■〈第11話〉■ 中学受験・塾物語 《 第11話 》春休み。 春期講習。6年生としてさらに今までよりもハードな毎日となる。 私のいた塾では、平常授業が少人数でのきめ細かな授業で、6年生の集中講座では全教室の6年生を5つのレベル別クラスに編成しなおし、A校・B校に集まって授業を受けることになっていた。力量のある講師の授業を平等に6年生に受講してもらうため、他教室との生徒との刺激、成績に対してのシビアな判断、いろんな意味があると思う。 あのクラスの男子5人中、4人は上から二つ目のクラスだ。 マサアキだけが、真ん中のクラスとなった。 算数と理科だけでいけば、トップのクラスの授業を受けることも可能だ。 しかし、国語・社会でおいてけぼりになるのが目に見えている。 算数・理科は、宿題のプリントでトップクラスの同じものを与え、採点しアドバイスをすることで補えるだろうけど、社会・国語では講師の解説が丁寧なクラスで受講しないと・・・という教室責任者森川の判断だ。 当然算数・理科の成績ばかりを「自分の成績」と判断しているマサアキはこのクラスであることにショックを受けていた。 講習中に、マサアキが国語も社会もこのクラスではもったいない。 これはすぐにでも上のクラスで受講すべきだという判断ができる授業態度を見せ、しっかり理解していると講師が思えたら、すぐにでもクラスを変更するということを本人にも保護者にも伝えて講習はスタートした。 他の教室からも似たような相談があり、授業の合間の休憩時間や空きゴマには講師間でいろんな情報交換がなされ、生徒にもできるだけ多くの個別のアドバイスをするように配慮されていた。 授業が終わった後、『質問コーナー』という時間が設けられている。 講師は教室の隅に自分のシマを作り、質問の窓口を作る。 各教科小テストが用意され、その日の授業内容のポイントを使う問題や、また知識内容の確認の問題が数題。 全教科を合格すれば、それぞれ授業で出された宿題や復習をし、その場で講師に質問することができる。 授業中は激が飛ぶことも多いし、どのクラスもそのレベルに応じてスピードのある授業になっているが、 この時間は個別にゆっくり丁寧にフォローアップする。 授業中に気づいた点、特に誉めるようなところについてもこの時間に伝える。 学習する科目は本人の自由に原則として任されているが、講師から指示される生徒もけっこう多い。 「ユリナは、今日は理科!」「ダイゴ、今日は漢字しろ、漢字!」「タマ、おまえは質問コーナーで社会するの禁止じゃ!」 「マリ、この間お休みしたときの社会埋めるから、テキスト持って第三教室いこか。んじゃ、ついでや、明治時代苦手なやつ、第三教室集まれ~!」 とこんな感じで質問コーナーの最初の10分ほどは指示が飛び交う。一休みしておにぎりやサンドイッチをほおばる子もいる。 もちろんマサアキは前半国語、後半社会。 私のシマのすぐ横にマサアキを座らせて、他の子の質問やアドバイスの合間に文章の線の引き方やポイントを説明していく。 個人指導のようにするとマサアキもそれなりに丁寧に解く。物語文で少年が主人公の場合は意外と高得点をとれることを発見。 「お!このしぐさが主人公の強がりの表れって読みとれてるやん!そうでないとこの記号は正解しないもんなぁ。 うんうん。じゃあさ、このセリフ、最後『・・・。』やけど、続き何が言いたいと思う?」 マサアキの答えは私が彼はこういうだろうなと想定したものよりも、さらにいいものだった。 「すごい!今言ったのをそのまま言葉にすれば、完璧よ!しばらく見ないうちにちゃんと前進してるやんかぁ~! んじゃ、これは?こっちの論説文は・・・?・・・あ・・・×ばっかりか。・・・全単元いきなりは無理やもんな。 でも物語、ちゃんとステップアップできてるんだから、この調子でがんばれ!」 「はーい。」 ふだんにくったらしい口をたたくが、笑うとかわいい。 集中講座中は数日に1度、全生徒を帰宅させた後、全教科の講師で生徒一人ずつについて成長している点・次の課題について話し合う。 他教科の情報を共有すると同じことで複数の講師から誉めてもらえたり、また注意して見守られたり、がつんと叱られた後にフォローの言葉をかけたりすることができる。国語ではイマイチ滞っているなぁと思っている生徒が他教科でぐんぐん伸びてきているという話を聞くとまた見る目も変わることもある。 この年は、やはりマサアキについての時間がいちばん長かった。 前向きな気持ちが出てきているのは認めるが、春期集中講座の間にマサアキのクラスが上がることはなかった。 そう簡単ではないと森川先生は言う。 実際、一つ上のクラスでは私が省略する説明を彼は必要としていると私も感じていたしその判断は妥当だと思う。 春期集中講座最終日。 マサアキは「脱走」した。 授業時間になっても現れないので電話で自宅に確認したところ、いつもどおりに家を出たとのこと。 カタノ達に聞いたが、待ち合わせの場所に来なかったから先に来たという。 空きコマの講師で駅や近くの商店街などを探し回る。 ・・・結局見つかったのは最終授業の終わる直前。 本屋で講師に発見されて、教室に連れてこられた。 小遣いを使い切るまでショッピングセンター内のゲームセンターにいて、その後本屋で雑誌を立ち読みしていたと。 教室責任者の講師の大声、「心配するやろ!!お前、何かに巻き込まれてでもしたらどないすんねん!」が隣の教室まで響いた。 かわるがわる講師が話しかける。 やさしく、厳しく、なだめたり、肩をくんだり。 それに対するマサアキの返答はすごく幼い。 「勉強もういやや。」「でも○○中には行きたい。」「偏差値10ぐらいぱっと上がらんかなぁ。」「国語と社会なしの入試してほしい。」 少し前進したかと思った矢先にこれだ・・・。 気持ちはわかるよ。 結局自分ひとりいつもの仲間より下のクラスだった。 すぐに上のクラスに上がったる!と思ったものの、そのレベルではないことを自覚して焦る気持ち、逃げ出したい気持ち・・・。 しかし・・・これでは先が思いやられる・・・。 今回の「脱走事件」でますますカタノとの溝は深まってしまったことも心配である。 →つづく。 「読んだよ~」ってクリックしてくださいますようお願いします。<(_ _)>今後の更新がんばります。→ →■塾物語・第12話 を読む。 ※私が体験した多くの生徒のエピソードをもとに書いたものですが、 登場する人物名・学校名・成績推移・偏差値などはどれも架空のものです。 また登場する人物も複数の生徒のことを混ぜて書いてある場合もあります。 フィクションとしてお読みくださいね。 |