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イラクは混迷を極めたままです。また日本人が人質となりました。今回は民間軍で働いていた元自衛官です。日本人として、本当の意味で職業軍人と言えるのはこのような人だと思います。
香田氏のときに、小泉首相はこう言い放ちました。「テロには屈しない」と。そして何の交渉もできず香田氏は見殺しにされました。 今回、自衛隊の撤退を武装勢力に求められた場合、小泉首相はまた「テロには屈しない」と言い放つのでしょうか。そして同じように見殺しにするのでしょうか。 自民党が変わらなければぶっ壊すそうですが、小泉首相は立派なアメリカの傀儡であり、傀儡政党=自民党の主流派ですのですのでぶっ壊すことなどできないでしょう。憲法よりも邦人の命よりも、アメリカの命令が絶対なのです。こういう人が人質をたすけることは非常に残念ながらできないと思います。 さて、昭和天皇の戦争責任についての話を続けたいと思います。 NHKスペシャル「御前会議」について取り上げているページがあり、その中で、『近衛総理秘書官・牛場冬彦氏へのインタヴュー』が掲載されています。 【以下http://www6.ocn.ne.jp/~tante/nhk-gozen-kaigi.htmより引用】 僕はね、近衛さんがもっと、もうだれが反対しようと天皇に会って、ほんとうに気持ちを、ぶちあけたらどうだと・・統帥権というものを何とか一時中止にさせてもらう。 何で(戦争を)やめさすことはできないか、そういうことを言うべきだったと思うですね。 近衛さんに言う勇気がなかったとすりゃ、その点だけですよ、私の不満は・・・・ ・・・陛下も戦争をやる気がないのなら、歌(※)を詠まれるかわりに「戦争はやめよう」と一言言われれりゃ、それきりなんですがね・・・。 ※“四方の海 みな同胞と思う世に など荒波の立ち騒ぐらむ” 天皇は御前会議において、戦争への疑問を明治天皇の歌によってあらわしたという。 【引用終わり】 当事者の言葉でもって、御前会議の性質を明らかにしてくれています。やはり、昭和天皇が戦争をやめようと言えばやめることができたのです。そういう現場の空気が伝わってきます。 そのとき、昭和天皇が詠んだ歌は対米英開戦反対を訴えるものではなく、少なくとも消極的に容認したものであるということが理解できました。何せ反対ならば鶴の一声でそれっきりなのですから。 この件に関しては『無作為』ということにおいて、戦争責任は問わなければなりません。
「民間軍」ってなんですか?
民間の警備会社のことを民間軍と呼ぶのを見たのは貴方が初めてです。 警備会社と自衛官という経歴に触れておきながら、21年間もフランス外人部隊に在籍していたという所を恣意的に無視する辺り素晴らしいとしか言いようがありませんが。 それから、職業軍人というのは確か徴兵ではなく職業的に軍隊に軍人として勤めている人間のことを指すんだったと思いましたが違うんですか? >何の交渉もできず香田氏は見殺しに 地元の宗教勢力に仲介を頼み、交渉活動を行っていた事実は無視ですか? さらに言うなら、彼が相手と戦闘行為を行ったという事実にまったく触れてないのは何故ですか?(2005年05月11日 17時22分05秒)
家族はテロリストの要求に屈するな。こうなるのは覚悟していたと言っていますが?(2005年05月11日 22時11分46秒)
>「テロには屈しない」と。そして何の交渉もできず香田氏は見殺しにされました。
確か、テロリストの要求は48時間以内の自衛隊の撤退でした。しかし、自衛隊が宿営地から引き払うのに48時間ではたりないことぐらいテロリストにも分かっていたはずです。最初から殺す気で拉致されたと考えるべきでしょう。 >この件に関しては『無作為』ということにおいて、戦争責任は問わなければなりません。 あの、亡くなった方の責任を今更問う意味はあるのでしょうか?(2005年05月12日 00時05分04秒)
中国には、歴史的に「鞭屍」という思想的な習慣が存在します。それは端的に言って「悪いことをした人は死後もその罪を咎められ続ける」というものです。
一方、日本は一般的に「死ねば仏」とみなされる文化を持っています。 よって、私は歴史問題で両国が完全に歩み寄ることは何か劇的なことが無い限り不可能なんじゃないかと思っていますが、それは置いておくとして、興禅氏の主張はこの「鞭屍」に他なりません。 人の立場にたって考えるのが有効なのは個人間の問題までです。国家に当てはめないでください。(2005年05月12日 11時30分44秒)
このテーマを理解するには、現行の政治制度や
法律等の違いを知る事もひとつのポイントでも あると考えますね。 戦前=立憲君主制 戦後=立憲君主制 政治制度は戦前・戦後も同じなのです。 証拠として現行憲法も第1章というトップは 天皇に関する内容です。 じゃ、何が違うの?? 誰か答えられる?? (2005年05月12日 23時59分26秒)
ピレネー山脈さん
>このテーマを理解するには、現行の政治制度や >法律等の違いを知る事もひとつのポイントでも >あると考えますね。 > >戦前=立憲君主制 >戦後=立憲君主制 > >政治制度は戦前・戦後も同じなのです。 >証拠として現行憲法も第1章というトップは >天皇に関する内容です。 > >じゃ、何が違うの?? >誰か答えられる?? ----- 戦後の事に関しては、通説的には、立憲君主制にあらずというのが、 通説的見解です。そもそも、陛下が君主であるという事自体に 憲法学会は、否定的です。まあ、議院内閣制を保持している時点で、 事実上の立憲君主制ではありますが、憲法学会では、陛下を 君主と見る事のみならず、元首と見る事さえもタブーになっていますよ。(2005年05月13日 01時57分55秒)
鳩ポッポ9098さん
>戦後の事に関しては、通説的には、立憲君主制にあらずというのが、 >通説的見解です。そもそも、陛下が君主であるという事自体に >憲法学会は、否定的です。まあ、議院内閣制を保持している時点で、 >事実上の立憲君主制ではありますが、憲法学会では、陛下を >君主と見る事のみならず、元首と見る事さえもタブーになっていますよ。 ----- 鳩さんに質問ですが、なぜあなたはアキヒトを「陛下」と呼ぶのですか? 憲法で「象徴」と規定されているからですか? 少なくともあなたはいろんな法律の解釈があるけれども、アキヒトの父親のヒロヒトが第2次世界大戦の(太平洋戦争の)最高責任者であったと言うのは納得しているらしいが。(千茶庵さんの所の「法学徒からの…」からみると)(2005年05月13日 02時18分58秒)
>鳩さんに質問ですが、なぜあなたはアキヒトを「陛下」と呼ぶのですか?
皇室典範にそう定められているからです。同様に、「殿下」「閣下」等という 言葉も典範に沿った形で使用しています。(小泉閣下等というように) >アキヒトの父親のヒロヒトが第2次世界大戦の(太平洋戦争の)最高責任者であったと言うのは納得しているらしいが。 誤解を与えましたか。どの部分がそう読めるでしょう。私は君主無答責で あるのが、立憲君主制の本質であると言っていたと思いますよ。(2005年05月13日 14時55分53秒)
鳩ポッポ9098さん
>皇室典範にそう定められているからです。 ------ 確かにありました。皇室典範第4章22項に。ただ、「呼ばなければならない」とはどこにも書いてない。つまりアキヒトと呼ぼうが天ちゃんと呼ぼうが勝手なわけであり、やはり天皇を敬っている人が「陛下」などと呼ぶのでしょう。要するに私は、鳩さんがなぜアキヒトを敬うのか、敬う価値があの男にあるのかとききたいのです。 > > >誤解を与えましたか。どの部分がそう読めるでしょう。私は君主無答責で >あるのが、立憲君主制の本質であると言っていたと思いますよ。 ----- 君主無答責であるということはもちろん責任はあるのだが法律あるいは法的な概念上は責任を問えないと言う風に感じたのですが。(2005年05月13日 17時39分52秒)
鳩ポッポ9098さん
さらにマスコミの皇室報道で、たとえば結婚するまでは雅子さんだったのが「雅子さま」になったり、ほかの家族の報道ではおよそ見られない、最高の敬語を用いることについてどう思いますか? 博学の鳩さんは君主だからあたり前だというような答えにはならないと思いますが。(2005年05月13日 17時58分24秒)
