmより引用】 同法(興禅注:大日本帝国憲法)55条を「天皇の意志」が「輔弼=制限」(?)されたモノと曲解してるが、単に「天皇の意志」を代理してるだけなのである。それを逆立ちして、国務大臣が「天皇の意志」を制限するというのは、主客の逆転である。55条は、天皇の意志を「輔弼」させた国務大臣に、「その輔弼させた責任」(輔弼しソノ責)を負わせただけである。 ・・・ 法律の文面を読めば、「國務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ」となっていますね。あくまでも、天皇が行う政治を、大臣は補佐する、というのが任務ですから、天皇の意向に逆らうことは出来ないはずですが。 ・・・ 天皇の怒りに触れれば、内閣がひとつ吹っ飛び(田中義一内閣)、天皇が激怒すれば、それまでなあなあにまったく処罰されずに来た皇道派のクーデター未遂事件の実行犯たちが、のきなみ処刑されました。少なくとも御前会議で天皇が対米開戦を拒否すれば、対米開戦は不可能だった。・・・ 【引用終わり】 大日本帝国憲法が天皇の大権を制限しているというような言説を聞いて、全く腑に落ちない思いをしていた私にはすんなり納得のいく記述でした。 大権を保持していた昭和天皇が臣下の言い分を裁可するしか能がなかったというような歴史認識はやはり誤りなのです。対米開戦を決定したのは間違いなく昭和天皇その人でした。 大日本帝国憲法を曲解し、いかにも昭和天皇に戦争責任がなかったように話すことは一種のカルトなのです。金正日将軍マンセーを決して笑うことはできません。やってしまったことを直視しない限り、過ちを再びおこします。
すいませんが、このHPは誰が何処のページで言われた内容なのでしょうか?それを教えて頂きたく思います。(2005年05月08日 02時46分19秒)
>大日本帝国憲法が天皇の大権を制限しているというような言説を聞いて、全く腑に落ちない思いをしていた私にはすんなり納得のいく記述でした。
憲法とは権力者の権力を制限するために定められたものです。 日本帝国は絶対王政ではありませんでしたよ。(2005年05月08日 13時05分31秒)
少したとえ話をば
西瓜割りがありますね。 あの目隠しした人に棒を持たせ、周りの人間が色々いって西瓜を割らせるゲームです。 その人が見事に西瓜を割ったとしましょう。 確かに西瓜を割ったのは目隠しをした人自身ですが目隠しをした人だけでは西瓜を割れません。周りの人間の助言が必要です。 この場合輔弼が助言に、西瓜がなすべき仕事に当たるといえます。 しかしながら目隠しをした人は自分が棒を振り下ろす先が西瓜かどうかは分かりません。 もしかしたら人間の頭かもしれないのです。 もちろん当時の天皇が全くの盲目だったとは言いませんが韓非子にもあるとおり情報を操ればある程度のことは出来ます。威力を使わないでも人間を誘導することは以外に簡単なのです。 ましてや当時の軍部は内閣その他に相当な影響力をもっていました。 その点を考慮して、責任が全く無かったとはいえないにしても、果たして(法律的な意味ではなく)責任がすべて昭和天皇にあったといえるのでしょうか。(2005年05月09日 00時18分53秒)
私のタイトルがすべての回答となると 思います。 これを解くヒントは、当時の「皇室典範義解」の 位置づけを勉強されると良いでしょう。 戦前は、darexkaさんの言うとおり、 立憲君主制です。現在もそうです。 違いを理解しないと天皇責任を批判するのも 擁護するのも、意味がなくなっていまいます。。(2005年05月11日 23時06分25秒) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |