■〈第12話〉■ 中学受験・塾物語 《 第12話 》※出てくる人名・学校名は架空のものです。 春期講習が終わると、またそれぞれの校での平常に戻る。 私も、自分の校の全てのクラスの国語を担当していたし、事務も兼任のため業務も多く、手一杯だった。 ゴールデンウィークをはさんで保護者懇談会があり、生徒の塾での様子、成長のみられる点、これからの課題、私学の情報提供、早いところだと志望校の候補の相談。 会議で、マサアキのクラスの現段階の志望校も発表された。 カタノを始め、ほぼ妥当なラインに思えた。それぞれ今取り組んでいる課題をきちんと取り組めば届きそう。 やはり問題はマサアキの志望校 M中か・・・。 5年生のときからマサアキはM中の名前を出してきていて、過去問をさせたときもあったが、150点満点で26点だった。 同じぐらいの難易度のS中と比べると、きわどいラインの生徒ならM中の方が文系を得意とする生徒が合格してきている印象がある。 国語がそれぞれ長文である上に3題もある。記述問題もあるし、国語を得意とする女子にも時間配分や総合的なトレーニングとしてやらせることの多い入試問題。 社会もけっこうマニアックな問題も出されていると聞く。 マサアキと4科総合同じ偏差値の子ばかりを集めたとしても、マサアキは不利だと思う。 しかも、目標とする偏差値は今からさらに5ポイント以上のアップが必要。 一方、S中は、国語は一般的な入試問題であまり得点差がつきにくく、難解な問題が目立つ算数・理科での勝負という感じ。 入試的には、S中の方がまだ合格ラインに近づく可能性があるのではないかな。 元々理系の子が好んで進学する学校という印象を持つ学校だ。 マサアキの校の教室責任者の森川さんに尋ねてみた。 ご両親が2校を見てみて、マンモス校であるS中ではどんどんと手を抜き、またそれが先生の目の届かないところでって思うと怖い。 今でも手をつけられないときがあるのに、中高生になってそういうことになったらと。 確かにS中は、中学入学時に得点によって3つのコースに分かれる大きな学校。 学力的にも上のコースで合格するラインと下のコースで合格するラインでは偏差値で15ポイントの差がある。 さらに高校からはスポーツ推薦枠のクラスがある。 個性的な生徒も多く、人間的にも学力的にもかなりの幅があって、それが吉とでる場合もあれば凶と出る場合もある。 最初は普通コース入学がこつこつと努力を重ねてトップクラスになったという話も聞くが、理数とか医進とか上位クラスにいたのに、ずるずるとクラスを下げて卒業時は普通クラスの下位。浪人確定なんて話も聞く。 それに比べると、M中は生徒数もさほど多くなく、キリスト教系でマナーや身だしなみに対しても指導がある。 見学したときの在校生がすごく穏やかで、勉強勉強というのではなくクラブ活動にも夢中になれる雰囲気が気に入った。 彼は今我慢して我慢して机に向かっているので、中高では思う存分クラブ活動をさせてやりたい。 また、理由の一つには今微妙な関係になっているカタノがS中志望というのもあるらしい。 それぞれの道でがんばればいいんじゃないかと。 よくよく考えての志望校で、それなら今からなんとか第一志望のM中に向けて頑張るしかない。 国語と社会はどうしてもやらせないと。 いくら算・理でとれても、国・社せめて偏差値50届かないままの受験では無謀だと思う。 次にマサアキに授業ができたのは夏期講習。 いよいよ6年の夏ということで生徒たちはかなり引き締まって見えた。 マサアキは社会が少し成績が上がったこともあり、1クラスアップしての受講だった。 それで、気分をよくしてか最初の1週間は、まじめにやっているように見えたのだが、 2週目からはひどかった。遅刻。宿題忘れ。講師への反抗的な態度。そして、再び「脱走」。 「脱走」先は前回と同じだったので、すぐに見つかり、空き教室の席にひきずりこまれるようにして座らされた。 「おまえなぁ!!いったい自分のことどない考えてんねんっ! 今、今がんばらんとあかんの、わかってるやろ!」 森川先生の罵声が飛ぶ。 「うっさいわ!先生には関係ないやろ!ほっといてくれや!」 抑えに抑えてきていた森川先生も限界。胸ぐらつかんで彼を立たせる。 「関係なくないやろ!おまえが4年生のときからずっと見てきたんやぞ!あと半年でお前の学校決まってしまうんやぞ!」 「オレがどうなろうが先生の人生には関係ないやんけ!」 「お前、いいかげんにしろよ!」 「ほっといてくれや!オレの気もしらんくせに!」 「いいかげんにしろって!落ち着けや!」 森川先生がマサアキの顔を両手で強くはさみ、無理やり目をあわせた。 そして、マサアキを抱きしめた。 マサアキは泣いている。 先生は、マサアキの頭をなでながら席に座らせた。 マサアキは泣きながらぽつりぽつり話しだした。 