>つまりアキヒトと呼ぼうが天ちゃんと呼ぼうが勝手なわけであり、やはり天皇を敬っている人が「陛下」などと呼ぶのでしょう。
「陛下」等の称号は、人格を尊敬してつける称号ではありません。 これは、個人的な哲学の問題ですが、称号は、人の権威性を明確にする 効果を持つと思います。私は、どんな人であれ、人には、 定められた称号を適切に使っていきたいと思っています。ですから、 例え共産党の党員が、首相になったとしても、彼を必ず、「○○閣下」と 呼びます。会社の社長を「○○社長」と呼ぶのと同じ理屈です。 別に「○○さん」と呼んでも不都合はありませんが、多くの人は 称号を付けて呼ぶでしょう。私自身は、先帝陛下に対し、意見するほどの 知識を持ち合わせておりませんので、尊敬も侮蔑もしておりません。 >君主無答責であるということはもちろん責任はあるのだが法律あるいは法的な概念上は責任を問えないと言う風に感じたのですが。 道義的責任があったのではないかという事ですか。 それは、あるでしょうね。私があの立場なら、クーデターを起こして、 陸軍首脳と刺し違えたでしょう。ただ、そんな事が宮様に出来る はずもありますまい。大東亜戦争を防げたかどうか、という視点 では、「防げた」と言えるでしょうが、その選択肢は、政治的には 限りなく誤りに近いであろう事は、想像に難くありません。 >ほかの家族の報道ではおよそ見られない、最高の敬語を用いることについてどう思いますか? これは、上記の事にも関係してきますが、数年前まで、報道等では称号を 付記すべし、という勢力と、それは否という勢力の対立があり、彼らの 妥協の産物が「~さま」という平仮名用語であるわけです。 私自身は、称号を正しく使うのは、国際的に見ても普遍性があるので、 公器では、典範どおりの称号を使うべきであると考えていますよ。(2005年05月13日 21時39分20秒)
ご回答ありがとうございます。
学問において「タブー」があるとは、 知りませんでしたよ。 これはとても驚きですね。 私は憲法学について詳しくありませんので、 教えて頂けませんか? 何故、憲法の第1章が「天皇」に関する事なのです か?? 海外の方々が見れば、どうみても日本の憲法から 見て、立憲君主制と思いますよ。 共和制の国、例えばアメリカ・フランスには、 当然の如くない。 イギリスやベルギー等、国王がいる国の憲法は どのようになっているかは、この国の これから探してみますね。 (2005年05月13日 22時53分12秒)
興禅さんへ
こんばんわ。 掲題の問題で第日本帝国憲法を持ち出して、 検証するのであれば、「皇室典範」と大日本 帝国憲法の位置づけを理解すると 帝国憲法がどのようなものか分かり易いですね。 参考文献としては、伊藤博文が書いた 「憲法義解」という本で説明しております。 ちなみに現行憲法では、88条で憲法下に 置かれています。 この問題でカキコされている方々で 誰一人「皇室典範の位置づけ」を理解し、 帝国憲法で論を展開されている方が いないのがとても残念です。 興禅さんの立場を理解するなら、 「天皇は統治権のすべてを掌握(憲法4条)して、 帝国議会は天皇の立法権行使に協力(憲法5 条)。 裁判所は天皇の名において裁判を実行(57 条)」 要は絶大な権限を持っても責任を取らないのか? という事ですよね。 でも、この憲法で判断すると難しいですね。 というのは、 「天皇は、神聖不可侵(3条)。」なので、 一切の罪を負わないのですよ。 「(道議的)責任があっても、罪はない。」と いう回答になるかと思います。 まあこれを現代に照らすと、企業の不祥事が 起きた時、見られるケースですよね。 企業のトップ達です。 まあ、最後は世論で。。。。。ですが。 真似してるといわれても仕方ないでしょう ね。!! 私はここに問題があると思っております。 (2005年05月15日 23時35分24秒) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |