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自己流の読書記録です。
トピックセンテンスを選ぶわけでもなく,ただ100ページ目にあるどこかの1文(緑の字で示してあります)を抜き出しています。 読んだ本に関する,整理術の一つであり,発想法の一つでもあります。 どんな「視野の拡大」「深さへの挑戦」が体感できるか,自分でも謎。 [全102件]
朝廷はそれまで平家と源氏を対立させることで,あるいは同じ源氏の中でも木曾義仲と源頼朝を対立させることで,軍事のバランスをとり,武士たちの要求が一本化しないようにしてきた。 日本が清との戦争にふみきったとき,ロシアとの戦争に勝利できると信じていた人はいたでしょうか。 風刺絵「漁夫の利」には,釣りをしている侍姿の日本人と中国人を橋の上から眺めているロシア人が描かれています。 ロシアは日本が中国に勝てることを知っていたでしょうか。 日本海海戦で日本がロシアに勝ったという情報を,全く疑わずに信じたヨーロッパ人・ロシア人はどのくらいいたでしょうか。 もともと対立していた人たちが,他の圧力への抵抗のために「一枚岩」になるとき,全然関係がなかった人が「一枚岩」になるより,はるかに強固な「岩」になるということは,どの程度言えることなのでしょうか。 人間集団の目標や成長に「ゆがみ」が生じるのは避けられないことかもしれません。 しかし,それを「矯正する」機能をもっているものは何でしょうか。 日本人の「原信仰」に,そういう機能はあるでしょうか。 ![]() ![]()
目の当たりに移り変わる夫婦の関係を、末永く変わらないものと信頼してきてしまったとは。 子どもというのは、そういう両親の関係を目の当たりにしたとき、最も心が傷つくものなのではないでしょうか・・・私には想像の世界の話です。 長年、中学校の教師をしてきましたから、心のすさんだ子どもたちを大勢見てきました。父も保護司だったので、同じように心に深い傷を持ち、何かのきっかけで他人を傷付けてきた子どものめんどうをたくさんみてきました。 病院での闘病生活中もそういう子どものめんどうをみていましたが、葬式のときに来てくれた子どもの表情が今でも忘れられません。隣に立っていた母親の存在感の薄さも忘れられません。 平安時代には、「宿世」という概念で「あきらめ」られたようなことも、今の子どもたちには難しいことでしょう。 そういう経験をもつ子どもが結婚して、多くが両親と同じような結果になってしまっている例もたくさん聞くような歳になってしまいました。 物語では「名場面」なのですが、多くの子どもたちが経験している沈痛な場面というのは、あまり想像したくありません。 ![]() ![]()
しかし姫君は住みなれた邸を去ることを悲しみ、柱の裂け目に、「真木の柱はわれを忘るな」と一首書いた紙を残していく。 三十一帖「真木柱」のあらすじを示したページの一節です。 この「真木」に紫式部の隠されたメッセージは何か・・・? ついついそんな「謎解き」をしたくなるのも源氏物語の魅力なのでしょう。 この本の冒頭には、『あさきゆめみし』の作者・大和和紀のインタビューが掲載されています。源氏物語の魅力について、 華やかな衣装や伝統行事、宮廷で繰り広げられる恋愛、人間の悩みや苦しみ・・・。女性をひきつけるすべての要素が備わっていて、かなり早い時期から、これは少女マンガになるって思ってました。 帯のタイトルは「受験に役立つ!楽しくてためになる!!」とありますが、「ナビBOOK」としてはかなり分かりやすい方で、小学生〜高校生にはお薦めです。 紫式部ってどんな人? 平安時代とは? 儀式としきたり 通い婚など 身分制度 貴族の生活パターンと住まい 服装と遊び 恋愛作法 出家について 和歌とはどんなもの? ![]() ![]()
