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昨日はツイッターで村木さんの公判の報告がまた書かれたようだ。この裁判のニュースがどのようなものが出てくるかにまた注目したいと思う。それと同じように、小沢さんの秘書である大久保さんの裁判についても、これからいろいろな報道が出てくるだろうことが予想される。郷原さんの「検察の正義」に書かれている問題をまとめておいて、どこに注目するかを考えておきたいと思う。
まずは、郷原さんが指摘している「事実」の部分をまとめておきたいと思う。この捜査において、犯罪性があると疑われたことの「事実」はどこにあるかを郷原さんの本から拾ってみよう。それは次のように書かれている。 ・「2009年3月3日、東京地検特捜部は、民主党の小沢一郎代表(当時)の公設第一秘書で資金管理団体「陸山会」の会計責任者の大久保隆規氏を、2003年から2006年までの政治資金収支報告書に、西松建設からの政治資金の寄付を「新政治問題研究会」などの政治団体からの寄付である旨の虚偽の記入を行った政治資金規正法違反の容疑で逮捕し、陸山会の事務所などを捜索した。」 ・「大久保氏の逮捕事実は、寄付者の名義を収支報告書に正しく記載しなかったという政治資金規正法違反の事実だけであり、違反にかかる金額も、4年間で合計2100万円、基礎の段階でその金額が3500万円と比較的少額だった。」 これ以上の新たな「事実」が報道されたというのを僕はまだ見つけていない。この虚偽記載がヤミ献金ではないかという「疑惑」はたくさん報道されたが、結局はそれは「事実」として確認はされなかった。そうすると、犯罪性があると指摘されているのは、上の「事実」だけだと今のところはとらえておいていいのではないかと思う。 郷原さんは、この「事実」だけでは犯罪性があると言えるかどうかに疑問を提出している。郷原さんの著書には次のような記述がある。 「政治資金規正法が定める政治資金の公開のルールが必ずしも十分に定着しておらず、法律違反は軽微なものまで含めると相当広範囲に存在しているという実情の下では、罰則の適用対象を、何らかの形で差別化できるものに限定しないと、政治家の大部分が、捜査当局の裁量によって政治資金規正法違反で摘発され得ることになる。そこで、従来は、単に政治資金規正法に形式的に違反するというだけではなく、違法性が明白で重大・悪質な事案が摘発の対象とされてきた。」 大久保秘書の事案は、それがもし「事実」であったとしても、「犯罪性」が認められるということには疑問があるということを郷原さんは提出している。それは、「誰でもやっていることだから」というような理由ではない。誰もがやっていることであっても、それが犯罪性のあるものなら処罰しなければならないし、犯罪性があるかどうかを判断できるものだと思う。 問題は、「誰でもやっていること」が形式的なミスによるものなのか、「違法性が明白で重大・悪質」であるのか、という判断の方だ。大久保秘書の事案は、この判断が難しい事案だと郷原さんは指摘している。それは、「違法性が明白で重大・悪質」な事案というのが、次のようなものだと郷原さんは言っているからだ。 「2000年以降の検察の独自捜査で、政治資金規正法違反を主たる事実として摘発した事例は、政治資金収支報告書に寄付の事実を記載しなかったヤミ献金の事件で、しかも、金額が1億円以上の場合に限られていた。」 つまり、「違法性が明白で重大・悪質」というのは、このような特徴を備えた事案のことを指すのであって、大久保秘書に関する告発が「事実」であったとしても、それだけでは「犯罪性」を問うことは難しいのではないかというのが郷原さんの解釈だった。そこで、郷原さんは、この事件が「ヤミ献金」の事実などの解明の方向へ進むのだろうと予想していたようだ。 しかし、「ヤミ献金」の事実は全く出てこなかった。「ヤミ献金」であるという指摘をするには、寄付をした団体が実体のないダミーであることを証明しなければならないようだが、それも報道されたニュースを見る限りでは、ダミーであるということは証明されなかったようだ。むしろ実体があるという「事実」の方が確認されてきたように感じる。 このように、どうも大久保秘書に対する告発には、そこに「犯罪性」が存在しないのではないかという疑いを持たせる部分が多い。さらに郷原さんは、「私には、事案の規模、態様以前の問題として、そもそも逮捕容疑について政治資金規正法違反が成立するのかどうかという点についても疑問があった」と述べている。大久保秘書の行為は、「犯罪性」を問う前に、そもそも形式的にという点ですらも、法に違反しているという事実が存在しないのではないかという指摘だ。次のように語られている。 「陸山会の収支報告書では西松建設のOBが代表を務める二つの政治団体(以下、「西松関連団体」)が寄付者として記載されている。その記載が虚偽だというのが逮捕容疑だが、政治資金規正法上、寄付の資金を拠出したものを報告書に記載する義務はない。つまり、小沢氏の秘書が、西松建設が資金の拠出者だと知っていながら政治団体の寄付と記載したとしても、寄付という外形的な行為を行ったのが政治団体であれば違反にはならない。 ただ、寄付者とされる政治団体が実体の全くない、寄付の資金を流すためのトンネルのような存在で、しかも、それを大久保氏側が認識していたのであれば、寄付者は西松建設だと言えるので虚偽記載が成立する。捜査のポイントはこの点を立証できるかどうかという点になる。しかし、全国に数万ある政治団体の中には、政治資金の流れの中に介在するだけで活動の実態がほとんどないものも多数あり、どのような場合に、政治団体の実態がないと言えるのか線引きすることは困難である。 もちろん、政治資金の流れの透明性を高めるという政治資金規正法の目的から考えると、実質的な提出者も収支報告書に記載して公表するのが望ましいことは確かだが、政治資金の現実はまだそれとはほど遠い段階にあり、法律上どこまで義務づけるか、どこまで罰則の対象にするのかとは別の問題である。」 これを、読むと、そもそも政治資金規正法というものが法律として不備のあるものであり、解釈の揺れを持っていて、抜け穴がたくさんある法律であることが分かる。そのような法律に対して、「虚偽」であるかどうかという証明が本当に正当に出来るのかどうか、原理的な問題があるようだ。つまり、解釈によって、法律違反であるかないかが恣意的に決められてしまうようなところが、この法律にはあるようだ。そのような法律で、「誰でもやっているようなこと」を、特に大久保秘書の場合だけ告発するということに正当性があるのかどうか、大いなる疑問であるということだろう。 同じような西松建設に絡む事件では、自民党二階派のパーティー券購入についてのものがあった。これに対しては、「西松建設からの支払いであることを公表されないようにする」という「事実」が語られている。これは「ヤミ献金」に近いニュアンスを持っていると思われるのだが、起訴猶予になったらしい。「犯罪性」はあるものの、起訴に値するほどのものではないと判断されたのだろうか。大久保秘書のケースと比べて、どちらが悪質だと感じるだろうか。この部分に関しては、郷原さんも 「この事件(大久保秘書の逮捕)は、検察の常識を覆す政治資金規正法違反の捜査・起訴によって総選挙を控えた時期に野党党首を辞任に追い込むという重大な政治的影響を生じさせることになったが、その一方で、同じ西松関連団体から寄付や政治資金パーティー券の購入を受けていた自民党政治家側に対する捜査の動きはほとんどなかった。このような検察の捜査に関して、検察が、政府・与党側と結託して政治的意図で捜査を行ったという意味での「国策捜査」への批判が行われ、捜査の正当性に関して、検察の説明責任が正面から問われることになった。」 と語っている。大久保秘書の公判が行われたとき、そこで語られる「事実」が、郷原さんが指摘したもの以上のものが出てくるのかに注目したい。また、もし「事実」がこれだけだとしたら、検察が、何故に大久保秘書の「犯罪性」を立証するのかという説明の方も、十分果たされるかどうかに注目したい。 もし「事実」がこれだけであれば、大久保秘書は無実であろうと思う。だが、検察と闘っている細野祐二氏(公認会計士)が語るように、たとえ無実であっても無罪になるかどうかは難しいということもある。問題は、大久保秘書が自白の供述をしているかどうかにかかっているように思われる。一度自白してしまうと、どんなに「事実」が無実であることを語っていても無罪になるのが難しいという。大久保秘書は、報道に寄れば自白をしていないようなので、この裁判の行方を、「事実」の解明ということに絞って注目していきたいものだと思う。 [政治]カテゴリの最新記事
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