自分の行く学校のことなのに、親が勝手に決めたんや。とか カタノとは今は気まずいけど、自分はずっと友達だと思っているのに引き離した方がいいみたいに言われてくやしかったこととか。 わかってくれない両親や先生の言うこと聞くのがバカらしくなったこと。 先生に嫌われる行動をとれば、退塾させてもらえると思ったこと。 森川先生は、懇談会で聞いていたご両親の志望校についての考えを彼に伝えた。 ゆっくりと。 「志望校はM中にしようね」という決定しか聞かされていなかったマサアキは、その理由を初めて聞いたようだった。 彼に、M中とS中のパンフレットを手渡し、 「自分で二つをよく読んで、学校にも足を運んで、自分はどちらがいいか考えろ。そして、それが両親とちがったらまた相談して決めたらいい。」と言った。 「お前の受験や。最後はお前の意志や。」 ご両親も悩んで、迷って、いろいろマサアキのことを考えて志望校を決めたんだということが伝わったら、ふっと力が抜けたようだった。 あっけないぐらいに「そうやったん?」ときょとんとして。 「大事な息子のこと、そんな簡単に決められるわけないやんか~。 自分でも考えるって言ったら、いつまでも子どもやと思ってたのに、いつの間に自分の将来のこととか自分で考えられるようになってたんかってきっと喜ばるわ~。」 今日の一件をお母さんに電話で伝えたときも、ずいぶんと驚かれていたそうだ。 子どもっぽいし、勉強も口出しすれば機嫌損ねて放り出す。そんなことが入塾以来何度もくり返されたから 極力余計なことを言わないように、説教くさくならないようにと、さらっとシンプルに関わるように気をつけていたそうだ。 良かれと思って精一杯されていた。 さっそく次の土曜日の午後、両方の学校に足を運んでみるとのこと。 後日、マサアキが晴れ晴れとした顔で森川先生に志望校決めた!と報告に来た。 「第一志望校 M中にします! 第二志望校 S中 です!」 パンフレットを読み、学校を訪ねてみて、彼はM中の方が好きと思った。 でも、カタノが熱く自分の志望校を語るのをよく聞いているので、S中も捨てがたい。 「理数コース」という名前は自分を呼んでいる気もする。ということらしい。 結局はご両親から提示されていたままなのでなんとも微笑ましいのだが、彼にとってこの一件はどうしても必要なことだったのだと今になるとわかる。 彼自身が最終的に志望校を決めたということで、彼の中で大きく何かが変わった。 これで、火がついてどんどんと成績アップ!とは簡単にはいかないのだけれども、前よりは、空欄のまま放置という問題は減った。 とかそういう程度ではあるが、彼の成長を発見したら素直にうれしい。 宿題の文章中の言葉がわからないときには辞書を引いて意味を書き込んできたのを見たときには、うるっときた。 必要最低限のことすらまともにしてこなかった彼が、自分で必要と思ったことを行動に移せたなんて!と。 夏期講習が終わる頃には、カタノとも前の仲良しに戻っていた。 その後、国語の物語の分野については力を伸ばした。 記述問題でも、あと一言ポイント入っていれば正解なのに、おしいっ!というところ。 論説文はいつまでも苦手だった。「だって漢字ばっかりで途中から読む気なくすわ」というそれでも受験生かということを言って、 また雷をくらうのだが、授業の解説を聞いて、いろいろ書き込むというのは前には見られなかった姿だ。 11月末の最後の模擬テストで、やっと国語の偏差値が50に届いた。 案の定、論説文はからっきしだったが、平均点を取れたのは初めて。 揺れていた算数・理科は安定してきているし、社会も単元によっては高得点をマークする。 マサアキのM中合否は、入試問題の出題によるかな?と思う。 国語は物語がメインで、論説文は中途半端じゃなく徹底的に難しいものが出題されれば可能性上がるなぁー。 社会は、歴史は後半がたくさん出ればなぁ。公民単元ならけっこう細かいところが出てもいけるのになぁ。 そんなこと言い出せば、受験生みんな得意なところ集めてくれれば合格するっていうもの。そんな都合のいい問題出ることないとはわかっているんだけど。 裏を返せば、マサアキにはまだそれだけ大きな穴がたくさん残されているということだ。 算数・理科が過去問と同レベル得点できたとして、は五分五分か。 ・・・第13話に続きます。 →「読んだよ~」ってクリックしてくださいますようお願いします。<(_ _)>今後の更新がんばります。 ※私が体験した多くの生徒のエピソードをもとに書いたものですが、 登場する人物名・学校名・成績推移・偏差値などはどれも架空のものです。 また登場する人物も複数の生徒のことを混ぜて書いてある場合もあります。 フィクションとしてお読みくださいね。 →■塾物語・第13話 を読む。 |