ロマンチック・ラブがイデオロギー化し、それをあまり疑うこともなく乗せられているうちは、若者は恋愛をし、結婚をしたが、実際、前述したように多くの困難があることがわかると、どうしても結婚に抵抗を感じたり、それが理想どおりにいかないので、途中で嫌気がさしてきたりして、未婚の人間が増えてくる。 「情けは人のためならず」の理念がない個人主義、個性重視に最高の価値をおいてきた期間が長すぎたようです。 自立できているつもりが、単なる孤独な状況になっただけであることに気付いたとき、「病」の様相を呈する人が増えてしまいました。 源氏物語が読まれた時代などは、それが現実的には不可能なものだったので、物語の中で実現される「夢」を楽しむことで紛らわせていたわけですが、今は「夢」が果たせないとひたすら人のせいにし、環境のせいにし、境遇のせいにする人間が増えてきました。 こんな時代に、源氏物語を読む価値はないのでしょうか。 時代状況は全く異なっていても、現在と全く同じような理由で悩み苦しんでいる人がたくさん登場するから、この物語は長く読み継がれているのでしょう。 ![]() ![]()
先に示した、藤壷の一八にもおよぶ呼称は、彼女に用意された一八個の仮面であったのだ。 紫式部が同僚たちの暗く燃える嫉妬の炎を消すために、自らをちょい役、笑われ役として登場させるあたりは、自身の警戒心の高さ、高度な処世術をもっていた証拠になるかもしれません。 ・・・東宮は、母宮のお顔をじっとお見つめになって、「式部のようにとおっしゃるの。どうして、あんなふうにおなりになるものですか」と、にこにこしながら仰せになる。はりあいのない幼さにいじらしく胸がつまって、「あれは、年老いているので醜いのです。そうではなくて・・・・ 人を攻撃する背景には、嫉妬・羨望・恨み・・・様々なものがあるでしょうが、それに対する防衛手段として、「逃げ」に徹するか、本当に救済すべき人のために徹するか・・・。 自身の救済のためだけなら、「逃げ」だけで十分なのでしょう。 ![]() ![]()
私は、普通の人が読まない雑誌とか白書類を重点的に読んでいます。 ある程度の収入が保障された「ものかき」にしかできない仕事法のようですが、そもそも自分の収入を保障する方法がこれだという考え方もできるのです。 意外な本や資料、発言、取材、思いつき、などからどれだけオリジナルにピックアップして目的に迫れるか、にレポートの質はかかっています。 週刊誌や新聞を気休めや趣味で読みますが、そういうものには、それほど観測価値があるようには思えません。自分の土俵を作るという意味では、ジャーナリズムよりアカデミズムのほうを、大いに利用させてもらったほうが賢明でしょう。 アカデミズムの世界では、「どれだけ引用されたか」が価値になるように、基本的には「オリジナル」を追究するという方向性がありますが、残念ながらジャーナリズムでそれを追究されてしまうと、「やらせ」「でまかせ」(アカデミズムでもときどき見つかってしまいますが)が横行してしまいます。 やはり「多くの人が知っているべき情報」を「正確に素早く分かりやすく」伝達する使命という方を、ジャーナリズムには追究してほしいです。 そしてできることなら、「教育用」に新聞を各公立学校に数部ずつ無償でくれるとか、「次世代の購読者」獲得のためにも骨を折っておしいのですが・・・。 ![]() ![]()
当然のことながら、「ダメな人には頼まない」という事前の判断は近年ますます肝要になってきています。 企業で人を育てるときに、ダメもとでやってみろ、ということが言えるところはもうごくわずかでしょう。 基本的に需要が減って、コストを下げるために賃金を減らして、そしてさらに減った需要のもとで、企業が生き残っていくのは至難の業です。 やっと公務員も需要の少ない仕事はカットし、賃金もカットし、将来的には年金もカットして、少しでも多くの人が極貧を免れるために努力する・・・そういうやり方は理解の範囲内でしょう。なぜ冷戦が始まったころ、資本主義国が共産主義の拡大を恐れたか、ようやく理解でいるような時代になってきたと言えるでしょうか。 エキスパートをどんどんつくって分業を徹底する方法も、時代にそぐわなくなってきます。 企業では「できることからやらせる」よりも、全体の構造を理解させた上で仕事に取り組ませる方が、失敗が減らせるといいますが、それは当たり前のことでしょう。 全体が見通せるからこそ、部分部分の優先順位が分かり、効率的に仕事を片付ける能力が身に付いていくわけです。 学校生活でも、そのような能力の育成が求められていると考えています。 ![]() ![]() |一覧|おすすめアイテム
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